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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第二章 人類を導く正義の女神
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050.星の杖

 ダンカークからの依頼、否、サインをする条件としてロロットに課された課題とは、『九人目の賢者を捕獲して欲しい』というものであった。ただ、九人目なる者が本当にこの世界に出現してしまったのか、そのことが事実かどうかまだ判明しているわけではない。だから万が一いなかった場合は、『九人目の賢者など存在しない』ということを証明する物を提示して欲しい。

 依頼内容の要点をまとめるとこんな感じであった。


「伸び放題のボサボサの金髪に痩せ型の子ども。それが九人目の目撃証言に共通していた点です。あとは目撃された場所ですね。どの証言も南端諸島(なんたんしょとう)で上がってきています」


 空いていた席へと腰掛けたヒューは、ダンカークからの指示通り、おれたちに九人目に関する情報を話してくれていた。彼が部屋に持ってきていた配膳用のプレートは、彼がおれたちにお茶を配り終えた後、急いで持ってきた自分用のジャスミンティーのグラスと共にテーブルの上に置かれている。

 恥じらいで赤くなっていたロロットはもうすっかり元の調子だ。いつものように、疑問に感じたことをすぐに尋ねる。


「でもそれだけだと、その子どもが賢者だとは言えませんよね?」


「かの子どもが賢者であるということの有力な証拠は、その子を見た幾人かの証言の中にあります。一人は退職後の趣味で畑作業をやっているご老人なんですが、ある日の夕方に見知らぬ子どもが、自分のところの畑から果物をもぎ取って盗み食いをしていたようで。その時にご老人が無造作な金髪と共に見たのが、満月の光を反射して光る青い瞳だったそうです」


 ヒューが肘を付いて両手を組む。


「最後に寄せられた目撃証言の中にも同様の特徴が含まれていました。目撃者は南端諸島で旅行客相手に観光ガイドを生業としている三十代の女性の方で、特定保護区に指定されている無人島のツアーガイドをしている最中に例の子どもを見かけたようです。その女性もやはり、金髪の奥から青い目が覗いていたと仰っています」


「無人島ということは、その子は南端諸島を移動しているってことかい? でも、子どもがひとりで海を渡る手段なんて、あるとは思えないな。いくら賢者だったとしても」


 成平(なりひら)は口元に手を当てて背もたれに深く寄りかかった。汗をかき始めた自身のグラスへとヒューが手を伸ばしつつ、首を縦に振る。


「私もそう思います。ただ、移動していることは事実なようで、私が把握している目撃証言は場所がバラバラなんですよ。南端諸島内ではあるのですがね。九人目の移動手段としてまず考えられるのは、連絡船の定期便でしょう。積荷に忍び込んでいるのか、あるいは変装して堂々と乗っているのか。乗船方法までは分かりませんが」


 ヒューは自身の見解を喋り終えると、手にしたグラスを傾けてジャスミンティーを口に含んだ。彼はゴク、ゴクッと喉を潤していく。


「杖はどうなのかしら?」


 グラスをテーブルに戻した彼に、今度はモルフォが質問した。


「賢者であるならば、当然対応する『星の杖』を持っているはずですよね?」


「証言を聞く限りだと持ってはいないようです。ただ、杖に関しては証言内容は当てには出来ないでしょう」


「それはどういう意味かしら?」


「『水曜の賢者』様に会ったみなさんならすでにご存知かと思いますが、『星の杖』とは必ずしも杖らしい形をしている訳ではありません。というか、杖らしい杖の方が珍しいですね。ですから——」


「ええっ?! そうなのか?!」


 ジュジュが椅子を揺らして、ガタッと大きな音を立てた。


「あ、あれ? 『水曜の賢者』様の持つ、四ツ星の蒼杖(そうじょう)はご覧になってはいないのですか?」


 驚くヒューにおれは首を横に振った。


「見ていないぞ。おれたちが目にしたことがあるのはロロットの持つ黒杖(こくじょう)ルーナだけだ。あとは……まあ、強いて言うなら、『星の杖』に酷似してるって方々で言われてるこのでかい杖くらいか」


 おれは椅子の下に寝かせていたポーンを掴み、ヒューやダンカークに見せるように掲げた。二人とも興味深げに琥珀色の大杖を眺めている。

 しばらくの間まじまじとポーンを見ている二人だったが、やがてダンカークが唸りながら口を開いた。


「なるほどね〜。確かに、『星の杖』に似たユニークな代物ではあるわねぇ。でもソレ、似ているだけで本物の『星の杖』ではないと思うわよ。んん~……上手く表現できないのだけれど、たぶん構造的に違いがありそうな感じ、なのよねぇ」


「ちなみになんだが、ダンカーク様」


「なぁに?」


 反応からして、ポーンの所有者はこの巨漢ではないのだろう。ただ、一目見ただけで構造だのなんだのと分析できるほどの眼の持ち主だ。もしかしたら何かしらヒントになる情報を持っているかもしれない。だからおれは、


「この杖の持ち主に関して、何か心当たりはないか? 拾い物だから持ち主を探しているんだが」


 彼にポーンに関して訊いてみることにした。

 この男の見立てではポーンは『星の杖』に酷似してはいるけれど、“そのもの”ではないということらしいが、しかし今のおれにはその情報だけが全てだった。それを頼りに、持ち主かどうかを尋ねる人物を賢者に絞っている。


 だからどんな情報でも良かった。どんなに些末でも、見当外れでも構わなかった。何か一歩前に進める情報————それを求めて、おれはダンカークに質問した。

 しかし彼は、


「残念だけれど」


 目を伏せて首を振った。おれが期待する情報はここでも得ることができなかった。残る賢者は、九人目を除外すれば、あと五人。うち、ロロットとの旅路で出会えるのは、おそらく最後のサインを貰いに行く一人のみ。

 他の四人とはどうやって接触すべきかと頭を捻っているおれをよそに、ヒューは「話を戻しますが」とワンクッションおき、再び口を開いた。


「みなさんは、『星の杖』の形状は様々であるということをあまりよく知らない、でよろしいのでしょうか」


 おれは頷き、ロロットを見る。


「ロロットもルーナ以外の『星の杖』についてはよく知らないんだよな?」


「うん。私も全然詳しくないよ。賢者見習いになってからまだ日が浅いし、他の賢者様について知る機会も今まであんまりなかったから。おばあちゃん、ぐーたらでそういうこと全く教えてくれなかったし」


 そういえばおれが彼女と出会ったあの留置場の中でも、先代の『月曜の賢者』についてあんまり良くない評判を口にしていた気がするな。あの時は確か、「先代はひきこもりになったとか」言ってなかったっけ。いや、それは留置場にいた男が言ってたんだったか。ま、別にどっちでも良いことだが、とにかく先代はろくな引き継ぎもしないダメな人だったようだ。


「と言うわけだ、ヒューさん」


 おれは再びヒューの方に顔を戻す。


「九人目は杖を持っていなかったという証言について、あまり鵜呑みにしてはいけない理由を教えてはくれないか?」


「構いませんよ。分かりやすく、例を交えてご説明致しましょう」


 ヒューは涼しげに笑うと、手の平でダンカークを示した。


「先ほど『星の杖』は様々な姿形をしていると言いましたが、我が主、『土曜の賢者』の所有する杖も面白い形をしています。ダンク様の耳をご覧下さい」


 促され、視線をダンカークの耳へと移す。褐色の大きな耳には、銀色に輝く三日月型のイヤリングが着けられていた。ダンカークのちょっとした動きにも反応して、大きな三日月が小刻みに揺れている。よく見ると、三日月には米粒大のダイヤらしき宝石がはめ込まれていた。


「この三日月型のイヤリングがダンク様の『星の杖』、七ツ星の銀杖(ぎんじょう)サトゥルヌスになります。左右のイヤリングで一つの杖という、セパレートタイプの『星の杖』です」


「えっ?! これが『星の杖』なんですか?!」


 ロロットはテーブルに身を乗り出して、できる限りイヤリングに顔を近づける。


「え、杖? どっからどう見てもイヤリングじゃないですか! しかも二つで一つって……マ、マジですか!?」


「ロロットちゃんはいいリアクションしてくれるわぁ~。久々よぉん、そんな驚いてくれる子。アタシなんだか嬉しくなっちゃう!」


 巨漢の男が両頬に手を当てて恥じらう。いや、お前はくねくねと動くかなくていい。というか、むしろ動かないで下さい。


「アリス様の杖はどういった感じなんですか?」


 げんなりとしていたおれの数席横で、成平がヒューに喋りかけた。


「『水曜の賢者』様の杖ですか? あの方の物は確か……そう、ペンのような形状でとても小さかったかと思います」


「ペン? 私の持っているこの魔導具と同じくらいの大きさなのかしら?」


 モルフォは白いブラウスの胸ポケットから魔導具『ペナビゲーター』を取り出してテーブルに置いた。ダークブラウンの色合いが渋くも格好良く、暖かみのある木目とともに見る者に落ち着いた印象を与える。大きさは普通のペンとさほど変わらない。


「ええ。丁度そのくらいのサイズだったかと」


 ヒューの返答に、「なるほどねぇ」と成平が呟く。


「要するに、イヤリング型だったりペン型だったりと、一言に『星の杖』と言ってもその形状は持ち運びが非常に便利なほどに小さかったりする訳か。だから目撃者が杖を見ていなかったとしても、例の子どもが杖を隠し持っている可能性は否定できないと」


 成平は確認するようにヒューに視線を移す。


「そういうことですよね、ヒューさん?」


「成平さんの仰った通りです。だから九人目の星の杖——便宜上『九ツ星(ここのつぼし)』と呼びますが、それには注意していた方がいいでしょう。もし例の子が杖を隠し持っていて、魔法で不意打ちを仕掛けてきたりしたら……どんな被害が出るかわかりませんからね」


「さてさて、ヒューのご説明もこんなところでお終いよ。アタシたちが持っているのは些細で頼りない情報だけだったけれど」


 ダンカークの目が、真っ直ぐにロロットへと向けられる。豊富な人生経験でつくられた深みのある瞳に見つめられ、姿勢を正したロロットが唾を飲み込んだ。


「ロロットちゃん、それでも貴方はこの依頼、引き受けてくれるかしら?」


「もちろんです、ダンカーク様。ここで引き下がってしまっては、私は立派な『月曜の賢者』にはなれませんから!」


 一瞬の間も空けずに言い切り、幼いながらも負けじとダンカークを見つめ返すロロット。彼女の毅然とした言動には、ロジューヌでの失態を取り戻そうという気概が強く込められているようであった。


つづく

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