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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
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059.鬼退治は終わらない

 獲物を構え、睨み合う博文(はくぶん)と謎の男。緊張で顔を強張らせながらも、冷静に事態を見守る騎士の二人とロロット。そして今もなお身を隠す、おれ、ジュジュ、モルフォ、成平(なりひら)の四人。少し離れたところには傷を負ったキーシュが倒れ、謎の男の襲撃時に飛ばされた金髪の子どもが苦しそうに悶えている。


 好機————!!


 そう捉えたらしいモルフォが動き出した。ガサガサッと茂みが大きく揺れ、光る糸が金髪の子どもへと素早く伸びていく。彼女の魔導具『アラクネの糸』で作り出された糸が、後ろ手に腕を縛られながらもなんとか起き上がろうとしていた子どもの胴に巻き付き、彼を勢いよく引っ張った。


「うわぁッ!?」


 子どもの身体が宙に浮き、驚きの叫びとともに茂みの中へと引きずり込まれていく。その光景に博文と謎の男も注意を向けた。しかし、ロロットと二人の騎士が武器をちらつかせて牽制したことで、一連の行動が妨害されることはなかった。


「だ、誰だ、お前ッ! は、離せよッ! クソ女!


「この子、間違いなく九人目よ! 金髪で、魔力の宿った青い目をしてる!」


 捉えた子どもを抱き抱えながらモルフォが姿を現した。九人目の賢者だと確定したその子は、アラクネの糸によってぐるぐる巻きにされている。


「モルちゃんナイスだ! このまま村に向かおう! 道は僕が先導するッ!」


「了解よ! 全速力で向かいましょッ!」


 木陰から飛び出して走り出した成平の後を、九人目を抱えたモルフォが追った。暴れる子どもを非力な少女の腕で抱えているため、どうしても移動速度は遅くならざるを得なかった。

 そこ狙って謎の男が動き出す。


「逃がすかァァァァァッッッ!!!! それはオレ様のガキだァァァッ!!」


 男は想定以上の跳躍力でレイヴン、アンドリュー、ロロットを振り切り、鋭利な鉤爪を無防備なモルフォの背中へと伸ばす。すかさずおれは杖先をモルフォへと向け、障壁魔法を発動。彼女と男の爪との間に、三枚の障壁を展開した。


「ああ?」


「多重結界だ。味方が危なそうだったら護る。それがおれの役目なんでな。簡単にはやらせないさ」


 二枚の防壁は簡単に破られたものの、その防壁たちが男の攻撃の勢いを削ぎ落としていた。結果、彼の鉤爪は三枚目の防壁を突破できずにいる。


「テンメェ……。ガキだからって容赦しねぇぞッ!」


「御託を並べる暇があるのなら、もう少し周囲を警戒すべきだったな」


 攻撃を中断された隙を突いて、博文の時と同様にアンドリューが間合いを詰めていた。プラチナブロンドのマッシュヘアを少し乱しながら、彼は至近距離で銃口を男へと向ける。


「あ?」


 振り向いた男が、両手で拳銃を構えるアンドリューの姿を捉えるも、時、すでに遅し。


「鬼に慈悲はない。————眠れ」


 引き金を引いたアンドリューが、これまでとはまるで違う巨大な光弾を撃ち放った。男はその魔弾に飲み込まれ、森の奥へと飛んでいく。アンドリューの構える銃口からは、ふらりふらりと硝煙が立ち上っていた。


「——グアァッッ!!」


 アンドリューの凄さにおれが感心していると、突如、金属が弾かれる音とレイヴンの呻き声が辺りに響いた。

 すぐに音のした方へと顔を向けると、尻餅をついているレイヴンと、彼の手からこぼれ落ちた魔剣ユリアが目に入った。白い外套の脇腹に当たる部分が赤くなっている。手で押さえているが、赤い染みは広がってゆくばかりだ。


 レイヴンの正面には、怪我を負ったキーシュを片腕で抱えながら、太刀の刃先を彼へと向ける老年の鬼、博文の姿があった。老体が“アグラグラ”と呼んだ、あの不気味な一つ目の球体はどこにも見当たらない。また彼の影の中に戻っていったのだろうか。


「逃げる、つもりか……!」


 駆け寄ったロロットに支えられたレイヴンが、自身へと獲物を向ける博文を睨む。


「仲間をやられ、目的のガキもお前たちに連れ去られてしまった。おまけに鬱陶しい鬼にも追いつかれた。逃げる理由はあっても、ここに残る理由が皆無なのは当然だろう?」


「……俺たちが逃がすと思っているのか?」


「未だ宝神具を使用していない私を、お前たちが足止めできるとでも思っているのか?」


 言うが早いか、博文は太刀の切っ先をこちらへと変えた。木漏れ日を受けて鈍く光る刃に、内臓がひっくり返りそうなほどの圧を感じた。重く、鋭い殺気だった。

 隙を窺って近づこうとしていたおれは、生唾を飲み込むだけでその場から一歩も動けない。アンドリューも同様のようだ。


「まあ、宝魔に行動させるほどの連携プレーは見事なものだったが」


「宝魔——?! では、先ほどのあの黒い球体が噂に聞く……魔導具に宿った自我の実体か!」


「厳密に言えば、意識が芽生えるのは宝神具の核である宝石の方だがな。……なんだ? 実物を見るのは初めてだったのか?」


 博文は鞘へと太刀をしまい、レイヴンに背を向けた。そのまま森の奥へと歩き始めた彼は、「そんなことはどうでもいいが」という台詞で再び口を開いた。


「久々に良い手合わせをした礼を兼ねて一つ忠告をしておこう」


「忠告、だと? 誰が鬼である貴様の言葉など————!」


「そっちの銃使いが一撃をかましたあの鬼——名はオルビスというそうだが、あいつには気を付けておけ。あれはまさに正気を失った鬼。人間よりも化け物に近い」


「……なんだそれは。まるで、まだ終わっていないかのような言い方だな」


「実際、終わってはいないぞ。お前たちとオルビスとの戦いは」


「なんだと? アンドリューのあの攻撃を受けてなお、生きていると?」


 森の中を進んでいた博文が足を止め、レイヴンの方を振り返る。


「奴が宝魔と“同化”する前に片を付けることを勧めておく。鬼が賢者に匹敵する力を、真の能力を発揮するのは“同化”してからだ。あの狂人に同化されれば、今のお前では歯が立たんだろう」


「…………なぜ、俺たちにそんな助言を?」


「なぜか、だと? 惜しいからだ。お前も、そっちの銃使いも、ここであのくだらない鬼に殺されてしまってはな」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だ」


 レイヴンの問い掛けに博文が答えた直後、森の奥から狼のような咆哮が(とどろ)き、おれは耳を疑った。冗談だろって言葉が脳裏を過ぎる。でも同時に、間違いないという確信も浮かんできている。

 信じられないことだが、この咆哮は疑いようもなく、鉤爪で襲い掛かってきたあの男のものだった。


「やはりな。さすがは執念深いストーカー野郎だ。あれだけの攻撃を受けてなお、くたばっていなかったというわけだ」


 博文が再びこちらに背を向け歩き始める。


「私がまたお前たちに会えるよう、生き残ってくれることを祈る」


 挙げた右手をひらひらと振りながら、博文と、彼に担がれたキーシュの二人は遠のいていった。


 博文の圧から解放されたおれとアンドリューはすぐにレイヴンの元へ駆けつけ、ロロットは彼に治癒魔法をかけ始めた。傷口が塞がってきたのか、レイヴンは脇腹を押さえていた手を離した。

 遅れて、ずっと息を潜めて隠れていたジュジュもこちらへと駆け寄ってくる。銀色の耳が少し震えていた。


「宝魔とか同化とか、色々教えて欲しいことはあるが、とりあえずは“今からどうするか”、だな」


 小さなため息がおれの口から漏れた。立ち上がったレイヴンが、外套に付いた土埃を払い落としながら答える。


「宝神具には“意識の宿った宝石”が核として使われているらしいんだけど、その意識が実体化したものが“宝魔”と呼ばれる存在だ。“同化”とは、その宝魔と一体化すること」


「実を言えば、通常の鬼に賢者に匹敵するほどの魔力、魔効抵抗力(まこうていこうりょく)はない」


 不吉な咆哮のした方へと、アンドリューは魔導具の拳銃を向けながら喋り始めた。


「だが、同化した鬼は宝石の魔力を一身に取り込むため、賢者と同等の力を得るんだ。分不相応の力が宿るから、同化した鬼の内部には“世界の(ゆが)み”が発生し、鬼自身を蝕んでいくらしいがな」


「いずれにせよ、あのオルビスっていう鬼が同化したらかなりマズいってことだよね?」


 ロロットは不安げな目でアンドリューを見ている。


「少なくとも、レイヴンの魔剣『ユリア』やボクの魔銃『ハニー・シュー』では倒せないだろう。えっと……シャルロッテの魔法でも難しいと思ってる。キミの持つ二ツ星の黒杖(こくじょう)ルーナが得意とする魔法は戦闘向きではないし、キミ自身、まだ戦い慣れていないようだしね」


「うえぇ……? じゃ、じゃあどうするんだよ。アイツ、ゆっくりとだけどこっち向かってきてるぞ。次会ったら絶対同化してくるだろうし、ここにいる誰一人太刀打ちできないんじゃ、勝ち目なんて……」


「いや、悲観しないで大丈夫だよ、ジュジュちゃん。多分だけど、なんとかなる」


「え?」


 喋り掛けたレイヴンへと、ジュジュが顔を向ける。


「普通、人間が宝石の魔力に耐えられるなんてことはあり得ない。だから同化した鬼が耐えられているのは、内に秘めた歪みの影響によるものだと俺は思ってる。なら、鬼が秘める歪みを解消することができれば、同化した鬼を弱体化させることもできるんじゃないだろうか」


「でもっ! 歪みを解消するなんてこと、英雄にしかできないじゃんっ! 結局、今のわたしたちにはどうしようも————」


「その心配はいらないよ」


 白い外套の内ポケットに手を突っ込むと、レイヴンは黄金に輝く一つの腕輪を取り出した。腕輪の中央帯には白銀に光る環状型の宝石がはめ込まれており、シンプルながらも美しいビジュアルをしている。

 レイヴンはその腕輪を右腕にはめると、おれたちによく見えるよう掲げてみせた。


「俺こそが英雄であり、この腕輪がその証——“世界の歪み”を解消する唯一無二の魔導具、『(ことわり)調(しら)べ』なのだから」



つづく

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