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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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013.成平の旅人事情

 ロロットもトーゴも彼の両親も、みんながおれの歩く速度に合わせてくれた。あの在原成平(ありわらのなりひら)でさえ、嫌な顔せずおれと一緒に歩いてくれた。いや別に、彼は最初からおれに対して嫌な顔など一度もしていなかったのだから、本当のことを言えば、おれが一方的に嫌っていただけなのだが。


 ジュジュにいたってはあの時からずっとおれの身体を支え続けてくれ、文字通り一緒に歩いてくれた。おれがこのサンタ岬で、一面夕焼け色に染まった海を眺めることができたのは、ひとえに彼女のおかげであった。これは誇張などではなく、純度百パーセントの事実だとおれは思っている。それほどに、彼女はおれをサポートしてくれていた。


「うっ…………わああぁあぁぁぁあぁ‼︎‼︎‼︎」


 誰よりも見たがっていたロロットが感嘆の声をあげる。正直な話、絶景で有名らしいこの地にさして興味などなかったのだが、そんなおれでも今は彼女に十分共感することができた。「分かる分かる」と心の中で熱い相づちを打つことができていた。他の人たちからも、言葉にならない言葉が溜め息として口をついて出ている。


 あと数分で水平線に沈んでしまうだろう夕陽が、水面をキラキラと輝かせている。煌めく波が、海面から伸びるいくつもの岩柱に当たり、砕け、違う方へと広がり、他の波と幾重にも重なり合っていく。その複雑な波紋の動きが、水面に届く光を乱反射させ、見るものの心を震わせていた。


「すっげーきれい。来て良かった……‼︎」


 おれの隣で、潮風に髪をなびかせるジュジュが目を輝かせていた。彼女が嬉しそうにしていると、なんだかおれまで嬉しくなってきてしまう。本当に、彼女にはお世話になった。


「ありがとな、ジュジュ。もう大丈夫だよ」


「ああ、うん。気にすんなよ! わたし、おねーちゃんだからっ!」


「はいはい」


 こちらに向けられた彼女のドヤ顔を軽くあしらいつつ、おれは成平(なりひら)の方へと足を動かす。彼はおれたちから少し離れたところで、この自然が創り出す芸術を鑑賞していた。やはり一人だとまだスムーズには動けない。焦らず、無理のないペースでおれは近づいていった。


 成平の側に寄ると、彼はおれに気付き、相変わらずのペラさが漂う笑顔を作った。驚くべきことに、おれは出会った当初ほどの嫌悪感を抱かなかった。全くなくなったとは言わないけれども。


「身体の具合は大丈夫かい、ひだり君?」


「お前に気ぃ遣われんでも大丈夫さ」


 気丈に答えて、おれは一段と赤に染まった海を見据えた。


「お前の予想、外れだったな。正解は①の方だった」


「そうだね。でもこの事実は、②の時よりもさらに多くの謎を僕たちに残すことになった」


「禁足地から離れたこの土地に、何故あんな魔獣がやってきたのか、だな」


 「そうだね」と彼は返事をした。②のパターンならば、まだ推測するヒントが与えられていたと思う。この土地で魔獣化が起きたのならば、魔獣化した種とこの地についてを調べればいいのだから。


 けれど、魔獣がたまたまここに飛来してきたという①のパターンでは、こうはいかない。我々が確実に得られたことはせいぜい、あの種の魔獣がこの地に現れたこと、ただそれだけだ。調べられることといえば、あの魔獣が本来ならばどの地域に生息しているのかということぐらいだろう。


 それについて尋ねてみると、


「ごめん。僕にとっても、あの魔獣を見るのは今回が初めてだなんだ。だから、生息地がどこなのかは分からないな」


 成平は落胆した声でこう答えてきた。


 謎が何ひとつ明らかにされぬまま、夕陽は完全に顔を隠してしまう。トーゴやロロットたちが、海に背を向けて来た道を引き返し始めた。暗くなる前に帰らなくてはいけないな。そう思っておれも身を翻して一歩踏み出したとき、成平が聞き慣れない単語を羅列してきた。


「『覇者の書』、『黃草仁経(こうそうじんけい)』、『ソウルイーター』、『ヘルメスの()』」


 何を言ってるんだ? まるで意味が分からない。おれは足を止め、成平の方を振り返った。


「忌み嫌われる禁書の中でも、特に危険とされる書物たちのことだよ。聞いたことはないかい?」


「ないな。さっぱりだ」


 成平はふふっと笑った。「そうか」と言ってから言葉を続ける。


「僕は東方の国出身の人間なんだけど、今言った四つの書物を探して世界各地を訪ね歩いているんだ。それぞれが幻級の代物だから全く情報が掴めていないんだけどね」


 成平は歩を進め、おれを追い抜いていく。慌てておれもその後を追い、彼の横に並んだ。彼は歩きながら、おれに示した四つの禁書について少し詳しく語ってくれた。その話は次のようにまとめられる。




 ——読破した者に何者にも屈しない究極の武をもたらすとされる、『覇者の書』。その本自体にも大いなる力が込められており、そこに在るだけで戦乱を招くという。世界各地の血塗られた忌まわしき歴史の背後には、この『覇者の書』が存在していたと噂される。


 ——死者蘇生と不老不死に関する記述があるとされる、『黃草仁経』。あらゆる病と怪我の治療法も載っているその書物を手にすれば、神にも等しい肉体を得ることができるという。神の肉体を得た人間は死ぬことがない。言い伝えでしかその名を聞かないこの書物が表舞台に現れたとき、世界は終焉へと一歩踏み込むことになるだろう。


 ——幾万もの人間の魂を一瞬にして奪い取り封じ込める死神、『ソウルイーター』。その本を求めて旅だった者は誰一人として戻ることはなく、魂を奪われ、帰らぬ人となったという。この悪魔が創ったと噂される本は、手にした者の魂すら奪い、悪魔の操り人形にするのだと言われている。


 ——この世の真理が説かれ、創世の奥義が記されているという、『ヘルメスの環』。古代の偉大なる大魔導師、ヘルメス・トリスメギストスが著したとされるこの書物は、三つの作品からなる。世界の真理を説く“解明記”、世界の分解を説く“終末記”、新たなる創世を説く“再世記”。この書物の叡智を知った者は、世界を我が物にできるのだという。




 禁書と呼ばれる物はそれ自体が強大な力を秘める魔導具であるとされ、使う者の心一つで甚大な被害をもたらしうる。その中でも今挙げた四つの書物は別格であり、悪用されれば冗談抜きで人類滅亡、世界崩壊が引き起こされかねないのだという。


「んな危険な本を探してどうするんだよ……?」


 淡々と説明してくれた成平に問うおれは、自分の肌に冷や汗が浮かんでいることに気付いた。実感なんてなくて、かなりヤバいということしか理解できていないが、それでも、言葉だけだとしても恐怖を感じてしまっていた。本能的に、それらの本の危険さを感じているのかもしれなかった。


「僕のいた国には世界中の書物の収集・保管を行っている“世界図書館”という国際機関があるんだけど、まあ端的に言えばそこからの指示でね。うーん、厳密にはちょっと違うんだけど……ごめん、これが限界だ。これ以上は機密事項だから、詳しいことはちょっと」


「じゃあ別の質問。どうして急にその話をおれにしたんだ? 脈絡なんて全くなかっただろうに」


「僕なりの誠意かな」


「誠意? 何に対してのだよ」


「僕は君にすごく興味があるんだ。君のことをもっと知りたいと思ってる。ならまずは自分のことを話すべきだろ? そう思って、僕が旅するワケを話したんだ」


 おれに興味って……いやいやいや、やめろ、まさかそんなはずないだろ。ていうかあっても困る! おれにBLの気はない! 女の子からなら大歓迎だが、男からは募集してない! 全力で拒否、いや、全力で逃走させて頂くぞ!


「なんかヘンな誤解をされてそうな顔してるから付け加えておくけど、恋愛感情的な興味は欠片もないからね。僕も男はごめんだよ。しかも年上だし。お兄さんって感じならともかく、年季の入ったおじさまだったりしたら……流石に、鳥肌ものだよ」


 人をおちょくるようにして言う成平の顔が、おれのイライラを募らせた。確かにおれはお前より年上だが、それでもおそらく十は離れていないはずだ。勝手に中年おやじみたいな想像をされ、勝手に鳥肌を立てられては堪ったものじゃない!


 隣を歩く成平を睨み付けていたおれは、そこであることに気付く。こいつはどうして、おれが年上だと断定しているのだろう。確かにおれは、ロロットやジュジュに対して大人ぶった態度をとったことがあるが、普通の人からすればそれはただの冗談として映ったことだろう。実際におれが彼女たちよりも一回りも年上だとは気付かないはずである。


「お前、それ本気で言ってんのか?」


「そりゃ本気だよ! あっ……もしかして、ひだり君はソッチの人だったり……?」


「そういうことじゃなくてっ! おれがお前より年上だっていう——」


「ああ、そのことか。うん。本気だよ。正確な年齢までは知らないけれど、物腰とか雰囲気とかからそう思っていてさ。少なくとも、ひだり君は二十一歳の僕よりかは年上だろう?」


「ほ、本気で言ってんのか? おれの見た目なんて、十二歳ぐらいのガキんちょだろ」


「見た目は関係ないんじゃないかい? だって君は……」


 こちらを見る成平の瞳に、冗談やからかいの色は見られない。今この瞬間は、あのにへら顔すらしていない。本当に、大真面目に答えているようだった。その成平が、少し間を開けて、


「ライホウシャ、だろう?」


 そう、おれに言ってきた。“ライホウシャ”という言葉がどのような意味なのかは分からない。ただ、そう告げられたとき、おれの心臓は確かにドクンと大きく脈打った。何を言われているのかは分からなかったが、何か自分にとって核心的なことを言い当てられたのだということを、無意識的に理解しているようであった。


 在原成平という男は、おれが知らないおれのことを何か知っているのだろうか……。



つづく

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