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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
52/71

051.冒険の舞台は南の島へ

 西方と東方の境界線近くにある港町まで陸路で約二週間、そこから東方諸国の南方に位置する南端諸島(なんたんしょとう)まで海路で約二週間。計、約一ヶ月の旅路の果てに、大きな山を戴くユオニ島が、待ってましたという装いで眼前に広がっていた。

 青い海と白い雲の間を縫うようにして飛ぶカモメ達の鳴き声が耳に届く。弾丸旅行顔負けの移動に次ぐ移動、その疲れで南国に到達する前からすでに夏バテ気味なおれは、自由に飛び回る彼らを仰ぎ見て、元いた世界の夏を少しばかり懐かしんだ。


 夏の太陽に照らされていると、少々ポエム染みた言葉が心に浮かぶものだ。明暗のコントラストが強い景色が人を内省に向かわせるのか、はたまた夏祭りの終わり、花火の後のような切なさが夏という季節からこぼれ落ちるのか。いずれにせよ、あれこれと思い考えてしまう現状は、きっとこの、夏の暑さのせいなのだろう。

 などと、年甲斐もなく青春小説の主人公のような浸りっぷりをしていると、後ろから不意に帽子を被せられた。ざらざらとした手触りから察するに、それは麦わら帽子のようである。


「こんな陽射しの強い中、飲み物も持たず帽子も被らずじゃあ熱中症になっちゃうわよ」


 振り返ると、艶のある黒髪を潮風に遊ばせたモルフォがにこりと笑っていた。


「ご忠告どーも。ちょっと一人で感傷に浸りたい気分なんだよ」


 夏、だからな。


「中だとジュジュとロロットが真剣イラスト勝負してて落ち着けないからな。あいつら、元気あり余る十四歳だからアグレッシブだし」


 見た目が子どもでも、中身が枯れたお兄さんであるおれ的には、彼女たちのテンションにはついて行けん。あと五、六歳若ければ自然な感じで混ざれたかもしれないけれど。


「何を歳喰った爺さんみたいなこと言ってるんだか」


 やれやれという感じの冷ややかな目を向けられながら、おれは海に浮かぶユオニ島の方へと顔を戻す。波の揺れに合わせて、視界の中の島が不規則に上下していた。後ろにいたモルフォはおれの右隣に歩いてくると、落下防止用の柵に両肘を乗せ、同じように島を見つめた。


「あれが『ペナビゲーター』が示した目的地————九人目の賢者が隠れ潜むユオニ島なのね」


 九人目の賢者捜索の依頼を引き受けた後、ヒューから聞いた話を材料にモルフォが『ペナビゲーター』を使用してこの島を割り出した。いくら探索特化の魔導具といえど、曖昧で断片的な情報だけであったからどうやって調べるのかと思っていたが、そこは流石のアイテムコレクターである。彼女はいくつかの探索方法をすでに編み出していたのだった。


 ロジューヌの町でコバルトやアンクルを探したときは、標的のいる場所やその近辺の風景画を描き、標的の位置を正確に特定する方法であった。この手法は自身が標的を直に知っている必要がある、つまりは詳細な情報を把握している必要があるとモルフォは言っていた。だから九人目のようなケースでは使えない。


 そこで彼女は今回、世界地図を広げて『ペナビゲーター』を使用するという方法をとった。地図上に丸を付け、標的のいる場所を割り出す。風景画を用いた探索と異なり、ピンポイントの位置を特定することはできないが、それでも範囲を絞ることができる。それだけでもかなり役に立つ。そして、彼女の握るペンがインクを走らせたのがこの島、南端諸島東部に浮かぶ比較的大きな島、ユオニ島であった。


「私の魔道具でも、九人目がこの島のどこかにいることしか分からなかった。だから島に着いたら、島民の人たちに片っ端から聞き込みしないといけないわね」


「そうだな。とにもかくにも情報が不足してる。ボサボサの金髪で、青い目をしていて、痩せ型の子どもってだけじゃあなぁ。もっとこう、細かい身体的特徴を知れればいいんだが」


「『ペナビゲーター』で探すなら、どんな性格なのか、どんな雰囲気を纏っているのかといった、精神的な部分の情報も貴重よ。あの魔導具で探しものをするときに重要なのは、探す対象を具体的にイメージできること、だからね」


 具体的にイメージできることが大事、か。なるほど、だからモルフォが直接見たり触れたりして知っている物は探しやすいのか。


「それにしても、この広い場所のいったいどこに隠れ潜んでいるのかしらね。気温は高いし、思ったよりも湿気があって蒸し蒸しするし。サクッと見つかってくれればいいのだけれど。はぁ……あまり動き回りたくはないわぁ」


 「汗でベタベタになるし、肌に服が張り付いて気持ち悪いし」などと小言を言いながら、モルフォは船の中へと戻っていった。

 おおむね全面的に同意だ。汗だくになるのは、乙女ではないおれからしてもできれば勘弁願いたい。汗の臭いが気になるお年頃というやつだ。想像上の産物だとは理解しているが、それでも願わずにはいられない——爽やかな汗のかける、清潔感溢れるお兄さんになりたいと。


 だが、そんなことをブーブー言って今回の仕事を投げやりにするわけにはいかない。ロロットが求める二つ目のサインがかかっているからというだけではない。おれ自身の旅の目的にも関係があるからだ。

 ソクラーノの町を離れる際、おれはダンカークとある約束を交わしていた。それは、今回の依頼が達成された暁には、他の賢者とも引き合わせてもらえるというものだ。


 彼が教えてくれたところによると、近々ヘリアポリス帝国の首都、帝都ヘルトポルトに八人の賢者が集まってくるらしい。彼らは普段、東西南北四方八方に散らばっているため、一堂に会するのは非常に珍しいことなのだとか。それこそ、集会でもないとそんな機会は滅多にないとダンカークは語った。

 世界の守護を担う“八賢議会(はっけんぎかい)”は年に一回、現状の報告や情報交換を目的とした定例会を開いている。毎年暮れの時期に行われるそれが賢者同士が顔を合わせる貴重な場なのだった。


 今回はどうやら、臨時の集会が開かれるということらしい。緊急で開くほど何か大変なことでも起きたのだろうか? しかしダンカークの口振りから察するに、少なくとも彼は議題について何も知らなそうであった。ぱっと思いつく問題というと、世界のどこかで発生しているはずの大規模な歪みについてか。

 ともあれ今回の件が成功すれば、その臨時集会の時期に各賢者におれのことを紹介してくれる約束になっている。要するに、ポーンの持ち主かどうかを一気に確認するチャンス到来というわけだ。そんな話を逃すわけにはいかない。だからおれは、ロジューヌに引き続き今回も失敗するわけにはいかないのだ。


 ……もっとも、無一文から脱出できるかどうか、という状況に比べれば多少は頬を緩めていても良さそうではあるけれど。




 おれとモルフォが海風に吹かれつつ言葉を交わしてからさほど間を空けずに、大陸と南端諸島を結ぶ木造の定期船はユオニ島の桟橋に停泊した。乗船してから最初の頃は船酔い地獄を味わったものだが、慣れというのは実に不思議なもので、今はこうして元気に地に足を降ろすことができている。


「うおぉぉおぉぉっ!! なんか! なんかっ!」


 船から降りて早々、銀色の尻尾を上機嫌に揺らしながらジュジュが辺りを見回している。興奮からか、頬が薄紅色を帯びており、翡翠色の瞳はキラキラと輝いていた。


「どこを見てもザ・南国って感じで、すっごいワクワクするな!」


「ダメだよジュジュ〜! 勝手に一人で駆け出そうとしちゃ。まだ到着して土地勘なんて全くないんだから、はぐれたりしたら大変じゃん!」


 船着き場のすぐ近くかつ、砂浜の上にあることから人目を引いていたジュース屋さん。そこへと吸い寄せられそうになっていたジュジュを、ロロットがすぐさま腕を掴んで嗜めた。容赦なく熱波を浴びせてくる太陽への対策だろう。金髪の彼女は羽織っていたローブのフードを珍しく被っていた。


「ご、ごめん。丸まる一つのココナッツにストロー差して売ってるのを見て、つい……」


「えっ、丸まる!? どこどこ?」


「ほらっ、あそこの髭オヤジが仏頂面で立ってるお店の脇、パラソルの下にあるテーブルの上。観光客かな? スタイルの良いおねーさんが飲んでるやつ」


「あっ、本当だ! え、すご!? 本当に実一つ使ったジュースじゃん!」


「でしょ! ヤバいよね! 後で絶対飲もうよ! わたしココナッツジュースなんて飲んだことないし!」


「飲も! 私もどんな味がするのか気になる! あの見た目なら絶対に美味しいよ〜! 私の賢者(仮)としての勘がそう言ってるのですっ!」


 ……うら若きお二人のお嬢さんよ、残念だがココナッツジュースは美味しくはないぞ。南国のフルーツとしてイメージするような甘~い味を期待しているのかもしれないが、一口啜っただけでその幻想は金属バットで粉々にされること請け合いだ。


 しかもあの手の、実そのものにストローを差したタイプは常温だからぬるい上、若干の青臭さもあるのだ。量が多いのにマズいので、飲み干すのが大変だった記憶がある。


「さてと。まずは島唯一の村、“イーオ村”に行こう。記憶が正しければ僕の古い知人がその村にいるはずだ」


 おれもかつてはロロットやジュジュのようにココナッツジュースの見た目にテンションが上がったクチ。彼女たちの気持ちはとてもよく分かる。だからこそ、おれがした後悔を彼女たちにさせるのは忍びない。ここは、あの悲しみを経験した先達として彼女たちに優しく声を掛けねばなるまい。だから心を鬼にして彼女たちに——、


「彼はとても物知りでね。きっと九人目のことについても何か知っていると思うんだ————って、ひだり君、話聞いてるかい?」


「え? ああ、悪い」


 ココナッツジュースに期待を裏切られた過去を思い返していたおれは、成平(なりひら)が何かを喋っていることに今気が付いた。素直に申し訳ない。


「全く何一つ聞いていなかった」


「それは……悲しいね。うん」


「成平さんの知り合いがいるんだってさ!」


 ぴょこっと、左側から身を寄せてきたジュジュが元気そうな声で言った。


「とっても物知りだから、役立つ情報を教えてくれるかもなんだって!」


 ぴょこっと、右側から身を寄せてきたロロットが嬉しそうな声で言った。


「な、なるほど」


 少女二人に挟まれることに悪い気はしないが、しかし、


「暑っ苦しい! 離れろお前らっ!」


 おれは彼女たちの肩それぞれに手を当てて押し返した。酷暑極まりないこの青空の下で引っ付かれては余計に暑くなってしまう。

 あははははは、と彼女たちは楽しそうに笑い、桟橋から砂浜へと一番に駆けていった。


「じゃあ行き先も決まったし、私とジュジュはちょっとあそこで飲み物買ってくるね!」


「あ、ちょ、おい!」


 見知らぬ土地だ。さすがに年端もいかない少女たちだけで行動はさせたくない。急いでおれもついて行こうとしたとき、走り出す少女二人に続いてモルフォが動き出した。


「私がロロットたちの側にいるから安心していいわよ。ま、こんな南国じゃあ何も起きないと思うけどね」


 彼女はおれに軽く手を振ると、そのままロロット達の方へと進んで行ってしまった。波の音が聞こえ、何らかの花の香りがするこの場所に、おれと成平だけが寂しくも取り残された。


「……僕がさっき言った、物知りの知人のことだけどさ」


「うん?」


 成平は声を潜めて続く言葉を口にした。


「その人、実は君と同じで来訪者なんだ——カエルの姿だけどね」


 突拍子もない言葉だったから、おれは反射的に彼の顔を仰ぎ見た。彼はいたって普通の表情をしていた。

 カエル姿の来訪者……前に成平が言ってた奴のことか。サントレアの、確かどっかのお店の屋上で。

 そうか。ついにおれ、自分以外の来訪者と会うことができるのか。その人物が自分と同じ故郷の者かは分からないけれど。



つづく

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