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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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037.霧に沈む町

 壁掛け時計の針がカチッと動いた。時刻は深夜零時。窓の外に目を向ければ、今晩も例の霧がここら一帯を覆い尽くしていることが見てとれた。


「いよいよだな。今日でこの怪奇事件に終止符を打ってやろう」


 おれは右手で拳を作り、左手の平にパンッと打ち付けて気合いを入れる。領主の部屋でショコラやコバルトの話を聞いてから数時間、おれたちはこの食堂を拠点として定め、アンクルの捕獲方法を話し合いつつ時が満ちるのを待っていた。合間に夕食を取り、粗雑な造りのシャワーも気分転換として浴びた。準備に抜かりはない。


「じゃあ行動を開始しましょう。まずは私がアンクルさんの現在地を描写するわ。さっき話した通り、この魔導具を使用してね」


 モルフォは白いブラウスの胸ポケットから、木目のはっきりとしたダークブラウンカラーのペンを取り出すと、それを食堂に座するみんなに見えるように掲げて見せた。シックな装いのそのペンは、彼女が夕食前に説明してくれた対象の位置を特定する魔導具である。彼女が言うには、このペンを握って魔法を使うとペンが勝手に走り出し、対象の所在地が紙に描かれるのだそうだ。対象についての理解が深ければ深いほど、精緻で写実的な絵が完成するらしい。


「コバルトさん、紙を一枚頂けるかしら? 何かの裏紙でも構わないのだけれど」


「ああ、分かった。ちょっと待っておくれ」


 返事をして食堂を出たコバルトは数分とせずに戻ってきた。指の太い手で不要になったらしい書類を十数枚抱えている。その内の一枚をモルフォに手渡すと、彼女は「ありがとう」とお礼を言って受け取った。彼女は自身の前に紙を置き、その上に魔導具のペン先をくっつけて目を瞑る。


 ペンを立て微動だにしない彼女に全神経を集中させた。すると、彼女を包む二重の光が輝きを増すのが窺えた。より目を凝らすと、彼女の持つペンに魔力が集まってきているようだった。


 そしてバチッと勢いよく目を開けたモルフォは、頭に流れ込む怒濤のイメージを逃さんとするかの如く、腕を高速に動かしてある風景を描き始めた。魔導具『ペナビゲーター』は止まることを知らない。彼女が握るペン先は見ていて気持ちがいいほどの走りを見せ、迷いなど欠片もないと主張するように力強い線をいくつも重ねていく。そうして、一つの絵が瞬く間に完成した。


「はっや! つーか、人間業じゃねぇなコレ」


「同じ絵描きとして惚れ惚れする描きっぷりだね。もう少し平穏な状況なら僕も何か描きたいところだよ。ああ、インスピレーションが逃げていくのを感じる」


 おれが驚き、成平(なりひら)がくだらないことを言っている間にも彼女は次の絵に取り掛かっていた。二枚目はすでに半分近く描き上げられていた。


「この絵……小さな人影がいるのは湖の近くかぁ? あと、そんなに離れてないところに家も見えるね。この人影がアンクルさん? どーなってんだ? アンクルさんってあの巻き巻きの塔にいるんじゃなかったっけ?」


 ジュジュはモルフォが描いた一枚目の絵を首を傾げて眺めていた。アンクルの居場所を知る手掛かりとなる絵をまだちゃんと見ていなかったおれは、ジュジュの呟きを不思議に思って彼女の方へと歩いて行く。


 近づいている時、モルフォが二枚目の絵を描き切って宙に放り投げた。それを成平がキャッチしたところで、モルフォは三つ目の作品制作を開始する。


「こっちの絵でも黒い小さな人影がいるのは湖の畔だよ。近くに家らしき建物もある。あっ、遠くに塔のようなものも描かれているな」


 手に取った二枚目の絵を確認する成平はそう口にした。


「ロジューヌの町からあんまり離れたところではなさそうだけど……確かにジュジュちゃんの言うように、コバルトさんから聞いた話と食い違っているね」


 後ろから覗き込むようにしてジュジュが持つ一枚目の絵に目を落としていたおれは、右手で茶髪を掻きむしる成平へと顔を向ける。おれの視線に気付いた彼は茶髪から手を離し、手に持つ紙を反転させておれに絵が見えるようにした。見せてくれたその絵はジュジュが持っていた物と同様、湖付近が描かれており、遠景、湖の向こうには塔のような物が空へと伸びていた。


「この二つの絵が同じ場所を別角度から描いている点を考えると、やはりアンクルさんは今、時忘れの塔にはいないようだな。塔に向かう準備か何かでもしているのか?」


「湖の畔でかい? そんなところで準備なんて、僕としては意味が分からないけど」


 いやおれにも意味は分からねぇよと答えようとした時、ガリガリと書き殴っていたモルフォが突然、机を強く叩いて立ち上がった。食堂にいる者全員の視線が彼女に集まっていく。


「特定したわ——ッ! アンクルさんはここにいる!」


「ここって言われても……。おれも成平もこれら風景に見覚えがないんだが?」


「安心して。私はこの建物を知っている。東方諸国風の飾りが軒下に付けられていたから、良く覚えているわ」


 モルフォはこちらに三枚目の絵を向けて見覚えがあるという建物を指差した。東方諸国風、と彼女が称した飾り物は、我が故郷で夏の風物詩として有名な風鈴のようであった。今おれたちがいる西方諸国と呼ばれる地域はヨーロッパを思わせる文化が目に付いていたけれど、東方諸国と呼ばれる地域はどうやら反対に東洋的な趣のあるところのようだ。


 第一、第二の絵は湖やその向こうの禁足地が映るような角度からの風景画であったが、第三の絵は完全に湖側から描かれている。そのため、人影の近くにある建物についてもよりはっきりとその特徴を見ることができ、また遠景にはこの屋敷と思われる物が描き込まれているのが確認できた。


 成平はモルフォが手にする絵をじっと見つめ、そして何かを思い出したような顔をした。


「その建物、僕も見たことあるな! 確か、色んな地方の雑貨とかが並んでいるお店だったっけ?」


「そうそう! 店内には東方や南端、北限で作られた小物が置いてあって、凄く異国情緒溢れる雰囲気だったわ。ロジューヌの特産品や工芸品を扱っているわけではないけれど、あそこはいいお土産屋さんよね」


「僕も同感だ。あまり国外には輸出されないと言われるラヴァ産の織物もあって驚きだよ! すごく高価だったから手が出なかったけれどね」


 二人は珍しい物が集められた雑貨屋の話で盛り上がっている。そこまで記憶に残っているのであれば、この三枚の絵に描かれた場所へと赴くことは問題なさそうだ。


「話弾んでるところ悪いが、お喋りはそこまでだ。アンクルさんに移動される前に出発しよう」


 おれは席を立ち、食堂の端に立て掛けていた琥珀色の大杖へと歩き出した。背中の方から成平の声が聞こえてくる。


「ひだり君の言う通りだね。折角見つけたのに入れ違いになっては骨折り損だ」


「骨を折ったのは主に私だけどねぇ。ま、それはさておき、行くとしますか。道中は私が案内するわ。間違ってたらフォローして下さいね、成平さん。ショコラはいつでも戦闘態勢に入れるよう警戒しておいて。アンクルさんが催眠系の他にどんな魔導具を隠し持ってるか分からないし」


「承知致しました。モルフォ様が前を行かれるのでしたら、防衛上、(わたくし)殿(しんがり)を務めましょう」


「それでお願い」


 モルフォとショコラがいくつかのやり取りを交わしつつ食堂を出て行く。その後に成平が続いた。杖を持ったおれは同じく食堂の入口へと歩を進め、出る直前で後ろを振り返った。


「ジュジュ、ロロットをよろしくな」


 領主の隣にジュジュは並び立っていた。もふもふ感の溢れる尻尾をゆったりと揺らしながら、彼女は翡翠色の瞳を真っ直ぐにこちらへと向けている。唇をきゅっと結び、彼女は小さく頷いた。


「ひだりも、気を付けてな!」


 おれは返答の代わりに軽く笑い、再び前を向いて進み始めた。




 今日の霧は一段と濃い。おそらく昨日も一昨日も同じくらいの濃霧だったと思うのだが、霧の中に身を委ねて動くのは今回が初だったこともあって、そういう印象を抱いたのだと思う。雨の日とはまた違う、肌に纏わり付く粘っこい湿り気が不快感を誘う。


 先導するモルフォを追って霧の町を進んでいくと、彼女の絵に描かれていた雑貨店がぼやっとした視界の中に現れてきた。軒下には風鈴に似た飾りが付けられている。目的地が近い。そのことを意識すると、身体が少し強張った。自然と気が引き締まる。


「止まって。前方の光が見える?」


 モルフォがおれたちの歩みを制止して呟く。彼女が口にした“前方の光”は、霧の中で淡く滲んだ薄紫色のものであった。おれが思うに、発光しているあの場所にアンクルはいる。見えているのは光だけで、アンクルが何をしているのかはここからでは確認できない。ただ、霧のせいではない悪寒が、そこはかとない不気味さを伴っておれを撫でた。


「……進もう。アンクルさんはあそこだろ?」


「そうね。できる限りゆっくりと、気付かれないように行きましょう」


 おれたちはじりじり、じりじりと紫色に光る場所へと近付いていく。なるべく足音を立てないように、衣擦れの音を立てないように、気配を消してにじり寄っていく。視界に広がる霧の中から徐々に影が生まれきて、その輪郭をハッキリしたものへと変えていく。


 そして————。


「こんな夜更けの霧の中、そこで何をしているんですか、アンクルさん?」


 おれの呼び掛けに、アンクルが振り向いた。



つづく

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