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決 〜終焉・過去ノ惨劇〜

 





 深夜と早朝の狭間の曖昧な時間帯。


 僕と魔王は示し合わせたはずもないのに、今日この日が・・・・・・最後の日だろうということを感じ取っていた。

 薄暗闇の中を無言で歩く。人の気配は皆無。


 シンッ、とした世界に生まれてくる音たちは二人分の足音のみ。


 カツカツ、コツコツ。


 時間を刻んでいく時計のように、正確に生まれては消えていく音の欠片。


 歩き始めてからそれほどの時間がたってもいないはずなのに、いつの間にか空は曇天雲に囲まれ、星や月の光は厚い雲の層に阻まれている。

 等間隔に建てられた古い街灯は、ジジジッ、と明滅し、点いたり消えたりを繰り返す。


 空気が異質だ。


 まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのように、体が自然と委縮する。


 重い重圧。高質な空気。現実とは思えない雰囲気。


 一歩踏み込むたびに削られてゆくナニカ。


 それは命であり、覚悟であり、決意であり、気力をつかさどるモノ。


 いいさ、くれてやる。

 

 僕のものであれば何でもいい。持って行け。


 その代りに僕は一つだけ貰って、一人だけ守って、逝く。


 何を失っても奪い取らなければ、この世から消し去らなければならない者のイノチを。


 僕はこの手で・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・。


 やがて、大きなビルの前に立った。


 薄汚れた、一目見て廃ビルということがわかる様相。


 僕が初めて魔王に出会ったのも廃ビルの中なら、終わりも廃ビルの中ということらしい。


 黙ったままビルの中に入り、一階、二階、と階数を重ねていく。


 コツコツ、コツコツ。


 カツカツ、カツカツ。


 高質なコンクリートの中で反響しては消えていく音。


 あとほんの数階登ればおそらく目的の場所に着くのだろうが、今のこの道のりは無限のに続く回廊の中のようだ。


 歩くたびに飛び散る埃。


 それを潜り抜けてただ歩く。


 


 


 おそらくビルの中ほどの位置であろう場所。


 各フロアの中でも一際大きなホールの真っただ中で対峙する。


 どうやらここで始りの終わりを開始するのだろう。


 「久しぶりだな、と言うほどの時は流れていないかな・・・」


 ここで始めて声を出した魔王。表情は無機質で、どのような感情を内に秘めているかは読み取れない。


 「できれば、もう二度とあんたの顔は見たくなかったよ」 


 苦々しくと零した言の葉。以前あった時とは雰囲気は違う。


 空気が重い。質量を感じる程に重いその場の気配は、彼が放つ殺気のせいだろうか。


 「早速で悪いが、君達の答えを聞かせてもらおう。答え次第では、この場で消えてもらうことになるかもしれないがね」

 「僕の答えは決まっている。けれど、その前にこっちの質問に答えてもらう」


 本来ならば会話などをするまでもなく死合いを始めたいところだが、その前に聞かなければいけないことがある。

 おそらく、魔王にしか知りえない事。


 僕と彼女に関係していること。


 それは、もしかすれば彼女を救う光になりえるかもしれないこと。


 「ほう、質問とは何だね。この際だ、わたしから聞けることは何でも聞くといい」


 一拍の間を取って、切り出す。


 「僕と彼女の家族。義兄と義姉は生きているのか」


 堰を切ったかのように僕の口から溢れ出す。


 「お前は僕をあの日拾い僕を殺し屋に育て上げた。それと同時に彼女のことも拾い、同じように殺し屋に育て上げた。それなら、他にいた義兄と義姉も死んでいるとは考え難い。だから聞く、二人は生きているのか?」

 いつの頃からか疑問に思っていたこと。


 僕が生きていて、死んだと思っていた彼女も生きているのなら、義兄は?義姉は?


 あの日あの時あの場所で、傍観者として静観していた悪魔。


 何故あの場所にいたかはわからないが、確実に答えを知っている男。


 もしも、今も生きているのなら、彼女を支えてほしい。


 きっと僕は、彼女よりも早く死ぬから。


 この、魔王の前に立った時に死ぬ覚悟はできているから。


 けれども、死ぬ前に知りたい。


 そして、できることならそれを彼女に伝えたい。


 記憶を失っている彼女。理解できなくてもいい、思い出さなくたっていい。


 僕らは家族。


 見えないところで繋がっているのだから会えばわかる。


 会えば感じる。


 僕なんかよりずっと強かったあの二人は、きっと覚えている。


 僕の代わりに彼女を支えることができうる二人。


 その二人の存在を確認し、命尽きる前に彼女に伝え、後の憂いを断つ。


 それが自分にできる最後の事柄であろうから。


 「・・・・・・・・・ふふっ、ははは。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 何が可笑しいのか、狂ったかのように顔を歪めて嗤う。


 わらう、ワラウ、笑う、嗤う、哂う。


 ビル全体が震える。壁が床が天井が窓が硝子が装飾品が大気が空気が、ものというものが震えた。


 「くっくくくくく」


 肩を震わせ嗤う。


 「そうか、そこまで完全に思い出していたか。いいだろう、ならば教えようあの二人の末路を」


 その時、僕は悟った。ああ、あの二人はもう・・・


 「死んだよ」


 言葉には悪意が宿る、狂気が宿る。


「全て語ろうではないか。愉快で滑稽で真実の話を!

 あの二人は生きていたよ、三年ほど前まではね。君やDOLLのようにわたしに仕えてくれた。君たちほどにではなくとも、二人は優秀だったよ。ある一点を除いてね。」


 それは僕が知らなかったこと。


「殺さないのだよ。どんなに自身を傷つけられても、死にかけても、相手を決して殺そうとはしない。

 心技体のうち、技体は完璧だった。あれ以上は望むべくもない仕上がりだったというのに欠陥品だったのだよ。

 表の世界ならばともかく、裏の世界ではそれは致命的だ。

 人を殺せないのでは殺し屋にはなりえない。殺人鬼などにもなれない。闇の底に堕ちることさえ叶わない。

 だからわたしは考えた。どうやれば上手く扱えるかと。使い方のわからない道具であれば、使い方を探せばいい。試行錯誤を重ねるうちにわたしは見つけたのだよ、二人の運用法を」


 それはあまりにも残酷で、


 

「それは、殺し合いをさせることだ。

 いや、今のは正しい表現ではないな。殺しにかかってくる人間を排除させる人形とでも言おうか。

 より簡単にいえば、殺し屋専用の玩具だとでも例えればいい。

 彼らはわたしが望む以上に役に立ってくれたさ。

 何人もの優秀な人材育て上げ、組織に貢献してくれたのだからな。

 しかし、いくら頑丈な玩具とはいえいずれ耐久限度が訪れてしまう。

 わたしとて残念なことだったのだよ、あの二人の死は」



 無慈悲なまでに、



「何年も組織の柱を支えてくれた二柱の人柱。

 それを壊してしまったのだからね、君の知る人物が・・・・・・」



 容赦がなく、



「あの日は今でも覚えている。今日のように寒くて暗い夜、冬の始まりの出来事だ。

 度重なる使用を重ねて壊れる寸前の

 二人の使用限界を悟ったわたしは、最後の殺し合いをさせた。本当に最後の殺し合いをね。

 

 君の義妹の彼女と二人は殺しあったのさ。


 君の義妹はあれでも元はただの一流だった。


 それを昇華させたのが彼ら二人。


 撃鉄が閃光が硝煙が銃弾が薬莢が刃物が血液が爆音が快音が戦慄が昂揚が享楽が悦楽が快楽が


 今でも私の脳裏から焼き付いて離れない。


 あのときの殺し合い、光景、結末には私でさえ興奮した。


 今思い出してもあれほどの見世物はなかなかない。


 血沸き肉躍るとはあのときの感覚のことを指すのだろう。


 ナイフを持っていた女は銃で殺され、銃を持った男はナイフで殺され、残ったのは左手にナイフを、右手に銃を握ったDOLL一体。


 恐怖も独善も躊躇も疑問も容赦も動機も妄執も困惑も哀愁も遠慮も葛藤も懸念も拒絶も韜晦も

 

 持たずに命を奪ったその日からあれは強く、気高く、無機質で完全な殺人人形と成ったのだよ。


 可笑しいか?可笑しいだろうとも。


 自分の家族を、血族よりも強く繋がっていた筈の絆を自ら破壊したのだからな。


 それも一度も攻撃してこない義兄と義姉を、その刃でその銃で殺した。


 始めはわたしも焦ったよ、まさかあの二体が逃げて避けて・・・・・・涙を流していたのだからな。


 それでも手の中には凶器を持ち、言葉を発することはなかったのだがね」



 何処を探しても、



「自らの肉が裂かれ、血を流し、凶弾をその身に受け、骨が砕け立ち上がれなくなっても逃げ続ける。


 本来ならば興冷めもいいところだが、なにぶん事情が、これを取り巻く内情が面白い。


 無抵抗の人間を何のためらいもなく傷つけ、追い詰め、トドメをさしたことにこそ意味がある。


 物事には結果ももちろん大事ではあるが、時には過程がより重視されることもある。


 その点ではDOLLの行動は申し分がなかった。


 血で汚れた両手を更に穢して糧と変えたのだからな。


 ふむ、そういう意味では今もあの二体はDOLLの一部となって生きているとも言えなくもないだろう」



 希望などなかった。


 


 

 ・・・・・・こいつは何を言っているのだろうか。


 義兄と義姉は死んだ。それはわかった。覚悟もしていたし予想もしていた。


 でも・・・・・・・・・誰に殺された?


 任務に失敗して落命したわけでもなく、訓練での事故で死んだわけでもなく、病気や怪我で亡くなったわけでもなく、自ら命を絶ったわけでもなく、彼女のその手で、殺された。


 脳が沸騰しそうなまでに怒りで熱く滾ると同時に、理性は絶対零度がごとく冷えて行き、相克する二つの感情が身を駆け巡る。


 それは彼女が自らの意思で行ったのか?  


 いや、違う。


 それは彼女が自ら望んで行ったのか?


 違う。 


 今僕の目の前に立つ人外の魔物。


 魔の王が手を引き、貶めたのだ。


 すべての原因はここにあった。


 僕たちをもてあそび、残酷な世界へと招き入れた者。


 それを打倒し、乗り越えるために武器を持とう。


 鋭く突き刺さり、命を奪うこの針で、奴の命を奪い去ろう。


 願わくば、これで悪夢が終焉となることを望んで、僕は今立ち向かう。


 『神を殺せ 魔を殺せ 人を殺して 己を殺せ』


 すでに神は殺した、すでに人は殺した、すでに己も殺した。


 残るは魔王。目の前に立つ男のみ・・・・・・・・・。














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