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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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006.似顔絵を旅の記念に

 ここ、西方諸国では“オイロ”と呼ばれる通貨によって経済が成り立っている。古い時代にはそれぞれの国でそれぞれの通貨が用いられていたようだったが、今から約百年ほど前に西方諸国間で結ばれた通商条約の際、貿易に用いられる貨幣についての取り決めも行われた。そこで新しく誕生したのが“オイロ”である。統一貨幣オイロの登場により、各国間での貿易は以前よりも活発に行われることとなり、西方の文明発展を大きく促すこととなった。


 おれの元いた世界の貨幣同様、オイロにも硬貨と紙幣の二種類が存在した。硬貨には金、銀、銅があり、金貨よりも高い価値を表すのに紙幣が用いられている。金貨や銀貨といっても、実際に金や銀から造られていたのは初期の頃だけの話であり、今はただ名称として使われているに過ぎなかった。


 おれの多少汚れている財布の中には今、二枚の銅貨しか入っていなかった。おれは小銭入れと財布は分けて持つタイプで、今手に持っているのは小銭入れではない。つまり、所持金の大部分を入れている財布の方を開いているのだが、このざまである。


 そう、今のおれはいわゆる、貧乏人だった。そんなおれに対して、この男——インディゴブルーを基調としつつ濃紺のラインが入った、着物っぽい和風な服装をしている——が提示してきた金額には慈悲がなかった。


「き、金貨一枚……だと?」


「ええ。一人銀貨五枚で絵を描いているんですよ。今回はこちらの可愛らしいお嬢さんお二人を描かせて頂きましたので、合計で金貨一枚ですね」


 向けられるは、甘いルックスの爽やかな笑顔。ここでは、銀貨十枚と金貨一枚が同価値だ。おれは視線を手元に移し、財布の中身を確認するも、何度見てもそこには二枚の銅貨しか存在しなかった。銀貨一枚すらない。再び視線を上げる。目に入るのは、甘いルックスの爽やかな笑顔。


「は、はは……」


 乾いた笑いしか出てこない。なかなかに素敵な似顔絵を描いてもらったジュジュとロロットは、おれとこの男から少し離れたところでお喋りに興じていた。無邪気にキャッキャとしている彼女たちはとても満足そうな笑みを浮かべている。


 なぜおれがこんな惨めな状態に陥ってしまったのかといえば、それはこの似顔絵師の所におれとロロットが到着した時点にまで遡る。彼のもとに到着したとき、ジュジュは、似顔絵を描いて貰いたい、ロロットと一緒に思い出を作りたいとおれに言ってきた。旅の始まりの記念にしたいとのことだった。先ほどジュジュに飲み物を買ってきて貰ったこともあり、おれはこの言葉に二つ返事でこう答えてしまった。「おれからプレゼントってことで、代金は払ってやるよ」と。これが間違いだった。


 嬉しそうに「ありがとう!」と口にする二人を見て、最初は「我ながらおとなとして良いことをしたなあ」とか思っていた。しかし、そんなおとなの余裕もすぐに消え失せた。


 おれは、自分の財布の中身を誤って把握していた。財布の中には金貨が一枚残っているはずだと思っていた。だが、その金貨は既に昼食の際に消えていたのである。そのことがおれの頭からすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。その結果がまあ、ご覧の通りである。


「どうかしました? えっと……ひだり、君?」


 男のにこにこ顔が曇り始める。まずい。これは非常にまずい。


「ひだりくーん! お支払い済んだ-?」


「人だかり小さくなったし、掲示板の方に行ってみよ! 列車の発車時刻も近づいてきたしさ」


 頂いた似顔絵をカーキ色の鞄の中にしまい、ロロットがこちらに近づいてきた。その後ろをジュジュが続く。「おれが払う」とか格好いいこと言っておいて、金が足りないだなんて、惨めすぎる。これが公開処刑か。


「はあ⁈ まだお金を払ってない?」


 「どういうことだよ!」と、ジュジュが問い詰めてくる。

 許せ。おれにはおとなの余裕はあっても、おとなの経済力まではなかったのだ。見た目、子どもだからな。


「もしかしてひだり君、お金あんまり持ってなかった?」


 優しく問いかけるロロットのその気遣いが、針の如くおれの心に突き刺さってくる。


「………………ほんと、すみません。お金足りませんでした」


 長い沈黙の後、おれはぼそっと声を漏らした。ジュジュのジト目がおれの居心地の悪さを増幅させてくる。ため息を吐いたロロットは鞄から自身の財布を取り出し、似顔絵師に金貨を一枚手渡した。


「これで足りるでしょうか?」


「ちょうどですよ、お嬢さん」


 代金を受け取った茶髪の男は、おれたちをゆっくりと見回してから言葉を続ける。


「それにしても、子ども三人でどこに行くんだい? 見たところご両親の方は一緒ではないけれど?」


「はい、私たちだけの旅です。立派な賢者になるための修行として、これからトリコロール連合国に向かうつもりです」


「賢者、ねぇ……」


 男の視線がおれの方を向いた。おれが手に持つ大きな琥珀色の杖、通称“ポーン”を見ているようだった。その後、再びロロットの方に顔を戻した彼は不思議そうな表情をしてみせた。


「綺麗な金髪と宝石のような淡い水色の瞳からして、おそらく君が賢者様だと思うんだけれど、どうしてこの男の子が杖を携えているんだい?」


「あ、いえ! ひだり君のそれは私の『星の杖』ではないんですよ!」


 ロロットは肩に掛けていた鞄にすぐ手を突っ込むと、やたら高級そうな紫の布に包まれた細長い“何か”を取り出した。固結びされたその布を取り払うと、光沢の美しい純白の筒が姿を現す。その筒の蓋を開け、彼女が中から出してみせたのは、筒とは真反対の漆黒の杖であった。おれにはその形状が、指揮者の振るうタクトのように見えた。膨らんだ柄の真ん中には乳白色の宝玉が埋め込まれており、周囲の闇のような黒によって宝玉の存在感は一際輝いていた。


「私の杖はこれです」


 おれの持っているものとは姿形が大きく違うその杖を両手の上に乗せ、ロロットは似顔絵師の前に持っていった。おれの杖は賢者の持つ『星の杖』によく似ている。ロロットやジュジュが出会った当初そのように言っていたが、それはなにも見た目のことを言っていたのではないということを、今はっきりと理解することができた。ロロットの黒い杖からは底の見えない不可思議な力が感じ取れる。そしてそれは、おれの持つ杖“ポーン”からも感じられていた力であった。


「満月のような白い宝玉を戴く黒き杖……これはもしかして『二ツ星の黒杖ルーナ』かい?」


「はい。祖母から受け継ぎました」


「なるほどね。本に書いてあった通りの——いや、それ以上の美しさを誇る杖だね。素晴らしいよ」


 笑顔を浮かべつつ真剣な眼差しを黒杖へと向けていた男が、その言葉の最後に「でも」と付け加える。


「『星の杖』はとても貴重で、とても危険な代物だよ。人に尋ねられたからといって、こうやって簡単に取り出してみせるのはあまり感心しないなぁ」


「へ? あ、はい。今後、気を付けます」


「む〜……お兄さんの言ってることはもっともなんだけど、なんか…………なんかなぁ」


 急いで杖を片付けているロロットを見つつ、ジュジュは曇った顔でそう呟いた。おれも同感だ。なんだかこの男にいいように嵌められた気がする。


「ああ、そうだ。立ち去る前にいいことを教えてあげるよ。トリコロール連合国行きの列車は今大幅に遅延しているよ」


 ロロットの荷物整理が終わったため、掲示板の方へと移動しようとしていたおれたちを男が止めてきた。大幅な遅延、か。だからずっと、掲示板の前には人が群がっていたのか。


「車両トラブルらしいんだけど、詳しいことは僕もよく知らないな。まあでも、夜には発車するらしいよ」


「情報ありがとう。助かるよ、似顔絵師さん」


 おれが礼を言うと、男は「気にしないで」と言った後、くせのある茶髪を掻き上げてからさらに言葉を続けてきた。


「実は僕もトリコロール連合国に向かうつもりなんだ。だから多分——いいや、きっとすぐにまた会うことになると思う。その時には僕のことを“成平(なりひら)”って呼んでくれ。僕の名前、在原成平(ありわらのなりひら)っていうからさ」


「は、はあ……」


 目的地が一緒だからといって、果たして再び会うことがあるだろうか。確かに全くないとは言い切れないが、その確率はもの凄く低いのではないだろうか。なにはともあれ、おれとしては別に会えなくても問題はない。むしろ会えなくていい。なんかこの爽やかスマイルが胡散臭いし。


「成平さん、似顔絵ありがとうございました! とても良い記念になりました!」


「次に会ったときはひだりを描いてあげてよ! 可愛げはないけど、一応旅の仲間だし。じゃーね、成平さん!」


 成平と名乗った男に対してそれぞれ一言発してから、彼女たちは歩き出した。日も暮れてきたし、発車時刻はともかくとして、乗る予定の列車がこの駅に到着するのにもそんなに時間は掛からないだろう。まだニコニコとしている成平をちらっと見てから、おれは二人の背中を追い始めた。



つづく

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