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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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007.夜行列車はケモミミを乗せて

 窓の外はもうすっかり暗くなっていた。発車してすぐの時は、夕焼けに染まる街が後方から前方へと流れていく様を眺めることができたのに、今は全く何も見えない。見えるのは窓に反射して映っている自身の顔とロロットやジュジュの姿だけだ。それもそのはずである。西日の差していた時にはのどかな田園風景を楽しむことができたが、該当の類は一切なかったので、陽が落ちれば辺り一面真っ暗闇に包まれるのは当然のことだ。


「いやぁ、初っ端からトラブル発生だねー」


 何ひとつ見えない窓の外へと目を向けていた俺に、ロロットが話しかけてきた。彼女はおれの斜め左前に座っていた。ちなみに、おれの前の席には三人の荷物が置かれている。


「本当は向こうで一泊する予定だったのに、まさか車中泊になるとは」


「寝台列車じゃないから身体がバキバキになりそうだな」


 それとも、若い身体ならばそんな心配は無用だろうか。


「せっかくだし、なんかしながら一夜を明かしてみるってのはどう?」


 おれの左隣に座るジュジュが、八重歯を覗かせて無邪気に提案してきた。確かに座った姿勢で熟睡などできるはずもないので、一睡もしないというのは選択肢として無くはないが、しかし徹夜はきつい。二十代も半ばを過ぎたお兄さんが、まだピチピチの十代前半の女の子たちの体力についていけるとは全く思えない。いや、今の身体は十代の男の子のそれであるけれども、身体バキバキ案件とは事情が異なる。


「ん〜。私は別にいいけど、何するの? 特に遊べるものなんて持ってないよ、私は」


「そういやわたしも何も持ってないや。ひだりはー?」


「二ヶ月間一人旅をしていたおれが、みんなで遊べる物なんて持っているわけないだろ」


 そう返すと、ロロットもジュジュもなんだか同情するような、心配そうな表情をこちらに向けてきた。申し訳ないといった感じでロロットが声をかけてくる。


「なんかごめんね、ひだり君。その、元気だしてね!」


 なんだその言葉は。そう思っていると、左肩をぽんぽんされた。ジュジュの方に顔を向けると、彼女が優しく笑いかけてきた。


「これからはロロットもわたしもそばにいるからさ、元気出せよ。おねーちゃんたちと一緒に楽しい想い出作ってこ?」


「別に友達がいないとか、そういうことじゃねーよ! 喧嘩売ってんのかお前らは!」


 まあ、この世界での友達がいないのは事実だが、元いた世界では人並みに友人はいたぞ。同情される筋合いはない。おれは肩に乗せられたジュジュの左手を払い除けた。


「それと、お前ら何かとお姉ちゃんぶるけど、実際は大して歳離れてないだろ! 一、二歳差ってとこだろうが!」


「女の子に年齢訊いてくるなんて、ひだり君は失礼な子だなー。まあいいけど。私もジュジュも十四歳だよ。ひだり君は?」


 尋ねられて困惑した。彼女が訊いてきたおれの年齢は、まず間違いなくこの少年としてのおれの年齢だろう。だから、二十七歳という元々のおれの年齢を答えても意味がない。というか、多分「はあ?」という顔をされるだろう。主にジュジュに。なのでここで答えるべきはこの身体の年齢になるわけだ。が、しかし、おれは気付いたらこの姿になっていたのであり、小さい頃から成長してこの姿になったわけではない。正確な歳など分かるはずもない。


 十代前半であることは分かっている。中学生というよりかは小学生かなぁ、といった感じであることも分かっている。これらのことに加え、十四歳の少女たちがおれに対して時々お姉ちゃんぶるという情報も先ほど得られた。重要なのは、お姉ちゃんぶることが時折であり、常々ではないということである。これらの点を踏まえて考えられるおれの年齢は——。


「十二歳……かな?」


「いや、“かな?”って何だよ!」


 すぐさまジュジュに突っ込みを入れられてしまったが、ベターな回答をしたと思う。子どもたちの間における一、二歳の差は大きい。まして小学生や中学生くらいの年代ではなおさらである。もしおれと彼女たちの年齢差が三つ以上あったのならば、おそらく彼女たちは“常に”お姉ちゃんぶっていただろう。子どもの成長とは早いものである。


「二歳さかぁ。そんなに離れてなかったんだね、私たちとひだり君。もうちょっと年下だと思ってたよ」


「ひだりは背低いからそう感じるよねー」


「確かにおれの背は低いが、ロロットとほとんど変わんねーよ!」


「でもわたしよりは小さいだろ?」


「お前は頭の上に付いてるその動物みたいな耳で身長稼いでるだけじゃねーか! その耳引っこ抜けばロロットやおれと大して変わんないだろ!」


 ジュジュの綺麗な銀髪からぴょこっと出ているその耳は、だいたい七、八センチはあるように見える。狐のような耳なので、なかなか長いのだ。


「引っこ抜くって……お前、物騒なやつだなぁ」


 引かれてしまった。ひとまわり以上歳の離れた女の子に嫌悪感を示されるのは、なんだか心にくる。めげるな、おれ。


「引くなよっ! たとえだ、たとえ」


「でもケモミミ族って不思議だよね。いっつも耳と尻尾に目がいっちゃう」


 ロロットの瞳にはジュジュの耳が映っていた。


「ケモミミ族って?」


「ジュジュみたいな、頭の上あたりに動物っぽい耳があったり、お尻のところに動物っぽい尻尾がある人たちのことだよ。私たちみたいに顔の横には耳がないんだよ。不思議だよね〜」


 動物の耳が生えているから“ケモミミ族”ということか。そのまんまだな。ネーミング安直すぎるだろ。

 そんなことよりも、気になることをロロットは口にしていた。『ケモミミ族は顔の横には耳がない』と。確かに耳なら頭の上にあるからそうなのだろうが、実際にこの目で見てみたいな。本当につるつるしてるんだろうか。気になったおれはジュジュに尋ねてみることにした。すると彼女は、次のようにさらりと答えてきた。


「そだね、確かに顔の横には耳ないよ。ほらー」


 話しながら顔の横、左右の髪を掻き上げて見せてくれる。普通の人ならば耳があるところにはなにもなく、その表面はつるつるだ。ごく普通の肌である。なるほど、これは確かに不思議だ。理由を理解していてもそう感じてしまう。


「んで、わたしの耳はこっち。ご存じ、よく目立つ動物の耳ー」


 上げていた髪を下ろし、両方の人差し指で頭頂部付近にある縦長の耳を指差す。髪と同じ銀色をしている。ちょいちょい細かく動いており、またどこぞの音でも拾っている様子だ。


「動物の耳ってどんな感じなの? やっぱ音がよく聞こえるの?」


 ロロットが身を乗り出した。おれの方を見ていたジュジュが彼女の方に視線を移す。


「ん〜、なんていうか……音が立体的に聞こえるんだよ。あと、結構遠くの方の音も聞こえてくるかなぁ。これはちょっと集中してないと拾えないけど」


 ケモミミ族がどのような進化の過程を辿ってきたのかは知らないが、どうやらあの目立つ耳はお飾りではないらしい。かなり高性能な耳のようだ。


「音が立体的って、なんか凄いね!」


「生まれつきコレだからさ、わたしには普通の人がどんな感じで音を聞いているのか知らないけど、ケモミミ族の人は音だけで物の位置とか的確に把握できるよ!」


「なにそれっ! カッコいいね!」


「でしょー! ほんと、凄い人は何キロも離れたところにいる獲物の場所とか音だけで分かるんだって! 流石にわたしにはそんな芸当できないけど」


 それは確かに凄いな。野生の動物並みじゃないか。もしかしてケモミミ族の人は狩りなどが得意なのではないだろうか。それについて彼女に尋ねてみると、ケモミミ族は身体能力が高いから、狩りだけじゃなくて運動全般が得意なのだと教えてくれた。確かにジュジュも運動神経が良さそうだった。


 ジュジュの話を聞いていて、ロロットが不思議に思う気持ちが凄くよく分かった。ケモミミ族は本当に興味深い。自分たちとは身体のつくりが違うから理解するのも難しいが、一つ一つの話がとても魅力的だった。そういえば、耳ばかり訊いていたが、尻尾だって負けず劣らず不思議なものである。尻尾があるとはどういった感じなのだろう。


「なあジュジュ、もう一つ質問していいか?」


「なあに? ケモミミ族についてのこと?」


「ああ。その尻尾、どっから出てんの?」


「は? え、なに? 普通にお尻の……尾てい骨のところから生えてるけど……」


 先ほどまで明るかったジュジュの顔が曇り始める。あれ? 何かヘンなことでも言っちゃったのだろうか。


「ひだりさ、まさか……尻尾生えてるとこ見たいとか……そういう、キモチワルイこと言うつもりじゃあ……ない、よな?」


引かれてしまった。しかも、さっきよりもめちゃくちゃ引いているようで、声のトーンがいつもよりも低い。俗にいう、マジなトーンというやつだった。これはまずい。早く誤解を解かなくては。


「違う違う! 尻尾があるってどういうことなんだろうって疑問に思っただけだ!」


「ほ、ほんとに〜?」


「本当だって! 信用しろ、おれを!」


「いやだって、ひだりには『変態賢者』って異名があったじゃん……」


「あれは事故だ! おれも被害者みたいなものだったんだよ!」


 このまま『変態賢者』なんて汚名を着せられたままで黙っていられるか! いまだ不信感滲ませる目をおれに向けてくるジュジュに対して、おれは身の潔白を熱心に語って聞かせた。そんなおれを見て、ロロットは苦笑いを浮かべるのであった。



つづく

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