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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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038.虚言

 濃霧のため、こちらに向けられたアンクルの顔には薄く霞が掛かっているように見えた。しかし、両眼が見開かれていることは確認することができ、おれたちの登場が彼にどれほどの驚愕を与えたのかを容易に推し量ることができた。


「……どうして、君たちが、ここに?」


「その台詞、綺麗なブーメランになってるわよ。私たちはあなたを探しに来たの。それで、あなたの方はどうしてここにいるのかしら?」


 同様の質問を返されたアンクルは、何と答えるべきか思考を巡らしているのだろうか。モルフォの問いにすぐには答えなかった。


「彼を、助けていたんだ。霧の中で倒れていたから」


 紫の光を放つ右手に一度視線を落とし、自身の前に横たわる男を指差してから、彼はいたって冷静な声で言う。怪しく輝いていたのは注射器と思しきものであった。おれは彼の返答に対して妙な違和感を覚えた。


「医者でもないのに注射器を打って治療だと? 常識的な対応だとは思えないなあ。領主の息子なら医者の家も知ってるだろうに」


「それは……き、急を要するほどに深刻だったんだ。だから、この魔導具で治療を。おそらく、濃霧によって倦怠病(けんたいびょう)の症状が急速に現れたんだろう」


 それならば、素人が治療行為をする方が問題だろう。危険な状態であるならば、少しのミスが命取りになりかねないのだから、一刻も早くプロの医者のところに担ぎ込むべきではないか。おれにはどうにも彼が口にした理由は、その場しのぎの短絡的なものにしか思えなかった。


「なるほど。ただ、仮にアンクル様の主張が正しいとしても、やはり次の疑問は残りますね。“何故、アンクル様はここにいらっしゃるのですか”? こんな夜更けに外出なさる用事でもおありで?」


「見回りだよ。僕は領主の息子だからね。忌まわしい霧が立ち込めている中、町の住人が外に出ていないかの確認、出ていれば自宅に戻るよう注意する」


 ショコラへと言葉を返しながら、アンクルはすくっと立ち上がった。彼が魔導具と呼んだ注射器はいつの間にか輝きを失っており、不気味さもまた消え去っていた。彼はただの注射器と化したそれをポケットにしまうと、一言言葉を付け足した。


「それは僕の当然の責務だろう?」


「それはそうですけど、でも、霧は危険であると警告をしている当の本人が霧が出ている夜に出歩くなんて、おかしな話だと僕は思いますけれどね」


 霞む視界の中から成平(なりひら)の声が聞こえてくる。こちらに歩いてきているようだ。彼はおれたちとアンクルから少し離れたところで待機しているはずだったのだが、何故出てきたのだろうか。その答えはすぐに、一人の男性を抱えて現れた彼自身が話してくれた。


「すぐそこの建物の陰に倒れていましたよ。もう後二人います。彼らについてもアンクルさんが治療とやらをしたのだと思うんですけれど、違います?」


「あ、ああ。確かに僕が魔導具で処置を施したよ。うん、それは確かだ」


「でも、なら——おかしくないですかね? 倦怠病の症状を急に発症して倒れた人が複数人いたという緊急事態に対して、どうしてあなたは医者や他の方を呼びに行かなかったんです?」


「いや、だからそれは、き、緊急のことで——」


「緊急事態であればあるほど、なるべく多くの人手が必要になると思います。倒れた人を一刻も早く屋内に避難させなければならないし、治療する側だって毒性が増していると思われる霧の中に長居はできないでしょう。そういうことを考えると、アンクルさん、あなたの取った行動が僕にはとても奇妙に思えて仕方ないんですよ」


 アンクルの顔が引きつり、口端がピクリと動いたのをおれは見逃さなかった。


「一人で治療するにしても、まずは倒れた方々を屋内に運び込むことが先ですよね。でないと、霧の影響でどんどん症状が悪化しかねないんですから。魔導具による冷静な治療ができるほどだ。その判断が下せないほど動揺しいていたわけではないでしょう? どうしてそうなさらなかったのですか?」


 アンクルは答えられない。


「それだけではないわ、成平さん。彼が夜に見回り始めてから、三人の治療を終え四人目の処置に取り掛かっていた現在まで、どれほどの時間が経っていたかに注目してみて」


 成平の隣に移動してきたモルフォが、彼とアンクルとの会話に割り込む。


「アンクルさんが治癒魔法のエキスパートでないことを考慮すれば、一人当たりの治療にそこそこ時間が掛かることは想像に難くない。そうすると、アンクルさんは既に長時間この霧に晒されていることになるわ。でも、彼には倦怠病の症状は欠片も出ていない」


 アンクルはばつが悪そうに顔を下に向けた。モルフォはそんな彼に対し、舌の根が乾かぬうちにさらなる追い打ちを仕掛ける。


「魔効抵抗力が高かろうと、倦怠病に掛かる人は掛かっていた。アンクルさん、あなたの発言には穴がありすぎるのよ。あなたは、嘘を吐いているのではありませんか? あなたが————あなたこそが、町の人々を倦怠病で苦しめている超本人なんじゃありませんか? コバルトさんもその可能性を疑っていたわ」


「ぼ、僕が、町の人を? 倦怠病に陥れている犯人だって? 父もそれを疑って……? そ、そんな、バカな話が——ッ!」


「先ほど治療と称して行っていたこと。あれは実は、町の人に倦怠病を引き起こす魔法を掛けていたのではありませんか? もしそうでないなら、では何故、あなたは長く霧の中にいても倦怠病に掛からないのか、同じく霧の中にいる私たちにどうして症状が出始めないのか、納得のいく理由をお聞かせ願えますか?」


 モルフォの鋭い言及がアンクルの中心をブスリと貫いたようだ。倦怠病を広めている犯人ではないのかと彼女に責められた直後は、凄い剣幕で抗議を申し立てていた彼だったが、今は反抗の色が見事に消え失せている。茫然自失といった様子だ。


 再び俯いたアンクルはそのまま一、二分ほど黙ったままでいたが、やがて気味の悪い乾いた笑いを零すと、観念したかのように顔を上げた。だが、その表情はおよそ“観念した”という言葉とは程遠い、虚ろで陰りのあるものだった。


「なるほど。流石にもう、言い逃れはできそうに無いってことだ。何故かは知らないけど、父も手を回していたというのに。まあ、その父もあなた方に降参したということなんだろうけど」


 彼は注射器型魔導具をしまったポケットとは別のポケットに手を突っ込むと、銀色の光沢がある小さな鈴を取り出した。鈴を摘まんだ手を、こちらに見せつけるかのように突き出す。その振動で鈴は小刻みに震えたが、不思議なことに一切音は鳴らなかった。


「認めよう。町の人を倦怠病で苦しめているのは確かにこの僕だ。この鈴を使って住人が自らの身体を僕に預けるように仕向けていたんだ。スムーズにことを運ぶためにね」


「あら、犯行の手の内まで明かして下さるのですか、アンクル様? それは随分とまあ、律儀なものですね」


「多勢に無勢で逃げようがないしね。僕は基本、諦めの悪い性格をしているんだけど、流石にこの状況じゃあ君たちに従っていた方が良さそうだからさ」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹の皮肉たっぷりなショコラの物言いに、アンクルは飄々と切り返した。半笑い気味ではあったが、目は相変わらず死んだようにくすんでいた。


「折角だからもう少し話してあげよう。僕が持つこの鈴は催眠を掛けることのできる魔導具でね。簡単な催眠ではあるけれど、一度に複数の対象に掛けることができる優れものだ。さっき言った通り、僕はこれを使って住人を深夜に呼び出していたわけだ」


 アンクルは再度、手に持った鈴を揺らしてみせた。この時もやはり、常識的に考えれば聞こえてくるであろうチリンチリンという鈴の音は聞こえてこなかった。


「催眠を掛けるためには対象者にこの鈴に触ってもらう必要があるんだけど、ご覧の通り、この鈴は振っても音が鳴らなくてね。このことを理由に、『この鈴は音が出ないんですよ。壊れてるんですかね? ちょっと見てもらえます?』って具合に話を振って対象者に触ってもらっていたんだ。修理を頼む風を装って住人全員に声をかけ、催眠魔法発動の条件を整えるのは大変だったよ。ワンパターンの話しかけ方だと不自然だから、色々と切り込み方も変えたりしてさ」


「……屋敷を空けることが多かったのはその活動をしていたからって訳か?」


 おれの問いに、アンクルは鈴を揺らし続けながら答える。


「それもあるけど、それと並行して住人を襲ってもいた。だから屋敷に戻る暇がなかったんだよ」


 ゆらゆらゆらゆら、音もなく揺れる銀色の小さな鈴は、外見的には全く魔導具とは思えない代物だった。


「どうやって住人を襲っていたのかは分かったわ。それじゃ、ここでの話は終わりにして、続きはコバルトさんの屋敷で行いましょ。被害に遭った人のケアも必要でしょうし、それに……ロジューヌの夜は寒いわ」


 モルフォは身体を抱き、ぶるっと震わせた。彼女の隣に立つショコラもその意見に頷く。アンクルの足下に横たわる男と成平が抱える男へ交互に目をやり、口を開いた。


(わたくし)も同意見でございます。何より、屋敷でないと彼らの為の薬も用意できませんので」


「僕としてもこの場を離れるのは賛成だ。君たちに囲まれたこの状況はどうにも気分が良くない。ただ————君たちが僕をちゃんと捕まえられたら、の話だけれどねぇ」


 言って、口元をゆがめるアンクル。その様子におれが顔をしかめた直後だった。

 成平が抱き抱えていた男が、成平の下顎を思い切り殴り飛ばした。そして、アンクルの近くに倒れていた男は素早く身体を転がしてモルフォの足下へと移動し、彼女の両足を掴んで力の限り引っ張った。彼女はバランスを崩して地面に倒れてしまう。


 予想もしていなかった展開に、おれは身動き一つできなかった。


「言っただろう? “僕は諦めの悪い性格だ”って」


 にやりと笑うアンクルの右肩に、どこからともなく現れた小動物がちょこんと乗った。それはどこかで見覚えのあるリスであった。


「この量では心許ないが、最低限は確保できている。邪魔される前に成し遂げなくては!」


 彼は早口でそう吐き捨て、こちらを一瞥もせずに霧の中を疾走していった。おれたちから離れ、町とは反対方向に。湖があり、禁足地の森があり、そして——時忘れの塔がそびえ立つ方向に。


 このままでは逃げられる! そう、おれと同じように思ったのだろう。ショコラはすぐに青白く揺らめく炎をブーツに纏わせた。魔法を発動し、あの高速でもって彼を捉えるつもりらしい。膝を曲げ、大地を蹴る準備に入る。


「————ッ!?」


 だが、彼女がアンクルを追いかけることは叶わなかった。突如霧の中から婦人、青年、若い女性など、複数人が現れ、次々とショコラに身体をぶつけて彼女を転倒させた。彼らはロジューヌの町の住人だった。そしておれの前にもすぐ、霧の中から一人の男性が飛び出してきた。


「マ、マスター……!」


 ジュジュと一緒に入り、モルフォと出会ったこじんまりとしたボロい喫茶店の店主が、いつも肩にリスを乗っけていたマスターが、おれ目掛けて飛びかかってきていた。


 彼の目は焦点が定まっていない。きっと、アンクルに催眠を掛けられているのだ。そう考えている時、おれの足はすでに地面を離れており、マスターに体重を掛けられて地面に倒れ込む最中であった。



つづく

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