DOLL
私はただの殺し屋 感情を持たないし理解もできない ただ淡々と仕事をこなす人形
故に 愉悦も 意思も 後悔も 憤慨も 諦観も 安寧も 葛藤も
安堵も 喜怒も 哀楽も 躊躇も 妥協も 悦楽も 生命も 自由も
価値も 困惑も 打算も 思考も 感情も 感性も 嫌悪も 考察も
知らないし 解らない 私には解らないことばかりだった
何故人は憎しみ合い 殺しあうのか 何故人は群がり合い 貶しめあうのか
そこには何の必然性も ない あるのはただの 醜い競い合い
その一端を担っている私だが 何故こんな事をやっているか 解らない
唯一解っているのは 誰かにこう言われたことだけ
『神を殺せ 魔を殺せ 人を殺して 己を殺せ』
気付いた時には 左手にナイフを持ち 右手に銃を持っていた
それをどのように操り どのように使えばいいか 私は初めから知っていた
いや 体が覚えていた
何処からともなく入ってきた依頼 それをこなし
入ってきたお金で生活を営む いや 惰性で生き続けている
衣食住など関係が無く 利便性を求めた
どんな劣悪な環境だろうと 仕事の上で有利ならば移り住んだ
時には橋の下に住み 時には森の中に移ろい住み 時には倒壊寸前の家に住んだ
それなのに根無草の私の元には 何通もの手紙が届いた 依頼の手紙が届いた
私はそれをこなした ただ淡々と
一読するたびに燃やす手紙 そのときの炎は決まって 不自然に蠢く
頬を撫でる熱風は ねっとりと絡みつき 私から離れない
この時 この瞬間 この刹那 私は言いようの無い雰囲気に呑まれる
でも
何も考えずに 何も感じずに 何も思わずに
幾人もの数十人もの人間を
殺した
老若男女問わず 子供赤ん坊問わず
依頼通りに殺した
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そんなことを数年も繰り返した 繰り返し続けた
そんな繰り返しの毎日に 変化が訪れた
それは肌寒い雨の降る日 私は男を拾う それはボロボロで薄汚れて
死に掛けていた
他人の生き死になど 自身の生き死にほどに 無関心だったが
何の気まぐれだったのか 私はそれをアジトに持ち帰り
部屋の隅に放り投げ 最低限の処置だけをして 放置した
別段生き延びてもよかったし 死んでしまってもよかった つまり どうでもいい
でも彼は私の予想に反して 回復を遂げ その上私のアジトに住み着いた
飄々とした掴み所の無い彼は 自分も殺し屋だと言った
でも 私は嘘だと思った
何も無いところで転んだり 壁に頭をぶつけたり 要領が悪くて 鈍くさく
その上純情で 泣き虫で 優男のくせして 大飯食らいの変な人
そんな彼に 変人という言葉は合っても 殺し屋という言葉は合わなかったから
だからこそ私の仕事に 自分から進んで着いて来た時 少しだけ意外だった
意外だったが 放っておいた
仕事に巻き込まれて死ぬか 自ら凶弾を放ち 私の手伝いをするか それは彼次第
どうなったところで私には関係の無いことだった
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結果的に彼は生き延びた 銃を一発も撃たずに ナイフの一振りもせずに
無事生還を果たした そういったことが何度も続き その度に彼は傷を負う
そのくせ反撃は一切ない いつも私の傍に居て 時たま注意をするだけ
何故私に着いて来るのか 一度だけ聞いてみたことがあった
その時彼は 顔を赤くして頬を掻くだけで 答えてくれなかった
ただ無言で私の頭を撫でるだけだった
そんな彼の態度が 私には理解できないし 解らなかった
それに 何故私は彼を殺さないのだろうか?
隙だらけの彼はまるで一般人 まるで素人以下の覇気しかない
今この瞬間 私が彼を解体しようと思えば 恐らく十回以上は殺し尽くせる
なのに何故 私は彼に身を任しているのだろうか?
頭をなでられることに 何故体が反応しないのだろうか?
感覚が鈍った? いや 今日も体調は万全だ
訓練不足? いや 訓練は欠かさずに行っている
何が原因で 私は彼を置いているのか 私には解らなかった
でも
彼が本気を出した頃からだろうか
私を看病した頃からだろうか
彼が犬を連れてきた頃からだろうか
彼と出会ってから私は変わった
彼が笑うと私は嬉しく 彼が怒ると私は悲しくなった
どうしてだろうか 彼はただの殺し屋 私と同じ無感情な人殺しのはず
なのに何故 こんなにも温かいのだろう 解らなかった 不思議だった
彼と仕事をし始めてからの数ヶ月 淡々と仕事をこなしつつも
幸せというモノを感じ初めていた そのぬるま湯の中でただよう浮遊感は気持ち良く
何も変わらずに何も起こさずに何も殺さずに このまま身をゆだねてしまいたかった