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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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021.帽子の少女が示す先

「時忘れの塔……? それって、あのでっかい巻貝みたいな灯台のことだよな?」


「そうそう、あの縞々のやつね」


 首を傾げたおれに、帽子の彼女は肯定的な反応を示す。


「“知ってる”ってのはどういう意味でだ? あれがこの町の名物になっている灯台だってことは知ってるけれど、それ以上のことは知らないぞ」


「ふ~ん、なるほどねぇ。だったら、私の知っていることは君たちの役に立つと思うよ。え~っと……」


 そこで彼女の言葉が不自然に途切れる。ああ、そうか、そういえばまだ名乗っていなかった。この少女の名前ももちろん訊いていない。


 自分たちについてまだ何も話していないことに気付いたおれは、そんなことには全く気付いていなさそうなジュジュを手で示し、帽子の彼女に紹介することにした。


「このケモミミの銀髪っ娘がジュジュ。んで、おれがひだり」


「左? 右左の? 変わった名前してるのね、君」


「でしょ⁉︎ 絶対本名じゃないんだよ! 訊いてもひだりは頑なに本名教えてくれないし。何でか知らんけど、わたしに隠してんだ!」


「隠してるって……それ、お前が言うか? お前だって、“ジュジュ”は愛称で本名は別にあるんだろ?」


「そ、それは、あれだ。えっと。べ、別にいいだろっ! ひだりには関係ないじゃんっ!」


 確かにおれには関係ないことだが、それ主張するならおれの本名についてもとやかく言うな。ただ、本名思い出せていないから訊かれても答えようがないんだけどな。


「なんかよく分からないけれど、ジュジュちゃんにひだり君ね。とりあえず、そう呼ばせてもらうわ」


「わたしのことはジュジュでいいよ。それで、お姉さんのお名前は?」


「私はモルフォ・リペリドール。ジュジュよりかはちょっとばかり年上になるのかな? でも、そういうことはあんまり気にしないで。“モルちゃん”って気軽に呼んでくれたら嬉しいわ」


「“モルフォ”か。お嬢ちゃん、良い名前してるじゃねぇか。はいよ、ご注文のミルクティー」


 マスターがタイミング良く、頼まれた飲み物をモルフォと名乗った少女の前にコトッと置いた。このマスターは注文の品を届ける時にいちいち一言付けて渡すことを心掛けてるんだろうか。彼は他の客に呼ばれ、すぐに別の席へと向かってしまったのでそのことは訊けなかった。


 お互いの自己紹介を終えた後、モルフォはどうして色々と危ないと噂になっているこの町に来たのかと、ジュジュが尋ねる。


「もしかして、わたしたちと同じようにこの町の怪奇事件を調査してるの?」


 モルフォは飲んでいたミルクティーをカウンターに置き、その理由を話してくれた。


「私は倦怠病(けんたいびょう)についても、ましてや例の霧についても調べていないわ。魔導具を探しに来たのよ。学者じゃなくて、アイテムコレクターだからね、私は!」


「あいてむ、これくたー?」


 ジュジュが抱いた疑問は、そっくりそのままおれが抱いた疑問だった。率直な感想は、何だそれ、である。そもそも魔導具は一般に普及している代物のはずで、賢者が持つ『星の杖』とかでもない限り、さして珍しい物でもないはずだ。


 ということは、彼女は今この町で、


「貴重な魔導具を探してるってことか?」


「その通りよ。信頼のおける知人からの情報によれば、ルフォン湖周辺には特別な魔導具が眠っているらしくてね。私はそれを探しているの。アイテムコレクターというのはこんな感じで、世間に出回っているような普通の魔導具ではなくて、貴重だったり特殊だったりする魔導具を追い求める人のことを言うのよ」


「へぇ、なるほどねぇ」


 おれはアイスコーヒーに手を伸ばし、氷がほとんど溶けて味が薄くなってしまったそれを一気に飲み干した。と、ここで話が逸れてしまっていることを思い出す。


「それでモルフォ、あの塔の話なんだけど——」


「ああ、ごめん。時忘れの塔の話だったね」


 言って、彼女は先ほどの続きを話し始めた。


「ここ数日で気付いたことなのだけれど、霧が出ている時、あの時忘れの塔には何らかの変化が起きているわ」


「変化ぁ? それって、どゆこと? 形変わるとか?」


 ジュジュは銀色の尻尾をゆっくりと振りながら首を傾げた。


「う~ん、流石に形は変わらないかなぁ。そういう派手な変化じゃないんだけれど、霧が出ていると、塔から強い魔力が感じられるようになるのよ。普段は微かにしか感じられないのに」


「ま、魔力ぅ? うぅ……わ、わたしには魔法使いの素質がないから全然分からないや」


 獣耳を垂れさせてしょんぼりしているようだが、安心しろ、ジュジュ。魔法の杖をかれこれ数ヶ月持ってるおれでも、塔から魔力なんて全く感じられなかった。もちろん、今も塔からの魔力など感じられない。


 しかし、ジュジュの隣に腰掛ける少女からは何やら不可思議なものが感じられる。この不可思議なものの正体がおそらく魔力だろうから、彼女の言っていることは信用できるだろう。少なくとも、おれよりは魔力に詳しそうだ。


「何故、霧が出ると塔の魔力が強まるのかは分からないわ。ただ、私はその現象と探している魔導具には関連があると睨んでる」


「え~っとぉ、モルちゃんが言ってることって……つまり、モルちゃんの捜し物が時忘れの塔にあるかもってこと?」


「ジュジュの言う通りだろうな。そしてその現象から、霧の謎に時忘れの塔が絡んでいることも明白だ」


「ちなみに、あの塔にはこんな言い伝えがあるそうよ。『塔に魅入られし者、永劫の牢獄に囚われん』。とても古い言い伝えらしくて、八十を越えたお婆様から教えて頂いたわ」


「『永劫の牢獄に囚われん』? 塔から出られないって意味か?」


「お婆様曰く、その意味は、“時を止められる”、“永遠の命を得る”ということらしいわ。私は、この言い伝えにある『永劫の牢獄に囚われん』というのは、塔のことではなく、塔に眠る魔導具の効果によるものだと考えているの。ふふ。どう? 君たちの役に立つ情報だったでしょ?」


 塔にまつわる話をひとしきり終えると、モルフォはおれとジュジュに向かってニコッと微笑んだ。役に立つどころの話ではない。これは大きな収穫だ!


 ロジューヌで大きな被害を出している倦怠病は二ヶ月ほど前から流行りだした。そして時を同じくして、毎夜、町を濃い霧が包むようになった。このことから倦怠病と霧には何か相関関係がある、つまりは霧が原因で倦怠病が発生しているのではないかと考えられていた。だが今まで、霧がどのようにして倦怠病を発病させているのか、この霧にはどのような影響があるのか、そもそも霧はどのようにして発生しているのかが分からなかった。


 しかしモルフォの話によれば、この霧の発生には時忘れの塔に眠る魔導具が関わっている可能性がある。そう、つまりは、一連の出来事がやっと明確な一本の繋がりとして姿を現してきたのである。


「最後の最後に凄い大物が手に入ったな。これで次にするべきことがハッキリした」


 「だよな?」と同意を求める意でジュジュの方を見る。が、彼女がおれに見せた反応は、ただ二回ほど目をパチクリさせるだけだった。おい、これまでの話を理解してないのかよ。


「要するにだ、ジュジュ。おれたちは時忘れの塔を調べに行く必要があるってことだ。おそらくそこに、倦怠病と霧の謎を解く鍵がある」


「おお~なるほどなるほど! そういう話だったのか! 途中からなんかよく分かんなくなっちゃったから、カフェオレ飲みつつ別のこと考えちゃってたよ」


 そこは話聞けよ! と突っ込みたくはなったが、とりあえずおれは「分からなかったら、質問してくれて全然大丈夫だから」と答えておいた。う~ん、おれってばジェントルマン!


「ほんと? あんがと! じゃ、次からはそうするー」


 返事とともに向けられる屈託のない笑顔。なんだか、次回からは質問攻めに遭いそうな気配が濃厚に漂ってくるな。説明疲れする自分の姿が容易に思い浮かんだ。

 「でもね」と、モルフォが再び口を開く。


「あの塔に行くのはかなり危険だよ」


「え? どうして?」


「あの塔が建っている森は禁足地なの。ジュジュ、禁足地には何がいるか分かるよね?」


「うん。魔獣……だよね」


 そう答えたジュジュの顔は少し引きつっていた。きっと、サントレアで鳥型の魔獣に襲われた時のことを思い出しているからなのだろう。あれは確かに恐ろしい体験だった。


「それだけじゃないわ。禁足地には魔物もいる。まあでも、あの塔がある場所は禁足地の端の方だから、魔物が出る可能性は低いと思うけど。でも、油断はできないわ」


 「魔物もいる」という言葉が引っ掛かった。おれはモルフォの話を遮り、すぐに質問する。


「魔獣と魔物って何が違うんだ? 同じ存在だと思ってたんだが」


「私も詳しくはないんだけど、簡単に言うと、魔獣は生き物が元になっていて、魔物はそうではないって感じよ」


「ザックリしてんなぁ。まあ、姿はおぞましかったけど、魔獣は確かに生物って感じがしたな。でも、魔物はそういうわけでもないと?」


「う~ん……そうね。私が遭遇した魔物はよく見る生き物っぽくは見えなかったな」


「じゃあどんな感じだった?」


「どんな感じって言われてもねぇ……んと、“図形”? とか、あとは“光る影”とか。なんか、わけ分かんない植物的なやつも見かけたかな~」


「植物的なやつって生き物っぽそうなんだが」


「今までに見たことがないような、不思議な見た目をした植物的なやつだったのよ! 私だって魔物は簡単にしか知らないの! まあとにかく、これだけはハッキリと言えるわ。“魔物は魔獣の比じゃないくらいにヤバい”。熟練者でもない限り、相手をせずにその場を離れるのが賢明よ」


 モルフォの言葉には熱が籠もっていた。彼女は魔物に出くわした時、おそらく戦わずに逃げに徹していたのだろう。話を聞く限り、そうせざるを得ないほどにヤバい存在であるらしい。その経験が、この真剣な態度に表れているのだと感じられた。


「なら、塔に向かうには入念な準備が必要そうだな」


 この状況、なるべく場慣れしている人間が欲しいところだ。なら、選択肢は一択か。


「一つ提案なんだが、おれたちと一緒に時忘れの塔を目指さないか?」


「ふふふ。安心して。この話を切り出した時から、私もそれを君たちに提案するつもりだった」


「なら!」


「ええ、一緒に禁足地に入り、あの塔に向かいましょ!」


 モルフォの瞳がキラリと光った。



つづく

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