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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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016.霧と奇病の街

 曇天がおれの気分まで曇らせくる。水晶体や視神経を経由して脳に送られる情報が「心理状態」という名の布で覆われてしまうためか、心が曇っていると美しいと評判の景色でさえ色褪せて見えてしまう。まあ実際は、単に曇っていて針葉樹林や湖面に十分な陽の光が当たっていないから、本当は美しいはずの景色が十分に光を反射していない、というのが最も有力な原因だという気がするが。


 ここ、ロジューヌの町に居を構えるブルーフォント領領主の屋敷は、町の外れの小高い丘の上に建っている。屋敷の一角が見張り台の役割もしているのか、塔のように天空に伸びており、藍色の屋根をとんがり帽子のように被っている。領主の屋敷は、ルフォン湖の向こう岸に見える、巻貝の形をした灯台と並んで、このロジューヌの町のシンボルであった。灯台の乳白色と橙色のしましま模様は、どんよりとしたこんな日でも目立っていた。


「こちらが、ブルーフォント領を治める領主コバルト・レオンハルト様の屋敷でございます。お嬢様もこちらで休まれております」


 湖付近に築かれた市街地から坂を上り、階段を上がると、そこには屋敷の正面玄関に当たる木製の大扉が目に入ってきた。領主の屋敷というだけあり、ライオンを象ったものと思われる金色のドアノッカーが付いている。


 エプロン紐を結んでできたリボンの端をなびかせてショコラは屋敷へと進み、大扉を引いて開け、おれたちに入るよう促した。こくりと頷く彼女に従っておそるおそる中に入ってみると、二階へ上がるための階段がすぐにおれを出迎えた。段の一つ一つを追うようにして目線を上へと上げていくと、天井から吊された見るからに高そうなシャンデリアが確認できた。いやはや、さすがは領主様である。


「おや、ショコラ。こちらの方々が先日、伝書鳩で知らせてくれた御仁たちかな?」


 扉の開く音を聞いて出てきたのか、男が一人、二階へと上がる中央階段の踊り場に現れた。その姿を確認したショコラがおれたちの前へと進み出る。


「左様でございます、コバルト様」


 ミニスカートの裾を摘まんで少し上げ、ショコラは領主コバルトに対して軽く一礼した。膝上十五、六cm位の短さなのだが、それでもメイドの代名詞的な、というよりは上流階級のお嬢様の代名詞的な挨拶を行うもんなんだな。普段は隠れている部分がちらっと見えると、それだけでなんだかドキドキしてきてしまうから、まったく男って奴は不思議な生き物である。


「伝書鳩など久々に使いましたが、無事に届いたようで何よりです」


「先進的な地では通信技術が著しく発達しているということは私も知っておるよ。ただまあ、西方諸国のこんな田舎ではなかなか難しい面もあってな。苦労を掛けてしまって済まないね、ショコラ」


「いえ」


 そう言って、ショコラは入り口で固まっているおれたちの脇へと移動した。左手で軽くおれたちの方を示し、それぞれの名前を紹介する。誠に遺憾なことに、こいつはここでもおれだけ呼び捨てだった。


「おい、せめて『くん』付けで呼べよ」


「聞けない相談でございます」


「なんでだよっ!」


「はっはっは。随分と愉快なお客人だ。して、旅の理由を聞くに、シャルロッテ様は『水曜の賢者』であるアリス様にご用があるのでしょう? 私からも色々とお伝えしておきたいことはありますが、まずは彼女に会った方が良いでしょうな。ショコラ、案内してやりなさい」


 巷での噂通り、実にふくよかな身体をしていたコバルトはそう告げると、元来た道を戻っていった。おそらく自室にでも戻るのだろう。倦怠病(けんたいびょう)なる原因不明の病が流行る町だ。きっと、いつにも増して領主としての仕事が増えているのかも知れない。


 去る領主の後ろ姿に対して肯定の返事とともに一礼したショコラは、中央階段の右奥にある扉を開け、おれたちを通路へと案内した。外から見たこの屋敷の造りを思い出すと、この通路をまっすぐ進んでいくと、あの塔のように宙へと伸びた一角に辿り着くはずである。


 通路の左側にはいくつか部屋があり、一つ二つ通り過ぎ、三つ目の扉の前でおれたちは止まった。ショコラが言うには、ここが『水曜の賢者』アリスが休養している部屋らしい。


「ただ今戻りました。ショコラでございます。お嬢様を訪ねてお客人がいらしておりますが、今入室してもよろしいでしょうか?」


 ドアをノックし、中にいる主にお伺いを立てる。すると間を置かずに、女性のややくぐもった声で「どうぞ」という言葉が部屋から聞こえてきた。ショコラがそれに応えてドアを開ける。部屋の中は簡素な造りになっており、シンプルなタンス、クローゼット、鏡台、そしてベッドが置いてあるだけだった。


 半身を起こしてベッドに入っている女性が、ショコラの主であり、『水曜の賢者』であるアリスという人物なのだろう。純白のワンピースを着ている彼女は、おれたちが部屋に入ってくると軽く会釈してきた。長い金髪はふんわりとしており、また左耳の上辺りの髪には青いリボンが結びつけられていた。ショコラと同じ十七、八歳という見た目のアリスからは、年相応の瑞々しさが感じられる。


「このような恰好での出迎えとなってしまって申し訳ないですが、遠路遙々よく訪ねてきてくれました、みなさん。それから久しぶりね、ロロット!」


「久しぶり、アリス!」


 ロロットと同じ淡い水色の瞳を細め、アリスはおれたちににっこりと微笑んだ。元気そうな彼女の表情を見て、ロロットも笑顔を浮かべる。


 まだおれが一人旅をしていた時、「賢者様たちの髪は黄金のように輝き、その瞳はエンジェライトのような美しい水色をしている」という話を聞いたことがあった。ロロットだけでは判断できなかったのだが、こうして二人目の賢者に出会ったことで、おれは昔聞いた話が事実だったことを知った。


「こちらが(わたくし)のご主人である、『水曜の賢者』アリス・メロディアお嬢様です」


「アリス・メロディアです。以後、お見知りおきを」


 ショコラの紹介に与ったアリスは再び軽い会釈をした。そういった細かな振る舞いから、さきにショコラが彼女のことを生真面目だと評していたことの正当性が窺えた。生真面目なだけでなく、礼儀正しく、そして清楚なお嬢様なのだとおれには見えた。


「さて、一通りの話については先日ショコラから送られてきた伝書鳩にて把握しています。あなた方はロロットの賢者修行の旅に付き添っているそうですね」


 アリスの問いに、


「そうだよ! だってわたしはロロットの一番の友達だもん!」と、ジュジュが答え、


「成り行きですね、僕の場合は。個人的な旅の目的は他にありますが、今はロロットちゃんに同行しています」と、成平(なりひら)が回答し、


「いや、強制連行だ。この場合でも“旅に付き添ってる”って言っていいのか?」と、おれが質問を返した。


 「連行……?」というような訝しむ顔をされたが、そんなことはどうでもいいことだと察してくれたのか、おれの発言肺葉には触れずに話を進めてくれた。


「ま、まあそれ置いといて。私のサインが欲しいロロットに対して、私がこれからどんな話をするのか、ということも既に聞いていると彼女から伺っています」


「その通りです。僕たちはサントレア滞在中とここに来るまでの馬車の中で、ショコラちゃんからサインを頂く際に出されるであろう条件について伺いました。“ここロジューヌで起こっている謎の霧と流行病の解決策、またはそれに通ずる情報を得ること”、それが条件であると。合っていますか、アリス様?」


「ええ、合っています。どうやらショコラは私の意志を正確に伝えてくれていたようですね」


 成平の言葉に肯定の意を示すアリス。彼女はおれたちに目を、いや、ロロットに目を合わせて再び口を開いた。


「私がサインをする条件は、体調を崩して自力での調査が難しくなった私の代わりに、霧と倦怠病について調べ、これを解決に導くこと。成功した際にはショコラが約束した通り、報酬金も支払いましょう。これは決して……決して、簡単な仕事ではありません。それでも引き受けますか、ロロット?」


 アリスからの難題の突き付けに対し、ロロットは毅然とした態度で答えた。


「はい、引き受けます。必ずやこの私、シャルロッテ・フォン・シェーンブルクがこの奇怪な事件の謎を解き明かしてみせます!」


 一人前の賢者を目指す彼女にとって、どんな困難な条件であろうとも引き受けないという選択肢はなかった。そして、種々様々な理由で彼女の旅に同行しているおれたちの誰も、彼女の選択に異を唱えはしなかった。おれたちの意志は既に固まっている。



つづく

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