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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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012.未熟者のマホウ、賢者の魔法

012.未熟者のマホウ、賢者の魔法


 杖を握る手に、そして、前へと突き出す足に力が入る。叫ぶことも忘れておれは走った。今はとにかく足を動かし、トーゴに近づくことに集中しなければ。でなければ、彼のその小さな体躯は壊れてしまう。そんな悲劇を、彼の両親の前で起こしてはいけない。


 灰色の怪鳥は翼を畳み、身体を回転させながら自由落下に身を任せていた。いったい、一秒間にどれほど速度を増しているのだろうか。トーゴを助ける。この一点のみに集中していたおれに、そんなことを考えられる余裕はなかった。


 一瞬過ぎったその疑問が、次の瞬間には跡形もなく消え去って行く。走ることだけに意識が向かっている。そうすると不思議なことに、過ぎゆく時間がいつもよりゆっくりと感じられた。全く取り留めのない思考が、高速列車の中から見た外の景色のように、次々に流れては消えていった。


 ——ダメだ、間に合わない!


 あと数メートルにまでトーゴに近づいたとき、おれは直感的にそう思った。予想以上に、怪鳥の迫るスピードが速かった。おれは最初、トーゴを抱きかかえて前方に倒れ込み、怪鳥の急襲を回避しようと考えていた。しかし、このままではおれがトーゴを抱きかかえた瞬間に、おれもトーゴも、あの鋭い嘴で貫かれてしまうことだろう。この危機的状況の中、トーゴを救い出すためには魔法を使って怪鳥の攻撃を防ぐ他ない。


 刹那の思考を経て、おれは右手に握る大杖ポーンの全体にも意識を向け始める。おれが使える魔法——唯一使用できる魔法は、杖の周りを薄ぼんやりとした光で覆い、耐久性を極度に高めるというものだ。魔法の専門家ではないおれには、この魔法がどのようなものなのか、その本質は全く分からない。ただ、この魔法を使えば、杖は見た目以上に頑丈になることは確かだった。


 魔法が使えることをおれが自覚したのは、ある日山賊に襲われたときのことだ。そのとき発動した魔法は、杖の周囲を光でコーティングするものだった。どんな効果があるのか分からないままに、その光の膜に覆われた杖を振り回していると、杖の強度と、それに伴って振り回したときの破壊力とが増大していることを、おれは知ることができた。


 この魔法で強化した杖ならば、あのもの凄い速度で落下してくる嘴も受け止めることが出来るはずだ。これしかない。そう、もうこれしかないんだ! おれの頭はその考えで埋め尽くされた。


 トーゴが目前に迫ったとき、杖が完全に光のベールに包まれた。そして魔獣が彼を捉える寸前、おれは全速力のまま彼に右肩でぶつかり、その小さな身体を突き飛ばす。バランスを崩したトーゴは地面から足が離れ、虚空に放り出された。すかさず、おれは足を広げてしっかりと大地に立ち、左手も添えて大杖を自身の前に構える。瞬間、怪鳥の鋭い嘴がおれの杖にぶつかった。


 バチィンッという衝撃音。高速回転したまま跳ね返る怪鳥。圧に耐えきれず、後方に大きく吹っ飛ぶおれ。右手に握っていた杖ポーンは、纏っていた光を失い、おれ同様宙を舞った。予想以上の衝撃で息ができない。加えて、杖を支えた両腕が酷く痛んだ。


「————ッ‼︎」


 おれはすぐに、鈍い音とともに地面に叩き付けられた。背中に痛みが走る。降りてきた怪鳥の方へと力を振り絞って目を向けると、奴はまさに立ち上がろうとしているところであった。見た感じ、あいつの方は無傷のようである。これはマズい。完全に体勢を立て直した魔獣は、再び暴れだすだろう。そうなってしまったら、幼いトーゴや動けないでいる彼の両親が危ない。いや、彼らだけではない。ここにいる全員が危険に晒されることになる。


 なんとかしなければ! そう思ったが、衝撃に次ぐ衝撃で負荷の掛かりすぎたおれの身体は、おれの意志に反して全く動かなかった。


 ————焦る。焦る。


 怪鳥がもう立ち上がり、こちらを振り向いてしまう——! 不安が大きく膨れあがり、全身が緊張した瞬間、半透明の暗くて丸い何かが魔獣目掛けて飛んでいき、その灰色の身体を包み込んだ。


 墨で形作られたシャボン玉のようなものに包まれた怪鳥は、その半透明の謎のオーブが見えなくなると、その場で意味不明な動きをし始めた。何の意味があるでもない、じたばたとした無駄な動き。叫び声も挙げている。その様子は、パニックに陥っているように見えた。


「もう、大丈夫だよ」


 声とともに、おれの視界に現れたのはロロットだった。タクトのような黒い杖を構え、怪鳥に歩み寄っていく。あの杖は確か、二ツ星の黒杖ルーナという名前だっただろうか。彼女が近づくにつれ、怪鳥の苦しみの声は荒くなっていった。


「大丈夫かっ⁈ ひだり!」


 ジュジュがおれに駆け寄り、声を掛けてきた。視線を周囲へと向けると、成平(なりひら)がトーゴと彼の両親の方に向かっており、介抱している様子が目に映った。再びジュジュの目を見て、おれはつっかえながらもロロットと魔獣について尋ねる。


「あれはロロットの魔法だよ」


 彼女が、もがき苦しんでいる怪鳥の方に顔を向けたまま答えた。


「ま、まほ、う?」


「うん。ロロットの持つ杖ルーナが得意とする、精神と感覚を支配する魔法。だから大丈夫。あいつはもう、何にもできやしないよ」


 驚きのあまり、何も返すことができなかった。あの黒い半透明の球体がロロットの魔法だったとは。

 ——精神と感覚を支配する魔法。ではロロットは今、魔獣のあらゆる感覚を支配しているのか。おれが空中に吹っ飛ばされてから地面に落ちるまでの間に、どうやら勝負は着いていたということらしい。


 これが——これが、賢者の魔法!


「本当は、命を奪うことはあまりしたくないけど。でも、これも、賢者の務めだからっ!」


 ロロットは怪鳥に向けていた黒杖を天へと向ける。そして、空中で一度円を描いてから、再び怪鳥に杖先を向けた。すると怪鳥の苦悶の叫びが、握りつぶされるように小さくなっていった。身体は絶えずピクピクと痙攣していたが、声が途絶えると、それも次第に収まっていった。この場にいたおれたちを恐怖に陥れたソレは、ついに、完全に動かなくなった。


「——ひだり君っ!」


 魔獣が息絶えるのを見届けてから、ロロットが叫びながら駆け寄ってきた。おれの側に来ると、彼女はしゃがみ込んでおれの顔を覗き込む。


「すぐに治癒魔法を掛けるね!」


 言って、おれに杖を向ける。ほんのりと暖かい何かに包まれたような感覚があった。それはだんだんと暖かさを増していく。おれの傷を治しながら、ロロットが大きな声を出した。なんだか少し怒っているようだった。


「それにしても、どうしてあんな無茶したの⁉︎ すっごい心配したんだよっ!」


「わ、悪い。あ、でもほら! おれ、一応魔法使えたし。なんとかなると思ってさ。実際、なんとかなったし」


「マホウって……あんな未熟すぎる魔法、魔法の内に入らないよ! それに、なんとかしたのも私だし」


「うっ……い、いいんだよ! 魔法なんてのはな、物理でなぐるもんなんだよっ!」


「マホウは物理でなぐるものって…………んなわけないじゃん」


 おれの苦し紛れの言い分に、思わずといった感じでジュジュが突っ込む。正論なので何も言い返せない。でも仕方ないだろう。おれに使えるのはあの魔法だけなんだから。


 くだらないやり取りの最中も、ロロットは懸命に治癒魔法を掛け続けてくれていた。しかしそれにも関わらず、身体の軋むような痛みは大して引かなかった。

 未だ痛みに苦しむおれの様子を見て、ロロットは当惑の表情を見せた。


「あ、あれ? そんな……。治癒魔法が……効かない?」


 驚愕の声を漏らした彼女は、おれの身体のあちこちを凝視し始めた。ジュジュも不安そうに彼女の様子を見つめている。少しして、ロロットが信じられないといった様子で口を開いた。


「魔効抵抗力が桁外れて高い……。でも、こんな高い人なんて、それこそ——!」


「ロロットちゃんっ! こっちの方にも治癒魔法を掛けてくれ!」


「——は、はいっ!」


 成平の呼びかけがロロットの思考を遮った。彼女はすくっと立ち上がると、すぐに成平やトーゴたちのいる方へと走っていった。ここを離れる前、彼女が口にした「まこうていこうりょく」とはいったい何なのだろう。発言の内容からすると、おれはその力が尋常でなく高いようだったが……。


 とにかく、いつまでもこう横たわっていてもしょうがない。そう思っておれが痛む身体に鞭打って立ち上がろうとしたとき、ジュジュがおれの左腕を自分の肩に掛け、身体を支えてくれた。


「おい無理するなよっ!」


 そんなお叱りの言葉とともに。


「ああ、悪い」


「トーゴたちのとこに向かうんだろ。身体、大丈夫か? 歩ける?」


「ん。大丈夫。……ありがとな」


「うん」


 一歩一歩だったが、ジュジュの手を借り、おれはゆっくりとみんなのいる方へと歩き出す。おれの身体の痛みは消えなかったが、それでもロロットの治癒魔法は無駄ではなかったらしい。先ほどまでよりもだいぶ身体を動かしやすかった。彼女の魔法がなかったら、未だにこうして歩けてはいなかった気がする。


 地面に転がったおれの杖を回収してから、ジュジュとともにトーゴたちのもとに辿り着くと、ロロットの手当が済んでいた彼はすっかり元気になっていた。彼の父親と母親も表情が穏やかになっている。


「さっきは思いっきり突き飛ばしちゃって悪かったな、トーゴ」


 ぺこりと頭を下げる。するとトーゴは、おれの後頭部を軽くぽかんと叩いてきた。


「にーちゃん、ありがとーっ!」


 顔を上げると、トーゴは満面の笑みをこちらに向けてくれた。心にじんわりとした暖かさが広がった。良かった、助けられて。おれもにこっと笑い返した。


「おれはちょっと怪我しちゃっているんだけど、折角だからサンタ岬の絶景を見に行かないか? 陽はだいぶ傾いてしまったが、急げばまだ夕陽に染まる海は眺められると思うし」


 努めて明るく喋ったおれに、その場にいる誰もが柔らかい微笑みを返してくれた。おれの提案は受け入れられたようだ。そうと決まれば、善は急げである。



つづく

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