第48話[搾り出された痰]
「頼むから元の世界に帰ってくれ」
そう叫ぶ魔王に対し、召喚された少女は呆れた表情を浮かべ言う。
「随分勝手じゃない」
「私を呼んだのはあなた達でしょ?」
「それに帰る方法も知らないし、帰りたくも無い」
「折角、この世界で素晴らしい力を手に入れたのだから、楽しまないと」
「ならば私がお前を止める」
「貴様の様な奴を召喚してしまった責任を取る」
「そう残念ね」
相手の力をみくびっていたのだろうか?
それとも全力だったのか、私にはそれが分からない。
だけど、容易く魔王を殺した彼女を見て、私は完全に魅了されていた。
実の父を殺されたのに何?
この胸のトキメキは……。
彼女に対し一度でも悪評をつけてしまった自分が恨めしい。
彼女はこんなにも美しく、可憐だというのに……。
「私に協力してくれたら、あなたの奥さんになってあげても良かったのに……」
「フフフ、そして手取り足取り教えてあげるの……、人間の殺し方を……」
それを聞いて、私は魔王に対し嫉妬してしまう。
何よ、こんなゴミみたいな奴の何処が良いのよ。
あなたの様なお方がこんなゴミのお嫁さんだなんて有り得ないわ。
だけど、私がそんな事を言えた義理でも無い。
だって私は……。
「それでさっきから覗いているあなた、あなたも死にたいの?」
私の存在に気づいていたのか、彼女は私に声をかけて下さった。
私は直様、跪き、そして彼女の夢の為、力になりたい事を話す。
「命乞いかしら?」
「いいえ、違います」
「私は見てみたいのです」
「あなた様が作る地獄を……」
これまでの事を全て話した。
産まれ付き残虐な所、周りから理解されない事、黒騎士から貰った赤ちゃんの事、そして幽閉され退屈に思っていた事、私の全てを彼女に話した。
すると彼女は私に理解を示してくれた。
「いいわ、気に入った」
「一緒にこの世界を地獄へ変えましょう」
「ですが私は魔王の娘でありながら力はありません」
「正直、役に立てるか分かりませんよ」
「別にそんな事気にしないわ」
「寧ろ、私と同じ様な子が居て、私とっても嬉しいわ」
私が彼女と同じ……。
こんなに嬉しい言葉は無い。
「只、あなたって、魔王の搾り出された痰みたいな存在なのね」
「力はロクに引き継げず、邪魔な悪意だけが吐き出されたみたい……」
「フフフ、面白いじゃない」
こうして私は彼女の為に働く事になった。
手始めに人間界へ降り、適当な少女を拐い、お面を手に入れて魔王城へ連れて行く。
そして召喚された彼女は影と名乗り、魔王と拐ってきた少女を操った。
「影、それがあなた様の本名何ですか?」
「違うわ」
「なら何故、その名前を名乗るのです?」
「そうね、特に意味は無いけれど、強いて言うのなら光と影かしら」
そう言うと影様は人間界へ向かうと言って、一人魔王城を後にした。
何でも勇者の仲間になるとか……。
私は特にする事が無い為、部屋で幹部達の様子を見ながら暇を潰す。
フフフ、魔王が影様に操られているとも知らずに馬鹿みたい。
私はそんな事を考えながら、一人部屋で笑いながら影様の帰還を待つのだった。
第48話 完




