レミー・スペード
トオルとアンジェラの戦闘の一部始終を遠くから見ている者がいる。
名をレミー・スペードという。
王国内でも名の知れた「スペード盗賊団」の首領だった。
「スペード盗賊団」は、盗賊団と名乗ってはいるが、その行動は義賊に近い。面白い事に、王国から派遣される領主が、ある町において不暴利に税や農作物を民衆からうばおうとすると、たちまちのうちにその倉庫や領主の家屋から、あらゆる金目のものは奪われ、その地の民衆にばらまかれた。
勿論、自分達もその一部は懐に入れるのだが、全体の1〜2割程で、後は全て民衆に還元していた。
その為、民衆からは英雄的な扱いを受けていたが、役人からは最も厄介な犯罪者とされていた。
しかし、その首領も収容所に送られ奴隷となっていた。普段農民としてその正体を隠し過ごしていたが、ほんの少し農作物の収めが足りないという理由で収容施設に送られた。彼が収容された後に「スペード盗賊団」の活動がほぼ無くなった為に、スペード盗賊団の首領は捕まったと噂が広まっていた。その本当のところは明らかにはなっていなかったが、その噂は収容所内外で知らない者がいないほど話題となっていた。
レミーは勿論、自分が盗賊団の首領である事を秘密にしていた。普段はレミー・エースと名乗っており、一部の彼の仲間を除き、誰も彼が盗賊の首領だと気づかれる事はなかった。
そして彼もまた収容所の解放を企んでいたのだった。
しかし、彼はトオル達が余りに手際良く奴隷達を解放したのを見て、トオルに興味を持つようになった。しかも前体制の3賢人が強力している。さらに王国魔導部隊の精鋭にも戦闘で勝利してしまった。
妬みのようなものが無かった訳ではなかったが、むしろ人として面白いという、好奇心の方が勝っていた。
トオルの方を見ながら、レミーの素性を知る仲間が彼に話しかける。口をあまり動かさず、会話しているのかもわからないように訓練されている。
「お頭、あの坊やはおかしなやつですね。収容所にいた時から倒れた奴を庇って作業したり、代わりに鞭打たれたり、そんな事ばかりしてやがった。それが奴隷解放の立役者になっちまった。何者なんでしょうかね?」
「ああ、興味深い奴ではある。しかし、あいつの目的はいったい何だ?何の為の奴隷解放だ?それがわからねえ内は何もする気はねえな。それよりも他の連中は?」
「ええ、収容所内の奴らは全員無事でさぁ。1人すばしっこい奴が、ここから離れて元の仲間に連絡を取りに動いてます。いずれ全員で動く事も可能でしょう…」
「そうか、俺はあいつの事をもう少し観察してみるぜ…」
「…わかりやした…」
レミーの仲間の男はそこからすぅーっと姿を消す。長年の訓練によって養われた動きだった。
「うーん、一度奴さんと話してみるかな?…」
レミーは1人で呟く、その声を聞いている者は誰もいなかった。
空はいつの間にか西の方に日が傾き、西方の山脈に近づいていた。暫くすると山脈がオレンジ色に染まり、夜の静寂が訪れる。収容所ではない場所での初めての夕暮れが近づいていた。




