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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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029.身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

「おい成平(なりひら)、それは本気か?」


「嫌だなぁ、ひだり君は。こんな状況で冗談を言うほど僕がお気楽に見えるかい?」


「残念ながら、ほんとにそう見えちゃってるから擁護のしようがないよ」


「おっと、ついにジュジュちゃんからもそんな評価か」


 呆れたようなジュジュの様子に、成平が肩を上げてややオーバー気味なリアクションを取る。こいつのヘラヘラとした顔からしてジョーク好きって感じが出ている。それに加えてこれまでは俺だけが彼に“適当さ”というものも感じていたのだが、どうやら今はジュジュも感じ取ってくれているらしい。なんだか仲間が増えたようでおれはちょっぴり嬉しかった。


「まあでも実際、この作戦なら上手くいきそうだろ?」


 しかし、チャラチャラしたゆる〜い雰囲気もここまでだ、とばかりに成平の目が真剣になる。口角は依然上を向いている。にも関わらず、先に説明した作戦が空気の読めない場違いな冗談では断じてないということを、その目は静かに物語っていた。


「私は成平さんの作戦でも構わないけれど。大変なのは私以外の人たちだからね。みんなの意思を尊重するわ」


 成平に向けていたモルフォの視線がおれとジュジュに向けられる。「あまり考えている時間はないけれど」という一言とともに。


 彼女と目を合わせたジュジュは戸惑いながらおれの顔を伺う。それに釣られ、モルフォの視線は再びおれに向き、成平も促すようにこちらの顔を見てきた。


 この場にいる仲間全員の注目がおれに集まっている。おいおい、あの危険な作戦をやるか否かはおれが決めろってか? 判断を下すも何も、他に良案がないんだからやるしかないじゃないか。


 おれは一息ついてから喋り出した。


「一番被害のでかそうな奴がノリノリなんだ。成平の作戦に乗ってやろうじゃないか!」


 不安げな表情だったジュジュもその心は既に覚悟を決めていたのだろう。おれのこの掛け声がそのまま作戦開始の合図となり、各々が各々の役割を果たすために動き出した。


 右肩をモルフォに触れられている間、おれは入口を塞ぐ武闘派メイドをちらりと見やる。おれたちの話し合いをただ黙って見ているだけだったショコラと目が合った。先ほどよりも眼光が鋭くなっており、彼女の威圧感に肌が粟立つ。


「じゃあ、行くわよ!」


 準備の整ったモルフォがおれの右肩をバシッと叩いて入口へと走り出した。咄嗟のことで少しよろめいたが、遅れを取るわけにはいかない。すぐさま脚を前へと出して華奢な後ろ姿を追いかけた。自身を覆う軟弱な光の膜を、できる限り堅固なものにしながら。


「ここから逃がしはしません。誰一人として」


 作戦通り、モルフォが駆け出すのとほぼ同時に、成平とジュジュが窓際に到達したらしい。ショコラが淡白な声で発したその台詞が現状を示してくれている。


 ここは一階だ。行儀は悪いが、窓を開けて外に出ることだって難なくできる。成平たちは今、そのようにして脱出を図っているはずだ。


 視界からメイド少女の姿がフッと消える。コンマ数秒後、何かが砕ける音、鈍く重い打撃音、聞き慣れた男女の悲鳴と呻きが同時に室内に響いた。空気が振動し、それらの音が創り出されていた時間はほんの一瞬。それでもおれの耳には、あの不愉快な音がこびり付いて離れずにいた。


 ある程度の距離を開けて前を行くモルフォは振り返らない。立ち止まりもしないし速度を緩めることもしない。ワインレッドのスカートを激しくはためかせながら、ただ前へと進んでいく。扉の、その先を目指して——。


 彼女は強い。魔導具を巧みに操って戦うスタイルが洗練されているからというだけではない。極度の緊張状態、あるいは興奮状態に陥らざるを得ないだろう戦いの場においてなお、心をブレさせないほどに精神が強いのだ。


 だが、おれは彼女みたいな強い心はまだ持ち合わせていなかった。必要な犠牲に目もくれず、一心に目的だけを見据えて行動することができなかった。それゆえ、思わず振り返ってしまった。出るべくして出た犠牲を、自らが被害者になることを覚悟とともに受け入れた彼らの姿を、おれは見てしまった。


「成平……ジュジュ……!」


 高速に乗せて回し蹴りを放ったらしいショコラは、まだ右脚を地につけていない。ショコラのすぐそばに彼らは倒れていた。ジュジュが険しい表情で上体を起こそうとしているのに対し、成平はうつ伏せから身体を横にするのが精一杯といった様子だ。ひどく痛ましい。まさか先ほどの何かが砕ける音は、彼の骨が折れる音だったのだろうか。


 弧を描くようにして宙から地へと脚を戻したショコラは、痛みに顔を歪める二人へ冷たい眼差しを投げかけた後、その紅の瞳をこちらへと向ける。再びおれと目が合ったように感じたが、瞬時にそれは誤解だったことに気づく。彼女の注意はおれではなくさらに後方、この食堂の扉のすぐ手前にまで迫っていたモルフォへと注がれていた。


「逃がしませんよ、モルフォ様」


 ショコラが跳んだ。彼女が動き出す姿をおれの目がハッキリと捉えられたわけではないが、窓を覆う白のレースカーテンが大きくなびいたことから状況を察した。——と同時におれは叫ぶ。


「今だモルフォォォォォォォッッッ!!!!」


 叫びを聞き、モルフォが素早く振り返る。右手が強く輝き、空間に光の糸が出現した。彼女の手から繋がる先はおれの右肩。糸が勢いよく縮んで、おれの身体を引っ張り、宙を舞わせる。おれは杖を抱きかかえる体勢をとり、空間を滑る糸に身を任せる。そして身体に衝撃が走った。標的を吹っ飛ばした右肩が痛い。何かが床にぶつかり、跳ね、転がり、擦れる音が聞こえる。直後、おれも左肩から勢いよく床に叩き付けられた。


「すぐに捕まえて戻るわ! それまで頼んだわよ、ひだり君!」


 糸を消し、モルフォは扉を越えて廊下を走り去ってゆく。

 上手くいった。想定通りの多大な被害は出たが、無事にこの食堂からモルフォを逃がすことができた。


「な、何を……?」


 ショコラはよろよろと立ち上がる。おれたちと対峙してからはずっと怖いくらいに冷静であった彼女の顔には、今や動揺の色が浮かんでいた。


「『アラクネの糸』という魔道具だ。伸縮自在の光の糸を作り出す」


 おれも痛みに耐えつつ、琥珀色の杖ポーンを支えにして立ち上がる。


「魔導具…………魔法の糸ですか……」


「モルフォは糸を極細にし、輝きを最小限に抑えてたんだ。ショコラに気付かれないようにな」


 実際、極限にまで細く薄くされた糸をハッキリと視認することはおれにはできなかった。故に、糸が通常の太さになった時、突然空間に現れたように見えたのである。


「単純な作戦だと思って油断しておりましたが、そこに一工夫されていたというわけですね。——いえ、アイテムコレクターを名乗るモルフォ様が魔導具を持っていることは予想可能なことでした。にもかかわらずその可能性を見落とし、あまつさえ警戒していなかった。此度のことは(わたくし)の落ち度ですね、完全に」


 成平が提案した作戦は、窓からこの部屋を出て行こうとする成平とジュジュをショコラが潰しに掛かる間に、モルフォが全速力で扉から脱出する、という単純なものではなかった。大枠はこの通りなのだが、彼はそこにひとつまみのスパイスを加えたのだ。そして本作戦の肝はそのスパイスの部分であった。


 走るモルフォを止めようと高速移動するショコラは、おそらく周りには目を向けない。ならば横からなら一撃を加えることができる。そう踏んだ成平は、アラクネの糸を利用しておれをショコラにぶつけるというぶっ飛んだ案をこの作戦に盛り込んだ。結果、それは功を奏し、おれは糸に導かれて無防備だったショコラの右半身に激突し、彼女を吹っ飛ばした。こうして、ショコラの妨害の手がモルフォに届くのを防いだのである。


「今すぐにでも追いかけてモルフォ様を封じたいところですが、あなた方を自由にするわけにも参りませんね」


 言って、拳を構える。彼女から敵意が向けられた。おれに対して、明らかに。


 彼女の反応におれは唾を飲み込む。モルフォを逃がせた今、おれたちは積極的に動くつもりはなかった。彼女一人いればコバルトを捕捉することは可能だろう。むしろ、怪我人が二人もいるおれたちでは足手まといになる可能性もある。だから無理に行動を起こすつもりはなかった。これ以上ショコラと戦う意思はなかった。だが、


「なので、さっさとあなた方を片付けて追いかけることにします。これ以上勝手なことをされて状況を悪くされても困るので」


 彼女にはそんなつもりは毛頭ないらしい。先ほどまでは逃げようとすれば攻撃し妨害するというスタンスだったが、今度は本気で叩きのめしにくるつもりのようだ。


 冷や汗が頬を伝って床に落ちていった。



つづく

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