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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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010.再開と潮風と迷い子と

 後ろから掛けられた声には聞き覚えがあった。いや、忘れるわけがないのだ。だって彼とは昨日会ったばかりなのだから。様々な経験をすることで濃縮された一日は、思い返せばその長さが二十四時間以上に感じてしまうほどに濃いものであったが、彼についての記憶は鮮明である。あの男の胡散臭い爽やかスマイルが、ちょっとした嫌な気持ちとともにしっかりと心に刻み込まれていた。


 彼の名は在原成平(ありわらのなりひら)といった。


『きっとすぐにまた会うことになると思う』


 昨日の別れ際、トリコロール連合国に向かうおれたちに対し、彼はその言葉とともに名乗ったのだった。


「や、ひだり君。こんにちは」


 その彼が右手を挙げて挨拶をし、こちらに近づいてくる。へらへらとした笑顔は、初めて会ったときと何ら変わらない。おれの連れの少女たちには好感だったが、やはりおれには薄っぺらいものにしか感じられなかった。まあ、端的に言えば、この男が好きではないのだ。


成平(なりひら)さんっ⁉︎ トリコロール連合国に向かうとは言ってましたけど、まさか同じガルドレッド領で降りていたなんて。ビックリです!」


 ロロットが新緑色のローブをはためかせて成平に近づく。成平は彼女に顔を向け、にこやかに会釈した。


「僕も驚きだよ。なにせ昨日の今日だからね」


「んじゃー約束通り、ひだりの似顔絵でも描いてもらう?」


「描いてもらわねーよ! おれに金が無いのはジュジュも知ってるだろ!」


「あははは。僕も今回は遠慮しておくよ。それよりも——」


 ジュジュの提案をやんわりと断った成平は、そこで一度言葉を区切った。そして自分の近くにいるロロットから順におれたちの顔を一瞥すると、細めていた目を開いて発言を続けた。一貫してゆるい空気を纏ってはいたが、おれの耳には彼の声色にほんのりと真剣さが混じっているように聞こえた。


「サンタ岬に行くって聞こえたんだけど、それ、僕も付いていっていいかな?」


 「勿論ですよ!」「いいよっ!」「いいわけねーだろっ!」という三者三様の返しが同時になされた。ロロットとジュジュは、見ていれば分かる通り、コイツを歓迎しているようである。一緒にいることに反対しているのはおれだけだった。


 そんなおれの方に、ロロットがくるりと身体を捻ってきた。ロロットよ、真顔でおれを見るのはやめてくれ。


「……ひだり君、スマートなお会計ができなかったこと、まだ根に持ってるの?」


「散々、『自分はおとなだから』とかドヤッてたくせに。大人げないぞー」


「……くっそ! しゃーねーな。大人しくしてろよ、成平!」


 少女二人から突っかかれたおれは、成平合流に渋々承諾する。しかし、おれがその言葉を言い終わるやいなや、すぐに二人は、「成平さんでしょっ!」と追撃してくるのだった。彼女らの声のハモりには少しのズレもない。


「僕は元々大人しくしてたけど、ひだり君の目には暴れているように映っちゃったかな?」


 成平は困ったような乾いた笑いを浮かべていた。お前はあれか? おれを煽ってんのか、このやろー。


「気にしないで下さい、成平さん。この子、この歳でもう擦れちゃってて」と、ロロットが言い、


「手の掛かる子なんですよ、ホント」と、ジュジュが言った。


「思春期ど真ん中のお前らに言われたくないわ!」


 成平と会ったことで不機嫌モードになっていたおれは、彼女たちの軽口についつい反応してしまう。大人げないとはこういうことだ。正直、自覚はしている。お前の精神年齢は中学生と同レベルか! と心の中で自分に突っ込んでしまう。


「ひだり君も大して変わんないじゃん」


 おれの言葉に対して、ロロットがそう呟いた。今のおれの見た目は、だいたい十二歳の男の子だ。彼女の言葉は至極もっともで、おれに反論の余地はない。要するに、おれが発した言葉は、見事なブーメランとなっておれの身体にぶっ刺さってきていた。こんなんでいいのか、二十七歳。


「——と、あんまり話し込んでいるとすぐに陽が落ちてしまうね」


 成平は左腕に付けた自身の腕時計を見やり、おれたちの会話を遮った。馬車に乗っていくとはいえ、地図を見る限りではサンタ岬まではそこそこ遠い。この男が言うことにはおれも同感だった。


「そろそろ動こうか。えーっと、ロロットちゃん! 君の持っているその地図、貸してもらっていい?」


「えっ? いいですけど」


 少し戸惑いながらも、ロロットは言われるがままに手にしていたサントレア観光ガイドを成平へと手渡した。「道案内なら自分がするのに」という想いが、彼女の顔に出ていたのだろう。受け取った地図を広げながら、成平はロロットに説明するように言う。


「根無し草生活が長くてね。地図を読むのは得意だから、乗合馬車の停留所までは僕が案内しよう」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「助かるよ成平さん! わたしもロロットも方向音痴でさ~」


 ロロットのお礼の後、ジュジュもすぐに感謝の意を表した。彼女の言葉を聞いて、ロロットが瞬時に、「そ、そんなことないもん! 地図くらい読めるもん!」と反論する。やれやれといった感じの苦笑いで、ジュジュはそれを軽く受け流した。


 なるほど。どうやらロロットは、自分が方向音痴であるという自覚を持っていないらしい。どれほど重症なのかは知らないが、ジュジュの反応を見るに、彼女に案内されない展開になったのは喜んでおくべきことのようだ。


「地図ならおれだって読めるぞ」


 成平への反発心が、思わず口をついて漏れ出てしまった。するとロロットからは、「そうやって張り合わないのっ!」と諭され、ジュジュからは、「ひだりはほら、なんかダメそうじゃん」と言われてしまった。


「なんかダメそうってどういうことだ、銀髪娘!」


「こう……感覚的に? 直感的に? ダメそうな雰囲気を感じる。フィーリングの問題だよね、うん」


 ザックリしすぎなマイナス評価だった。「フィーリング」とかめちゃくちゃ曖昧な言葉を使われてしまうと、もうおれとしては反論も自己弁護もしようがなかった。昨日知り合ったばかりとはいえ、なんだかこの女の子二人組にはもの凄く舐められているように感じる。おれのことをちょっとは脅威に思い、監視という名目で旅に同行、いや連行させているのではなかったか?


 次々に店から出て行く旅の仲間たち。その背中を見ながら浮かび上がってくるおれの思いは、店内の小気味よいボサノヴァのメロディーによって、ふわふわとどこか別の場所へと運ばれていくのであった。




 ここら辺の観光名所としては随一の人気を誇るらしいサンタ岬。そこに一番近い馬車停がすぐそこに見えてきた。所要時間は、サントレアから約一時間といったところだ。車内でちょこちょこ成平やロロットに時間を確認していたので、大して間違ってはいないだろう。ここまでの道はあまり舗装されておらず、道中何度もガタガタと揺れはしたが、そんなに辛いとは感じなかった。ただ、乗り物に酔いやすい人は注意しといた方がいいかもしれない。


「よっと。とうちゃ~く!」


 おれたち三人分の代金を支払い、ロロットは跳ねるように飛び降りた。彼女の後におれとジュジュが続く。遠くから潮風が強く吹いてきて、髪が宙を踊るように乱れた。


「運転手さんが言うには、ここから林道を少し歩けばすぐサンタ岬に着くみたいだね」


 自分の駄賃を払って馬車から降りると、成平はある一方向に指を向ける。彼が指し示したのは、林の中へとまっすぐに伸びる道、いわゆる林道、その入り口であった。頬を撫で、髪を弄ぶ潮風はその林道の奥から吹いてきている。


「よし! じゃあさっさとあの林を抜けて絶景とやらを拝んでやろー!」


「あ、おいジュジュ! 他の人に迷惑掛かるから走るな!」


 林道へとダッシュで進んでいくジュジュの背中に、おれは精一杯の注意を投げかける。ここに来ているのは、何もおれたちだけではない。子連れやご老人など、幅広い年齢層の観光客がやってきていた。そのため、林道もそこそこ賑わっているのである。走って行くのはちょっと危ない。


「僕たちも早く行こうか。ジュジュちゃんを見失っちゃいそうだし」


「あははは。なんか、スミマセン」


「ロロットが謝ることじゃねーだろ。ジュジュが子どもっぽすぎるのが悪い」


 「さてと」と口にしてから、おれは林道入り口の方へと歩き出した。パッと見た感じ、林道は分岐点のなさそうな素直な道っぽいし、ジュジュだってアホだけどバカじゃあないから、おれたちが見えなくなったら立ち止まって待っていることだろう。走って行く必要性は特に感じなかった。ロロットはそわそわしているので、急いでジュジュを追いかけたそうではあったが、成平の方はあっさりした笑みを浮かべて付いてきているので、おれと同じ考えのようだった。


 強弱の波はあれど、風は常に吹いてきており、左右に広がる林をざわつかせた。観光客のなかには、帽子を飛ばされてしまっているおじ様の方も見受けられた。波の砕ける音が潮風に乗って運ばれてきており、進むにつれ、海辺特有の音は大きくなっていった。


 道は時折曲がることはあっても一本道であり、分岐点は特に見当たらなかった。おれの予想通りである。そして予想通りと言えば、ジュジュに関しても当てはまっていた。おれたちが林道に入ってからそう経たないうちに彼女は見えなくなっていたのだが、今は前方遠くに立ち止まっておれたちを待つ彼女の姿が窺える。ああやって待つことになるのなら、おれたちと一緒に歩いて岬を目指せばいいのに。


 近づき、ジュジュの姿が大きくなっていくにつれ、違和感を覚えた。ジュジュがいつもよりも大人しくしている。ロロットもおれ同様に妙なものを感じていた。


「ジュジュの隣、誰かうずくまってるね」


 成平が目を凝らし、その正体を探る。


「男の子……みたいだ」


「男の子?」


 疑問を口にし、おれも目を細めてうずくまった誰かをよく見てみる。いまいちよく分からない。歩く速度が自然と速くなり、ジュジュに近づいていく。すると、うずくまっている人は、成平の言うように、確かに男の子であった。推定年齢十二歳のおれよりも、うんと小さい子どもだった。


「みんな……!」


 ジュジュが、追いついたおれたちに声を掛けてきた。しゃがむ男の子は泣いているようで、すすり泣く微かな声が聞こえてくる。


「ジュジュ、その子——」


「うん。この子、迷子みたい」


 ロロットの言葉を遮り、ジュジュは答えた。

 波の砕ける音が大きく響き、潮風の強さが増した。



つづく

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