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決 〜終焉・崩壊前ノ幸福〜




  僕に大切な人が出来た。僕が彼女を守り、僕が彼女を導く。

  

  


  青年は少女の手を取り楽しげに走り回る。


  少女は青年に振り回され戸惑いながら、ぎこちないながらも笑っていた。


  当ての無い旅に不安は無く、当ての無い逃避に迷いは無い。青年は少女が傍にいれば十分だった。


  少女は青年が傍にいれば十分だった。二人は互いが傍にいれば十分だった。



  

  僕達は何も欲しがらず、何も奪わず、何も殺さない。


  失ったものは取り戻せないけど、やってしまったことは無しには出来ないけど、それで良かった。


  全てに向き合い、折り合いをつけ付き合っていくと、二人で罪を背負うと決めた。


  旅の途中、季節は冬で、木々たちが葉を落とし終える頃。森の中にひっそりと、まるで隠れているかのように建っている古びた教会を見つけた。


  落葉した葉っぱ達を踏み分けながら入った時刻は深夜。


  その時は宗教的な建物という先入観もあってか、何処かおどおどしい雰囲気を漂わせるこの教会に不安を覚えたが、他に休む場所も無く、なし崩し的にこの場所で一晩すごす。


  僕はともかく、彼女をこんな寒空の下で野宿させるわけにも行かず、已む得ない選択だった。


  寝具は大き目の毛布が一枚。それを僕と彼女の二人で使い、肩を寄り添いあって寝た。


  幸いにしてこの建物のガラスは割れていなかったので、隙間風の心配も無く、互いの体温を感じながら寝入ることが出来た。

  

  ガサガサと木々がざわめく音と、夜鳥の鳴き声以外の音の無い空間は、僕達二人を優しく受け入れてくれているかのようだった。

  

  どれくらい寝ただろうか、太陽が顔を出す少し前に僕は目を覚ました。


  隣ですやすやと寝ている彼女は、思わず抱きしめてしまいたくなる程に無垢で可愛いい寝顔をしていて、やっぱり抱きしめてしまう。

  

  その抱きしめた感触が解ったのか、彼女は寝ぼけ眼で僕のことを見て、「おはよう」と一言。


  「うん、おはよう」僕も朝の挨拶を返すと、彼女は僕の腕をするりと抜け出て、一度大きく伸びをした。


 以前の彼女ならば絶対にしないまでの無防備な姿は、僕に対する信頼の証だろうか、僕の目にはそんな動作の一つ一つがとても微笑ましくとても嬉しい。


  「起きちゃったけど、どうするの?」


 僕と彼女の身長差を考えると当然のことだが、彼女は僕のことを上目遣いに見上げる。ちょこっと首を傾げているのもポイントが高い。

  

 こうして一つの動作を取って感動している僕はきっと駄目な奴だと思いながら、彼女の問いに答える。


  「そうだね、まだ辺りが薄暗い位早い時間帯だけど・・・・・・朝日でも見ようか」


  旅を始めてから一つ解ったことがある。それは彼女が自然や動物が好きなこと。


  今までの生活環境を考えればまるで接点の無い好みだったが、そういったことに意識が向かないことをやっていたのだから意外とというほどのものでもない。

  

  むしろ彼女にそういった一般的な自然や動物を愛せるという素直な感情に、僕は安心した。

 

  やっぱり彼女に裏の世界は似合わない。彼女は人形ではなく人間なのだ。


  辛いことを辛いと思い、嬉しいことを嬉しいと思える、何処にでもいる少女なのだ。


  僕は彼女の手を取り、歩き出す。昨夜のうちに見つけておいた拓けた広場へと向かって。


  吐く息は白く、素肌には冷たい冷気。でも、二人で握り合っている手は、繋がり合っている心同士はとても温かかった。

  

  目的の場所に着く頃にはちょうど太陽が昇って来ていた。

 

  赤く染まった陽光を二人で黙って見つめ続ける。

  

  ほう、と吐いた溜息は彼女のもので、疲れや憤りのものではなく、ただ純粋なる感嘆の溜息。


  ほんの少しばかり上気した頬が、彼女の満足気な横顔がまた良い。


  この頃の僕は本当に頬が緩んでばかりだ。だからだろうか、時々彼女に変だと言われるのは。


  もう少し自重したほうがいいのかとも思うが、それはやっぱり無理だろう。


  それほどまでに僕は彼女のことが好きだし、常に共にいたいと思っている。


  今この瞬間も、此れからも、遥か先の未来でも、この僕の気持ちだけは覆らないと言い切ることが出来る。

  

  握っている手をより強く握り、彼女も僕の意図を汲み取ってか同じく強く握り返してきた。


  顔は動かさない、視線は動かさない、ただじっと朝が明けていくのを二人で見つめる。


  

  太陽が完全に顔を出したとき、僕らは教会に戻った。


  歩く道すがら、森の動物達に会った。木の実集めに精を出している栗鼠。


  群れで大空を羽ばたく鳥達。家族で歩き回っていた狸。


  冬の森でここまで多くの動物達と顔を合わせることが出来たのは僥倖で、彼女はとても嬉しそうだった。

  

  僕達が枯葉を踏む音が響けば鳥の囁きが聞こえ、僕達の話し声が響けば動物の鳴き声が聞こえた。


  清々しい朝の陽光は、薄暗かった森を明るく染め上げ、目的地に着いた時僕らは目を疑った。


  昨日のおどおどしいまでの雰囲気は一掃され、神々しい光に包まれた教会がそこにあったからだ。


  そこには忌避されるような暗さは無く、進んで足を踏み入れたくなるような何かがあった。


  ふと、僕は気が付いた。


  「そうだ、ここで僕達の式を挙げようよ」


  「式・・・・・・。なんの式?」


  僕の突然の提案に彼女は戸惑っているようだったので、僕は思い切って言ってみる。


  「僕と君が一緒だっていう儀式。契約とも言うかもしれないね」

  

  僕の突然の提案に彼女は困惑の色を隠しきれないようだった。


  僕自身も何故突然そんなことを思いついたのかはよく解らなかったが、不安だったのかもしれない。


  満月の夜。


  月の下で誓い合った言葉。


  それをより確かなものにしたいという欲求に似た想い。


  揺れている。

  軋んでいる。

  歪んでいる。

  想い。


  それらを押さえ込める確かな約束が欲しい。


  「・・・・・・・・・でも私、そういうのよく解らない」

  「そう難しく考えることは無いよ。形式も格式も様式も気にしないで、ただ誓い合えば良い」

  「誓い合う?」

  「そう、これからの自分が絶対に誓えることを互いに言い合うだけで良いんだ」

  「・・・・・・・・・」

  数秒の逡巡と沈黙の後に答えが来た。それは僕の予想通りの答え。

  「・・・・・・なら私にも出来る」


  そう答える姿にはなんの迷いもなく、凛とした面持ちで僕の手を引っ張って教会の中に進む。


  彼女がここまで強引に僕の手を引くのは初めてで、ここまで明確に自分から動いたのも初めてかもしれない。


  そんな些細なことで僕はまた嬉しくなり、いきなりの提案に彼女が賛成してくれたことも嬉しかった。

  

  ただ、こんな口約束程度の誓いでも、指輪やペンダントといった装飾品もなにもなく、味も素っ気もないことに一抹の不満を覚えた。


  逃亡生活を送っている僕らがこんなことを想うこと事態贅沢なのかもしれない。


  こんな場所で一時的にとはいえ、心安らかにすごせているだけでも幸せなことなのかもしれない。


  願わくばこのささやかな幸福の時間が少しでも長く、たとえそれが刹那の一瞬だとしても続いてほしかった。    


  そんなことを考えながら、僕達は教会の扉を開け中に入って行く。


  そこもやはり昨日とは違い、荘厳な雰囲気を持つ威厳在る教会へと様変わりしていた。

 

  森の木々から差し込む優しい木漏れ日が教会の窓から入ってきて、教会内を明るく照らす。


  一歩一歩踏みしめるように、瞬間瞬間を噛みしめるように、この想いを記憶に深く刻み込むかのように式は始まった。

  

  野鳥達の囀りが、動物達の声が、森の囁きが響きわたって、それはまるで賛歌を合奏しているかのようだ。

  

  ここには祝福してくれる人も祝詞を謡う人もいなかったが、僕達は十分だった。十分すぎた。


  更には教会内のガラスが木漏れ日を乱反射し、建物内を更に明るく染め上げる。


  まるで御伽噺に出てくるかのような神秘的な空間は、不可侵の領域と思わせるほどの光のコントラストを描く。

  

  その不思議な光を一身に浴びながら、祭壇に上がり、僕達は誓った。神にではなく、自分たち自身に。

 

 「僕は君を何時いかなるときでも守り抜き、共に罪を背負い、共に生きることを誓う」

 

 「私は貴方と共にいる、死が二人を別つとしても、たとえそれが穏やかな死でなくとも、私は共にいることを誓う」


  始めは僕が次は彼女がお互いに絶対に誓うことを口にし、誓いの口づけをした。


  僕達は正式な契約や儀式といったものを知らなかったから手順や形式は滅茶苦茶だったけど、それでもお互いが本当の意味での仲間になれたと家族になれたと、より強い絆で結ばれたと感じることが出来た。


  僕達は長い口づけを終えると互いに手を取り合い、教会のステンドグラスを仰ぎ見る。


  ステンドグラスを透過する穏やかな光。


  その温もり、穏やかさはタマと共に過ごした時を思い出させてくれた。


  「タマ、僕達は家族だ。どうか、心安らかに見守っててくれ」


  自然に口からこぼれた言葉。


  天国にいるタマはきっと僕達を祝福してくれている。そう思えた。


  しばらく二人で無言のまま感傷に浸り、そろそろ行こうとしたその時、開け放たれていた教会の扉から強い風が入ってきて、その風は一輪の花を彼女の元へと導いた。


  名も知らぬ小さな小さなその花は、タマと同じ色をした花だった。


  彼女はその花をそっと、両手で包み込むようにして受け止め、穏やかに微笑んだ。


  淡くほのかにする香りが僕達の鼻腔をくすぐり、優しい気持ちにさせてくれる。


  彼女の手の中にすっぽりとおさまっている花の名前は解らないけど、そんなことは些細なこと。


  「この花、タマがくれたのかな」


  僕は少しだけ驚いて彼女に向き直る。


  彼女も僕と同じようなことを想い、その事を幸せそうに受け止めている。


  その事に強い感動を覚えた。優しい気持ちになれた。


  今こうして彼女が無邪気に笑ってくれる、朗らかな笑顔でいてくれる事に意味がある。


  「うん、そうだと思うよ。タマは僕達を見守っていてくれてるんだね」


  窓の外には青々とした空が広がり、小春日和の温かな日差しを地上に降り注いでいる。


  何処までも遠く、限りのない大空を二人で見つめ、僕達の小さな小さな家族に想いを馳せる。


  僕達はこの幸せが、この時が、この瞬間が永遠に続くものだと思っていた。


  そう信じたかった。この時の僕は厳しい現実から目を反らし、背後から聞こえてくるだろう足音を聞かないようにしていた。


  殺しとは無縁の、平和な日常の世界へと、不恰好ながらも溶け込めるものだと必死に思い込んでた。


  でも、ささやかな願いは、ささやかな想いは、ささやかな気持ちは、惨めに砕け散る。


  今思えばこの時が僕達の旅の中で最も幸せな時だった。

  

  そのドス黒い殺気を浴びるまでは。

  短い幸せだった。

  大切な時間だった。

  かけがえの無い思い出だった。

  殺したのは少女、守ったのは青年。  

  幸せを知った少女は、感情を知った少女は、

  人を殺すことに恐怖した。

  

  罅割れた少女、慟哭する青年。

  少女を守る青年は手を赤く染め、己の罪深さに耐えられずに涙を流す。

  優しく包んだのは少女、弱さを捨てたのは青年。

  

  これは少女を命尽きる最後まで守り抜いた青年のお話。

  

  終わりの決まっている人形劇  最後のDOLLの話を今しよう

  フィナーレ レクイエム  ステージ

  終焉を飾る鎮魂歌を物語に奉げよう

  スタート ファイナル

  開幕にして終幕  








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