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染める。染まる。

作者: 山桜 笛

短編小説です。

#染める。染まる。

 新居のアパートはとても住みやすい。2階の一番端の良い部屋が空いていて、俺はタイミングよくそこに住むことが出来た。アパート自体に文句は一切ないのだが、隣の家が少し不気味なのだ。


 引っ越してきて半年もたっていないのに、すでに隣の家の外壁は十回以上塗り替えられている。いつもペンキまみれのエプロンを付けたおばさんが塗っている。しかも、毎回全く違う色だ。最初の二、三回目は、塗ってみたが、思っていたのと違う出来栄えだったから塗り替えただけかと思っていたが、それにしてはあまりに回数が多く、俺はだんだんと不気味に思い始めた。家の大きさから考えて、そこそこ金持ちのようだったが。しかし、裕福だとしてももっと違うお金使い方があるはずだ。隣の家には、もう一つ不気味なことがある。ここ三ヶ月ほど、おばさん以外の人間を見ないのだ。俺が引っ越してきた当初は、おばさんとその夫、そして息子であろう若い男が家に出入りしていた。朝、夫と息子はそれぞれ車と歩きで家を出ていき、夜の八時頃に息子が帰ってきて、九時ごろに夫が帰ってくる。一般の家族の生活がそこにはあった。しかし、気づくと夫と息子は姿を見せなくなっていた。二人の人間の気配がなくなっても、おばさんは変わらずペンキで家を色を塗り替え続けた。謎は深まるばかりだ。

 八月の夜、窓を開けて寝ると、鼻をズキズキ突かれるような激臭に襲われて俺は目を覚ました。時計を見るとまだ朝の七時だった。この臭いは絶対に隣の家だ。部屋の窓から首を出して下を見ると、隣の家の敷地に空のバケツが何個も用意されていた。また塗り替えているらしい。せっかくの休みだというのに朝から一日を台無しにされた気分だ。もう少し寝るつもりでいたのに。ここ最近は以前よりも塗り替える頻度が多くなっている気がする。長時間この臭いを嗅いでいると、頭も痛くなってくるし気持ちも悪くなってくる。さすがにもう我慢できないと思い、朝飯をコンビニに買いに行くついでに隣に文句を言ってやろうと心に決めて、俺は部屋着のままボロい靴に足を突っ込んだ。

案の定、隣の家の壁は昨日まで青だったのに上の方が赤に染まっていた。今度は赤か、いつも派手な色だな。童話やアニメでも見たことがないような蛍光色の赤だ。

 俺が屋根をじっと見ていると、奥の庭の影から汗で体をテカらせたおばさんが大きいバケツをよいしょよいしょと持って出てきた。きっと中には真っ赤なペンキが入っているのだろう。おばさんはこちらをちらりと見て、すたすた歩いてはしごに登りペンキ塗りを再開した。そんな、おばさんの背中に言った。

「あのー毎回毎回、本当に困るんですけど。臭いきついですし、このせいで頭痛とか酷くて。頻繁に塗り替えるならもう少し色を考えてからやったらどうですかね?」

 おばあさんは、ゆっくりと振り向いて、俺を見下ろした。

「あらーそうなの?私は鼻が悪いから何も感じないのよ。色だってちゃんと考えてるわよ?」

 あっけらかんとした答え。微妙に会話が成立しない。

「そもそも、こんなに塗り替える必要あります?」

「必要はあるわよ!私はね。何か嫌なことがあったら、この家を違う色に変えるの。そうすると気持ちが入れ替えられるのよ。家の色がガラッと変わると気持ちもすっきりするわよーこれはとても素敵なことで大切なことよー」

 こっちはイライラを前面に出して話しかけているのに、おばさんは全く動じずに明るい声で返事をする。

「俺には理解できませんね。」

「あらそう?ならあなたもガラッと変わってみたら?」

 そう言っておばさんは、はしごの上から俺の頭を目掛けてバケツを逆さまにした。俺は一気に頭の上から真っ赤なペンキをたっぷりとかぶった。何をしてくれるんだ。服も靴も手に持っていた財布も真っ赤じゃないか。睨み返すとおばさんが笑っていた。恐ろしい人だ。怒りを通り越して話す気力も無くなってしまい、とにかく体を洗おうと何も言わずに俺は素早く踵を返した。


 部屋に戻ってすぐ風呂場で服を脱いだ。全身についたペンキを綺麗するのにはとても時間がかかって、コンビニに行く気は蒸発した。風呂場には外から朝の太陽の光が入ってきていて、タイルの壁に綺麗な模様を作っていた。チラチラ動く光を見ていると怒りで火照った体が少しづつ落ち着いていく。そういえば朝シャワーを浴びるなんていつぶりだろうか。最近は仕事が忙しかったから、時間をかけて体を洗うなんて出来ていなかった。シャワーを終えて脱衣場の鏡の前に立ってみると、鏡に映る自分の顔がいつもより張りがある気がした。今日は天気も良いし、真っ赤に染まった靴もさっさと洗ってしまおう。朝飯は近くのカフェでも行こう。

 赤いペンキでアーティスティックになった財布は意外とおしゃれと言ってもいいような雰囲気になっていて、俺は軽い足取りで比較的ボロくないスニーカーを履いて家を出た。その日から俺は鼻が悪くなったのか、隣の家のペンキの臭いで頭が痛くなることはなくなった。

何か感じて頂けたら嬉しいです。感想待ってます。

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