起 〜邂逅〜
この作品は原作DOLL〜壊レカケノ人形〜を起承転結の起に置き換えて、話の内容をより詳しく書き綴ったものです。
気の抜けたかのような 一発の軽い銃声が響く
そこは閑静な住宅街 場所は一軒の家の中
時刻は草木も眠る丑三つ時 一瞬にして たった一発の鉛玉によって
今日も一人の人間が消え去った
消音機の付いた銃を片手に 私は今日も依頼をこなした
経った今死んだばかりのこの男性は
どんな人物で どんな仕事をしていたか どんな人生を歩んできたか
私は知らないし解らない
依頼があったから殺した ただそれだけの理由 他に意味など無いし求めない
故に 人を一人殺めた直後の今も 何も感じるものは無かった
ぽっかりと口をだらしなく開け 眉間から血を流す男性に
念のためにと 無用だと解っていながらも 心臓に向かって二発の鉛玉を打ち込む
生温かい血が跳ね 辺りは血まみれになる
煙の上がる拳銃をしまい 私は早々にその現場から離れた
建物の中から外に出ると ポツポツと雨が降り出し始めていた
徐々に強くなる雨は 私から血と硝煙の臭いを洗い流す
傘を持っていない私は 冷たい雨の中を濡れながら歩く
徐々に浸透して来る雨水は 衣服を濡らし体温を奪っていく
ピチャピチャと響く足音は 水溜りが出来るほど歩いた証拠で それほど雨脚が強くなったということ
閑散とした住宅街を抜け ビル郡が立ち並ぶ道路まで来た
ここからあと少し行った所を曲がると 暗い路地裏に繋がっていて
そこの隅に車を止めてある いざその路地裏に入り込もうとした時
不自然な色の水溜りを見た
僅かながらにする臭い 常に私と共にあるこの臭い これはそう
血の臭いだった
その水溜りのさらに向こう 一人の男が仰向けに倒れている
どうやらこの血を流した主はこの男のようだ 夥しいまでに流れる血液は
彼の体の何処から流れるものか解らない
そう 彼は何処をどう傷つけられたのか解らないほど ボロボロのズタズタだった
近くまで近づき顔を覗き込む 年はまだ若く 私よりも少し年上だろう
でも 顔面は蒼白で血の気がない 死んでいるのかもしれない
この光景は見なかったことにして 早々に立ち去るのが無難
でも 何故かわたしは余計なことをしていた
彼の腕を掴み脈を取る 今日私が殺した男性とは違い 彼はまだ生きていた
死にかけではあったが 確かに生きていた ・・・・・・・・・
彼の腕を引っ張り肩に担ぐ ・・・・・・・・・
私は何をやっているのだろう?
彼を引きずりながら車まで向かう 私は何を考えている?
車のドアを開き彼を後部座席に寝かせる 私は何を感じているのだろう?
解らなかった 体が勝手に動いていた
解らなかった ハンドルを握りアジトに戻る
解らなかった 私は今どんな顔をしている?
ミラーに映る私の顔
・・・・・・・・・何故 泣きそうなの?
男を拾ったのはほんの気紛れからだった そういうことにした そう納得した
これ以上考えると 何かが変わってしまうと 私の内の何かがざわめく
部屋の中で横たわる男は なされるがままで 自分で動く体力も残っていないようだった
でも 私は何もしない 何かをする理由がない
手当ても着替えもさせず ただ部屋に連れてきただけ
別段死んだところで困らない
死体を見るのも 死体を処理するのも慣れている
ただ少しだけ手間が増えるだけだ
まだ生きている彼は 小さく振るえ凍えながらも 必死に生きようとしていた
雨に濡れた服が肌に張り付く 水分を吸ったそれは重い
私は彼にはかまわずその場で衣服を脱ぎ 風呂場に向かい シャーワーを浴びる
冷え切った体に打ち付けられる温水 頭から伝って体を濡らす
しばらくジッとして 体が温まるのを待つ その間に考えるのは彼の処分
とりあえず部屋が水浸しになるのは避けたかったので 彼の体だけは拭くことにしよう
そんなことを考えながら 程よい時間が過ぎると
始めは熱すぎたシャワーも 適温に感じられる程度に温まった
私はシャワーを止め 髪の毛の先から滴り落ちる水滴を振り落とす
ある程度の水気が取れると 風呂場から出て
無造作に落ちていたタオルを二枚拾い 彼の元に向かう
一枚は私のでもう一枚は彼の 私は頭を拭きながらタオルを渡そうとした
でも 彼は何もしない ただ丸くなって震えているだけ 呼吸も弱々しくなってきている
面倒だったが体だけは拭く事にした 左手で自分の体を拭きながら 右手で彼の体を拭く
淡々とした作業のあいだも 彼は一度も目を開かずに なすがままになっていた
私も彼もあらかた拭き終わった頃には 少し小腹が空き始めていた
部屋の隅に投げて在る 服を拾い身に着け 台所に向かい湯を沸かす
いつもと同じ作業 ただ違うのは量の配分だけ 沸いたお湯の中に麺を入れる
ついでに加薬も入れて味をつける それを容器に入れて 彼のそばに置き
私は傍で麺をすする
うん 麺は堅くて味付けは濃い でも気にせずに食べる
私がようやく食べ終わった頃 彼の手が麺の入った容器に触れた
そのあとは速かった 伸びきっていた麺を 噛みすらしないで 彼は一気に飲み干した
ぽかんとその光景を見ていたが 彼は起き上がると
勝手に台所に侵入 冷蔵庫を開けると 勝手に私の食料を食べ始めた その勢いはまるで獣
数分であらかたの食料を食べつくされた 彼は私を見ると驚いたように聞いてきた
なんで自分はこんな所にいるのかと
ただ私が拾っただけ と答えると
彼は笑ってこう言った
ありがとう
と何故かその言葉が私の中で響いた 不思議な男だった
何故こんなにも無防備なのだろう?
何故こんなにも速く寝れるのだろう?
彼は寝てしまっていた それも幸せそうに
何故か目元が濡れていたが 欠伸でも噛み殺したのだろう
先程までの瀕死の様子は何だったのだろうか
私には解らなかった
仕方がないので食料を買いに行く いつもの十倍は買う事にする
彼が起きたのは三日後の夕方 私が夕食の麺を食べていた時 彼はまた私の十倍は食べた
彼は自分は殺し屋だと言った 私もそうだと答えたら 何故か笑われた
そして頭も撫でられた その無防備な様子で 私なら彼を十回は殺せそうだった
見た目はただの優男 中身はただの変人 それが彼に対する印象
彼は何故か信じてくれなかったので 地下の訓練室に連れて行った
訓練用の銃を持ち 的に向かって撃つ そこで的の中心を何度も撃った
彼は笑いながら銃を受け取り ゆっくりと 構え 撃った
そう もしもこの時に 彼が変な動作をしたら躊躇無く 殺すつもりだった
彼が本当に殺し屋だったら 私を狙ってきた人間だとしたら 手元に隠した刃
突き刺さるはずだった しかし ・・・・・・・・・
端の方に穴が開いた 的を掠めた銃弾 ・・・・・・・・・
結局 彼の銃口は一度も私に向けられなった
同時に 的に当たったのは初めの一発のみ
ハハハと笑い ばつの悪そうな顔をして 彼はあやまった
まいりました と頭を深く下げて
あまりに悔しかったのか 目の端に涙が溜まっていた 腕が小刻みに震えていた
変な人だった
無駄なことをした 私は彼が銃を仕舞うより速く その場を離れた
何故かそこにいたくなかった 何故なのか体が拒否した
その日から数日がたったが 彼の印象は変わらずに 私のアジトに住み着いていた
どうでもいいことだった 特に何も言わない
彼は麺ばかり食べていた私に言った 体に悪いから他のも食べなよ と料理を勝手に作った
この丸い黒い物体は何かと尋ねる 肉だと答えられた
この黒く染まった液状の物は何かと尋ねる スープだと答えられた
この皮だけ剥いてゴロゴロと並べてある野菜は何だと尋ねる サラダだと答えられた
とりあえず食べて見たが不味かった でも全部食べた 栄養が摂取できればそれでいい
でも 彼は全部残していた そしてまたあやまられた とりあえず無言で見つめていると
彼は居心地の悪そうに 部屋の隅で丸くなっていた
指先で変な文字を書き ブツブツと何か呟いている
彼は変人ではなく 頭が危ない類の人間なのだろうか
少しだけ考えてみるが やはり変人ということにしておいた
後になって気がついた 私は何故毒を疑わなかったのだろうか
本来なら どんな聖職者であろうとも 他人から与えられたものなどその場で捨てる
その私が何故 彼が作ったものを食べたのだろうか?
・・・とりあえず
彼がここに住み着いてから 初めての依頼が来た
そこそこ危険な内容で 仕事の準備を黙々とする
すると何故か彼も出かける準備をしていた その横顔は珍しくまじめ
何をしているのか聞いてみた すると彼はキョトンとして
これから仕事でしょ それとも違った?
と逆に聞かれた どうやら付いて来るようだった ・・・・・・・・・
足手まといにしかならなそうだ
今日の仕事の場所 高層ビルの三十階にいる要人の始末
まず屋上まで侵入 そこからロープを伸ばし 一気に飛び降りる
振り子の要領で大きく振られ 空中に一度停滞し 後はビルに向かって振られる
迫り来るビルと言う名の壁 標的が窓から透けて見えた
銃を窓ガラスに向かって撃つ 一発 二発 三発目でヒビが入り
そこに勢いを殺さずガラスを蹴破る 後ろから彼も付いてきた
気にせずに素早く銃を構え 要人の額に風穴を開けた
その間十秒 外にあるロープを再び手に取り 地上まで一気に降りる
下に用意していた車に素早く乗り その場から離れる その間三十秒
彼は付いてきていない どうやらまだビルの中にいるようだが 私には関係無い
尾行されていないか確かめ 遠回りしてアジトに帰る
扉を開けると何故か彼がいた 部屋の真っ只中で仰向けに倒れている
どうやって私よりも先に戻って来た?
どうやってあのビルの中から逃げた?
どうやって彼は生き延びた?
疑問は次から次えと浮かんでは消える 私は足早に彼に近づく
近くで見ると彼は出会った時と同じように ボロボロになりながら 部屋の中心で寝ていた
呼吸は安定しているので 疲れて眠ってしまったのだろうか
それに 傷を負っているということは ボディガードと戦闘になったということだろう
なのに何故彼は生きていられる?
仮にも相手は一流のボディガードが大群でいたはず
それを彼は武器の一つも持たないで 微量の血を流す程度の軽症で
アジトに私よりも早く帰還した そんなことが可能なのだろうか
私には解らない
それがどれほど異常なことか どれほど困難なことか
不可解ながらも 現にこうして彼は生きてここにいる
彼はどんな夢を見ているのか 口元をニヤニヤさせながら寝ている
私は確かめる 彼が私の敵かどうか
隠しナイフを音もなく取り出し 彼の喉元にピタリと刃先を向ける
それを徐々に近づけ・・・
刃先が彼の喉に食い込む寸前で止めた
あとナイフを数ミリ動かせば 彼は死ぬ
それなのに彼は起きるどころか 暢気にいびきまで掻き出した
数秒間の膠着が続いたが 結果彼は起きなかった
出した時と同様に音もなくナイフをしまう どうやら私の考えは杞憂だったようだ
無駄なことを考え 無駄なことをした
どうせなら構えたナイフを戻すことなく そのまま突き刺せばよかったのかもしれない
その方が仕事の邪魔にならない 余計な事をされない
今のままでは 不利益なことの方が多いはず なのに 私は彼を殺さなかった
それらは一分足らずのことだったが 私は何故か冷たい汗を全身に掻いていた
気持ち悪い 頭がクラクラとした フラフラとした足取りで 風呂場に向かい
シャワーを浴びる事にする
衣服をその場で脱ぎ放り投げる ショーツが彼の顔にかかった それでも彼は起きない
特に気にせずにシャワーを浴びる 熱いお湯をかぶると 血の臭いが何故かした
何度も体を洗う 何度も何度も綺麗に 洗いすぎて肌が赤くなる
時たま起こるこの衝動はなんだろうか 全身に奔るこの悪寒は
今日殺した人間の死ぬときの姿が 脳裏に浮かぶ 銃弾が 額に当たった瞬間を思い出す
赤く砕けたものは頭蓋 赤く弾けたものは脳漿 赤く広がったものは血液
あの人はなんと言っていただろうか 昔私に託したあの言葉は
『神を殺せ』 夢や希望を殺せということ
『魔を殺せ』 躊躇や恐怖を殺せということ
『人を殺して 己を殺せ』 常に一人で感情を殺せということ
それを私は実行し 今までやって来た それは間違いない それなのに何を感じている
これはきっと気のせいなのだろうが 酷く不快で気持ち悪い 私が私でない感覚
これ以上は不味い と私はシャワーを冷水に切り替え頭を冷やす
何がなんだか解らなかった
ここ最近の私はおかしい それだけは実感が持てた
体が冷え切るまで冷水を浴びて 暖め直すこともなく風呂場から出る
タオルを手に取り 頭を拭きながら部屋に戻る
彼が起きてこちらを見ていた 手には私が脱いだ衣類があり どうやら畳んでいたようだが
何故かこちらに向けている顔が 一瞬にして真っ赤になった その上彼は固まっていた
ちょうど私の下着をその手に持っていた
彼の手の中に在ったそれを取り それを身につけ 彼がたたんでいた衣類を着込む
その間彼はぴくりとも動かず 私が着替え終わった時に ひっくり返ってまた寝てしまった
よほど疲れているのか 顔は真っ赤なままだった
短時間に何度もよく寝る意味が 私にはよく解らなかった
・・・ ・・・ ・・・ END or NEXT