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決 〜終焉・狂イ出シタ日々〜



  静かで穏やかな生活が終わったのは十二月当初。

  

  僕が彼女から目を離して、少しだけ席を外していたほんの一瞬。

  

  戻ってきたときには既に終わっていた。彼女は血まみれになって、そこに佇んでいた。

  

  屍骸は四つ。彼女が手にした武器はナイフ一本。

  

  彼女は裏の世界と決別したとき以来武器を取っていない。

  

  携帯さえしていなかった。故に、それは彼女が彼らから奪ったのだろう。

  

  彼女の顔には何一つ表情がなかった。先程まで共に笑い、共に微笑み合っていたのが嘘のよう。

  

  彼女の顔色は無機質なまでに青白くなり、とても人の人の肌とは思わせない。

  

  彼女は僕を見つけると、虚ろな瞳でふらふらと、震える足で僕に近づき、震える両腕で僕を抱きしめた。

  

  僕はその間何も出来なかった。ただ呆然と立ちすくみ、彼女に抱きしめられた時に始めて動くことが出来た。体が瘧のように震え、両目から止め処なく涙が溢れてくる。彼女の頭を掻き抱き、強く、強く抱きしめる。

  

  僕自身も彼女の返り血で赤く染まったが気にしない。

  

  気にする価値さえない。今大事なのはボロボロになってしまった彼女を守ること。

  

  体ではなく心がボロボロになってしまった彼女を守り抜くことだけ。

  

  小さく震える彼女は瞬きもせずにさめざめと泣いていた。嗚咽する事もなく、嘆く事もしない。いっそ泣き叫んでくれたほうがどんなに楽だろうか。

  

  紫色になった唇や、冷たくなった体は生気を感じさせず、彼女がどれほどまでに弱くなってしまったかを物語っていた。本来なら喜ぶべきことであるはずなのに、喜べない。

  

  彼女には表側に、たとえそれがかりそめのものだったとしても、表側に戻れたはずだった。


  まだ間に合ったはずだった。これまでの活き活きとした彼女が嘘だったかのようだ。


  「ごめんな」僕は彼女に謝る。謝罪の言葉は決意の言葉。


  僕は誓ったんだ、彼女を守り抜くと。誓いの言葉を紡いだんだ、彼女と生き抜くことを。


  「ごめんな」僕はもう二度と彼女に殺しはさせない。


  僕は彼女に危害を加える者を許さない。僕は彼女を傷つける者を許さない。


  僕は彼女を脅かす者を許さない。僕は彼女をどんな手段を使っても護る。


  たとえこの手を再び血で染め上げるとしても、その結果死体の山を築こうともかまわない。


  涙が溢れる。怒りで後悔で悲しみで。その日、僕は元の殺し屋に戻った・・・・・・。



  

  僕と彼女の旅は一転して、奴らからの逃避という目的に摩り替わった。


  頬に付いた血を拭う。辺りには二人分の骸が綺麗な状態で倒れ付している。


  辺りは暗闇で、空には鋭利な三日月が浮かぶ。人気のない公園で彼らは死んだ。


  これで何人目だろうか。僕は遅い来る殺し屋達をことごとく返り討ちにした。


  これで何度目の襲撃だろうか。僕は全て無傷でこれを撃破した。


  なるべく彼女に気付かれないように秘密裏に。彼女の手を汚さないように僕が楯になって。


  幸いにして、いや、不幸にして僕の武器はそういったことに向いていた。


  武器を携帯していることを、彼女にも敵にも気付かれないようにすることは簡単だった。


  ただ、血の匂いだけは誤魔化しようがなかった。彼女は元最高峰の殺し屋。


  その嗅覚を誤魔化すことは僕をしても不可能で、最終的には気付かれていたんだろう。


  それでも彼女は、僕がやることに何も口を挿まずただ僕の頭を撫でて、僕を抱きしめてくれた。


  彼女は最初の襲撃以来一度も笑わず、元の人形のように無表情になってしまった。


  でも、行動の端々で僕を気遣ってくれていることが解る。今もこうして僕を慰めてくれる。


  僕はいけないことだと解っていながらも、彼女の優しさに甘えた。


  彼女の胸を借り、声を押し殺して涙を流す。彼女は弱くなって良いんだ。


  でも僕は強くなくちゃいけないのに、彼女を頼ってしまう。


  辛いと思っちゃいけないんだ、苦しいと思っちゃいけないんだ。


  「大丈夫。私がいるから。貴方の傍には、私がいつもいるから」


  それを聞いたとき、僕は声を出して泣いた。それがどれほど情けなくて、どれほど見っともないことだとだと解っていながらも泣き叫んだ。

  これを最後の涙にすると、これを最後の弱さにすると新たに誓って。


  「  〜〜   ・・・・・・  〜    ・・・ 」


  彼女は歌う。何処で覚えたのか拙いながらもたどたどしいながらも歌を紡ぐ。


  それは遥か昔に聞いたことのある歌。


  「 ・・・  〜〜〜  〜〜  ・・・・・・  〜」


  彼女は詠う。儚く掠れて消えてしまいそうな声で。


  幼き頃によくみんなで詠っていた。


  「・・・      〜〜〜     〜  〜〜〜〜〜 」


  彼女は唄う。優しく包み込むような温かい子守唄を時折止まりながらも続ける。


  目頭が更に熱くなる。嗚咽がとめどなく溢れ出し、懐かしくも哀しい思い出の唄を聴く。


  「〜〜〜〜・・・  〜〜〜・・・・・・  ・・・〜」


  彼女は謡う。リズムも音程も関係なく、自分の気持ちを込めて、僕を慰める。

  

  その歌声に僕は癒された。ささくれ立った心に浸透し、ほつれた心を修復する。


  ひっそりとした冬の公園のベンチで、僕は多分一生分の涙を流した。


  それを見ていたのは鋭利に笑う三日月。その形は不気味に微笑む口元のようだった。



  −−−遊ビは 終ワり  ダーーー





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