表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
19/71

018.魔法を扱う者の心得

 太古の昔から、数多くの人々を魅了してきたのは宝石であった。宝石を巡り、血が流れることも少なくなかった。何が彼らを惹きつけて止まないのだろうか。


 それは、魔力である。星が長い年月を費やして育んだ宝石には、人を含めたその他の存在よりも遥かに莫大な魔力が宿っていた。古今東西のあらゆる人間は、この膨大な魔力に本能的に引き寄せられていたのである。


 その宝石を利用して造られたのが“魔導具”だった。今は亡き古代文明によるこの偉大な発明のおかげで、人類は魔法という限りなく万能に近い技術を手に入れたのである。


「あー、なんか、そんな話があったことは覚えてるなぁ」


「この話ししてからまだ一週間も経ってないよ、ひだり君」


「そ、そうだったっけ?」


「はぁ。ひだり君、相当眠かったんだね」


 ロロットの眼差しが冷たい。針のように鋭いその視線が、おれの胸を通り抜け、心そのものに直接突き刺さってきた。


「悪かった。ほんと申し訳ない。実践練習ではこれまでの倍は真剣にいくから」


「ま、くどくど言ってても仕方ないから先進むけど、魔導具には三種類——いや、二種類あるってことは覚えてる?」


 うん? 三種類?

 まあそれは別にどうでもいいか。言い間違いくらいロロットだってするだろ。だって人間だもの。


「杖と杖じゃないの、だったっけ?」


「五十点。ざっくりすぎ」


 不出来な生徒で本当にすまないとは思いつつも、マジでなんのこっちゃなので先を促す。曰く、魔導具は次の二種類、①特化魔導具、②汎用魔導具に大別されるらしい。


 ①の特化魔導具は、物語などのファンタジーでしか魔法は存在していないと考えているおれたち一般人が、“魔導具”と聞いて普通連想するタイプのものだ。つまり、ある特定の魔法のみを使用することのできるタイプである。


 分かりやすい具体例を挙げるとすれば、ローリング女史が綴った某ポッターの物語に登場する“透明マント”がそれだ。あの道具について、おれが今いるこの異世界風に説明すると、あのマントは羽織ることで“透明化”という魔法現象を引き起こしていると言える。あのマントは透明化の魔法しか使えない。このように、一つの魔法しか使用できない魔導具が特化魔導具というタイプだ。


「じゃあ②の汎用魔導具は複数の魔法を使用することができるってことか?」


 おれの問いに、ロロットは首を大きく振った。


「複数なんてもんじゃないよ! 特化魔導具はその内部に、特定の魔法を発動するための術式が組み込まれているんだけど、汎用魔導具にはそれがないんだ! 魔導具を利用するには、まず魔導具と契約を結ばないといけないって話は前にしたよね?」


「お、おーう。覚えてる、オボエテル」


 言われてみれば、ロロットが以前に言っていたような気がする。確か、魔導具と契約を結ぶことにより、契約者は自分の意識、すなわち精神を介して魔導具の魔力を操り、魔法を発動させることができる、といった感じだった。どのようにして契約を結ぶのかはおおよそ共通しているが、細かい点は個々の魔導具ごとに異なっているとも言ってたっけ。


「汎用魔導具には術式がないから、どんな魔法をどんな感じに発動させるのかは契約者の意志に依存するの。簡単に言えば、術者の想像力がもの凄く重要ってこと。だから汎用魔導具は扱いが難しいんだ。一人前に使いこなせるようになるためには、高い魔効抵抗力や魔法発動を具体的に想像できるような想像力が必須になる」


「はあ。……ん? 想像力ってのはなんとなくトレーニングできるんだなって思えるんだけど、魔効抵抗力って鍛えられるのか?」


「訓練してもなかなか高まらないから難しいけど、鍛えることはできるんだよ! 魔力とか魔効抵抗力なんかは人の精神状態に影響を受けるから、メンタルトレーニング的な手法になるけどね。ただまあ、魔力の方は今のとこ高められないんだけどねー」


「魔効抵抗力が努力で高められるのなら、魔力も鍛えられそうなもんだけどな」


「魔力と魔効抵抗力というのは、実際は一つの力の二つの側面を言っているにすぎないっていう学説もあるし、理論的には高められるはずっていうのは学会でもずっと言われ続けてるんだけど、その手法が確立されてないんだ。将来的には魔力を鍛えられるようになって、魔導具に頼らずに魔法が使える世の中になるかも知れないね!」


 一通りの説明を終え、ロロットはにっこりと微笑んだ。魔導具無しで魔法が使えるようになったら、きっとこの世の中の状況がガラリと変わるんだろうなぁ。それこそ、おれの世界での産業革命や情報革命なんかみたいに。


「それじゃあひだり君、実践練習してみよっか! とりあえず魔法は発動させないで、魔力を感じるところから」


「お! やっとか! あ、でも、先に魔効抵抗力を高める訓練はしなくていいのか?」


「私にも理由はよく分からないんだけど、ひだり君の魔効抵抗力は賢者並みに高いから、その特訓の必要はないかな。それにサントレアでも言ったけど、基礎中の基礎くらいしか教えないし、もっと言えば最初の方はずっと魔力操作の特訓だけのつもりだし」


 なんだ。しばらくは魔法を使えないのか。でもまあ、「危険だったり高度だったりする魔法は教えません」って最初っから言ってたしな。とにかく、護身用の魔法だけでも使いこなせるようになれればそれだけで十分だろう。別におれが、魔獣やら何やらと戦うどこぞの物語のヒーローというわけでもあるまいし。


 杖を両手でしっかり握り、目を瞑るようロロットに言われた。おれはその指示に従い、心と呼吸を整えた。何事も力んでいては動作がぎこちなくなり、ことが上手くいかないものだ。


 そういうことを頭では分かっていたが、やはり身体は正直者なようで、考えている通りにはなってくれない。少し緊張していることがロロットの目から見ても明らかだったのだろう。もっとリラックスに、気楽にして、と諭されてしまう。


「四秒くらいで息を吸って、その倍以上の長さで吐く。これをしばらく続けて。自分と自分の持つ杖に意識を向けて。自分と杖が一つの塊であるように感じられるまで集中して」


 自分と杖が一体となっている感覚を持てとは、なかなか難しいお題だ。自己と他を同一の存在のように感じ取るというのは、「これもう一種の悟りじゃね? 仏教的に言うと」という心境だ。おれに仏教修行者になれということか。とにかく、まずはできることからだ。


 吸って、吐いて、吐いて。吸って、吐いて、吐いて、吐いて。また吸って、吐いて・・・・・・。


 こうやって深い呼吸を続けていると、先ほどまで感じていた緊張感がほぐれ、心が落ち着いてきた。意識は自分と杖に向けているつもりだが、すぐに頭の中にどうでもいいことが浮かんできたり、はたまた気が付くとそういった思考の方に意識が向いてしまったりしていた。意識を自分と杖に向け、そこだけに集中するというのは思った以上に難しい。




 どれくらい時間が経ったのだろう。指示されたことに一心不乱に取り組んでいると、自分でも不思議に思うようなことが起きた。杖を持っている感覚が無いのだ。同時に、自己が拡張しているような感覚があった。おそらくこれが彼女の言っていたことなのだろう。気付けばおれは、自分の身体と持っていた杖を一つの存在として感じることができていた。


 その何とも不思議な一体感を感じた後も集中することを続けていく。自分に、杖にではなく、この一体となったものに意識を向け、さらに集中していく。途中、意識が別の方向に行ったり集中が弱まったりしてしまうこともあったが、そのたびに意識を元の対象に戻し、集中し続けた。


 すると今度は、この拡張された自己を取り巻く膜のような、あるいは自己を包み込むぬるい水玉のような、そんなものが二重感じられた。一つはなんだか海の水面のようにゆらゆらと揺れ動くもので、もう一つはそれと対照的に全く微動だにしないものだった。


 ゆっくりと目を開けてみる。杖を持っている感覚はもう戻ってきているが、自分を包むあの二重の膜の感覚はまだ残っていた。この感覚についてロロットに尋ねると、彼女はさらりと答えてくれた。


「それが魔力と魔効抵抗力だよ」


「は?」


 思わず聞き返す。


「流動的に感じられたものが魔効抵抗力で、不動のように感じられたものが魔力。一度感じられるとしばらくはその感覚が残ってるでしょ?」


「ああ。まだ、こう、ふわふわというか、なんか変な感じはしているよ」


「うんうん。上出来だよ。ちなみに、今感じてる魔力は大半が魔導具の——ひだり君の場合はその杖に付いている宝石の魔力だからね」


「宝石の、魔力? このぶよぶよ、おれ自身を中心にして広がってんだけど……えっと、どういうこと?」


 おれの持つ琥珀色の大杖ポーンの最上部には大きな宝玉がはめ込まれている。目の前に立つ金髪の少女はその宝玉を指差していた。


「簡単な話だよ。魔導具と契約を交わした者は、その魔導具の宝石に宿る魔力を手に入れることができる。逆に契約が切れてしまえば得ていた魔力はパァッと消えちゃうの」


「はぁ、なるほどなぁ」


「まーとりあえず、しばらくはこのトレーニングを繰り返していくよ。目標は……そだね、意識したらパッと魔力と魔効抵抗力が感じ取れるようになること!」


 なるほど。どうやら、おれが本格的に魔法を学ぶのはまだまだ先になりそうだ。ま、焦らずじっくりと取り組んでいこう。


「おーーーいっ! ロロットー! ひだりー!」


 屋敷の大扉の方からジュジュが大きな声で呼びかけてきた。


「食事会の準備ができたってさー! ショコラさんが待ってるー! 食堂に行こー!」


 もうそんなに時間が経っていたのか。おれとロロットは今日の魔法レッスンを切り上げ、屋敷の方へと歩いて行った。



つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ