第16話 It will be a balance break.
最大限の警戒をして何が生まれても万全の布陣でで迎え撃てる体制を整える。
割れた殻は轟音を立て地面へ落ち、中は未だ黒の魔力で包まれている。
ドールの魔力も黒いことには変わらないが、あちらは黒の中にどこか家族のような優しさを感じる。
そして、目の前の繭は絵の具をただひたすらに色を混ぜ続けると出来る濁った黒色。
…鏡を見ているような嫌悪感に襲われるっていうのか?
わしはそうでもないが、あいつがそう叫んでいる気がする。
「…とりあえず双夢、ドールは何してる?」
「………えっと…今出ます」
双夢から伸びた黒い線が絡まり繭となって…ってよく見たらアレとも良く似てるな
「…ワタル、イい知ラセと悪い知らセがあル。どチラカら聞きタイ?」
ドールにしては珍しく真面目な顔だ。
見た目は双夢と大部分変わらないが…それでもどこか新鮮だな
「…なら悪い知らせから」
流石に誰かが死ぬとかじゃ…
「犠牲者が確実ニ出ル。今のまマダと歯がタタなイ。レベルが確実ニ足りナイかラナ」
………おい、本当に死ぬのかよ
「ドール!?面白くない冗談言わないで!」
「イいヤ…冗談じゃナイ。絶対的にランクがタりなイんダ。…ダが…正しクは…こんぶトオレはなントカなル。だナ?」
「……ああ。とはいえドールはまだレベルが…」
「強化電子頭脳を利用すレバ本来のステータスに一時的に戻れル」
もしかして…
「それってレベルが100を超しているか超していないか、ってことか?」
「…………………そウダ」
「あぁ…通りで…」
今のわしのレベルは…99。
1レベ程度ならすぐに…
「…アぁ、99カら100にすルニは莫大ナ経験値が必要ダ。例えば…アの魔王ヲ倒す、とカナ」
魔王…魔王?
「魔王出てくるの早くないか」
普通はもっと遅いよな。
というかわしらが乗り込んでいく感じだし
それに何故卵?
「ラスボス登場とか早いよな」
「だよな」
準備も何もしてないし…これ…無理ゲーじゃ…
「……私RPGやらないから知らない」
「あー…うん……そうだったな」
ミスリルも知らなかったしな…
「とにかく、わしらは取り巻きを駆除する。双夢はそのことをギルマスに伝えてくれ。ついでにおゆも移動の足についていってやれ」
「了解です御主人様」
「わかりました」
しゃけに指示を出して二人をワープさせる。
今ここにいるのは五人か…
「……さて、あの繭から放出され続けてる魔物共はわしらが片付ける。だからドールとこんぶで繭を切ってこい。手段は一任する」
「…一任、すルンだナ?」
「そりゃわしらやり方は知らないしな。排除できるならそれでいい」
上が変な事を言ったら下もダメになるのは当たり前だしな。
現場に任せた方が確実だ
「わかッタ」
そう言うとドールは何かを唱えだした。
「嫌な予感がするぞ」
「そりゃ誰か死ぬって言われたらな……」
「…いや、そうじゃなくてだな……」
どう見てもダメなやつだろこれ…
『人数は五人,目標は魔王,規則なんて邪魔だ,絶対…ブッ殺す!』
ドールがそう最後に一際大きく叫ぶと半透明で球体状の膜が広がった。
…目の前に色々とウインドウが……
「…おいドール、俺の身体が縮んでるんだが」
………こんぶがわしよりも高身長だったくせにショタぐらいまで縮んでやがる…
「ハハッ…何故かはオレも知らない。逆に知らないのか?」
…ん?何か違和感が…
「知らないから聞いてるんだろうが…まぁいい。久しぶりに本気を出せそうな気がするな…行ってくる」
いつもよりも速度も力も…纏う気も数ランクアップしたこんぶが斬り捨て走り去って行く。
最早こんな雑魚どもに関わっている暇はないと言わんばかりに。
「さーて…オレも行くかァ!」
「…ああ、ドールからノイズが消えてるのか」
いつもなら出す声自体にも軽くエコーがかかってるらしく、聞くときもノイズがかかったかのように聞こえる。
だが、今は、今だけは綺麗さっぱり消え失せている。
そして、ドールをよく見ればその姿も異なる。
原型となる双夢の姿は踏襲しながらも、頭部には般若のように怒り歪み荒れ狂った一対の大角、背部にはこれまた大きく包み込むような赤と黒の翼。
浮かべる笑みもより凶悪にギラついている。
「……なにあれ?」
「さぁ…俺も知らんし……とりあえず撃つか」
「…はいはい」
二人は街を襲う魔物を中心に片付けている。
なら…
「わしはアイツらを邪魔する奴を殺らないとなぁ!?」
Preset…Wakamens!
「つぅ…!」
襲う頭痛を気合いで押し込み殲滅開始。
まずは二人の周りを片付ける。
今のわしは双剣だ。
「おお来たかわかめ!久しぶりに身体が漲ってな…まだまだいける気がする」
…こんぶが戦闘系少年マンガのバトルジャンキー主人公が強敵に出会った時に苦戦するもそれを楽しみ笑うような顔をしている。
見た目の年相応といえばそうなのだが、これもまた違和感。
いつもの落ち着いた雰囲気はどこへ行った…
落ちてくる殻の破片を破壊しながら無尽蔵に滲み出てくる魔物達。
…二人が攻撃する度に出てきているような気もするが…気のせいだよな?
溜まっていた分は粗方掃除し、機関銃と薙刀を残して再び町の掃除へ。
…BOYとしゃけは騒ぎながらも仕事はできているらしい。
「おいこらわかめ!後衛二人にやらせるもんじゃ無いだろが!」
「……防御の方が…疲れる…」
怒りのおかげで一周回って元気なBOYと、それどころじゃなく死に体のしゃけ。
……いつも双夢をつけてたから忘れてた
「すまんすまん…普通に失念してたわ…」
「はぁ…この機動重装甲車のせいで金飛んだぞ…まぁ、どこの世界産かは知らんが魔法耐性もついてるからいい買い物やったけどな」
「……おいくら万円?」
流石に1000万は…
「壱億チェイン也」
「嘘だろおい」
「はぁ……俺の稼ぎがほぼ飛んだわ……ま、命を買ったと思えばお釣りは来るけどな」
「危なかったわ…」
「…お疲れさん」
狙撃銃と双回転銃を置き、街の反対側へ。
人手が足りていないからかスラムだったここら辺は最早廃墟と化している。
「……これ、わしが燃やした方が早いと思うんだが」
「燃え盛れよ我が衝撃は威力が高すぎて街自体が壊れるから駄目に決まってるだろうが」
防衛戦なのに壊してどうするんだよ…
「言ってみただけだ」
「…ならいい」
自分の分身体とはいえ、本当に同一人格なのかがわからなくなるな。
…どうでもいいっちゃどうでもいいんだが。
「ならわしが行くか……『そして誰も話さない』」
両手棍が地面を一度打ち鳴らすと、霧が広がり魔物達が倒れてゆく。
このスキルは睡眠と麻痺と幻覚と……と言ったような色行動阻害系のデバフをいくつか付与する。
強敵クラスにはあまり効かないが、雑魚・取り巻き程度ならほぼ確実に成功する。
鎮圧した暴徒…じゃなく魔物を一つ一つ殺してゆく。
両手槌は一撃で頭を粉砕し、わしは体を切り刻む。
両手棍には五分に一回デバフの重ね掛けを頼んでいる。
…2時間もすれば確認できる魔物は全て駆除し終わっていた。
ただ……人の気配がしなかったのが不安だ。
この街では城の中からする少ない気配しかない。
……本当に避難できてるのか…?
いや、考えても仕方ないな。
同じく駆除し終わった二人と合流し繭の元へ。
…さっきと比べ更に明度が下がった気がする。
ドールとこんぶが色と同じように増えた敵の上で踊りながら
「ああ来たか!だがそろそろ繭が爆発する…ワタル達は隠れろ!」
ドールがこちらに振り向き言うが…
「待て言うのがおそ」
絶対付…
『ドラァァァァァッ!!!俺の邪魔をするなら…ブッ殺す!!!』
「間に合わなっ…!?」
流石に1分もないのはいただけない。
せめて40秒あれば支度できたのにな………
「ガハァッ!?」
装甲車ごと吹き飛ばされ地面を回転する。
車内はモノや血で既にグッチャグチャだ。
「…カハッ…お前ら…は……」
口の中が血の味しかしねぇ…
「私はギリギリバリア作ったけど…BOYが…」
しゃけは擦り傷が目立つ程度の軽症。
それもすぐに回復したらしいが…
「……ゴホッ…ちょっと血が…出ただけだ……問題…ゴホッゴホッゴバァ」
BOYは下手をすればわし以上の重症だ。
目立った外傷はないが、衝撃で内出血と…打撲をしてそうだ。
実際、今話すだけで吐血した。
…わしは医者じゃないからなんとも言えないが、戦闘不能だろう
「私はここでBOYを治療しておく。だからわかめは…」
「わかってるわかってる…ちょっと倒してくるわ」
気合いを入れるため生命の水を一本飲み、血を洗い流す。
心なしか体の調子も戻った気がする。
…気合いって凄いな
「あれ…回復した…?」
歪んだハッチから外へと飛び出しながら、同時に絶対付与で筋力、走力、持久力上昇を自身に付与。
…しばらく試していてわかったことだが、自分に付与するのは身体の負担がデカイ。
だから最初からない耐久力は強化しない。
そして着地とともに顔を上げると目に入ったのは…
「グゥァッ!?」
「俺の攻撃しか通らねえだと!?」
こんぶが誰かと戦っている光景。
そこからドールの背中が飛んできて…って危ねぇ!?
「ナイスキャッチだな、ワタル♪」
…不本意だがお姫様抱っこで受け止めた。
一番楽とはいえ後でからかわれるんだろうな…
「わかめ!俺が暫く時間は稼ぐからドールから事情は…」
「余所見してる暇あんのかぁ!?」
……こんぶが戦っている相手は中学二年生程のガキ。
唯一つ特異な点を挙げるとすれば身につけている装備。
確かに王らしく黒地に赤と金の意匠を凝らしたようなマントと服も着ている。
手に持っているのは杖とも、剣とも、槍とも、斧とも、どんな武器にも取れるような形状を…いや、そうではなく武器の形が移り変わっているの方が正しいかもしれない。
剣で受け止め、刀で鍔迫り合いをし、吹き飛ばしたら槍で突き、斧で更に距離を取り、杖で魔法を撃つ。
こんぶは少し戦いにくそうだ。
「ワタル、さっき言いそびれたいい知らせの内容を改めて言ってもいいか?」
「…あぁ、忘れてた」
溜息を貰いながらドールを地面に下ろす。
悪い知らせが思っていたよりも悪くて焦ってたからな…
「……いい知らせってのは…アイツの正体がわかった。アイツの名前はサンディ。古に暴虐の限りを尽くし、当時の勇者の手によって消し去られ葬られた筈の魔王だ」
ああ、さっき言ってたな。
アイツを倒せばレベルが100になるって……ってその前にわしらの中に勇者っていないよな
「確信は持てなかったが…それ以外に考えられないからな。倒せるかと言われれば…正直、割に合わない。オレは最低逃げればいいと思っている」
でも戦わないと依頼失敗だしな…
「だが、ワタルが戦うのならオレも戦う。…双夢を逃したのもこのためだしな」
なら……
「わしも戦う。そうじゃないと…この国、滅びるしな」
現状、わしらがこの国で一番の戦力だろう。
開拓拠点から呼んでこようにも限度がある。
しゃけもBOYも消耗してる中、呼ぶのは危険だろう。
それに、もし呼んだとして攻撃が通じなかったら意味がない。
…だから、この場にいる五人で戦うしかない。
「厳しい戦いにはなるが…いいんだな?」
「当たり前だ。二度も言わせるな」
こんぶも衝撃波で吹き飛ばされこちらへと飛んできた。
「…はぁ…駄目だなこれ。俺と相性が悪い。ステータスはほぼ互角でリーチも自由自在。オマケに的も小さいし……わかめとドール、協力してくれ」
「…あいよ」
「今更だ」
「お前らよぉ…話し合いは終わったかぁ…!?」
何が面白いのか高笑いしながら魔王が煽ってくる。
…いつもなら無視する程度の煽りだったが…今日は、今回だけは……
『殺意』が沸いた。