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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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028.立ち塞がるは黒髪の君

 コバルトが逃げていった廊下へと続く扉、その前に彼女は立ちはだかった。言葉を発する仕草に伴い、耳の後ろで結ばれた二つの長い黒髪がわずかに揺れる。佇まいは優雅だ。冷静沈着で有能、仕える主に対しては軽口を少々叩くものの、その忠誠心は本物だとおれは思っていた。そう感じていた。そんな彼女が今、ともすると主を裏切るような行為に出ていた。


「ショコラ、お前……」


 朝、おれにアリスとロロットが高熱を出したことを伝えに来た時は動揺しているように見えた。それは彼女が心の底から主のことを心配しているからだと思った。いや、実際そうであったはずだ。なのに、どうして。


 ショコラは紅の瞳を少し潤ませ、目を閉じて顔を伏せる。そのまま一言、ぽつりと呟いた。「(わたくし)は私の役目を果たすだけ」、と。口にした内容はクールな彼女らしいものだったが、その声は若干震えていた。


 彼女が今どんな状況に立ち、なぜコバルトの逃亡に協力しているのかは分からない。しかし確かだと思われるのは、彼女が今の自分に徹し切れていないこと、心が定まっていないこと、そして、何か大きな苦しみを抱えていることだ。


 彼女はバッと顔を上げ、じりじりと扉の方へとにじり寄っていたモルフォを横目で見た。直後、おれの目に映るショコラの姿がブレ、一瞬にして消える。床を弾くように蹴る音がすぐに聞こえ、その音の方へ顔を向けるとモルフォが後方へ飛び退いていた。そして彼女の前には、彼女のいた空間に右脚で鋭い蹴りを入れるショコラの姿があった。モルフォは、間一髪でショコラからの攻撃を避けたのだ。


「——は?」


 それがおれの率直な感想だった。訳が分からない。扉の前からモルフォの所に瞬間移動してキックをかましたということらしいが、常人を遙かに凌ぐあの速度については全くの意味不明だ。いや、違う。意味は、どう見ても明らかだった。


「脚が……ブーツが、光ってる?」


 宙に突き出していた脚が、その脚に履かれているブーツが、炎のように揺らめく青白い光を纏っていた。普通のブーツは光らない。仮に光るブーツがあったとしても、今目に映っているような炎の如き光を纏うことはない。おれの持ち合わせている常識では考えられない代物。不可思議な事象を引き起こす代物。間違いなくあれは——、


「魔導具か!」


 だとすれば先ほどのことも納得できる。あのブーツによる魔法が、ショコラの目にも留まらぬ超速を生み出したのだ。からくりは分かった。だが、問題はここからである。


「誰も通しませんよ。私のこの速さに誓って」


 扉の前へと瞬時に戻ると、ショコラは本格的に臨戦態勢を取った。その姿勢はいつでも素早く動け、鋭いキックを入れられるようなものであり、彼女の発した言葉が冗談ではないことを示していた。


 どうやって彼女を突破するか、それが問題だった。魔法で高速移動を可能にしていることが分かったところで、その尋常ならざる速さで動く彼女の攻撃をかわし、この食堂から抜けることが至難の(わざ)であることに変わりはない。


 一対四と単純な頭数としては有利な状況だが、ジュジュと成平(なりひら)が非戦闘員であること、おれがまともな魔法を使えないことを考えた場合、今の状況がおれたちに有利であるとは言えない。おそらく、ショコラのスピードに対応できるのは初撃を見事にかわしたモルフォだけだろう。それはつまり、この部屋から脱する可能性があるのは、現実的に考えるとモルフォだけだということを意味していた。


 もちろん、この場にいる全員が食堂を抜ける方法も無いわけではない。ショコラを気絶させるか、あるいは身動きを封じて戦闘不能状態にすればいい。しかし、現実的かと言われれば否定せざるを得ない。まっとうに戦う選択肢を取った場合、ショコラはまず間違いなくジュジュと成平を沈めに来るだろう。それとも、まずおれの方を潰しに来るだろうか。いずれにせよ、こちらの戦力が一気に削られる展開になる可能性が極めて高い。


「モルフォ! ちょっとおれのもとに集まってくれ! 話があるっ!」


 ショコラを倒せる可能性も、この食堂から脱することができそうな可能性も、ともにモルフォが断トツで高い。ならば取るべきは、“モルフォをこの場から逃がす”という選択肢だ。


 彼女が戦闘で勝利を収めるより、彼女をここから抜け出させることの方が時間が掛からない。今こうしている間にもコバルトはおれたちから遠ざかっている。追うのが遅くなればなるほど見つけ出すのも困難になる。この状況を短時間で破る必要があるのだ。


 モルフォがおれのもとに駆けてくる。その間、入口に佇むショコラは微動だにせず、ただ目だけを動かしこちらの動向を監視していた。


「この場から全員で抜け出すのは難しいと思う。だからモルフォ、おれたちでどうにか隙を作るからなんとかここから出てコバルトさんを追ってくれ」


「ちょ、ひだり! それ本気か!?」


 ジュジュが目をまん丸くした。言いたいことは分かる。おれたちだけで隙が作れるのかという疑問、そして不安。


「この場で冗談言うほどお気楽に見えるか? でも、この場でショコラを突破できる可能性があるのはモルフォだけだろう? ジュジュや成平は当然として、戦い慣れていないおれだって、まあ無理だろう。なら、モルフォに全てを賭けるしかないじゃないか!」


「そりゃそうかもしれないけどさっ! でもその作戦、結局はわたしらに懸かってるじゃないか! ひだりはわたしらだけでショコラさんの動きを封じられるって言うの? たとえ一瞬だとしても!」


「それは————」


 何も言葉が出てこない。具体策など思い付いていない。ただ、モルフォをどうにかしてここから外に出さなければ。それしか、今のおれの頭にはなかった。


「私がコバルトさんを追いかけることに異論はないわ。でもジュジュの言う通り、あなたたちだけでショコラを入口から引き剥がしていられるの? 最低二秒、彼女を扉から遠ざけてもらわないと、たとえ私でも突破できない」


 モルフォの言葉におれの頭はフル回転する。何かないか、いい案は。あいつから二秒奪える最適の方法は!


 苦肉の策しか浮かばなかったおれは、未熟の域を出ない魔法を発動し、自身の身体を光の障壁で覆う。毎朝のトレーニングの合間にこっそりとこの魔法の訓練をしているうち、一部しか覆うことのできなかった光の膜を身体全体を覆うまでに拡張できるようになった。しかし、そこそこ程度の強度しかなく、障壁魔法と呼ぶにはまだ拙い。けれどもこれが、今のおれの唯一の武器であった。もうこの際、この魔法モドキを駆使してどうにかするしかない。そのことをジュジュに言うと、彼女は乾いた笑いを浮かべた。


「マ、マジかよ。そんなんじゃあ……いったいどこまで衝撃に耐えられるのか……」


「でも、おれにはこれしかない。これで、なんとかしてショコラに隙を作る」


 言って、我ながらなかなかに荒唐無稽だと感じた。ショコラのあの超速に全くついていける自信がない。あの速度が乗った蹴りの一撃を、この軟弱な障壁で耐えられる自信がない。こんな状態であのメイドから一瞬さえ奪う自信がない。


 考えつくのは、少しでも長く立ち続けることでショコラの注意をこちらに引きつけ、その間にモルフォに脱出してもらうという単純すぎる作戦だけだった。正直、単純すぎて上手くいく気があまりしない。


 焦りが顔に出まくっているおれに、成平とモルフォの批判が飛んできた。


「モルちゃんだけを逃がすというのは僕も賛成だ。でも、ひだり君のそのなんちゃって魔法じゃあの子から隙を作るのは無理だよ、きっと」


「右に同じよ。やはり時間が掛かってしまうけれど、私があの子と戦って——」


「だから、ちょっと僕の考えを聞いてくれないかい? モルちゃんもよく聞いてくれ。君がこの場を抜け出すための作戦には、君自身の協力も不可欠なのだから」


 モルフォがショコラに一騎打ちを仕掛け、正面突破の案へと思考を向けていた時、彼女の言葉を遮って成平は言った。『僕の考えを聞いてくれ』だと? まさか成平は、ショコラに隙を作る妙案を思い付いたというのか? いや、そんな疑問はどうでもいい。彼の考えがどのようなものにせよ、今のおれたちはそれに縋るより他にないのだから。


 喋っていたモルフォも口を閉じ、おれを含めた三人が成平が話し始めるのを待っていた。みんなが彼の考えを聞き漏らさないようにと集中している。その様子を確認してから成平は、おれたちがショコラから二秒を奪い、その隙にモルフォが彼女を突破する方法を説明し始めた。



つづく

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