069.死ぬも生きるも、己の手からはこぼれ落ちて
「“気配”だよ、ひだり。来訪者と接触したことがあり、かつ感覚の鋭い者ならば誰でも気付けるさ。来訪者は外界からの存在ゆえ、独特の気配を纏っているからね」
……ああそうか。
こいつもまた、成平やモルフォ、ゲコ爺同様に来訪者の気配が分かる人間だったって事か。なら、おれが黙っていたところで意味はないな。
「付け加えて言えば、微かだがノエルの方からも同じ気配が漂っている。まあ来訪者だと断言できるほどではないから、私自身も判断には困るのだけれど。ただ、それでも彼が来訪者である可能性は十二分にある」
「…………ふぅん。な~るほどねぇ。確かに、彼が来訪者だという点はあなたの考えを固いものにするわね」
「……………………は? 何が何だか意味分っかんねぇぞ? おいダンクッ! 俺様にも分かるように説明しろ!」
だれかれ構わず偉そうな口をきくグリム。そんな無礼千万な彼に対し、後方に控えていた従者の女性が再び彼の頭にげんこつを振らせる。
「人にものを聞く時は丁寧に頼みなさいって何度も言ってるでしょ!」
「ってぇなクソババア! ぶっ殺すぞ!」
「仮にも人々を守り導く賢者なんだから、軽々しく『殺す』って言わないの!
「はいはい、そこまでよお二人さん。グリムは昔から口の悪い子だから、アタシは別に気にしてないわ」
手を叩いてグリムと従者の言い合いを止めると、ダンカークは自身が理解した『日曜の賢者』の主張を、まるで答え合わせをするかのように彼女へと向けて話しだした。
「ミュフィルちゃんの主張って、つまりこういう事よね? この世界の規格に沿わないひだり君達が来たことが原因となり、世界の枠組みを壊しうる“大いなる歪み”が生まれた。……ええそうね。来訪者という要素を重く見るならば筋の通る話と言えるわ。ま、これが事実なら、ビックリ仰天ってレベルの“あり得なさ”だけれど」
「仰る通り、私の主張は非常に蓋然性の低い話だ。けれど、“事実は小説よりも奇なり”、という諺もある。可能性が低いからと言って、無碍に振り払ってしまうのはナンセンスだろう?」
「ええ、まあ、そうねぇ…………悔しいけれど、その言葉には同意せざるを得ないわねぇ」
「そう。だから————」
瞬間、ミュフィルの視線がおれを貫く。
体温を全く感じさせない、無機的な、あるいは狂気的と言ってもいいような殺意を伴って。一切ブレることなく、おれの身体の中心へと。
「私は、彼ら二人を今すぐにでも処刑すべきだと進言します」
は?
脳天を抉る衝撃に、思考が一瞬にして止まる。
「————————————ッ!!!!」
声になら無い悲鳴を上げているロロットの顔が目に入った。
いつも明るく笑うジュジュの顔が青ざめているのが視界に入った。
「————————処刑……?」
口をついてこぼれ落ちた言の葉は、だがしかし、意味を成さない塵芥となって消えてゆく。
色付いていた世界が唐突にモノクロに切り替わる。
おれ……ここで死ぬ、のか…………?
「話が飛躍しすぎですよ、ミュフィルさん! 僕があなたに頼んだのは、ひだり君たちに関する情報の報告だけです」
ハロルドの声が聞き取りづらい。いや、彼の声だけではない。周囲の音が、こもっているような気がする。
「しかし議長、今日の本題は彼らの処遇でしょう? 彼らが我々の世界にとっていかに危険か、いかに害を成しているかは今ご報告した通りです。であれば、世界を護るためにも危険因子の排除————つまりは、彼らの処刑はとても合理的な判断だと考えますが?」
「だからといって、よく議論もせずに処刑と断ずるのは早すぎる、と言いたいのです!」
「処刑以外の選択肢があると仰りたいようですね。では議長、あなたの意見をお聞かせ願えますか?」
視界が揺れている、ような気がする。ショックのあまり気が動転しているせいだろうか。それに、ハロルドを挑発するように喋るミュフィルの身体を、なんだか黒いモヤが覆っているように思える。現実味のない光景だ。これも視界の揺れ同様、気が動転しているせい————?
「僕は……八賢議会の監視下に置くことを条件に、彼ら二人に行動の自由を認めるべきだと思います」
…………?
「行動の自由を認める? “大いなる歪み”と深い関係がありうる危険因子の存在を放置すると? …………正気なのか、ハロルド?」
「ええ、正気ですとも。彼ら二人と“大いなる歪み”に関係がある可能性が高いとはいえ、それはまだ憶測の域を出ない話。ましてや“大いなる歪み”の原因だ、というのはその最たるものではないですか! いくら異端とはいえ、彼らも人です。決定的な証拠が出ていないのならば、僕らの監視下に置くだけで十分だと考えます!」
「“大いなる歪み”との繋がりに確信が持てなかったとしても! その可能が少しでもあるのならば、排除すべきではないですか⁈ 我々には人類を————世界を護る義務がある! ハロルド、君のその甘さで世界が滅ぶかもしれないぞ?」
「そこまでじゃ! 二人とも、冷静になられよ」
熱を帯びるミュフィルとハロルドの言い合いに水を差したのは海遙だった。
「処刑にせよ野放しにせよ、いささか極端が過ぎる」
…………ハロルドの予想だにしなかった言葉に、意識が再び、現実へと集中し始めた。
世界に、色彩が戻っていく。
「其の二人についてはまだまだ調べる価値がある。ゆえに我としては、八賢議会の管理下に置き、この帝国に縛り付けておく方が良いかと思うがの」
「それは“幽閉”ということでしょうか。であれば、私も海遙さんに同意です。帝国ならば足を運びやすいですし、情報収集に特化したこの私の力を最大限に生かせると思います。それに、やはり処刑と断ずるのは些か早すぎるかと」
「アタシもアリスちゃんと海遙ちゃんに賛成よぉ。理由も二人と一緒。今は様子見すべき段階じゃないかしら?」
「君たち…………事の重大さが分かっていないのか……?」
ミュフィルの瞳が影に沈む。大講堂内の空気に、肌がヒリヒリと痛んだ。
「……あなたはどう考えていますか、グリム?」
「ああ?!」
話を振られたグリムがキレ気味に答える。
「俺ぁ強ぇ奴と戦えりゃあそれでいいんだよ! 自分が最強であることを実感できるのならばそれでいい。だからお前らの意見なんて、極論どっちでもいい!」
「どっちでもいいって……」
困惑し、呆れ顔のハロルドの言葉を無視し、彼が意地悪くニヤッと笑う。
「ただ、マジで殴り合うんなら相手を殺す覚悟も必要だ。なら殺しても文句を言われない処刑案の方が得、だろ?」
まだ幼さの残る顔に似合わない、ひどく残忍な目をしていた。
グリムの返答にミュフィルもまた唇を歪める。
「理由はどうあれ、私に賛同してくれるか」
「ああ。けど、約束はしてもらうぜ。あいつらを処刑するのはこの俺様だ」
「了解した。処刑人は君に任せるよ。私はあの二人が消えてくれればそれで構わないのだから」
「処刑派が二人、幽閉派が三人、解放派が一人。これで残るは……」
言って、アリスはロロットへと顔を向ける。
「『月曜の賢者』代理であるロロット、あなたの意見よ」
「わ、私の、意見……」
唐突に起きたショッキングな話題に、ロロットはまだ頭が追いついていない様子だった。そんな彼女へと、口を開くのを急かすように視線が集まっていく。
「わ、わたし、は……私は……」
彼女の身体は小刻みに震えていた。今起きていることに怯え、逃げ出したいという気持ちが顔に出ている。
「私はっ! ひだり君を…………信じてる! ノエル君だって悪い子じゃないって思ってる! だから、処刑するのも幽閉するのも反対ですっ!」
それでもなお、彼女は懸命にその場に留まり続けていた。
それがひとえに、自分を守ろうとしてのことだと考えると、この場でどうすることもできない己の無力感と相まって目頭が熱くなってくる。
「シェーンブルクさん……!」
彼女の言葉から勇気を受け取ったのか、ハロルドの顔が少しほころぶ。
だがそれは、一瞬にして、緊張を帯びる表情へと変貌するのだった。
つづく
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