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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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008.すぐ隣の薄気味悪さ

「そもそもさ~、ひだりってどこ出身? なんででっかい杖持って一人旅なんてしてたのさ」


 『変態賢者』の汚名を払拭するためのおれの熱の籠もった弁明が終わると、ジュジュが予想していなかった質問を投げかけてきた。いや、おれ自身のことやおれの旅についてはこの子たちにまだ何も話していなかったのだから、予想していなかったというのは、嘘なのかもしれない。いずれは訊かれることだと、本当は気付いていたのだから。ただ——、


「出身って言われてもなぁ……気付いたら森ん中に寝てたんだよ」


 それは仕方のないことだ。どうやって“ここ”に、“この世界”に来たのか、なぜ来てしまったのかなんて、おれ自身にもよく分かっていないのだから。けれど、それでも旅をする理由については話すことができた。それは、酷く曖昧で輪郭のぼやけたものであると自分でも感じているところなのだが。


「でも旅してた理由については答えられるぞ、一応。おれの持ってるあの杖」


 言って、おれは自身の前の席に立て掛けてある琥珀色の大杖、ポーンを指差した。ロロットとジュジュの目がそちらに向けられる。


「あれさ、実はおれの持ち物じゃないんだよ。借り物なんだ。でも誰から借りたのかっていう肝心なところの記憶が全然なくて。だから、本当の持ち主を探してポーンを返すためにおれは二ヶ月間色んな所を歩き回ってたんだ。それがおれの旅する目的だよ」


 一呼吸置いてから、「まだ達成してないから現在進行形の目的だけどな」と一言付け加えておいた。きちんと言葉にして言ってみると、なんともまあ荒唐無稽な目的である。だって借りた人間の特徴なんて丸っきり知らないのだから。しかし、荒唐無稽だったのは二ヶ月前の、まだおれが一人だった時のことである。今は持っている情報が違う。


「前の時は無謀だったと我ながら思うけど、今は結構現実味帯びてきてる目的だと思うよ。ポーンは星の杖かもしれないって話だったから、持ち主捜しも賢者様に絞ってやっていけば良さそうだしな」


「ふぅん。なんだかミステリアスなんだね、ひだり君って。年下とは思えない不思議な雰囲気を感じるよ」


 おれの一連の話を聞いていて「ミステリアスだね」の一言でまとめたのはロロットだ。間違ってはないと思うが、なんだろうな、この気持ち。そうザックリまとめられるよりも、もっとこう、言葉数の多い感想が聞きたかった気がする。


 「因みに、私はその杖の持ち主じゃないよ」と言われたが、そんなことはとうに知っている。もし彼女がポーンの持ち主であるならば、もっとそれらしい反応があったことだろう。


「でも気付いたら森の中で寝てたなんて、すっごく怖いね。それ以前の記憶はないんでしょ?」


「ないな、全く」


 元いた世界の断片的な記憶はあれど、この世界での記憶はあの森の中からが出発点だった。


「き、記憶喪失ってやつか? いわゆる」


「ん~……まあ状況からして、おそらくジュジュの言うとおりの記憶喪失なんだと思う」


 自分にあの森での目覚め以前の記憶があるのかどうかについては、全く確実なことが言えない。ただ、この十二歳のおれだって、きっとどこかの家庭で産まれ、誰かに育てられてここまで大きくなったはずなのだ。常識的に考えて。


「じゃあなおさら、お姉ちゃんたちと楽しい思い出作ってかないとね!」


 金髪少女に冗談交じりにそう言われた。先ほどジュジュに同じようなことを言われたときと違い、その言葉にはおれに対するからかいの気持ちといったものは含まれていないようだった。


「ま、そんな話はどうでもいいか~」


 両手を組んで上に伸ばし身体をほぐすジュジュ。お前が訊いてきたくせに、その張本人が「そんな話はどうでもいい」と言うのは何事か! とも思ったが、だからといって別にこの話題を続けたいとは思っていなかった。自分の中でも曖昧な事柄なのに話し続けてもしょうがないじゃないか。


「それよりもさ、なんか楽しいことしようよ! しりとりとか!」


「しりとりってそんなに楽しくなくない?」


「そっか。じゃあクイズ?」


「問題考えるのに時間掛かっちゃって、やっぱり楽しくなりそうにないよね、それ」


「あ、そっか。じゃあ——」


 ずいぶんと間の伸びた会話だ。おとなの精神を持つおれは、彼女たちのそんな取り留めのないやりとりを眺めつつ、心の中でそんな突っ込みをしてしまった。突っ込まずにはいられないほどの、ゆるいやりとりだった。


 夜の暗闇の中を走る列車は思ったほどには揺れず、ガタゴトいう音もそんなに気にならなかった。おれの側にいる少女たちの雑談は、そんな列車の走行音をBGMにして、長く長く続いていくのだった。




 深夜だった。具体的に何時頃だったのかは、この世界での時計を持っていないおれとしては知りようがないことなので分からないが、窓の外がまだ宵闇に包まれている事から察するに、今が深夜であることは理解することができた。

 おれの目は、列車の急停止による衝撃で覚まされていた。


「こいつら、座った状態なのに完全に熟睡してんだな。……若いからか?」


 左斜め前の席に座っているロロットは、いつの間にフードを目深に被ったのだろうか、顔の半分以上を緑の布で隠した状態ですやすやと寝ている。起きる気配は微塵もない。


 これはジュジュの方も同様で、彼女も「すぅー……すぅー……」と寝息を立てて夢の中だった。乗っている列車が急停止してそれなりに衝撃があったというのに、よくもまあこう寝ていられるものである。それにしても、いったい何があったのだろうか。


「つーか、重いんだよお前の頭」


 おれの左肩にもたれ掛かっていたジュジュの頭を、彼女が起きないように神経を使いながらどける。動かす途中、「う~ん……」と唸ったので、一瞬起こしてしまったのだろうかとドキリとしたが、そんな心配は無用だった。おれの動作が終わった後も、彼女は夢の世界に赴いたままであった。


 おれは立ち上がると、前の席に掛けていた大杖を握り、彼女たちの足にぶつからないよう細心の注意を払いながら通路へと出た。睡魔が引っ込んでしまい、全く寝付けそうになかったので、何が原因で急停止したのか探ってみようと思ったのだ。杖を持ってきたのは護身用としてである。ただ実際には自分の身を守れるような、魔法らしい魔法など使えもしなかったのだが、何も無いよりかはましである。


 とりあえず左の方へと歩を進めてみることにする。記憶が正しければこちらの方に運転席があったはずなので、進んでいけば車掌にでも出くわすだろう。

 おれの予想は正しかったようで、そんなに動き回らないうちに車掌らしき男性に出会うことができた。


「あ、すいません。急に停止したみたいですけど、何かあったんですか?」


 車掌というと、中年か、あるいは老年の男を想像していたのだが、目の前の人物はそんなイメージの車掌よりも全然若かった。おれよりかは年上に見えるから、三十代前半といったところだろうか。


「魔獣が線路の上を通り過ぎていったんですよ。今は念のために列車周辺と、進行方向の見回りを行って安全を確認しているところです」


「えっ、魔獣?」


 魔獣ってなんだ? 言葉の響き的に絶対危ない存在なのだとは思うが、おれはその魔獣とやらには会ったことがなかった。いや、別に会いたいと思ったことなど一度もないが。


「はい。まあ、ここは禁足地のすぐ隣なので、魔獣が横切ることはそれほど珍しいことではないのですが。でもやはり、魔獣は怖いものですね。この仕事に就いてからそこそこ経ちますけど、全く慣れませんよ」


 おれと会って緊張が少しやわらいだからか、男性はやけに饒舌だった。「禁足地」と彼は言ったが、この言葉にもおれは聞き覚えがなかった。意味としては言葉通り、「立ち入ってはならない場所」ということなのだろう。おれの元いた世界では、禁足地とされるのは宗教上の理由で踏み入ることの許されない聖域を指すことが多かった印象だが、この世界ではどうもそういう意味ではないらしい。


「無理なことをお願いするかもしれませんが、ぼくも外に出て少し辺りを調べてみてもいいでしょうか?」


 そう尋ねてみると、車掌は眉間に皺を寄せて「えっ」っと声を漏らした。単なる乗客、それもこんな子どもがいきなりこんなことを口にすれば、そりゃあそういう反応を返すことだろう。当然の反応だ。なので、おれもあらかじめ用意しておいた返答を口にした。


「こう見えてそれなりに魔法が使えるんですよ、ぼく。だから、お願いします」


 堂々と言った言葉は、しかしハッタリである。一応、嘘ではないだろう。これはあれだ、誇張というやつだ。魔法らしい魔法は使えないけども、魔法っぽいようなことなら一応できるのだ。ただし、それが自分の身を守れるような立派なものではないということは認めなければいけないのだけれど。


「……ま、魔法使いであるならば、まあ、大丈夫、かな? ああでも、本当にちょっとの間だけですよ!」


 車掌からの許可が出た。……のはいいことだが、車掌としては、たとえ相手がたとえ魔法使いであったとしても所詮は子どもなのだから、断固として外に出ることを止めるべきなのではないか。


 そう思いつつ、車掌の側を離れて扉の方へと歩いて行き、引き戸を引いて外に出る。昼間は軽装でも問題なかったのだが、夜ともなるとやはり少し肌寒い。身体だけでなく心までも冷やしてくる不気味な冷気は、列車のすぐ側に多い茂る森の中から漂ってきていた。森は、夜の闇に覆われてその姿を黒く染め上げている。


 おれはごくりと唾を飲み込み、一歩踏み出した。自分から辺りを見て回りたいと言ったのだ。入り口の前でビビっていては情けないことこの上ない。少し進んでから右に左にと首を動かしてみる。遠くの方で明かりがちらちらと動いているのが確認できた。おそらく、車掌が言っていた安全確認を行っている乗務員たちだろう。


 見えたのはそれだけだった。列車の前を横切ったらしい魔獣は見当たらない。魔獣の気配も特に感じられなかった。ただ、目の前の森からは奇妙な威圧感を感じていた。車掌の男からこの森が魔獣の棲む禁足地だと聞いていたからだろうか。それとも…………。


「ん? なんだこれは」


 ふと、森の縁になにやら一枚の紙切れが落ちていることに気が付いた。近寄ってそれを拾い上げる。それは破られた紙の一部であった。たくさんの文字で埋め尽くされていたのだろうか。拾った紙切れには多くの文字が記されている。



 ——“人体実験”、“米国に送るスパイ”、“使い物にならない実験体”、“ゴミ人間の処分”、“極秘裏に遂行”、“政府からの要請”、“日本国内の情報規制”——。



 そのような言葉をおれは読み取ることができた。紙切れの文章は中途半端なところから始まり、中途半端なところで破られていて、その全容はまったく分からない。しかし、意味を理解することのできた部分だけを見ても、この紙に書かれた内容が酷く不気味で恐ろしいものだということは感じることができた。


「な、なんだよ……これ……」


 心が凍えた。それは夜の寒さのせいだったのだろうか、それとも得体の知れないナニカに対する恐怖のせいだったのだろうか。禁足地の森の縁に佇むおれには、残念ながらその区別が全く付かなかった。



つづく

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