オリンピックなんか行けなくても良い。二度とボクシングが出来なくても良い。この先一生刑務所に入っていても良い。私は貴女の心も体も全て叩き壊す!
そんなに時間は立っていないと思うけれど、気づけば死屍累々の地獄絵図と言った状況になっていた。
私の弱点と言えば1分30秒で3ラウンドしか試合の時間が無いアンダージュニアのボクシングルールに慣れており、長時間戦い続ける事が出来ないという欠点がある事だ。
この点のみ見れば、私は初段を取るのに五人抜き(男子の場合十人抜き)が必要というフルコンタクト空手で有段者に慣れる程の体力は無いのは明らかであったが、相手は格闘技を使う訳では無い、素人の男子であれば十人抜きぐらい簡単なんだなぁと実感した。
ある者はレバーを撃たれ、ある者は睾丸を撃たれ、ある者はテンプルを打ち抜かれ、ある者は顎を砕かれ、ある者はアバラを折られ、各々苦痛で呻き声を上げながら地面に転がり廻っている。
実は言うとシュシュを巻いているだけの私の右手も骨折したっぽいし、裸拳の左手はもっと痛い。
暫くボクシングなんか出来ないだろうけれど、そんな事はもう如何でも良くなった。
私はこの場に居る男子全てに地べたを舐めさせた事を確認すると、只一人無傷で這い回る八束に歩み寄った。
「いや……お願い……許して……」
腰が抜けたのか?
ガタガタ震え、涙を流しながら八束はお尻を引きずる様にして手で後ろに逃れようとしていた。
無様にも盛大に濡らしている為、八束がお尻を引きずった跡はモップ掛けした後の様に濡れていた。
「汚いなぁ……ねぇ八束。あんたが私の事を便所水女だのサンドバッグだの言っていたの覚えてる?」
私がジリジリと八束を追い詰めると、八束は屋上の金網にぶつかり、逃げ場を失った。
「ご……ゴメンナサイ……謝るから許して!」
「はぁ? 何タメ口聞いているんだよ! 敬語使えや敬語!」
私が金網を強く蹴り飛ばすと八束は小さく「ひいっ」と声を上げて身を縮こまらせた。
「ゴメンナサイ! もう二度とあんな事はしません!」
八束は地面に頭を擦り付けて土下座を始めた。
「あのさぁ……私は御手洗いで土下座したんだけど貴女達許してくれなかったよねぇ? そのぐらいで許されると思うの?」
「お願いします! 何でもします! だから許してください!」
中学生の癖にメイクをしていたのか?
八束の頬は涙でマスカラが流れ落ち、醜悪極まりなかった。
こんな女でも阿蘇部長は気があったというのだからクズの趣向は理解できない。
「……何でもするって言ってもねぇ……麗衣ちゃんの医療費払わせるにしても、こんなブスじゃ売春も出来なさそうだし……そうだ。良い事思い付いた! 丁度屋上だし、裸でバンジージャンプするなんてどうかなぁ?」
「え……」
八束の表情は凍り付いていた。
「何頭が悪そうな顔してんの? 素っ裸でバンジージャンプだよぉ! 朝礼とかの時に全校生徒の前で屋上から全裸でバンジージャンプするって最高に気持ちいいと思わない?」
「そ……それだけは勘弁してください!」
「はぁ? 何言ってるの? さっき何でもするって言わなかった?」
今度は二回金網を蹴ると、また漏らしたのか、八束のお尻に水溜りが出来ていた。
「じゃあ裸バンジーか阿蘇部長みたいに顔をグシャグシャにされるのか、どっちか好きな方を選ばせてあげるよ♪ まぁ裸バンジーなら無傷で済むかもしれないけれど、ついロープの結びが弱かったり切れちゃったりすると顔どころか全身がグシャグシャになるかも知れないけれどね♪」
「お……お願いします! どっちも勘弁してください! きゃあっ!」
私は八束の頬を引っぱたくと虫の様に地面に転がった。
「ちょっと都合が良いんじゃない? あたしにこんな事をさせるまで追い詰めておいてさぁ。便器の水に顔を突っ込まれながら腹を殴られる苦しさが分かる?」
「あっ……あっ……」
八束は恐怖の余り声も出なくなっていた。
「クラスの男子にジュースかけられた事ある? 自分の部活の先輩が唆されて露骨に敵対視された事ある? 友達を……大切な友達を……初めて出来た親友を……この世で一番大好きな人を傷つけられた事がある?」
私は八束の顔面に叩き込むべく拳を振り上げた。
「だから私は貴女を許さない。オリンピックなんか行けなくても良い。二度とボクシングが出来なくても良い。この先一生刑務所に入っていても良い。私は貴女の心も体も全て叩き壊す!」
「ひいいっ!」
八束は本能的に暴力に備えるように身を縮こまらせた。
そんな事しても無駄なんだけれどね。
躱される可能性も防がれる可能性も無いから、只素人の様に拳を振り上げ、思いっきり打つだけで彼女の鼻も顎もグシャグシャに出来るだろう。
無抵抗の八束の頬にめがけて、私は思いっきり拳を振り下ろした。




