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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
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066.『星』を背負う者たち

 元老院庁舎にある円形の大講堂には、およそ強者(つわもの)たちと称するに相応(ふさわ)しい者たちが所狭しと詰めかけていた。入口の扉から客席を割ってまっすぐに伸びた通路は講堂の中心に通じており、そこから視線を上げれば正面に上等な席が八つ視界に入る。


 上等な席——椅子自体に何らかの紋様が刻まれたその貴族が座るような席には、これまた上等そうな真紅の布が掛けられており、机には着席した主の喉を潤すための黄金製の(ゴブレット)が置かれている。至れり尽くせりといった感じだが、世界の守護者たる“八賢議会(はっけんぎかい)”が座る場所ともなれば納得だ。席が弧を描くようにカーブを描いているのは、着席した者たちがお互いに顔を見やすくするためだろう。


 つまらない所感を述べるのなら、ここはさながら法廷のようであった。昔見たテレビドラマのワンシーンが頭を過ぎる。であれば屈強な騎士に円の中心へと引っ張られたおれやノエルは罪人役といったところか。

 いや、“役”ではないか。ロロットを含めた一部を除き、講堂に押し寄せた人々がおれたちに向ける眼差しに温情の兆しは見られない。どいつもこいつも同じ目をしている。“こいつらは何者なのか?”という疑問に満ちた目だ。


 おれやノエルが騎士団に囚われてから一週間。

 今、その処遇を問う会議が始まろうとしていた。


「本日はお集まり頂き誠に感謝致します。急速に拡大する世界の異変について賢者同士の情報共有と認識合わせため、臨時に招集させて頂きました。…………『金曜の賢者』のみ欠席のようですが——」


()れはいつもの事じゃろう、日曜の?」


 集会を始めんとするミュフィルの言葉を遮ったのは、おれから見て賢者席の右から三番目に座る鹿のような角を生やした少女だった。宝石が如き淡泊な碧色(あおいろ)の瞳を細め、少女は愉快げに唇を開く。


「あやつは昨年の定例会でも、一方的にしたためた文一つで報告を済ませておったではないか。そういう奴じゃあの阿呆(あほう)は。こちらが期待するだけ無駄の、賢者サマの面汚し。初めからいないものとして扱うがよろし、であろう?」


 羽織っている黒い着物の袖で口元を隠し、少女が小さく笑う。


「……それもそうだな。大方、調査と称してどこぞの禁足地(きんそくち)内に留まっているだけであろうが、馬鹿の行動にいちいち付き合ってもいられん。では、予定通り臨時集会を始めさせて頂きます。ハロルド議長、進行をお願い致します」


 言って、ミュフィルは視線を隣人へと向ける。おれから見て彼女の右隣に着席するやや緊張した面持ちの少年は、エンジェライトの瞳に映る不安の色を隠しきれないまま喋り始めた。


「それでは本題へ入る前に、世界の異常についての現状の確認を——」


「——ちょおっといいかしら、ハロルド議長?」


 が、それはすぐに聞き覚えのあるおっさんの声で遮られた。

 ハロルドという名前らしい少年賢者が筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の右腕を上げているおっさん賢者、もとい、オネェさん賢者のダンカークへと顔を向ける。あのオカマ野郎は今回もバスローブみたいな装いで、ご立派な角が額からそそり立っていた。


「な、なんでしょうか、ダンカークさん……?」


「今回の臨時集会、代理とはいえ新顔月曜日ちゃんの初出席じゃなぁい? まだ右も左もオネェさんも分かってないヒヨコちゃんなんだし、簡単にでもいいから自己紹介した方がいいと思うの、アタシたち。まあ、アタシは既に面識あるんだけれどねぇ。どうかしら、ハロルド議長?」


「……確かにそうですね。月曜代理のシェーンブルクさんはまだ見習い。僕を含め、この場が初対面といった賢者は多いでしょう。承知しました、ダンカークさん。あなたの提案を採用致します」


「あ、あの、ダンカークさん! ありがとうございますっ!」


 おれから見て一番左端の席に座るロロットが身を乗り出してダンカークへと感謝を述べた。それに対するオネェさん賢者の返答はいつぞやのようなウインクだ。これくらいの事は別にどうって事ないのよ、といった風だった。


「では皆さん、七曜の順に自己紹介をお願いします」


「七曜の順、か。なら最初は私だな」


 ミュフィルが静かに席を立つ。流した金髪で左目を隠し、高潔な白い外套(がいとう)をきっちりと羽織った彼女のその様は、まさに“品行方正”、“清廉潔白”であり、“正義の執行人”と呼ぶに相応しい姿だった。キリッとした()には一切の悪を斬り捨てるが如き鋭さが伴っている。自分が見られているわけでもないのに、おれの肝っ玉は思わず縮こまった。


「私は、このヘリアポリス帝国が誇る守護の聖剣、星羅騎士団(せいらきしだん)の団長にして『日曜の賢者』、ミュフィル・クリエスフォード。“再生と滅亡を支配する魔法”を得意とする『星の杖』、一ツ星の白杖(はくじょう)ソルを任された者だ」


 これで終わりという感じで、ミュフィルが再び席に着く。

 数秒の間の後、次が自分の番だと気付いたロロットが慌てて立ち上がった。


「げ、『月曜の賢者』代理のシャルロッテ・フォン・シェーンブルクです! ま、まだ見習いの身ですが、病床に()している祖母に代わり、本日の集会に出席させて頂きます。えっと……“精神と感覚を支配する魔法”を得意とする『星の杖』、二ツ星の黒杖(こくじょう)ルーナを祖母より引き継いでおります。よろしくお願いしますっ!」


 あたふたとロロットが頭を下げた。

 “病床に臥している祖母に代わり”、ねぇ————絶対嘘だな。おれが覚えている限り、ロロットの祖母はシェルバ公国で引きこもっているはず。間違っても重い病を(わずら)ってはいまい。


「んじゃ、次は天下無敵の俺様だな」


 ロロットの隣に座っていた小学校高学年くらいの男児が、両腕を頭の後ろに回し、組んだ足を机の上へと投げ出した。


 彼の金の短髪はツンツンと尖り、水色の瞳は生意気そうな光を(たた)えていた。ジュジュと同じケモミミ族であるらしく、ふさふさの動物の耳が生えている。もっとも、ジュジュは狐のような耳であったが、こちらは犬、具体的に言えばゴールデンレトリーバーのような垂れ耳をしており、その点だけに関して言えば可愛らしい。


 ただ、(おおやけ)の場にそぐわぬ無礼な態度と相まってこちらの心象は最悪だ。あんなクソガキでも素養があれば賢者だというのだから、彼の付き人はさぞ大変だろう。


「グリム・ディルギス。“力と熱量を支配する魔法”が得意の三ツ星の朱杖(しゅじょう)マルスの使い手、『火曜の賢者』だ。俺様は最強だからな。逆らうんじゃねぇぜ、新入り?」


「こ、こらっ、グリム!」


 グリムと名乗った少年の後方に座っていた一人の女性が彼の頭を引っ叩(ひっぱた)いた。


「——テェな! 何すんだッ!」


「会議の場なんだから、ちゃんと座りなさい!」


 グリムは不満そうな顔をしていたが、口うるさい彼女に観念してか、渋々机の上から足を降ろした。反抗的な態度の目立つ子どもだが、どうやら彼女に対しては素直に言うことを聞くようであり、日頃の主従関係の一端が見てとれた。

 グリムの隣に座り、その様子を見ていた『水曜の賢者』アリスが口を開く。ふんわりとした長い金髪は相変わらずで、左耳の上あたりには以前同様青いリボンが付けられていた。


「……よろしいですか、グリム?」


「あァ? 別に構わねぇよ」


 口の悪い彼のぶっきらぼうな返答を受け、「では」とアリスが席を立った。


「『水曜の賢者』、アリス・メロディアです。契約している『星の杖』は四ツ星の蒼杖(そうじょう)メルクーリア。“情報と交流を支配する魔法”を得意としています。……ロロットとは小さい頃からの仲ですし、そこにいるひだり君ともロジューヌで一度お会いしています。ですが、この場では公平中立の立場で参加する所存です。よろしくお願い致します」


「はてさて、ようやく(われ)の番かえのぅ」


 礼儀正しくお辞儀をして着席するアリスと入れ替わるように、彼女の隣の席の少女が黒い着物の裾を揺らして立ち上がった。立ち居振る舞いや喋り方から『火曜の賢者』ことクソガキのグリムよりかは年上だと思われるが、それにしても凄く小柄な少女だった。背丈だけ見れば今のおれやノエルと同じくらいだろうか。


「我は東方諸国(とうほうしょこく)連合が一つ、天倭(てんわ)の第二皇女、『木曜の賢者』花ノ宮(はなのみや)海遙(みはる)。五ツ星の緑杖(りょくじょう)ユピテルを使い、“支援と繁栄を支配する魔法”を得意とする者。皆々様の熱い視線を集めるこの二本の角は、気高き鹿鷹族(ろくようぞく)の“証”にして“誇り”。……さて、以上が我の紹介じゃ。今後とも何卒(なにとぞ)、よろしゅうの」


「あら、相変わらずいい自己紹介っぷりねぇ。台詞(せりふ)回しがとってもアタシ好みだわぁ」


「そう褒められても差し出せるもんは何もないぞ、土曜の。其れよりも貴殿の紹介を(はよ)う行うべきでは? 其の方が集会の進行にも差し(さわ)りがないじゃろう?」


「それもそうね。さっさと済ませないと全然本題の方に移れないし、パパッと終わらせちゃおうかしら。アタシが今一番興味あるのは、ひだり君とノエル君の事ですから」


 ウフフと笑いながら、ダンカークがこちらに対して短く手を振った。……返答に困る。


「アタシは一角族(いっかくぞく)の逞しくもか弱い乙女、ダンカーク・ブレンツェよぉ! 皆からは親しみを込めて“ダンク”って呼ばれてるわ。七ツ星の銀杖(ぎんじょう)サトゥルヌスを操り、“制限と停滞を支配する魔法”を振るって世界を護る——それがアタシ、『土曜の賢者』よ。よろしくねぇ!」


 パーマがかった金髪の巨漢が周囲に笑顔を振りまいて着席する。彼が完全に座ったのを確認してから、ハロルドは自身のことを喋り始めた。真ん中分けされた金髪のストレートヘア、その前髪の奥にある瞳からは幾分(いくぶん)緊張の色が消えているようだった。


「最後は僕、『暦法(れきほう)の賢者』の番ですね。一応、八賢議会のリーダーを務めており、今回の場でも議長として司会進行をやらせて頂くハロルド・レインです。手にする『星の杖』は八ツ星の無色杖(むしきじょう)アトム。“創造と関係性を支配する魔法”を得意としています。本日はよろしくお願いします」


「OK、OK! これで自己紹介は終わり。皆晴れて顔見知りね!」


「ま、新入りがちゃんと覚えてるかは知ンねぇけどな」


 ダンカークの言葉にグリムが突っかかる。彼自体は気に入らないが、その発言には(おおむ)ね同意だ。自分の処遇が決まるっていう状況ゆえ、最後まで覚えていられるか少々自信がない。覚えるべき話は絶対にこれからのはず。余計な部分に頭のリソースは割けられない。


「それでは話を戻して、まずは例年の定例会同様に現状の確認から行っていきましょう」


 顔にまだ幼さを残す議長、ハロルドが(りん)とした声で発言する。

 異端者であるおれとノエルの処遇についてはこれが終わってからのようだ。


「————現在起こっている、世界の異常についての確認から」




つづく

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