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第八話 タイムトラベルごっこは続く

 俺が松宮さんを誘った理由をちゃんと本人に話しておいた方が良さそうだ。その上で続けるか続けないかは彼女に決めてもらおう。

「どうして幼稚園に誘ったかというとね、一緒に探し物を見つけてもらいたいだけではなく、松宮さんの忘れ物も見つけたいからなんだ」

 最近小説を読むようになってから回りくどい表現を好んで使うようになった気がするが、そういう年頃なので仕方がない。

「私、忘れ物したことないから」

「いや、そうじゃなくて」

「無能くんと一緒にしないで」

「あっ、ごめん」

 どうやら回りくどい言い方が仇になったようだ。

「忘れ物といっても本当の忘れ物じゃなくてね、失った能力のことを忘れ物に例えてみたんだよ」

「それなら最初からそう言ってよ。例えることで意味が分かりにくくなってるじゃない」

「うん、失敗した」

「言語能力も無能だね」

「話ができる時点で無能ではない!」

 でも、そう言われても仕方がないか。

 松宮さんが尋ねる。

「私の失った能力が忘れ物なのはいいとして、それと幼稚園とどういう関係があるの? ここに来たって能力を取り戻せるはずがないじゃない」

「それはつまり失ったということは、どこかに置き忘れている可能性があるんだ。だから過去を振り返ればどこかで見つかると思ったんだよ」

「無能くんは知らないから仕方ないけど、特殊能力は物体じゃないんだよ? 目に見えない能力をわざわざ探してどうするの?」

 そんなことは俺だって百も承知だ。

「でも何かをしなければ始まらないんだ。忘れている景色の中に喪失の原因が埋もれているかもしれないじゃないか。俺は見つかるまで探すよ」

 松宮さんが小首を傾げる。

「でも、それだと私の忘れ物は見つかるかもしれないけど、無能くんの探し物は見つからないと思うけど。一緒にいる意味あるの?」

 いつの間にか『無能くん』と呼ばれているが、それは気にしないでおこう。『おまえ』や『てめぇ』と呼ばれるよりはマシなはずだ。

「一緒にいる意味って、それはまず一緒にいてみないことには分からないじゃないか。これから一緒に行動してみて初めて答えが得られるんだ」

 目的を持つとスラスラ話せることに気がついた。

 話を聞いてくれているので、続けることにした。

「それに、この世界には俺と松宮さんしか無能者はいないんだ。だから松宮さんの存在は俺の希望でもあるんだよ」

「私は無能者じゃなくて失能者だから」

 せっかくカッコイイ言葉で締めたのに、細かい指摘がそれを台無しにする。無能者でも失能者でもどっちでもいいじゃないか。

「とにかく俺は忘れ物が見つかるまで一緒にいるって決めたから。その過程に俺の眠っている能力を目覚めさせるヒントがあるはずなんだ」

 松宮さんが時計を確認している。

 帰りたいのだろうか?

 やっぱりどこか冷めているのだ。

 でもそんなことを気にしてはいけない。

「松宮さんだって能力を取り戻したいと思っているんだろう? 目の前で怪我をした子どもを見て誰よりもつらそうな顔をしていたじゃないか。俺、自分の身になって考えてみたんだよ。普通の人なら何もしなくてもいいけど、治癒力があると何もしないだけで罪悪感を抱くだろう? といっても、これは『無能者』にも似たようなことが書いてあったから受け売りなんだけど、それでもつらさは理解できたんだ」

「そろそろ帰らないと」

「え? まだ一時間も経ってないよ」

「帰るから馬になって」

 なにか機嫌を損ねるようなことを言っただろうか? むしろいいことを言ったつもりである。それでも塀の方に向かっているので馬になるしかない。

「んっ」

 背中を踏まれて思わず声が出た。

「あの、松宮さん」

 俺が塀を乗り越えた時には立ち去っていた。

「来週、また同じ時間と同じ場所で待ってるから」

 立ち去る背中に投げ掛けてみたが、ちゃんと聞こえただろうか? 約束が成立したかどうかは来週になってみないと分からないだろう。


 次の診察日、ゆり子先生に日曜日の出来事を相談することにした。相談といっても起こったことをそのまま話すだけである。

 今日の先生は珍しく紅茶に苺ジャムを溶かして飲んでいる。ソファに並んで腰掛けて、俺も真似してジャムを溶かして飲むことにした。

「……失敗できる特殊能力か」

 松宮さんが言った言葉を拾って呟いた。

「確かにそうよね。治癒力という高等スキルには力が及ばないことはあっても医療ミスはないものね。そういう意味でも特別なのかもしれない。彼女の場合はそれに加えて学業も優秀だから、人から笑われたり心配されたりっていう経験をしてこなかったのかも」

 俺とは真逆の人生だ。

「さらに周囲の期待も高いでしょう? そうなると期待に応えたい気持ちが、失敗は許されないというプレッシャーにすり替わるのよね。でも周囲の期待に応えたいと思うような頑張り屋さんは優等生タイプの子だから、重圧の中でも結果を残せてしまうの」

 ノープレッシャーで生きている俺とは大違いだ。

「怖いのはそのまま大人になってしまうことなのよね。全体ではないけど、一部の人の中には突然パンクしたように潰れてしまう人が出てきちゃうのよ。本当に突然なのよ? でも唐突に感じるのも当然なの。だって周囲の目には期待に応え続けている強い人って思われているんですもの」

 周囲に俺を有能だと思う人は一人もいない。

「潰れてしまう人もね、パンクするギリギリまで弱音を吐かないし、最期の瞬間までキレイに終わらせようとするのよ。だって真面目な人って二十歳でしっかり大人になるって決めてしまう人なんだもん。だから自立してしまうと救いにくくなってしまうのよね」

 ゆり子先生は誰のことを話しているのだろう?

「でも有子ちゃんはまだ十五歳だからパンクする前に心の中の気を逃がしてやることはできる。笑吉くんがその役割を果たしているんじゃないのかな? ただ問題は、それと能力の喪失とは別問題だっていうことなのよね。検査では異常がないけど、本当に喪失していたら初の症例なんですもの」

 精神的な問題ではない可能性もあるわけだ。

「先生、その、俺が役割を果たしているって言うけど、この前は会ってすぐに帰られちゃいましたよ。次の約束も来るかどうか分からないし」

 ゆり子先生が思い出す。

「あっ、そうだ。あの日は有子ちゃんもお家の人には内緒で会いに行ったんだって。コンビニに行くって言って出掛けたみたい」

 理由があるなら言ってくれればいいのに。

「松宮さん今日来てたんですか?」

「昨日会って話したの」

「昨日?」

「そう、診察日を変えたのよ」

「じゃあ土曜日は来ないんだ」

「うん。金曜日と日曜日」

「週に二回も?」

 そこで先生がいたずらっ子のように微笑む。

「日曜日の診察時間は笑吉くんにあげる」

「どういうことですか?」

「会う約束してるんでしょう?」

「はい」

「だから私の診察を受けている時間に二人で会えばいいじゃない。お家の人には受診していることにしておいてあげるから」

 それが先生の言った役割だろうか?

「あんまり嬉しそうじゃないけど?」

「いや、なんかいけないことをしているような」

「笑吉くんが今日みたいに報告してくれるなら何も問題ないって」

「ああ、そういうことですか」

 と言ったもののいまいち釈然としない。自分の人生が観察対象であることは自覚しているので慣れているが、そこに松宮さんを巻き込んでいいのか?

 でも俺の思考や行動はすべて実験や試験のようなものなので、出会ってしまった以上は思いのままに行動し、その都度結果報告した方がいいだろう。

「松宮さん、他にも何か言ってました?」

「気になるんだ?」

「そりゃ、あんな別れ方をしたら気になりますよ」

「女同士の会話は教えられないな」

「なんですか、それ?」

 ゆり子先生がムフフと笑った。

 いや、恋の相談じゃないんだから。

「明日になれば分かるんじゃない? 会えたらの話だけどね」

 先生が遊び始めてしまった。口にはしないが、こういうところに青春時代をまともに送らなかった人の幼さを感じてしまう。詳しくは知らないけど。


 翌日、約束した時間の五分前に緑生公園に行くと、すでに松宮さんはベンチで日向ぼっこをしていた。機嫌が良いのか悪いのか分からない表情だ。

「今日は早いね」

「センターに行くつもりで家を出たから」

 今日も先週と同じTシャツを着ている。正面に大きく犬か猫か分からない顔のイラストがプリントされたやつ。髪型をポニーテールにしているのは汗ばむ季節になってきたからだろうか。他には装飾品を身に着けない、いつもの松宮さんだ。

「今日は教育ノ森小学校に行こうと思うんだ」

「ただの小学校だよ」

「違う。松宮さんが通っていた小学校だよ」

「そうだけど」


 歩いて十五分かけて来てみたけど本当にただの小学校だった。三階建ての校舎に教室が各学年四つか五つくらいある普通の学校だ。

 日曜日なので誰もいない。グラウンドの方に回ってみたけど、そこにも遊んでいる子どもの姿は一人もなかった。

「ごめん、やっぱりただの小学校だ」

「ほら、言ったでしょう」

「うん」

 それ以上、会話が続かなかった。

 とりあえず陽射しが強いので日陰に移動した。

 松宮さんも黙ってついて来る。

 非常階段が涼しそうだったので腰を下ろした。

「先週のことだけど、松宮さん急に帰っちゃっただろう? 後でゆり子先生から事情を聞いたけどさ、どうしてあの時その場で言ってくれなかったの?」

 今日は横に並んでいるので表情が分かりにくい

「それは言いたくなかったから」

「でも、ゆり子先生には話しただろう?」

「何を聞いたの?」

「親に黙って家を出たって」

「他には?」

「それだけ。後は内緒なんだってさ」

 こういう何気ない日常の会話で他人の口の軽さや重さがはかられるわけだ。果たしてゆり子先生の信頼は守られたであろうか?

「親に黙って家を出るって、そんなの隠すことじゃないだろう? むしろ言ってくれれば俺だって協力したのにさ」

「協力とか、そんなんじゃないよ」

「でも、家が厳しいんじゃないの?」

「だから、そういうことじゃないんだって」

 松宮さんがすごいまばたきをしている。まつ毛が長いので上下運動を繰り返すたびにバサバサと音を立てているかのように感じる。

「分からないな。ゆり子先生に話せて、なんで俺には教えてくれなかったんだよ?」

「だからさっき答えたでしょう」

「いや、その言いたくない理由を知りたいんだよ」

 ん? なんか深呼吸を始めたぞ?

「……だから」

 声が小さくなる。

「だからなに?」

「恥ずかしいからだよ」

 そう言うと、顔を赤らめてしまった。

 恥ずかしい?

 俺には意味を理解することができなかった。

 何が恥ずかしいというのだろう?

「悪いけど、俺、国語で四十五点以上とったことないんだ。そんな俺でも分かるように教えてくれないかな?」

 そう言っても、隣の松宮さんは伏せて顔を隠したまま固まってしまった。どこに恥ずかしがる要素があるのだろう? 恥ずかしいという感情があるなら、その犬か猫のTシャツを着て出歩くのをやめるべきである。そちらの方がよっぽど恥ずかしい。

 しばらくしてから彼女が打ち明けてくれた。

「私、今でも小学生の夏休みのように一日の予定表を書いて、それをお母さんに提出しているから、そんなことしてるって知られたくなかったんだよ」

 ずっと顔を伏せている。

「いや、それはまったく恥ずかしがることじゃないよ。絵日記を描いてたってラジオ体操をしていたって構わないんだ。小学生の頃にやらされたことを、そのまま続けることの何がいけないんだ。予定通り行動したいならそうすればいいんだよ。むしろそういうことをちゃんとできる人を尊敬しているんだ。俺なんて宿題ですら一度もやったことがないからね。俺のような人はバカにされてもいいけど、ちゃんとしている人を笑ったらダメだ。だから松宮さんも恥ずかしがることないんだよ」

 すると松宮さんが顔を上げてこっちを見た。

「無能くん、宿題くらいはちゃんとしよう」

 あれ? 俺は君のことをフォローしたのに返しはダメ出しなのか? そういうところまでちゃんとしているわけか。

「それと断っておくけど、親に内緒で家を出たことを聞かされても、一日の予定表を書いていることまで飛躍させて考えることなんて俺にはムリだから」

「ああ、そっか」

 そう言って、また顔を伏せてしまった。


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