星と月のコンチェルト
お久しぶりです。前回の更新から3ヶ月ですね。
別に言い訳なんてしませんよ?
大幅に遅れてすいませんでした…。けど、けどですよ。新シリーズの構成はそのぐらいかかるんじゃないんですか?!あ、言い訳じゃないですよ。
どうか、お楽しみいただけますよう。
薄暗く、気味が悪いせいか、少し上の階よりも
肌寒く感じる地下一階の廊下を小走り気味に渡り、
目的の部屋の前へと着いた。重たいドアを押し開けて中に入る。
少しかびた空気の匂い。
部屋に無造作に置かれたピアノ。
ーーうん、やっぱりここが落ち着くな。
ゆっくりと伸びをしてピアノの前に座った。
「はぁーーー…」
真冬に入る露天風呂のような、そんなため息が思わず漏れてしまった。誰もいないこの場所は、音楽科の使われなくなった物置部屋になっている。そのくせ、
壁とドアはしっかり防音材で作られており、外界からの音は一切遮断されているのだ。そのため、喧騒に
満ちた上の教室と対比するようにここにはいつも、
静寂だけが漂っている。
周りよりもゆっくり流れている時間は、自分の存在をやけにはっきりと感じさせてしまうようだ。
脳の海馬から拾われた音符が身体に先走り、
メロディーを奏でようとしていた。
ドビュッシー 「月の光」
最初の一歩がいつも、苦しい。
五線譜に規律よく排律された音符達を驚かせてしまうまいと、指が鍵を恐る恐る叩く。
あとは僕はもう、身体のなすがままにしていれば
よかった。
やがて、感覚が麻痺したように頭がぼやけていく。
そして自己と空間の境界を失い、ただ音に、
世界が埋め尽くされる。
とても気持ち良く感じた。バラバラに生きていた自分自身がここでは統合され、一人の「僕」として、
ピアノを弾いる。
いつしか僕は、冷たく淡い月の光を受け、身体を
星の器のそれへと、変えていた。
ーーーーなどという儚く続いていた幻想的な空間は
しかし、シャボン玉がパッと弾け飛ぶように、
無慈悲にも「ド」と「レ♯」に構成されたドアを
開ける音によって、消失した。
「速く速く!先生来ちゃうよ!!」
余韻に浸れる間も無く、彼女は早口に
そう告げた。
「え?」
「やっば…もう来てる!それじゃあたしはお先に!」
「あの…!」
それを最後の言葉とし、彼女は慌てて逃げるように
階段の方へと走って行った。
ーーな、なんだったんだあれは…
嵐が過ぎ去った後、爪痕も残らずに、この部屋はまた
平和な静寂を取り戻していた。
「まったく…」
そう呟き、再びピアノに戻って鍵を叩こうとした
瞬間、二度目の「ガチャッ」という音。
「今度はなんなんだ?!」
完全に彼女が再来したのだと思い
込んでいた僕は、無遠慮にも声を張り上げて
しまった。
しかし振り向く先の人物は果たして彼女ではなく…
「おい月谷…。」
ーーげぇっ…やっちゃった…
「吉川先生…」
「俺にタメ口とは大した度胸じゃねーかお前。」
ドスが効いたヤクザの組長のような声をしたその人物
は、学校でも名高いうちの鬼担任であった。
「それに、勝手に使用禁止部屋を下校時刻過ぎてからも使い続けるなんて言語道断だ。」
腕時計を確認すると、確かにいつの間にか6時を
回っていたようだ。
「すいませんっ!!てっきり生徒かと思ってまして…
それに、あのー、そのー、使用禁止とは知らなくて…」
我ながらセンスがない言い訳だった。
「お前…センスねぇな…。」
ーーゔっ…自覚してます…反省はしてないです…
いそいそと鞄を取って、部屋を出ようとすると、
「今日はもう遅いから勘弁してやる。」
よしっ!天が味方してくれた。あの吉川と二人っきりの放課後デートなんてまっぴらごめんだ。
「それじゃ、僕は先に失礼します…」
と、当然のようにドアを押し開け、外に出ようとしたその時…
「待て、今日はと言ったんだ。何涼しい顔して帰ろうとしてんだよ。」
待て…嫌な予感がする…
「明日の放課後…」
走馬灯が、脳裏を横切った。
ありがとう、父さん、母さん、姉ちゃん。
「職員室に来い。」
「いやぁあぁああああああぁあああぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」
ーーー 放課後の校舎、地下一階から星谷 奏太の断末魔が、朗らかに響き渡った。
「…って言われてさー。もう明日の学校が憂鬱だよ…」
「あっはは。それは災難だったな。」
「ほんとだよもう。それじゃ、お疲れ様。」
「おう、また明日な。」
部活帰りのあつやと別れ、一人で残りの帰り道を歩いていた。
なんだか小腹が空いたので、コンビニへと
立ち寄った。漫画雑誌コーナーには、相変わらず
立ち読みの常連がいる。僕は、新刊には目もくれず、
まっすぐにメンチカツを目指した。
お金を払い、少し冷めたものを温めてもらう。
その間、なんとなく離れている隣のレジを見た。
ーー目が合ったよな今…いや…うんよし何も見てないぞぉー。
自分に心の中でそう言い聞かせ、品物を受け取って
再び帰り路に着いた。
ーーなんだ。やっぱり見間違いだったじゃん。
そう思い、熱々のメンチカツを頬ばろうとした時、
タタタタタタタッ…
と、もの凄い勢いでこちらに接近する足音が…
振り返るよりも先に、僕は生まれて初めて、女子高生
の飛び膝蹴りを腰にしたたかに受けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああぁああぁあああああ」
ーーー二度目の断末魔であった。
「うーっ…腰が痛い…痛いよ…」
さすさすしながらおじいちゃんのように唸る。
「あははははは。ごめんごめん…ちょっとやり過ぎちゃったかな…」
と、彼女は実に愉快そうに喉を鳴らし、ペロっとわざとらしく舌を出してみせた。
「でも目があったのに無視するなんてひどいじゃんかー!」
「それはその…ごめん…。」
「まぁいいけどさ。」
二人で並ぶかたちで、いつの間にか一緒に帰っていた。先程は驚いた気づかなかったが、近くで見てみると、いたずらっぽくくりっとした丸い目に少し
持ち上がっている口元。どこか猫のようなイメージの
女の子だ。しかしどことなく、その綺麗さには弱く
脆く、儚いものがあるように思われた。
まるで、月の光のような、そんな儚さ。
そんなことを思いながら彼女の顔を眺めていると、
「ん?あたしの顔に何かついてるの?」
「あ…いや別に。ただ、僕と同じ学年の制服なのに、
見ない顔だなって思っただけ。」
「あぁー。それはね…」
どこか躊躇っているような気配がする。
「別に大丈夫だよ、無理に理由なんて言わなくても。」
「ううん。平気だよ。あたしのこと知っといてもらいたいし。あたしね、明日から、またこの学校に戻ってくることになったの。」
ーー戻ってくるということは、最初はいたのだろうか。
「んーー…失礼だけど…ごめんね。どなたか思い出せないや…」
「そっかそっか。ちょっと寂しいけど、でも無理もないよ。」
「ほんとにごめんよ。」
「いいってば別に。」
そうはいっても、彼女の笑みには、寂しさが顔を覗かせていた。しばらくして、彼女はなにかを決したようにこちらを振り向き、
「あたしね、入学式の次の日からずっと、入院してたの。」
「入院…?」
「そう。まぁそんな大したことじゃないんだけど、
養生するのに時間がかかっちゃって。それで、おととい退院した。」
「そっか。それじゃーもう、身体の具合は平気なの?」
「うん!もうばっちり!明日からは登校もできる
から、今日は慣れておこうと思って、放課後に学校を見て回ってたの。」
明るく話す彼女の瞳に、暗い陰が揺らいでいたのは
きっと気のせいなのだろう。さっきも、全力のキックをかましたぐらいだし。
「そうだったんだね。なにはともあれ、ひとまず退院おめでとうだよ。」
「うん!ありがとう!!あっ、そうだ。まだ名前を聞いてなかったね。君はなんていうの?」
「僕は月谷 奏太。明日からよろしくね。」
「そうたね!へぇー…これが私の最初の友達の名前か…悪くないんじゃない!」
彼女はおどけてそういう。
「なに目線だよそれ。」
「あははは。」
「あたしは、星野 優那。よろしくね。友達ナンバー1号くん!」
ーーー星野 優那。それが、僕の心に住まう、最初の住人の名前であった。
いかがでしたでしょうか。二人の行く末が楽しみですね。僕も楽しみです。
それでは、お暇頂戴。