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第七話 タイムトラベルごっこ

 松宮さんと二人で研究センターに向かったが、その道中は無言だった。頭の中では色んなことを考えているのに言葉にすることができないのである。彼女が治癒力を失ったのか、それを俺には確かめることなどできない。それは松宮さん自身にしか分からないことなのだ。

 しかし特殊能力を使うことは呼吸をすることと同じようなことだとしたら、現在の彼女はその呼吸ができていない状態ともいえるわけだ。それは初めから持っていない俺よりも、途中で失ってしまった松宮さんの方がはるかに息苦しく感じられることなのではないだろうか。

「あら? 今日は二人で来たんだ?」

 ゆり子先生はいつもと変わらない様子だった。

「じゃあ、俺は外で待ってるんで」

 先生が何かを察したのかは分からないけれど、明るい感じで松宮さんを診察室へ連れて行った。なんとなく自分は席を外した方がいいと思ったから遠慮した。


 診察は一時間の予定なのでそれまで外をぶらつくことにした。でも歩き回っていると不審がられるので、結局玄関ロビーの椅子に落ち着くことにした。

 一体、俺は何がしたいんだろう? 松宮さんと知り合ってから彼女のことばかり考えている自分がいるのは知っている。

 これが恋愛における好きという感情だっただろうか? 思い返すと、どうも違うような気がする。あれはもっと狂おしい感情だったはずだ。

 では、松宮さんに関する興味はどこからきているのだろうか? それはやはり能力の有無に対する学究的好奇心のように思えるのだ。専門家ではないから難しい言葉は分からないけれど、無能に関しては誰よりも分かっているはずだ。だから関心を持ってしまうわけである。

 それは自分を知る手掛かりになるかもしれないと考えているからだ。松宮さんを知ることで俺の秘められた能力が開花するかもしれないではないかと考える。つまり彼女に希望を求めているということだ。だからゆり子先生は松宮さんの診察に俺を同席させたのかもしれない。

 松宮さんの力を取り戻すだけではなく、俺の眠っている能力も一緒に目覚めさせるつもりだったとしたら、すべてが納得できる。この、手の平の上で転がされている感じは嫌いじゃない。自分の外に俺を動かしている巨大な何かがあったとしても不思議じゃないからだ。

 無能だけど、ゆり子先生が仕事で俺のことを調べているのは承知している。どんなに親身に接してくれようとも、所詮は仕事の範疇なのだ。医者と患者の感動的な物語には憧れるけど、現実は現実として受け止めないと、ゆり子先生をドン引きさせることにもなり兼ねない。

 患者が患者の自覚をなくしたら終わりだ。俺が無能なのはやっぱり病気だし、松宮さんが治癒力をなくしたのも病気なのだ。だったらやっぱり治していく方向で物事を考えていった方が健全に思える。無能も個性だ、と開き直るのは、もがいてからでも遅くないはずだ。


「松宮さん!」

 彼女がロビーに姿を現したので、すかさず声を掛けた。今度は無視されないように初めから彼女の元へと駆けつけた。

「明日、時間ある? あるなら会ってほしいんだ」

「会ってどうするの?」

「一緒に探し物を見つけてほしいんだよ」

 キザなセリフだが、悪くない表現だ。

「探し物?」

「うん」

「だったら警察に行けば」

 もっともな返しだ。

「いや、そうではなくて、俺と君にしか見つけられないものなんだよ」

「その、君って呼ぶのやめて」

「あっ、ごめん」

 どうにも締まらない会話だ。

「明日予定あるの?」

 尋ねると黙ってしまった。嘘がつけないようだ。

「ないなら緑生公園で午後一時に待ってる。お金がないからお昼ご飯は食べてこないとダメだよ」

 返事を迷っている感じだ。

「じゃあ俺は先生のところに行ってくるから」

 返事を待たずに別れることにした。たとえ断られても『待っている』と言うつもりだった。それくらいしないと会ってくれないと考えたからだ。


「へぇ、デートに誘ったんだ」

 ゆり子先生が診察室のソファでまどろんでいる。

「そういうんじゃないですよ」

「でも二人きりで会うんでしょう?」

「そうだけど、デートではないです」

「そんなムキにならなくてもいいのに」

「違うから否定しているんですよ」

「どう見てもデートの約束だけどな」

「違います」

 松宮さんと会うことは家に帰っても母親や妹には話さないだろう。それをなぜか、ゆり子先生には話せてしまうのだ。

「でも笑吉くんももう十五歳なんだもんね。デートをするような年齢になったわけだ。なんかしみじみとしちゃうな」

 あくまでデートということにしたいらしい。

「あっ、そうか。初めて笑吉くんと会ったのは私が十五の時だから、あれから十年経ったんだ。それならデートをしてもおかしくないわね」

 ゆり子先生は今の俺の年齢で仕事をしていたわけか。そう考えると、いかに先生が人間離れしているかが分かる。先生の特殊能力は瞬間記憶で目に入った物を瞬時に覚えることができる能力だ。だから記憶力を必要とするテストなど簡単なのである。

 でも頭の中がパンクしないのだろうか? 特殊能力は必ずしも人生を幸福なものにしてくれるとは限らない、とは『無能者』の作者の言葉だ。ゆり子先生を見ていると確かにそう思えてしまう。見たくないものまで記憶したり、忘れたくても忘れられないのは苦しいだろう。

 湯川士郎先生の言葉はとてもあたたかい。無能者である俺の理解者というだけではなく、苦しむ異能者の心もいたわっているのだ。高能力者であろうと低能力者であろうと苦しまない人はいない、と言っている。その通りだと思う。見える悩みだけが抱えている苦悩ではないからだ。

「先生はデートしたりしないんですか?」

「笑吉くんまでそういうこと聞くの?」

「え? どうしてですか?」

「心配してくれるのはお父さんだけで充分」

 よくよく振り返ってみると、俺はゆり子先生のプライベートを一切知らなかった。知っているのは先生の口から語られることだけである。研究センター以外で会ったことがないので、日曜日に何をしているのかさっぱり分からなかった。砕けた関係でも先生はちゃんと線引きしているわけだ。これだと突然『結婚したんだ』と言われても、それほど驚かないかもしれない。それくらい私生活に接点がないのである。


 翌日、待ち合わせ時刻に遅れないように早めに家を出ることにした。日曜日に外出するのは珍しいので母さんが驚いていたが、説明はなしだ。

 緑生公園には爽やかな風が吹いていた。昨日に比べて親子連れが多い。ペットを遊ばせるスペースがあるから人気があるのだろう。

 ベンチが埋まっていたので時計の下で立って待つことにした。俺の他にも二人くらい立っている男がいる。彼らも待ち合わせなのかもしれない。

 午後一時。約束の時間だ。ギリギリまで姿を見せなかったからすっぽかされたかと思ったが、松宮さんはちゃんと現れてくれた。

「来ないかと思った」

「え? どうして?」

「なかなか来ないから」

「一時って言ったよね?」

「ああ、うん」

 松宮さんにとって一時に待ち合わせをするということは、一時ピッタリに来るということらしい。次回の待ち合わせはもっと曖昧にしておこう。

「とりあえず歩こうか」

「どこに行くの?」

「城東幼稚園」

 そこは松宮さんが通っていた幼稚園だ。昨日小島にメールで教えてもらったのだ。場所も地図が頭に入っているので迷うことはない。

 それにしても松宮さんは無言だった。こちらから話し掛けると答えてくれるが、彼女の方から話し始めることは一切なかった。

 着ている服も昨日と一緒の犬か猫か分からない例のTシャツだ。倉橋さんも言っていたが本当にオシャレには無頓着のようである。

 どうやら松宮さんの中でもデートという意識はないようだ。そこは誤解がないようで、ひとまずは安心できる点である。


「見えてきた。あれかな?」

 城東幼稚園も教育の森にあるので歩いて十分もかからなかった。どこにでもある平屋の幼稚舎で、特徴があるとしたら広いグラウンドがあることくらいだ。

「ここに松宮さんは通っていたんだよね?」

「うん」

 子どもには高い塀だが、今は二人とも塀の向こうを覗けるくらい背が伸びている。ちなみに松宮さんより俺の方が背は高い。

「中に入ってみようか?」

「扉は閉まっているけど」

「塀を乗り越えるんだよ」

「そういうことをしたらダメだよ」

「でも探し物はこの中にあるかもしれないんだ」

 松宮さんが乗り越えるには塀が高かったので、俺が馬になって背中を土台にして先に乗り越えてもらった。俺は土台がなくても大丈夫だ。

 園内の様子はというと、雲梯や滑り台があるのは俺が通っていた幼稚園と一緒である。でもそのあまりの小ささに自分が突然巨大化したかのような錯覚を覚えた。

 俺がシーソーの端に座っても反対側に腰掛けてくれなかったが、箱ブランコには一緒に乗り込んでくれた。観覧車と違って中が窮屈だけど、これはこれで懐かしい気持ちになれたので悪くなかった。

 松宮さんも遠い目をしている。でも向かい合っているのになかなか視線が交わらなかった

「しかし広いグラウンドだな。これだけ広いと運動会も盛り上がるだろうな」

「競技はグラウンドの半分も使わないよ」

「ああ、そっか参加するのは園児だもんね」

「半分以上が観覧席で埋め尽くされるの。両親の祖父母も招待されるから人でいっぱい」

「それは賑やかでいいな」

「運動会より社交がメインになるけどね」

 それはそれで気疲れしそうだ。

「松宮さん運動は得意だった?」

「普通かな」

「得意な種目とかなかったの?」

「運動会では転んだ子の傷を治してたかな」

「幼稚園で?」

「うん」

 やっぱり松宮さんは高能力者だったようだ。一般的に外傷を治せるほどの治癒力は小学校に上がってからじゃないとできないといわれている。妹の明子も自分の傷を治せるようになったのは小学校二年生になった時だったので、俺にはその難しさがよく分かるのだ。

 治癒力のような高等スキルの場合、能力を有していることは生まれた時点で分かるのだが、発揮できるまで時間がかかると前に聞いたことがある。そう考えると幼稚園の頃に他人の傷を治せる松宮さんは規格外の異能者だったと認めていいはずだ。

「自分の能力に戸惑うことはなかった? 俺は無能力者だから一切分からないけど、小さい頃って、みんな一度は怖がるっていうからさ」

「そういうのは経験したことない。でも周りの子が戸惑っていたのは本当かな。ちょうど初めて能力に目覚める時期だから」

 そこで彼女は深く考えはじめた。

 こういう時は話し掛けないようにしている。

 ゆり子先生もよく固まることがある。

 無言状態でも気にしなくていいのだ。

「……そういえば」

 しばらくして松宮さんが何かを思い出した。

「戸惑いとは違うけど、失敗できる特殊能力が羨ましいと思ったことはあるかな。治癒力なんかより、空を飛べた方が楽しそうなんだもん」

 これは本人にしか分からない気持ちだ。最高スキルの治癒力を持っていても他人が羨ましいと思うなんて、本人以外には理解できないことだ。他人を羨むということは、普通に、当たり前に、他の人と変わらずに、嫉妬してしまうということでもある。でもそれは人間らしい一面なので松宮さんの口から、その一面が垣間見られてホッとできる自分がいる。嫉妬の感情には熱があるからだ。

 それとは別に、治癒力よりも失敗できる特殊能力の方が良かったとも言っていた。これに関しては、ゆり子先生の言葉を借りないといけないようだ。先生の話によると、高能力者は幼児期から何度も失敗を繰り返す人が多い傾向にあると言っていた。逆説的に表現すると、失敗を気にしたり、めげたりしないとも言えるわけだ。

 つまり何度も失敗する人は何度もチャレンジする人なので、チャレンジできている時点で成功を諦めない人であることが分かるはずだ。簡単そうに見えて、大抵の人はそれができないのである。飛んで怪我したらどうしよう? 瞬間移動で知らない場所に行ったらどうしよう? 持ち上げた物で人に怪我をさせたらどうしよう? などと恐怖心や不安が異能力の数値を委縮させてしまうようである。

「それで、ここに決めたの?」

 考え事をしていたので、質問の意味が分からなかった。

「えっ? 何が?」

 改めて聞いてみる。

「だから、ここの幼稚園に決めたの?」

「決めるって何を?」

「探してたでしょう?」

「ああ、探し物ね」

「うん。だからこの幼稚園に決めたのかと思って」

「どういうこと?」

「無能だから幼稚園からやり直すんじゃないの?」

「そんなわけないだろう!」

 そう言うと、松宮さんが顔を引きつらせた。

 ここはちゃんと丁寧に説明する必要がある。

「俺が幼稚園に入りたいわけがないだろう?」

「見学して気に入った感じだったから、てっきり自分が入る幼稚園を探しているんだと思ったんだよ」

「俺が園児服を着て入学してきたらオカシイと思うよね? 他の園児もビビッて泣いちゃうよ」

「一生忘れ得ぬ光景でしょうね」

 これ以上説明しても無理かもしれない。


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