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承 〜鮮血〜



  しばらくして  彼は必ず私の仕事についてくるようになった


  でも  使えない


  今まで彼と行動して解ったのは  彼の運はとても良く  逃げ足が異常に良いこと


  彼は一度だって銃を構えない


  彼は一度だって刃を構えない


  彼は一度だって事を構えない


  それなのに私に着いてくる  危険だと解っていながらも着いてくる


  何故なんだろうか  その理由が私には解らなかった


  今日も一仕事を終え  夕飯の麺を茹でている時  彼はこう言った


  この仕事は辛くないか?


  何処か陰りのある顔で  突然そんなことを聞いてきた


  ここしばらくの間  彼は考え事を多くしていたようだが  そんなことを考えていたのか 


  でも  そんなのはまるで無駄なことだ  答えは決まっていたし  覆ることも無い


  私は簡潔に答えた


  別に・・・・・・・・・


  たった一言  それが私の答え


  人形は何も考えない  人形は自分からは動かない  人形は何も感じることも無く痛みも無い  

  

  だから  それ以外の答えは無い  数秒間私の答えを咀嚼するように考えていた彼は


  そうか  と悲しそうな顔で言った


  その横顔はとても残念そうで  深い憂いを帯びて  それっきり口を噤んでしまった


  でもそんな彼から  何故か目が離せなかった


  だからだろうか  手元が疎かになり  気がついたときには


  手元で麺が原型を留めないほどに延びていた


  その日の夕食は  二人で伸びきった麺のようなものを食べた

 

  彼は何故か食欲が湧かない様だった  元気の無い彼は  どこか儚く消えてしまいそう


  でも  私は何をすればいいか解らず  とりあえず彼の頭を撫でてみた


  時たま彼が私にすること  何を意味しているか解らなかったが  なんとなくそうしてみた


  すると彼は驚いて私を見て  何故か顔を真っ赤にしていた


  いつもの事ながら  赤くなるのは彼の特技なんだろうか  私には解らなかった



  

 

  仕事が入った  内容はあるグループの殲滅  いつもなら楽な部類の仕事


  でも  今回は相手も殺し屋  いつもより念入りに準備する


  彼も無言で準備する  カチャカチャと無機質な音が響く


  彼は無表情  今回の仕事に彼は反対した  危険すぎる  と強く抗議した


  いくら君でも今回ばかりは死ぬぞ  と声を荒げてまで私を止めようとした


  でも私は仕事を優先した


  べつに命なんて惜しくないから  依頼のほうが優先度が高いから 


  準備が出来て  立ち上がり外に出る時  彼が後ろから私の頭を撫でた


  クシャリと髪が音を立て  彼の大きな手が私の頭を何度も撫でる


  振り払おうとも思ったが  おとなしくジッとしていた


  彼の手は温かくやさしい  ふと  彼がどんな顔をしてるか気になった


  振り向こうとすると  彼はあわてて手を引っ込め  すぐにアジトから出て行った


  何故か耳が赤くなっていた  どうやら少し熱いらしい


  先に行ったのは  夜風に当たるためだろう


  私は彼の後を追い  仕事現場に向かう




 

  やつらのアジトは廃ビルの中  人気の無い静謐な空間  そこに私たちの同類がいる


  私たちは音も無く忍び寄る  夜の暗闇の中  月の明かりを頼りに進入する


  奥に進むと見張りが二人  談笑をしながら立っていた


  他の進入経路を使えば問題はなかったが  邪魔だったので殺した


  彼にわざと音を出させ  意識がそちらに向かった時


  素早く二人の懐に潜り込み  ナイフを首筋に閃かせる


  飛び散る血液をかわし  彼の元に戻る


  たまには使えるようだ  二人はそのまま静かに逝き  私たちは屍を越えて行く


  さらに奥に進むと  大きなフロアに出た


  そこには大勢の人の気配がした  そこにいたのは十数人  予定よりも大分多い


  明らかな契約違反だったが  私は特に気にしない


  引き返そうなどとは微塵も考えない  簡単な武器の確認だけして向かう   


  その時の視界の端に映った彼の横顔は  鋭く鋭利な刃のようだった  


  いつもの彼とはまるで違う  これではまるで私と同じ


  人殺し・・・・・・・・・  


  それほどまでに今の彼は鋭く  それほどまでに不可解な気配


  これが彼の本当の姿?


  だとしたら私はなんで今まで気付かなかった?


  彼が一度も人を殺していなかったから  違う


  彼が一度も殺気を放たなかったから  違う


  彼が一度も尻尾を出さなかったから  ・・・だとしたら


  ここ数ヶ月  彼は一度も気を抜かなかった事になる


  私に見抜かれぬようわざとドジな振りをして  常に気を配りながら  私の傍にいたことになる  

 

  それはとてつもなく困難なこと  それもこれほどの死の気配  私は今まで感じたことが無い

 

  敵が武器を持っている?  その武器を使用する前に殺せばいい


  敵が複数人いる?  一人ずつ確実に殺してけばいい

 

  敵が殺し屋?  むしろ御しやすく恐怖の対象には成り得ない


  だが  彼はどうだ?


  一対一で殺し合いをしたとして  どちらが生き残るのか  ・・・・・・・・・


  私には解らなかった


  ifの考えをしたらいけない  ループした仮定から意識を遠ざける  が


  私が同業者と気付かないほど巧妙に  上手く立ち回る彼の意図  私には解らない  


  ・・・・・・・・・  何故か彼が敵ではないことは解った 


  どんな理由で彼は己を押し殺し  私の傍にいたか  それは解らなかったが


  彼が私を裏切ることはない  と何故か自然に思うことが出来た


  私は最後に彼の顔を見て  二手に別れた  挟み撃ちの形を取る 


  彼は死ぬだろうか  私は死ぬだろうか  二人とも死ぬだろうか


  それは誰にも解らない  



  

  合図は爆炎と爆音  高熱の炎は奴らを焼き  高圧の爆発は奴らを吹き飛ばし  高音の衝撃は奴らを混乱させる


  もくもくと上がる煙を薙ぎ払い  銃弾をばら撒く 


  先程まで談笑していた奴等は  訳も解らず死んで逝く


  中には己が武器を取る者もいる  その反応の速さは一流


  でも  私はその上を行く  既に武器を持っている私  武器を構えたばかりの殺し屋


  そこに負ける要素は何一つなく  競い合いにすらならない


  響く銃声と轟く怒号  何処から湧いてくるのか


  奴等の仲間が所々から出てくるので  私はあちらこちらを走り回り


  一時たりとも同じ場所には留まらない


  阿鼻叫喚の戦場を縦横無尽に翔け  時にはナイフを閃かせ  時には爆薬を撒き散らす


  その只中を迷うことなく動き回るのは二人  彼と私の二人だけ


  視界の端で走る彼は  私の知らない彼だった  一人一人とまた倒れて逝く


  全員が倒れるのに  時間は三分もいらなかった


  予定調和の如く何事もなく終わった


  ただ  予想外のことが一つだけ


  今まで一度も武器を取り  決して人を殺さなかった彼が


  私よりも多く  正確無比なまでに  奴等を殺したことだった  


  彼が手にしている武器が何なのか  私には解らなかった


  彼が腕を振ると何かが閃き  次の瞬間には人が死ぬ


  解ったのはただそれだけ  いつもの彼とは違う鋭い眼光は  私の背中に冷たい何かを流させる 


  咄嗟に武器を構たい衝動に駆られる  手にしている銃をどうにかしてしまいたい 


  いったいこの感覚はなんだろう  これではまるで


  私が怯えているみたいだ


  でも  何をするでもなくただ佇む彼の姿は小さく  とても悲しんでいるように見えた


  無表情な彼は何を考えているのか  無言で屍骸の群れを見詰める

 

  そこに鋭さはなく  在るのは哀愁と後悔  ・・・・・・・・・


  私は何をしている?


  今は仕事中だ  彼の横顔など見ていないで  やることをやらねばならない  

  

  じっとりと汗ばんだ手を拭い  余計な思索を外に排する  私は抹殺対象を


  確かに殺したか確かめる  死屍累々と散らばる屍骸に  さらに凶弾を叩き込む


  普段の私ならこんな効率の悪いことはしない  どうせやるのであれば火でも付ければいいのだ


  頭では理解していても  何故か体は単純な暴力に向く


  火薬の弾ける音が聞きたい  火薬の弾ける匂いを嗅ぎたい  火薬の弾ける反動を感じたい


  私は安心したいのだろうか?


  そもそも不安を感じているのだろうか?


  この煮え切らないモノはなに?


  淡々とした作業に技術はいらない  黙々とした行為に意味は無い  狂々とした思考に答えは出ない


  そんな中だったからだろうか  私は小さな物音を聞き逃した  微かな息遣いを聞き逃した


  一発の発砲音が  やけに大きく響いた


  倒れたのは独り


  視界が突然  低くなる  足に力  入らない


  体  冷たい  コンクリート  たおれこんだ


  なんだ  うたれたのは  わたし


  撃たれたのは腹ぶ  熱くナがれる  ノは血液


  セんケつが  わたしの瞳  ウツる  最ゴの  悪あがキ  やられた


  あっけ  ナイ幕ギれ  ど  こを撃たレ・・・た? 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  


  あわてて彼は  私を撃った奴にとどめをさし


  私の元に駆け寄って  泣きそうな顔で私の傷口を押さえる


  朦朧としていく意識の中  冗談のように傷口から溢れる鮮血


  彼の手をも赤く紅く染める  その光景は遠くて  とても近くにいるようには思えない


  重くなった体はだるくて  酸素の足りなくなった脳は  思考を鈍らせる


  徐々に狭まる視界  最後に見たものは  涙を流した彼の顔だった



 

  私は漂う  広い海の中心で


  私は漂う  広い空の中心で


  何処にいるかも解らずに


  ただただ漂う


  目を開けても辺りは暗闇で  手を伸ばしても虚空をかくだけ


  気温は低く  私は何も着ていな


  ・・・・・・さむい  


  ポツリと呟いた言葉は  山彦のように反射され  世界全体に響いた


  暗く深く底の見えない世界  私は死んだのだろうか


  解らなかった


  少しだけ胸の内で蠢くもの  それは恐怖と呼ばれるものだろうか  


  それは絶望と呼ばれるものだろうか


  ・・・きもちわるい  


  吐き気をもよおす嫌悪感  這い回るような体の振るえ


  これが感情なのだろうか  だったらこんなもの


  欲しくは無かった


  私はただのDOLLでよかった  誰かに操られるマリオネット


  置いて在るだけのビスクドール  複数で一つのマトリョーシカ  


  その内のどれでもよかった  たとえ最後には  捨てられて朽ち果てる運命でも


  それでも苦しみたく無かった  痛みとは違う苦しみ  それが私を責め苛み狂わせる


  嫌だ  私を責める亡霊たちの怨嗟の声が聞こえる

 

  いやだ  私を苛めるこの拷問にも似た激しい苦痛が


  イヤだ  この狂おしいまでの孤独感は嫌だ


  彼は何処?


  私は視線を彷徨わせ  彼の姿を探す  体を動かすことや


  首を動かすことさえ億劫だ  それでも  無駄だと解っていながらも彼を探す


  上が下が右が左が前が後ろが定かではないこの世界  


  寂しく孤独で寂寥なこの世界  光明も無く出口も無く希望も無い


  『       』  口から漏れた音は  彼の名前


  『       』  口から零れた音は  彼を呼ぶ声


  何度と無く紡がれる彼の名前  その間にも絶え間ない激痛は襲ってきた


  体中を蝕まれる感触  早く終わってほしかった  早くここから出たかった


  早く彼に会いたかった  ただそれだけを  私は望んだ   ・・・・・・・・・




 

  その時  右手に温かい感触がした  世界が急に拓け


  私の瞳が光を捉える  薄ぼんやりと


  でも  しっかりと像を結んでいく視界


  始めに目に映ったのは天井  次に目に映ったのは  彼の驚いた瞳


  彼は何度か目をパチクリと開閉し  口も意味も無く開閉させたあと


  泣きながら笑うという奇妙な行動に出た


  よかった  


  と何度も言いながら  目を真っ赤にしていた


  そんな彼を不思議に思った  泣いている理由がわからなかった


  彼が握っていた手に力を込める  私は確かにここにいる  と思うことが出来た


  彼は私が一週間以上寝ていたと  一時は危なかったと  本当に目覚めてよかったと言った


  私は立ち上がり  しばらく動かしていなかった  体のチェックをした


  またもや不思議なことに  間接は普通に動き  筋肉も普通に動いた


  多少鈍っている感はあるが  硬くはなっていなかった


  どうやら彼が毎日  丹念にほぐしてくれたのだろう  彼を瞳を見ながら


  ありがとう  と一言言うと  彼は何故か真っ赤になった


  こんな時に特技を披露する意味が  私には解らなかった

  

  彼は私から目をそらし  突然あやまった


  ごめんなさい  と土下座までして


  どうやら彼は  私の体を拭いたり  動かしたり  着せたり  脱がせたり


  触ったり  揉んだり  掴んだり  ・・・etc  


  した事を  深くあやまっているようだ  


  やっぱり彼は変人だ  あやまる必要など無いのに  こんなにも必死にあやまる


  人間は寝たっきりで動かなければ  筋肉が固まり間接が動かなくなる


  それを防ぐためには必要な処置であり  あやまることなど微塵も無い  


  彼を安心させようとして  もう一度言う


  ありがとう


  と胸の内から湧き上がるもの


  それはがなんと言うものか  私には解らないが


  温かく気持ちの良いものだった


  彼は顔を上げると  再び泣いた号泣だった  ほほが何故かゆるむ  


  彼の涙を手で拭きとる  何度も何度も  彼が泣き止むまで何度も  淡々とした作業


  でも  何かが違った  ようやく彼が泣き止んだ頃には  私の手は完全に濡れていた


  涙というものが少し気になったので  その手を口に運んでみる


  しょっぱかった


  私の手の行方を見届けた彼は  今度は全身を真っ赤にして倒れた


  寝てしまったのだろうか  彼の行動は不明な点が多すぎる  とりあえず毛布をかけた


  何枚重ねればいいか解らず  十枚くらい被せる


  そして私もその中に入り  彼の隣で寝た


  少し熱かったが  何故かほっとした  ・・・  ・・・  ・・・  END




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