消えた子供たち
新型ウィルス ブラックミスト 感染連鎖の闇 消えた子供たち 前半
「あれ? LINE既読にならない…」
人影もまばらな街中に立つ美優は携帯を見つめながら辺りを見回す。
もう間もなく5月になろうという季節になっていた。
陽の光はまぶしく街路樹は青々と輝いている。
しかし美しい季節の移り変わりを眺める人はほとんどいない。
『佳奈…どうしたんだろ一緒に出かけるって時にLINEチェックしないなんて今までなかったのに…』
いぶかしがる美優は次の瞬間、背後にどす黒い気配を感じ振り返ることができなくなった。
「ううぅ…」
そして次の瞬、頭の中に直接響くようなうめき声を耳にした後、熱い吐息に似た熱感を首元にうける。
美優はこれまで感じたことのない気配に怯え立ち尽くしたが精一杯の力を振り絞って一気に家の方向に向かって走り出した。
「はぁはぁはぁ…何だったの今の…」
街路樹の端まで来ると歩道の柵につかまりながら息を整える。
「あれ? あいつ美優じゃね?」
買い物袋を手にスケートボードで走る賢人の目に美優の姿が映る。
『なんだ? あいつの後ろにある黒いもやもや…』
美優の背後に黒い霧のような空間が広がって見えた。
その正体を見据えようと目を凝らす賢人に向けて激しくクラクションが浴びせられる。
ブブーッ
「公道をスケボーで走ってんじゃねーよ危ねーだろ!」
若者の乗る車が罵声を浴びせながら賢人の横を走り去る。
クラクションと罵声に驚いた賢人の視線が一瞬美優から外れた。
「うるせー馬鹿野郎! クラクション鳴らしてる暇があったらよけるなり止まるなりしやがれ!」
マスクを外しそう怒鳴り返しては見たものの車はもうとっくに走り去ってしまっていた。
「中学生相手になんだよ…だから世の中こんなになっちゃうんじゃねーかよ…」
ひとり愚痴ながらもう一度美優の居た方に視線を向ける。
「あれ? 美優の奴いない…おかしいなこんな見通しのいい場所で…」
賢人と美優の間には何も遮蔽物はなく見通しの良い交差点付近であったのだが、一瞬のすきに姿が見えなくなっていた。
『おかしい…ってまさか神隠しじゃあるまいし! タクシーか家族の車にでも乗って行ったか。 外出自粛中だしな…おっとグズグズしてると俺もまずいぞ、早く家に帰らなきゃ』
賢人はマスクを鬱陶しそうに付け直すとスケートボードを蹴りだし家へと急いだ。
新型ウィルスの感染は世界中に拡大し首都圏を中心に緊急事態宣言が発されていた。
小中高の休校はゴールデンウィーク明けまで延長され自宅待機の日々が続いていた。
しかしそんな中でも繁華街に繰り出す若者がいないわけではなかった。
2月の下旬から続く外出自粛に子供たちだけでなく国民全員が飽き飽きとしていたのである。
感染の拡大はいっこうに静まる気配を見せず一旦落ち着いた地域でも第2波の感染者が発生する始末であった。
そんな状況の中、間もなく休校が解除され学校が再開される。
子供たちはSNS上で不安をぶちまけていた。
『私は新型ウィルスに感染しないよう自宅待機していましたがSNS上ではみんなで集まっってカラオケに行ったり繁華街に出かけた画像をアップしている人たちが沢山いる…。学校が始まったらこの人たちと一緒に密閉した空間で過ごさなければならない…とても不安です』
『死にたくないし自分のせいで誰かを感染させたくないから自宅で待機してたのに、そんなの関係なく遊びまわってたやつらと同じ電車に乗って同じ教室で授業受けるなんてまっぴらだ!』
『感染しても自分は死なないって思って好き勝手に外出してたんだろうけど、あなたのせいで誰かが感染して苦しんだり死んでしまったりしたらって考えないの?』
『地方の別荘地で感染拡大させてるケースもあるよね? 信じられない…ほとんど殺人と一緒!』
そんな憤りの投稿に混じって不可解な情報が見られ始めたのもこの頃からであった。
『美優と佳奈いなくなったってよ…2人で人気のなくなった原宿で映える画像アップしに行くって言った切り…』
『賢人が美優を見かけたけど消えるようにいなくなったって…』
『同じこと考えて出かけようって言ってた子たちLINE既読にならないんだよね…』
『外出自粛破ったから逮捕されたかww』
『逮捕なんてされないだろ? 自粛なんだからさ』
『他の国じゃ棒で叩かれたり腕立て伏せさせられたりバツがひどいじゃん! 日本もこっそり悪い子たちにバツをあててんだよきっとwww』
はじめは冗談が飛び交うような些細な扱いでしかなかった…
1週間が過ぎる頃から大きな社会問題となっていったのだった…