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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
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058.鬼討伐作戦の幕が上がる

 遠くの方で草木が擦れる音がした。何かが動いている。

 おれは息を殺し、耳を澄ました。音はじょじょにこちらに近づいてきている。


「みんな気を付けて。こっちに向かってきてるの、一人じゃない。二人だ……!」


 ケモミミ族ゆえに銀色の長い耳を持つジュジュには、この距離からでも様々な音が聞こえているようだ。この状況下で彼女の情報収集、分析能力は頼りになる。


 今、おれたちはモルフォの魔導具が割り出した範囲、すなわち、討伐対象の鬼がいるであろう森の一角に来ている。おそらくは向かってくる足音の主が標的の鬼だろう。

 それにしても、


「鬼が複数ってのは聞いてない話だな」


「右に同じく。騎士団も鬼は一人だと思っていたよ。これは厄介になりそうだ」


 レイヴンは小さくため息をついた。


「ま、手筈通りに奴らが近づいてくるまでは隠れていよう。十分引き付けてから俺とアンドリューで先手。攻撃を受けた相手が体勢を崩したら、シャルロッテ様の魔法で動きを封じる。モルフォさんは万が一に備えて戦闘準備。そしてひだり君は、俺たちが危なそうだったら結界を張って護る。何か質問はあるかい?」


「はい、レイヴンさん!」


 ロロットがバッと手を挙げた。


「私のことは気軽に呼んで下さいって、さっきも言ったじゃないですかー。もう同盟関係なんですし、様付けはいりません!」


 レイヴンは申し訳なさそうに笑い、「了解した」と頷いた。


「では今後はシャルちゃんと呼ばせて貰おう。じゃあみんな——作戦開始だ!」


 騎士の一声で、おれたちは草木の陰に身を隠した。


 むわっとする土と植物の匂いを嗅ぎながら待つこと数分。ついに、足音の主たちの姿を目に捉えることができた。この距離からでも彼らの針のように鋭い魔力と、それを覆う密度の濃い魔効抵抗力(まこうていこうりょく)がはっきりと感じられる。

 到底常人とは思えない。十中八九、この島を荒らし回っているという鬼だろう。


「あークッソ! あいつから全速力で逃げてきたせいで足が棒のようだ。マジつれぇ」


「四の五の言わず足を動かせ。追いつかれたらまた面倒だぞ」


「へいへい、わぁーってますよ」


 軽薄そうな若い男の声と、低く渋みのある老人の声だ。まだ小さな人影にしか見えないが、二人とも真っ黒な服に身を包んでいるようだった。

 …………いや、二人ではない。老人が一人の子どもを抱えている。手足をバタバタと振って暴れているその子はボロボロの服を着ており、


「はなせ! はなせよッ! このクソがッ!」


 無造作に伸ばした金髪が、木の葉の隙間から注ぐ太陽の光を受けてやけに目立っていた。

 噂通りの見た目。まさかあれは——九人目の賢者——?


「待て」


 歩いていた老人がピタッと立ち止まり、もう一人の男を手で制す。隠れ潜むおれたちから四、五メートル離れたところだ。老人は白帯を巻いた漆黒の着物姿で、眼光鋭い双眸(そうぼう)をこちらから剥がさない。先ほどまでとは明らかに違う雰囲気に、担がれている子どもも大人しくしていた。


「どうしたんだよ、爺さん。足止めてたら奴さんが飛んでくるぞ?」


「……いるな、前方に」


「は?」


 浅葱(あさぎ)色の髪をツンツン尖らせた軽薄そうな男が首を傾げる。


「気付いていないのか、キーシュ? おそらく敵だ。複数潜んでいるとみた」


「敵ぃ〜?」


 キーシュと呼ばれた若い男が目を細めて辺りを見回す。そしてもう一度首を傾げた。


「…………すまん。俺にゃあ分かんねぇや。見つかんねぇようにすんのは得意なんだが、見つけようとすんのはどうにもダメっすわ」


「そうか。では私が片付けよう。こいつはお前が持ってろ」


 着物の老人は担いでいた子どもをキーシュへと投げ渡すと、腰に下げた太刀へと手を伸ばした。九人目と思われる子どもはキーシュに抱き抱えられてもじたばたとしている。


「おいこらクソガキ! あんま暴れんなって」


「はーなーせー! オレはぜってぇテメェらに連れてかれたりしねーぞ、コノヤローッ!」


「だあああああ、もう! 博文(はくぶん)の旦那ァ、助けてくれぇ~! 今の俺じゃあマジで無理だ」


「やれやれ、何たる虚弱。少しは体を鍛えたらどうだ?」


 博文と呼ばれた老人は、太刀から手を離してキーシュを振り返った。キーシュが着ている白いシャツや黒いロングカーディガンは靴跡で汚れており、金髪の子の抵抗の激しさが窺える。縄で腕が拘束されていなかったらもっと悲惨だっただろう。


「この仕事が片付いたら考えとくよ。だから今は——イテッ! ああ、早く手ぇ貸してくれ! あ、ちょ、蹴んなクソガキ!」


「だ、そうだ。あの子どもの足を押さえて暴れないようにしてやれ」


 博文の言葉に応えるように、彼の影から何か丸いものが、油の中から出てくるようにヌルッと現れた。時々脈打つように震える、黒い球体だ。根っこのようなものがいくつも尾を引いている。球体の出現は、息を潜めていることを忘れてしまうほど見入ってしまう、酷く不気味な光景だった。


 ゆっくりと上昇し、影の中から完全に這い出てくる。博文の肩の高さで静止すると、球体は垂れ下げていた根っこのような物を勢いよく金髪の子どもへと伸ばしていった。いくつもの根っこは——いや、根っこと思われていた小さな手は、次々と子どもの足を掴んでその自由を奪っていった。


「ヤ、ヤメ————ッ!!」


 終いには子どもの口さえも、気色の悪い小さな手が乱暴に塞いでいく。

 一仕事終えた黒い球体は、ふわふわとキーシュと子どもの方へと移動していった。


「これだけ手を貸せば、いくら疲労困憊(こんぱい)のお前でもそれのお守りはできるだろ?」


「ああ。悪いなぁ、爺さん!」


「では私は——」


 と、博文が再びこちらに振り返ろうとした時、俺から少し離れた茂みの中から数発の弾丸が銃声とともに放たれた。アンドリューが仕掛けたのだ。弾の速さにおれの目が追いつかない。

 この距離、この速さ。間違いなくあの男への先制攻撃は成功した。そう、思っていたのだが……目の前の状況に、思わず声が漏れる。


「なっ……なんだよ、あいつ……」


 アンドリューの銃弾は、一つとして博文の身体を貫かなかった。いつの間に抜いたのか、彼の手には腰に下げられていた太刀が握られている。まさか、全て弾き落としたとでもいうのか……? この近さで?

 博文が太刀を構え直し、静かに呟く。


「奇襲か。しかし、その程度では私の剣は破れまい」


「なら、これならどうだ?」


 今度は隠れていたレイヴンが勢いよく飛び出し、一直線に博文へと走って行く。同時に、アンドリューも姿を現して黄金の装飾があしらわれた白い拳銃を構える。


「我が剣、とくと味わえ! 魔導具『ユリア』ッ!」


 レイヴンが鞘から剣を引き抜く。翡翠(ひすい)色の刀身がキラリと輝いた。


「悪鬼切り裂く稲妻を放て————!!」


 レイヴンの言葉を受け、視認できるほどの電気が刀身を覆う。駆ける速度に乗せ、彼が帯電した剣を一振り。光線とも呼べそうな雷撃が、土煙を上げながら博文へと飛んでいく。

 その一撃を、しかし博文は一太刀で受け止め、両断してみせた。電撃の余波が、彼の後ろにいるキーシュと九人目らしき子どもを驚かせる。


「続けていくぞ、島を荒らす鬼よ!」


 アンドリューの声のする方向に目を向けると、彼の前にはいくつもの銃弾が空中に浮いていた。よく見るとそれはゆっくりと動いている。しかし彼が腕を振り下ろすと、空中浮遊していた全ての弾丸が、己が何者であるのかを思いだしたかの如く、目にも留まらぬ速さで動き出した。


 撃った銃弾の速度を自在に変えられる————それがアンドリューの銃の魔法なのだろうか。


 コンマ数秒で捌ききれないと判断したのか、博文がその場から横に飛び退く。いくつかの弾丸は太刀で叩き落としたようだが、博文の剣戟(けんげき)は並の人間ではまともに目で追えない速度であり、おれにはただ、彼が無傷であるという結果しか認識できなかった。


「まだまだッ!」


 博文が着地するところを狙ってレイヴンが間合いを詰め、雷電帯びる魔剣を振るう。空を斬る刀身から稲妻が尾を引くように伸び、剣戟を繰り出すレイヴンが、まるで輝く衣を纏って戦場を舞う踊子のようであった。


「——————ッ!」


 フェイントを掛けられ、ついに避けきれなくなった博文が、握る太刀でレイヴンの魔剣を受け止める。その瞬間、翡翠色の刀身が帯びていた雷が、太刀を経由して博文へと通電。激しい雷撃が彼を襲い、肉体の動きを鈍らせる。

 そこへアンドリューが跳躍して博文に急接近。すかさず銃口を構え、至近距離から引き金を引いた。


 状況を目で追っていた博文はレイヴンの剣を押し弾き、即座に射線上に太刀を構えた。しかし感電の影響で弾を弾くまでは動きがついていかず、アンドリューの一撃をそのまま受け止める。その威力により、彼は後方へと飛ばされていった。


「今だッ! あの人の身体感覚を奪うッ!」


 茂みから飛び出したロロットが黒杖ルーナを振った。杖先から射出された半透明の黒球が、空中で無防備になった博文へとすっ飛んでいく。博文はアンドリューの攻撃で身体が一時的に硬直しているらしく、太刀を構えようとしていない。


 これなら作戦成功か? という期待は、悲しくもすぐに打ち砕かれた。突如、無数の小さな黒い腕が伸びてきて博文を捕まえ、ロロットの魔法の軌道線上から彼を引き剥がしたのだ。彼はそのままゆっくりと地面に着地させられ、ロロットの魔法は太い樹木にぶつかって弾け消えた。


「ありがとう、アグラグラ。さて……」


 無数の黒い腕をシュルシュルと引き戻す一つ目の黒球への礼を済ませると、博文はこちらへと歩き始めた。喋る様子からして、息一つあがっていない。


「お前達は何か勘違いをしているようだが、私らはこの島を荒らしている鬼ではない」


「そんな戯れ言、誉れ高い星羅(せいら)騎士団が信じるとでも思っているのか? お前やもう一人が、蛾をモチーフにしたピアスをしていることは確認済みだ!」


 魔剣ユリアを突き付け、レイヴンは歩み寄ってくる博文を睨み付ける。博文の顔をよく見てみると、レイヴンの言葉通り、左耳に蛾のような形の青いピアスが着けられていた。


「ほう。流石は『日曜の賢者』が束ねるヘリアポリス帝国の騎士団か。こちらの正体にすぐ気が付くとは」


「隠す気がないくせによく言う。moth(モス)————世界に仇なす鬼の集団よ! お前たちでないのなら、いったい誰がここを荒らしているというんだッ!」


「おいおいおいおいおい!」


 少し離れたところに退避していたもう一人の鬼キーシュが、レイヴンの言葉に被せるように喋り始めた。その手には、いつ取り出したのだろうか、大きな鎌が握られている。


「さっきから聞いてれば、言いたい放題言っちゃってくれちゃってぇ~。俺らは無駄働きはしねぇんだ。島の連中を襲うなんてもってのほか。やる意味が全くねぇ。ああ、何の意味もねぇ」


「……なら、今回は理由もなく罪のない人々、動物たちを襲ったということか?」


 レイヴンの返答に、キーシュは舌打ちして頭を掻いた。


「だ・か・らぁ! 俺たちじゃねぇって、何度言やぁ————」


 彼が苛立ちながら自己弁護をしようとしたまさにその時、草木をなぎ倒し、枝葉を激しく揺らしながら何かが近づいてくる音がした。音はすぐに大きくなり、そして、森の中からくすんだ朱色の服を纏った一人の男が飛び出してくる。


 空中、キーシュの頭上に姿を現した男は土色の長い髪をなびかせ、落下の勢いとともにキーシュへと攻撃を仕掛ける。鉤爪による攻撃は、キーシュが咄嗟に大鎌を構えたことで防がれるも、男はもう一方の腕を振り、彼を切り裂いて吹っ飛ばした。その攻撃の余波が、金髪の子どもをも吹っ飛ばす。


 服の切れ端と血を撒き散らし、キーシュが地面へと叩き付けられた。謎の男はそれを見届けると、今度は殺気だった瞳を博文へと動かした。


「邪魔しやがって……殺す……邪魔しやがってッ! ……コロス……ッ!!」


「やれやれ。追いつかれてしまったようだな」


 太刀の()を狂人へと向け、博文は着物の襟を少し直した。



つづく

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