062.手に入れたのは二つ目のサインと確かな自信
「あーあ。楽しい一日もこれで終わりかぁ」
「もう十分だろ。それともロロットは、まだ遊び足りないのか?」
おれたちは今日、この島に来た最初の日と同じように一日中海で遊んでいた。目的だった九人目の賢者も捕まえたということで、まあ、打ち上げみたいなものだ。
もっとも、仕事の最後が島を荒らしていた鬼の処刑というのは、どうにも気分の悪くなる経験だったが。いや、だからこそ、こうして一日遊び倒して気持ちを切り替えるべきなのだろう。特に、まだ幼さの残るロロットやジュジュには嫌な思いを残して欲しくない。
「足りないなんてもんじゃないよ! だって、明日にはこの島を出てソクラーノに戻るんだよ? 南の島の綺麗な海も見納めだよ?」
そんなおれの老婆心なんて全く気付いていない様子のロロットは、夕陽に輝く水面を瞳に映し、あざとく首を傾げた。以前と同じ、赤いオフショルダーワンピを着ている。
「それは残念だけど、バカンスらしいことができたのは初日だけだったしな。おれはさっさと『土曜の賢者』んとこに戻りたいよ」
「せっかちだなぁひだり君は。……けど、そっか。九人目の賢者を連れて帰れば、とうとう二つ目のサインがもらえるんだね」
そう。
現役の賢者三人からサインをもらえば一人前の賢者になれる、というロロットの旅はすでに後半に差し掛かっている。
「それにしても、私がジュジュに助けられる日が来るなんてな~。驚きだよ」
「ん? なんでだ?」
「だってジュジュ、昔はすっっっごい泣き虫だったんだよ。ほら、私は下町の学校に通ってて、そこでジュジュと仲良くなったって話は前にしたじゃない?」
そういえばそんな話をシェルバ公国の駅で聞いていたな。
「出会ってから一、二年間くらいかな。ジュジュはもっとしおらしいっていうか、大人しかったんだよ。よくおどおどして泣きそうになるし、すぐ私の後ろに隠れてたし。それはそれで可愛かったんだけどね。でもだから、昨日みたいに勇敢に私を守ってくれたのがなんか新鮮で」
「もう昔のジュジュとは全然違うーって、頭では理解してるんだけどなぁ」と、彼女はにこにこ嬉しそうに喋った。
そんな彼女の後ろに忍び寄る影が一つ。銀色の髪に狐のような耳をした少女が、顔をゆでだこのように赤くしている。翡翠色の目が潤んでいるのは羞恥心からだろう。
流石はケモミミ族といったところか。気配を消すのが上手いことで。
「放っておけない妹みたいだった頃が懐かしいよ〜」
「恥ずかしいことをベラベラ喋るなッ!」
白いフレアビキニを着たジュジュがロロットの脳天にチョップを繰り出す。なかなか痛そうな音がした。
「ジュ、ジュジュ?! い、いつからいたの……?」
「ロロットたちの会話が聞こえてきたと思ったら、わたしのちっちゃい頃の話をしてたから飛んできたんだよ!」
「さ、流石は地獄耳……」
「ケモミミ族の聴力を舐めるな! というか、わたしの黒歴史を人に言いふらすな!」
ポカポカとロロットを殴り続けるジュジュ。泣き虫だった過去の自分を知られるのが相当恥ずかしいみたいだ。でも、二人のこういうやり取りを眺めていると、確かに姉妹っぽい。もちろん、ロロットが姉で、ジュジュが妹だ。
「ほらっ、あっちいった! シッ、シッ!」
「もぉ~う。ジュジュは強引だなー。じゃ、また後でね、ひだり君!」
ジュジュは不機嫌そうな顔でロロットの肩を押し、彼女を別の場所へと追いやった。まだ羞恥心は抜けていないようで、頬を膨らませている。
「おい、ひだり!」
「ん?」
ガバッと振り返ると、ジュジュはつかつかと距離を詰めてきた。すぐ近くまで顔を近づけると、おれの両のほっぺを摘まみ、びよ~んと伸ばしてくる。
「さっきロロットから聞いたこと、誰にも言うんじゃないぞ。言ったらこの口、もっともーっと伸ばしたくってやるからな!」
何を言っているのかよく分からない脅し文句だったが、とりあえず頷いておいた。
少女とはいえ女性。怒らせない方がいいと、記憶喪失ながらも男の勘が囁いている。
「…………まぁ、確かに昔のわたしにとっては、ロロットは“ヒーロー”そのものだったよ。……いや、ロロットのことを“ヒーロー”だと思ってるのは今も同じか」
ジュジュはおれの頬から手を離すと、隣に並んで海の方に視線を向けた。
おれにだけ聞こえる声で、ぽつぽつと自分のことを口にする。
「昔のわたしは恐がりでさ。自分に自信もなくて、いつもビクビクしてた。人見知りで臆病者だったからクラスの輪にも馴染みにくくて」
今のジュジュを知っていると、にわかに信じられないな。こんなにも明るく、キラキラしている女の子なのに。
「最初の頃はロロットもクラスからちょっと浮いててさ。あの子、大公様の娘だったから。一国のお姫様が庶民と同じ学校にいるわけでさ、みんなどう接していいのか分かんなかったんだよね、きっと。それで入学してから数日は一人でいることが多かったんだ」
そこで一息つくと、ジュジュはこちらに顔を向けた。もう不機嫌そうな顔はしておらず、過ぎ去った日々を懐かしんでいる目をしていた。
「当時のわたしはロロットがお姫様だって全く知らなくてさ。いつも一人でいたあの子に勝手に親近感を持っちゃって。だから、勇気を出して声を掛けたんだ。クラスの中で、一番初めにね。それがロロットと仲良くなったきっかけ。それからはロロットがわたしをグイグイ引っ張ってくれて。新しい世界を次々に見せてくれたんだ!」
「……いい想い出だな。だからロロットはお前の“ヒーロー”なのか?」
「それもあるけど、一番の理由は別。わたしさ、一時期いじめられてたんだ。いつもおどおどしてるのが、たぶんいじめっ子連中にとっては面白かったんだろうな。最初は持ち物を隠される程度だったのが、どんどんエスカレートしていったの。ついにはトイレでバケツの水を掛けられちゃって」
「バケツの水って……酷すぎじゃないか!」
「うん、ちょうど今のひだりみたいな感じでブチ切れたんだよ。そばにいたロロットが。そりゃあもうすっごい怖かったよ! あの子当時から魔力量が高かったから、いじめっ子を簡単に捻り潰してね。『次ジュジュに手を出したら容赦しないよ!』って言って懲らしめたんだ」
「あの温厚なロロットでも切れるって、相当怒ってたんだな」
「うん。すごい怖かったよ! あの時からロロットはわたしの“ヒーロー”になったんだ。でも、このまま弱い自分でいちゃダメだって思って。少しずつ自分に自信を持てるようにしていったんだ。で、今のわたしのできあがりってわけ!」
その話、なかなかに間を端折っている気がするのは気のせいだろうか?
「いつかロロットを守る立場になって、あの頃の恩返しをしようって思ってたんだけど、まさかこんなに早く叶うなんて思わなかったよ」
「それ、昨日の鬼との戦いの話か?」
「もちろん! 旅の最初で『ロロットはわたしが守る』なんて強気に宣言してみせたけどさ、わたしにはひだりやモルちゃんみたいに戦う力もないし、成平さんみたいに大人らしい的確な判断力もないから。実際にロロットの役に立てるのはもっと後だって思ってたんだよ。でも、ひだりの魔法のおかげで目的が達成できちゃった」
「ま、今となっちゃあおれも一端の魔法使いだからな!」
「結界魔法しか使えないくせに、なぁに言ってんだか! ふふ……でも、本当にありがとう、ひだり。ようやくわたしも、ロロットの旅についてきて良かったって思えた」
へへっと笑って尻尾を揺らす彼女に、おれは「これからだろ?」と言ってやった。まだサインは二つ。ここからが正念場じゃないか。
「ハハッ、確かにな! 一回役に立てたからって、それで終わりってわけじゃないもんな!」
「そういうことだ。なんなら、他にも旅の目的を立てたらどうだ?」
「他の、目的ぃ?」
「ああ。だって、『ロロットを守る』って目的は、ジュジュが武器を持てば戦えることが証明できた今、いつでも達成可能じゃないか。でも、それだと旅に張り合いが出なくなるだろ?」
「別に張り合いがなくなることはないけど……んー、でもそうだな。折角だし、もう一つ目的を作ろうかな。どうせなら、今度はわたし自身に関係することでさ! …………あーでも、すぐには思い付かないなぁ」
「夢とかないのか? 将来なりたい職業とか、やりたいこととか」
「…………あんまり考えたことないや」
おいおい。それでいいのか、十四歳よ。いやでも、おれが中学生の時もそんなに将来のこととかは頭になかったな。どっちかというと、将来なりたいものを探していた時期というか。
ん? だったら、
「なら、自分の将来の夢を探すことそのものを目的にすればいいんじゃないか?」
「え?」
「だから、この旅を通して、自分がなりたいものを見つければいいんじゃないかって。旅の中で自分の夢を見つけるってのも乙なもんだろ」
「何が乙なのかはわっかんないけど、それは面白そうだ。世の中にはまだわたしの知らないことが溢れてるだろうし、ロロットといればそういったものに触れる機会も多いだろうし。……よしっ! わたしの次の目標、自分の夢探しにするよ!」
ジュジュがそう言っておれに見せた笑顔は、とびっきりに素敵で、とびっきりに魅力的だった。
「悪いな。ソクラーノに寄ってもらっちゃって」
「別に構わないさ。そういう約束で同盟を組んだのだから」
出されたお茶に口をつけ終えたアンドリューは、本当に何とも思っていない様子で返答した。レイヴンも同意のようで、笑いながら首を縦に振っている。
ユオニ島から約三週間の旅を経て、おれたちはタリギア共和国のソクラーノへと戻ってきていた。『土曜の賢者』ダンカークに、九人目の賢者捕獲の任が無事に終わったことを報告するためだ。用件が済み次第、ノエルをヘリアポリス帝国へと連行するために星羅騎士団の二人も同行している。
調度品が白一色で統一された応接室へとおれたちを案内すると、付き人のヒューはすぐに主を呼びに行った。ちゃんとお客人へのお茶を用意していくあたり、できる使用人といった感じだ。
ほどなくして、この館の主、『土曜の賢者』ことダンカークが部屋に入ってきた。額からご立派な角を生やした巨漢は、相変わらず身体をくねくねと動かしている。何度見ても悪寒がする光景だ。
「はあぁ~い。皆さんちょこぉっとお久しぶりねぇ! ……あらぁ? そちらにいらっしゃるイケメンのお二人は、ミュフィルちゃんとこの騎士さんじゃなかったかしら? んでもって、その間にいる金髪ちゃんはというと……もしかしてもしかして、もしかする?」
「はい。以前にご依頼承った“九人目の賢者捕獲”の件、無事に完了しましたっ!」
ロロットが胸を張って自身の見習い手帳をダンカークへと差し出した。彼女の手帳には今、ロジューヌの町でもらった『水曜の賢者』アリスのサインが載っている。
「ノエル君って名前の男の子です。片眼だけですが、ちゃんと“エンジェライトの瞳”も持っていますよ」
報告を受けたダンカークが、座るノエルの前にしゃがみ込み、じっと彼の顔を覗き込んだ。
「な、なんだよ……?」
ダンカークが急に右目に掛かる前髪を掻き上げたので、ノエルは動揺したようだった。
ノエルは右目だけが賢者特有の淡い水色をしている。いわゆる、オッドアイというやつだった。
「ふぅむ……若葉色の左目はごく普通の瞳だけれど、右目の方は確かに“エンジェライトの瞳”のようねぇ」
「はい。これで私たちが捕まえてきたのが、ちゃんと九人目だとお分かりになるかと」
「魔力も宿っているから偽物ってわけじゃあなさそうね。しっかしまあ、“片眼だけ”とはねぇ。イレギュラー中のイレギュラー……まったく、世の中どうなってるのかしらぁん?」
すくっと立ち上がると今度はロロットの方へと近づき、彼女が持っていた見習い手帳を受け取った。
「と・り・あ・え・ずっ! あなたがズルひとつせずに課題をクリアしたこと、この両眼でしっかりと確認させてもらったわぁ~」
太いペンでさらさらと自身のサインを記し、手帳をロロットへと返す。そしてダンカークは、受け取るロロットに向けて汚らしいウインクをパチッとした。おっさんからのウインクなど嬉しくもないだろうが、しかし、今のロロットの顔は喜びと自信に満ちていた。
「おめでとう、ロロットちゃん! 賢者見習いのあなたが集めなければならないサインは、これで残るところあと一つよぉ!」
これでまた一つ、正式な『月曜の賢者』へと近づいた。その事実が彼女の成長を促しているようだった。
つづく




