いちにちめ はじまってた
もたもたしていたら、こんな時間に。
誤字脱字はうっかり発見してそっと修正しています。
つまり、むだに(改)マークがつきまくる予定です。
苦しい。
息が詰まる。
まるで、すっぽりとあたまを布か何か…大きなもので覆われたように、息が。
あと、埃っぽい。
げふんげふん。
「……って、ほんとに覆われてた!…っ!!」
ごろんごろんあわてて転がりまわって、口を塞いでどうにもジャストフィットした布切れを顔から引き剥がす。
華麗に取ろうとぐいぐい端っこ引っ張ったら首がきゅっと絞まった。どうなってるんだこれ。からまってる、からまってる。
手探りで、はずした布切れを確認すると、片側が袋っぽくなった長めの長方形。この袋部分にあたまがすっぽり入っていたのか。てるてる坊主か。そしてまぶしい。
………いや、これちょっと危なかったのではないだろうか。もしや、今、生死の境目だったのでは。
脱力して、身体を伸ばす。
あれ、寝てる?
「あー…」
無言。
「…………知っている天井だった」
いつかは言ってみたい台詞ナンバーワン。でも嘘はつけないので。変わらず、自宅の天井でした。
「寝てた…?」
むくりと上半身を起こし、現状確認。
チューハイ(大)の缶。ド●トスタコス味の残骸。時計代わりのガラケー。そして、布(所持品)。
この布は…あれだな。大変見覚えがある。ちらりと傍らの鏡(大)に視線を向ける。
あれとセットのやつだ。
もともと付いていたものか、祖母か母のお手製なのかはわからないけれども。ずっと昔から鏡と一緒の扱いで、染めたうえに上部と裾には不思議な模様の刺繍がほどこされた綺麗な布製の。袋状になった部分を上からかぶせて、前に垂らすタイプだ。
基本むき出しの自分なので、使わないけれど、失くすのもあれなので鏡の足元付近においてあったやつだった。転がっている間に、肌寒くなって自分で巻いたのか。
洗濯していて良かった。たぶん五年前ぐらいだけど。
「それにしても」
立ち上がって、姿見の前に立つ。
「へんな…夢? まぼろし? まぼろしはマズイな、じゃあ夢で」
なかったことにしました。
すごい形相の女子(推定)とか見てない。見てないよ。
「……ん?」
結論付けた途端に、困ったものを発見する、それが人生の法則。
おんぼろ家屋の二階の自室。雨戸を半分開けっ放し・閉めっぱなしの窓から、降り注ぐ朝日がまぶしい。
きらりと輝く鏡面。
まぬけな顔の自分(全身)。下から、足元。腰。胴体。顔。
そして、ふたつの赤い手形。ぺたり。
ぎゃー。
人間、本気で驚いたときには意外と声など出ないものだなと思う。
ちなみに、知り合いの女子グループなどは、ふだんきらびやかな艶姿なのだが一緒に行ったサッカー観戦でここぞという時に全員がそろって「…うおおお…!」と声を出していた(当人達無意識)。また、別の機会には、知り合いの男子達がうっかり階段からころげ落ちそうになって一斉に「わあっ」「わきゃあっ」などかわいらしい高い悲鳴を上げたのを目撃している。奥深すぎる、人類。それはともかく。
人よ、冷静にあれ。
そして平静であれ。
たとえ、黒いあいつが暗闇から飛び掛ってきても、常に心を平らに乱れない。やつは絶対に逃がさない。
そんなわけで、姿見の正面から手形を確認。うん、赤い。右手と左手を、こう…くわあっと開いて、そしてぺたりと押し当てた状態に…、汚れている。そう、汚れている。
最初、血まみれの手形ってこれか! などと思ったのだが、ちょっとちがってた。赤くて茶色い。
「泥…だな、これは」
つまり、汚れている。
無意識に周囲を見回して、そわそわと上に着ていたTシャツをひっぱっておなかめくって伸ばしていた。息をするより自然に。いや、無理。届かないからね、自分よ。
二次案として、おもむろにさきほど取り去ったそれを見つめる。じー。刺繍あるけど、裏は影響ないと思うのだ。洗濯するし。五年ぶりに、しなければならないとさっき決意したので。…怒ってないよ?
「ん?」
ごしごし。
「んん?」
ごしごしごし。
「んんんんん?」
泥汚れって意外と落ちにくい。
とかじゃなかった。外に…鏡面に汚れがついているわけではなかったらしい。
「どうなってんだ、これ…」
鏡の仕組みとしては、ガラスがあって、その裏側に銀の薄い膜を貼り付ける。それをさらに台となる鉄の板にはめこんだり、いろいろだけれど。ガラス・銀・台部分のうち、反射させる部分は前の二つなので、場合によってはじっくり見ると映像が二重にぶれてることも……いやそれは今は関係なかった。
「銀は……無実か」
おでこをぎゅうぎゅう押し付ける勢いで目を近づけて、鏡面のガラスとその向こうを凝視。両目が寄って、すごい顔になってる。
結論から言えば、問題の手形は、銀膜自体についてるわけではなく。銀膜が変色したりカビたわけでもなく。
ではどこについているのだと問えば、ガラスの裏側に。そうですね。ホラー映画とかで鏡の向こう側からうおうお叫びながらなにかが来るときに、ちょうどぺたりと両手を押し当てて血糊とかついちゃうあれですね。あちら側からの痕跡。
………そのままなんですけど!!
更に言えば、凝視した結果、赤いのはやっぱり血だった。全部じゃないけれども、指先とか、血がにじんでるっぽい。それと泥が合わさって赤っぽい茶色っぽい手形ぺたり。困った。ふき取れないぞ。
ひとつ、大きく息を吐く。
額に汗が。そっと手もとの布でふく。視線が。うなだれたせいで、視線が下がってしまうわけだが。
つまり、昨晩のあのすごい形相の女子(推定)は、こっちの姿見の前で妙なパフォーマンスをしていたわけではなく。
覗き込んでいたわけだ。
あちら側から。
血のにじんだ両手を鏡……もうガラスでいいか……について。
暗闇を背景に、ひたすらこちらを─────
そう。
たった今そこの、2mほどある縦長の姿見の左下の角から、両手をあてて半身を持ち上げて、見上げるように覗き込むようにこちらをひたすら凝視している彼女のように。
うわああああ。
「目力が!ひどい!!」
あっ、声でた。でもちがう。そうじゃない。
一瞬だけ、目が合った彼女が、暗闇に溶けて。
四角い窓の向こう側で何度か稲妻が走る。
浮かび上がって、また溶けて。
白と黒の繰り返しに、点滅するような彼女の姿。
…………なんだ、これ。
意識の上にも降りてくる暗闇の気配。これはまた気絶か。おさらばですか。
そう思ったものの…
『─────って…!』
必死に伸ばされた左手が。
叩きつけるように。
祈るように、すがるように、はっきりと血の滴り始めた白い手がガラスの向こう側から押し当てられたのを見たとき。
手を伸ばしていた。
あっ、でもやっぱり無理。ごめん。
──────暗転。
続く
少年スポーツ漫画の試合のように。
進まない。申し訳な……ごふっ。