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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
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065.さよなら、おれの異世界旅行

「おい、ふざけるな! 離せ、このッ! ————おれたちが何をしたって言うんだッ!!」


 腕を後ろに回され、ガタイのいい騎士の男に拘束されたおれは、眉尻を吊り上げて目の前の人間を睨んだ。

 隣からはジタバタと騒がしい音が聞こえてきている。きっと同じように拘束されたノエルが暴れているのだろう。


 どうしてこんな状況になっているのか。それはおれが聞きたいくらいだった。内壁を潜った先にある星羅騎士団(せいらきしだん)本部を訪れたおれたちは、団長のいる執務室へとノエルを連れてきただけのはずだ。この部屋に入るまでも入った後も、別段とっ捕まえられるようなことはしでかしていない。


 にもかかわらずこのザマだ。レイヴンやアンドリュー含め、他の皆は別の騎士団員によって強引にこの執務室から押し出されてしまい、その後どうなったかはまったくの不明である。おれやノエルのように捕縛されていなければよいのだが……。


「“何をしたか”、だと?」


 おれの視線の先、白い外套をきっちりと着た金髪の女性が、淡い水色の瞳を細めながら不愉快そうに呟いた。線の細い身体をしているが、彼女こそ、おれとノエルを縛り上げるよう命令した張本人であり、星羅騎士団団長を務める『日曜の賢者』、ミュフィルその人であった。


 長い金髪はワンサイドヘアにして片側に流しており、左目はその流した前髪によって隠れていた。しかし、こちらに向けられるもう片方の冷酷な眼差しが、彼女がおれたちに対し鋭い敵意を持っていることを、残酷なまでにありありと示していた。


「ふざけているのは君たちの方ではないのか、異端者どもよ」


「“異端者”? おれたちが?」


 ミュフィルが席を立ち、コツコツと靴を鳴らして近づいてくる。


「君たちについてはある程度報告を受けているのだよ。『星の杖』に酷似した謎の魔導具を操る少年に、存在するはずのない九人目の賢者。これを異端と呼ばずして、何を異端とするのだ?」


 目の前までやってくると、彼女の氷のごとき双眸(そうぼう)が確認できた。左目も淡い水色をしている。賢者特有の瞳、“エンジェライトの瞳”と呼ばれる魔眼だ。


「四の五の言わず、いい加減に本性を現したらどうだ? 我々の手に落ちた以上、君たちに反撃の余地は無い。そこは君たちも理解しているのだろう?」


「反撃も何も、おれたちは何もしてないだろ! いい加減にしろと言いたいのはこっちの方だ! 人の顔を見るなりすぐさま襲いかかりやがって」


「……なるほど。あくまで、シラを切るというのだな?」


「はあ?」


「世界各地で今、異常なことが多発しているのは君も知っているだろう?」


 淡々と、機械のようにミュフィルは喋り続けた。


「動物や虫が魔獣化(まじゅうか)してはあちこちで異常な振る舞いを見せ、正気を失った鬼どもは狂ったように同化して各地で暴れ回り、挙げ句の果てにはそこかしこで大小様々な“世界の(ゆが)み”が出現している」


 魔獣化と聞いて、サンタ岬でトーゴという男の子の家族を襲った鳥型の魔獣が思い浮かんだ。確か成平(なりひら)の推測の一つに“魔獣化”というのがあったはずだ。実際は別の所から飛来してきた魔獣だった訳だが、しかし、普段あり得ない場所に出現するというのは“異常な振る舞い”の一つと言えるだろう。であれば、あの魔獣はどこかの地で大型の鳥が魔獣化した個体だったのだろうか。


 それに、鬼が暴れているという話も記憶に新しい。ユオニ島でmoth(モス)の連中と交戦していた際、突然襲ってきたオルビスという男のことだ。ミュフィルが言うよう、確かに彼は“狂ったように同化して”暴れていた。


「多くの者が、これらの異変が大規模な“世界の歪み”————“大いなる歪み”によるものだと考えている」


 もしかしておれの経験してきたことは、ミュフィルの言う“世界各地で起きている異常なこと”の一端だったのだろうか。いや、これはただの考えすぎであり、経験したことの一つ一つは偶然の出来事にすぎず、たまたまミュフィルの話に当てはまっただけなのかもしれない。


 しかし、もしこれが偶然ではないというのなら————これらの出来事の背後には、各出来事を引き起こしている真の原因——彼女の言う“大いなる歪み”なるものがあるというのだろうか? 各出来事は“大いなる歪み”なるもので一つに繋がっていたのだと……?


「だが私はね」


 と言った直後、ミュフィルの瞳が一層暗く沈んだように見えた。彼女の瞳の闇に得体の知れない何かが潜んでいるような気がして、急な寒気がおれを襲った。


「異端者たる君たちが、“大いなる歪み”を引き起こしている元凶なのではないかと考えているんだ」


「なっ……?! んな、馬鹿なこと……」


 身に覚えなんて無いはずなのに、心臓が大きく脈打ち始めた。自分でもはっきりと分かる。動揺しているのだ。意味も分からずに。自分が。

 思わず、下を向いて彼女の目から視線を外してしまう。


 おれが世界を狂わせている元凶?

 そんなこと、あり得るわけがない!

 だっておれはただ、ロロットやジュジュたちと旅をしてきただけだぞ?

 ロロットの賢者修行に付き合いつつ、借り物の杖ポーンの持ち主を探して、ただ————。


 ————————いや。

 少しだけ、身に覚えというか————違和感は……あった……。


 なぜ、強大な魔力を持つ琥珀(こはく)色の大杖を、契約した覚えのない自分が扱うことができるのか。

 なぜ、金髪碧眼の賢者でもないのに、自分の魔効抵抗力(まこうていこうりょく)が賢者に匹敵するほど高いのか。


 来訪者(らいほうしゃ)であることは度外視しても、自分の存在が普通とは違うことに薄々気付いていた。でも、気付いたからといって何をどうすることもできなかったし、何が起きるでもなかった。


 だからずっと、そのことを頭の片隅に追いやっていた。それで不便が起きないのなら、気にしなくていいんじゃないのかと。記憶喪失の自分にとっては重要なことのはずなのに、そうやって問題を先送りにしていた。見ないようにしていたのだ。


 ミュフィルが針のように鋭い視線をこちらへと向けているが、彼女の双眸をおれは直視することができなかった。旅の中、あまり考えないようにしていた自分自身への疑問——不可解な点を、目の前の彼女に無慈悲にも突き付けられているような気がして…………。


「人によっては“大いなる歪み”が出現したからこそ、君たちのような異端者が出てきたのだと言うだろう。確かにその可能性もある。だが仮にそれが真実であり、君たちが元凶ではなかったとしても、現在の世界的混乱の原因の一つではあると確実に言えるはずだ」


 ミュフィルは腰に下げていた剣を取り外すと、(さや)に収めたままの獲物でおれの(あご)を無理やり上げさせた。必然、ミュフィルと目があう。


「“大いなる歪み”を引き起こしたにせよ、あるいはそれによって出現したにせよ、君たちは確実に“大いなる歪み”と繋がっている。それはつまり、本来あり得ない存在である君たちが存在し続けることにより、“大いなる歪み”が拡大し続けることを意味する」


「おれたちが“歪み”を……拡大させる……」


 そういえば以前『時忘れの塔』の地下で、死から蘇ったピスラを見てモルフォがこう言っていた。



『彼女の生存そのものが歪みを生み出すことになる』



 “世界の歪み”とは、世界の規律をねじ曲げて崩壊させ、混沌を引き寄せる事象。

 そうか、そういうことかと、おれはミュフィルの発言の意味を理解した。存在自体があり得ない存在。言い換えれば、世界の規律に反する存在。それは“歪み”を生み出すものであり、“歪み”を生み出し続けるものでもある。


「何の手立ても打たなければ、そう長くないうちに、おそらく世界は破滅することになるだろう。だから……」


 言いながら、ミュフィルはおれの顎から剣先を外すと、今度はおれの胸を小突いてきた。彼女の話す内容とこの状況に、思っていた以上に参っていたのだろう。彼女の力は軽いものだったにもかかわらず、おれはよろけて危うく転びかけた。


 しゃんと立っていなければ。でないと、ミュフィルと対等に渡り合うことができないじゃないか。ここが正念場だぞ!

 そう思い、震えそうになる膝を黙らせて渇を入れようとしたのだが、


「我々のためにも潔く死んでくれ、世界の敵よ」


 冷たく言い放つミュフィルの一言に、おれは自分の顔が強張っていくのを感じた。彼女は目の前にいるはずなのに、その声はどこか遠くの方から聞こえてくるようで、現実感など欠片も感じられない。


 面と向かってストレートに「死ね」と言われるのが、これほどまでにツラいとは思わなかった。何を言われるのかある程度は分かっていたけれど、しかしだからといって、すぐさま心の準備ができるほど、おれは死と隣り合わせの世界では生きてきていなかった。


 強烈なショックを受け、ぼんやりとした頭で思ったことはただ一つのみ。

 ロロットたちと一緒に各地を巡りながら杖の持ち主を探すというおれの旅が、危険なことも多少あったけれどピクニック気分で楽しんでいたおれの異世界旅行が、たった今、唐突に終わってしまったのだということだった。


 穴が空き、そこからこぼれ落ちてしまったのではないかと思うほどに感情の見つからないおれの心には、喪失感のような何かがべっとりと引っ付いていて、それが非常に気持ち悪く、非常に不愉快だった。




つづく

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