第3話[温泉村殺人事件]
私達が始まりの国を出てから一週間、ようやく村を見つけ、そこで宿を取り、休む事にした。
この村では温泉が有名らしく、私も勇者も期待していたのだが……。
「ねぇ、日菜ちゃん、早く温泉に行こうよ」
この勇者と一緒に温泉……。
何だか、ロクでも無い展開しか思いつかない。
「先に入って来なよ」
「ほら、誰かが荷物を見張ってなきゃ盗まれる可能性だってあるしさ」
わかったと返事をし、勇者は着替えを持って、温泉へと向かった。
やけに聞き分けがいいなぁ。
何か企んでいるんじゃ無いだろうか?
しばらくして勇者が戻って来る。
私は警戒心を怠らない様に注意し、そして温泉へと浸かる。
「ふいー、気持ちいい」
「お土産の温泉の素も買ったし、コレでいつでも温泉気分、な〜んてね」
「それにしても、赤い温泉って珍しいな」
そう呟きながら、私は両手でお湯をすくい顔を洗う。
「それにしても、あのプカプカ浮いているのは何だろう?」
眼鏡は脱衣所に置いて来たので近寄って見ないと分からない。
ただ、あそこから赤いのが湧き出ている様な……。
って人?
私は慌てて近寄り、浮いている人を救出する。
「って勇者」
「何やってるのよ」
警戒心は怠らなかった。
誰かが入って来た形跡も無い。
なのに何故?
そう考えていると……。
「日菜ちゃん、やっぱり私も……」
背後から勇者が現れた。
目の前にも勇者、後ろにも勇者。
何がなんだか理解が出来ない。
そんな私を他所に、倒れていた勇者が起き上がった。
そして、後から来た勇者と口論を始めた。
「何来てんのよ」
「あんたは荷物の見張りって言ったじゃん」
「私だって、愛しの日菜ちゃんの裸見たいもん」
「分身の癖に、欲情してんじゃないわよ」
「うるさい、分身だってね、エッチな気分になったりするのよ」
そう言うと二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
いや、分身っていつの間に……。
えっ、て事はこの温泉の赤は……。
想像するとゾッとし、何だか段々と怒りが湧いてきた。
「二人共、タンマ」
私は喧嘩する二人の片手を掴む。
「面倒だから分身の方は消えててくれる?」
「えっ、でも……」
「早く」
「はっ、はい」
分身が消えて勇者と二人きりになる。
「あの赤いのって、あれ鼻血だよね」
私の言葉に勇者は頷いた。
「見えたの?」
私の問いに勇者が答える。
「ええ、バッチリと、鼻血が止まらなくなる程に……」
「ちなみに、今もバッチリ見えてます」
チロリと鼻血を垂らす勇者の首を日菜は片手で締め上げた。
そのまま、温泉へ投げ込み、日菜は掛け湯で血を洗い流し、脱衣所へ向かった。
そのまま、着替えを済ませ、脱衣所を出ようとした時だった。
私は悲鳴を上げた。
私の悲鳴を聞きつけた勇者が全裸で駆けつける。
「勇者、貴方、人を殺したの?」
廊下で老人が血を流し倒れている。
専門家では無いが、血が新しく、今殺されたのだと何となく分かる。
脱衣所すぐの廊下で老人の遺体。
血は新しく、ついさっき殺されたものだと考えると……。
犯人は恐らく……。
「私の分身がやったのかな?」
「でも、そんな記憶無いし、そもそも分身の記憶って私に入るのかな?」
笑顔で話す勇者。
人を殺したかも知れないのに笑顔って……。
勇者に不信感を抱く私だったが、勇者の震える足を見て、その不信感を振り払った。
「あはは、分身がやったから」
「私は温泉で日菜ちゃんが来るのを潜って待っていただけだから」
「だから、私はセーフだよね?」
「人殺しじゃないよね?」
日菜に泣きつく勇者。
確かに状況証拠だけなら、犯人は間違いなく勇者の分身だろう。
だけど、私は勇者を信じている。
どうしようも無く変態で、人に迷惑ばかりかけている奴だけど、人を殺す奴じゃ無い。
私を毒から救ってくれたりもした。
そんな奴が人を殺す筈なんて無い。
今度は私が助けなきゃ。
こうして、名探偵日菜の犯人捜しが始まった。
第3話 完




