第6話[父の靴下]
蝉の声が響き渡る暑い夏の事だった。
緑は道場で父親に幻術対策の指南を受けていた。
「いいか緑、この世界を襲うのは何もオークだけじゃない」
「幻術を使う悪しき魔法使いも来るやもしれん」
「そうなった時の為に、今から俺が中学時代に編み出した幻術対策方を教えてやる」
「はい、父様」
元気良く返事をする緑の前に置かれる使用済みの靴下。
道場内は密閉されており、緑は強烈な吐き気を堪えながら、何とか口を開く。
「父様、臭いです」
「緑、これは幻術だ」
「本当は臭くなど無い」
「いえ、本物が私の目の前にあります」
「緑、これは幻術なんだ」
「本物の様に見える偽物だ」
「でも……」
「何度も言わせるな」
「これは偽物、幻術なんだ」
尊敬する父に何度も同じ事を言われ、次第に緑はコレは幻術なんだと信じる様になる。
そんな時だった。
道場の扉が開かれて、緑の母親が中へ入って来た。
「ちょっ、くっさ、何やってんのよ」
「フッ、母さんか」
「いいか、コレはげんじゅ……」
母にビンタされた父は弧を描き、道場の床に体を打ち付けた。
「緑、何馬鹿な事をやっているの、早く避難するわよ」
「母様、でも父様が……」
「あんな馬鹿、ほっときなさい」
後にこの一件が原因で赤青家は離婚の危機に陥ってしまう。
深く反省をした父は夜まで外で土下座して母に許しを乞うたとか……。
そして緑は気付いていなかった。
父の教えが何の役にも立っていなかった事を……。
欲望を抑える事が出来たのは母の厳しい教育の賜物だった事を、何も気付いていなかった……。
(やっぱり父様は凄い)
第6話 完




