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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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034.お嬢様のためなら、私は……

 いつまでも起きてこないお嬢様を不審に思い、布団を剥いで彼女の顔色を窺った(わたくし)は、お嬢様を苦しめるその高熱が自然なものではないことに気が付きました。首筋にぽつりぽつりと浮かび上がる赤い発疹。インフルエンザを思わせる高熱。小刻みに震える身体。それらの症状全てが、お嬢様の命がある毒に脅かされていることを物語っていました。


 私は書物でしかその存在を知りませんでしたが、この症状は間違いなく“ホムラグルイ”と呼ばれる毒草のもの。赤い小さな花を咲かせるこの毒草は名前だけは有名ですが、生息域が禁足地、それも水質の良い水源付近に限られているため、この植物の詳細な記述がある書物は少なく、私も対処法などの記述を見たのは幼少の頃、父の書斎で見かけたのが最初で最後でした。


 故に、薬と毒にある程度詳しい私でもこの時ばかりは焦っていました。子どもの時に何気なく見ていた本の記述など到底思い出せるはずもありませんから、今の私には解毒方法が分からなかったのです。


 ホムラグルイの毒性は強く、何も手を施さなければ三日と保たず命が失われると言われております。運が悪ければ、症状が出始めてから約一日で亡くなってしまう可能性すらあります。現に数十年前、そのようなケースがあったということが、ある本には書かれていました。


 私は部屋を飛び出してすぐさまコバルト様のもとを尋ねました。症状の度合いから見て毒を盛られたのは昨夜。その日アンクル様は屋敷には戻られておりませんでしたから、考えられる犯人は領主であるコバルト様くらいだったのです。差し入れと称した紅茶を夜分、お嬢様と私に持ってきたのは彼でしたから。まさか何の事情も知らないであろう、見ず知らずの他人である屋敷の使用人がお嬢様を陥れたとも考えにくいですし。


「いったい何の真似ですか、コバルト様⁈」


「それはこちらの台詞ですな。いったいどうしたというのです? 扉をいきなり開けたかと思えばそんな形相をなさって」


 白々しい。私はそう思い、彼に詰め寄ると語気を強めました。


「単刀直入に申し上げます。何故、お嬢様に毒を? 私たちは、あなたの依頼でこの町を訪れているのですが?」


「なっ、ど、毒?! ショコラ殿、いったい何を言って——?」


「とぼけないで頂けますか? 私は薬と毒にはそこそこ明るいのです。お嬢様のあの高熱、あの首筋の発疹はホムラグルイの毒性によるもの。疲労や風邪などからくる症状では断じてありません!」


 私は足を止めずにコバルト様へと近づいていき、いくばくかの書類が載った机を前に座っている彼の襟首を掴みかかりました。グイッと顔を近づけて睨みましたが、わざとらしく目を大きく見開いたわりには、彼の顔には焦燥も動揺も表れてはいませんでした。


「そして、今ならば分かります。あなたが昨夜、厨房にて紅茶に注いでいた白い粉——あれが、乾燥させたホムラグルイを挽いて作り出した毒の粉であると!」


「本気で、私がアリス様に毒を盛ったと……?」


「町の方々は心底倦怠病(けんたいびょう)に苦しみ、霧に怯えています。屋敷に侵入してお嬢様を襲うとは考えられません。ならば屋敷内に犯人がいると考えるのは当然。そして、タイミング的に一番怪しいのはあなたなのですよ、コバルト様。犯行に及んだ動機までは分かりかねますがね」


「……………………やはり、素人の行いでは粗が目立ってしまいますな」


 こちらに向けていた目を冷酷なものへと変え、コバルト様は声音を低くしてそう仰いました。彼の口から、否定の言葉が消えた瞬間でした。


 予想していた通りの人物が犯人だった。そのことに対する昂揚と怒りから、私はすぐに魔導具のブーツでもって一蹴り入れてやろうかと思いました。しかし、それが現実になることはありませんでした。


「手を離して貰えるかね、ショコラ。君のご主人であるアリス様を助けたいのならば、ねぇ」


 冷静に考えれば、コバルト様が未だ優位にあることは明白でした。ホムラグルイから作られた毒を持っているのが彼ならば、解毒剤もまた彼が持っているということです。さらに、その毒草が記録や資料の少ないものであることを考慮すれば、解毒剤を私が調合することは非現実的であり、したがって、お嬢様の症状を和らげるためには彼の持つ解毒剤を手に入れる必要がありました。


「そう悔しそうな顔をしなさるな。ま、気持ちは分かるがね」


 私は渋々掴んでいた胸ぐらを離し、数歩下がってコバルト様から距離を取りました。状況からしてそうせざるを得ませんでした。


「解毒剤は私しか知らない場所にある。残念だが、たとえ暴力を振るわれても渡すつもりは微塵もない。ただし君がもし、私が提示する条件を呑むのであれば、薬の一部をアリス様に使ってやっても構わないが……どうするかね?」


 コバルト様が優位な理由、それはこの場において解毒剤を有しているのが彼だけだという事実でした。この事実がある限り、私はコバルト様を追い詰めることができません。いえ、むしろ毒を盛った犯人を特定したことで、私の方が逆に追い詰められたと言っても過言ではありませんでした。


 彼は彼自身が今言ったように、私が魔導具で痛めつけても解毒剤を渡しはしないでしょう。必然、お嬢様を助けるためには私が彼の言う条件を呑む他ない。そう、コバルト様に犯行を認めさせた時点で既に、私の手から他の選択肢は滑り落ちてしまっていたのです。


「その頷き、肯定と捉えて宜しいか?」


「…………はい」


 俯き、力なく呟く私に対し、コバルト様は嫌みったらしくニタッと笑いました。これが、私がコバルト様に従い始めた経緯になります。


 彼から言い渡された条件とは、簡単に申し上げれば“自然な流れでアリス様に町の調査を断念させ、自国に帰らせること”でした。自分でこの町に招き入れておきながら自分で追い返す、その理由はこの時も、そして今に至っても理解できません。しかしこのやり取りを通し、彼が霧と倦怠病を調査する私たちを邪魔に思っていたということが明確になりました。


 私はその条件を呑み、お嬢様を帰国させるために尽力することを彼に誓いました。この時もし、口元を固く結んでいなかったとしたら、おそらく霞む視界から涙が一滴、流れ落ちていたかもしれません。


 コバルト様は約束通りお嬢様に薬を投与してくれました。ただし、彼は用心深くも自らの手で私に見えないように処置を施したため、彼の持つ薬を見て解毒剤を再現するという私の密かな企みは潰えてしまいました。薬は効きが速いようで、投与してから短時間でお嬢様の顔色はすっかり落ち着いたものへと変わりました。


「では、アリス様が目を覚まされたら説得の程宜しく頼むよ、ショコラ」


 コバルト様はお嬢様の部屋を出る際、入口で成り行きを見守っていた私の肩に手を置いてそう声を掛けてきました。内心複雑な感情を抱いていた私は流し目で彼を睨みました。


「ふむ。反抗の色が窺えるが、くれぐれも私との約束は破らないことだ。解毒剤はちゃんと投与したが、アリス様の体調が完全に戻るほどの量は与えていないからね」


「————ッ?! なっ、そ、それはどういうことですかっ?!」


「解毒しきってしまったら君が私を裏切りかねないではないか。まあ、だから余計な真似はしない方がいい。変な素振りを見せれば、アリス様は再び私の毒で苦しむことになろう。私に反抗などしないことだ。アリス様の命はまだ、私が握っていると言っても過言ではないのだからな」


「下衆が……ッ!」


「……今後は言葉遣いにも気を付けたまえ」


 そう言い残し、コバルト様はお嬢様の部屋から出て行きました。視線をベッドで横になるお嬢様へと戻しましたが、お嬢様の穏やかな顔とは対照的に私の顔は険しいものになっており、それはしばらくの間消えることはありませんでした。


 それから皆様と出会い、このように領主の部屋で事情をお話しするまでは、それほど長くはありません。悪夢から現実に帰ってきたお嬢様に、「お嬢様を襲った高熱は霧の毒によるものです」という嘘の説明をコバルト様の言い付け通り行い、その危険性からお嬢様に帰国するよう説得するも失敗。


 身体に残るホムラグルイの毒の影響で弱っているにも関わらず、健気にも調査を続けるお嬢様に対し、影から邪魔をしつつ帰国を促す日々が続きました。頑なに調査を諦めようとしないお嬢様に痺れを切らしたコバルト様が、再びお嬢様に毒を盛り始めようとしたこともあり、私にとっては気が滅入る毎日でした。


 そんなある日、お嬢様の薬の調達という名目でガルドレッド領サントレアを訪れ、コバルト様からの命で他の領地でのロジューヌに関する評判を調べていた時のことです。偶然にもみな様と、それから修行の旅に出ておられたシャルロッテ様と、宿屋にて相まみえることになったのは。



つづく

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