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第五話 有子の評判

 約束の時間になっても松宮さんは診察室に現れなかった。

 学校を休まない人ということなので、なおさら心配になる。

「遅いわね」

「遅いですね」

 一時間くらいずっとこんな調子だ。ゆり子先生がどんな顔をして待ち続けているのか、松宮さんに見せてやりたいと思った。

「やっぱり電話した方がいいんじゃないですか?」

「でも彼女の中ではここに来ていることになっているからお家に電話するわけにもいかないでしょう」

「そんなの松宮さんが勝手に作った設定じゃないですか。後で親にバレる方が問題じゃないですか?」

「そうね、そうだけど……」

 俺は電話した方がいいと思っている。

「まさか彼女がこんな強引な手でくるとは思わなかったな。それとも早々に見限られちゃったのかな」

 ゆり子先生を困らせている松宮さんに段々と腹が立ってきた。先生を困らせるような人は、俺にとっては悪者でしかない。

「やっぱり私って臨床には向いていないのよね。昔から指摘されてきたことだけど、改めて自分には足りない部分があるって認めざるを得ないわね」

 ほら、先生が落ち込んでしまったじゃないか。

「まだ分かりませんよ。始まったばかりじゃないですか。俺に能力がないのはゆり子先生の責任ではありません。俺が悪いんですからね」

「ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないの。好きな研究ばかりで、臨床は極力避けてきたから、これは私の問題なんだ」

 俺も先生に謝らせるつもりはなかった。

「まだ分かりません。ひょっとしたら近くまで来ているかもしれませんよ。入りにくくてそこら辺をウロウロしてる可能性があります」

 ということで、この日も松宮さんを捜しに行くこととなった。今日はたっぷり先生と話ができたので不満はない。それよりも困っている先生の力になりたかった。松宮さんの悩みが解消されれば、また先生とゆっくり過ごせる週末を取り戻すことができる。


 とりあえず研究センターの敷地内を一周してみたが、そこに松宮さんの姿はなかった。研究員は仕事中なので人もまばらで見落とすことはない。

 次に敷地の外を一回りしてみた。教育の森と呼ばれている地域なので学生が往来しているのだが、この日は少なかったので見過ごすことはない。

 続いて国道に歩を進めてみた。自宅からの通院ルートなので途中にあるどこかの店で時間を潰している可能性がある。しかし見つけられなかった。

 残るは先週別れた児童公園だけである。そこにいなかったら、後は住宅街を当てもなくさまようしかなさそうだ。


「あっ」

 思わず声が出た。

 松宮さんを園内で発見したからである。

 パラソル付きのベンチでのんびりと読書をしていた。

 松宮さんの前を子どもが走り回っている。

 しかし、本人はまったく気にならない様子で本を読み続けている。

 俺が目の前に立っても顔を上げなかった。

「松宮さん」

 おもむろに顔を上げる。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。先生と会う約束だろう?」

「もう、そんな時間なんだ」

 そう言って、園内の時計を確認した。

「やだ、二時間もオーバーしてる」

「ずっと気がつかなかったの?」

「うん」

 ケロッとした顔で答えた。表情から悪意は感じられなかったが、そのせいで腹立たしい気持ちをどこに向ければいいのか分からずモヤモヤした。

「何しに来たの?」

「何って松宮さんを捜し歩いていたんだよ」

「どうしてそんなことするの?」

「それは先生が困っていたからじゃないか」

「ふ~ん」

 そう言うと、会話を終わらせてしまった。

 途中で得心し自己完結するところが妹の明子にそっくりだった。

 治癒力持ちの特徴なのだろうか?

「先生の所に行かないの?」

「今から行っても診察の時間は過ぎてるでしょう?」

「事情を説明することはできるだろう?」

「気になるなら自分でしたら?」

「なんで俺が?」

「なんで、と言うなら捜しに来なければ良かったんじゃないの?」

 どうして俺が怒られる展開になってるんだろう?

「どうでもいいけど話し掛けるなら見下ろすのをやめてくれる? 責められていると錯覚するから」

 いや、俺は間違いなく責めているのだが。

「ごめん」

 とりあえず謝って隣の席に腰を下ろした。

 しかし座ったはいいものの、話したいことは全部話してしまったので言葉が出てこない。松宮さんは無言の空気が耐えられなかったのか、それとも本の続きが気になったのか知らないが、読書に戻ってしまった。俺は横目でチラチラとその様子を盗み見ることしかできなかった。

 改めて見るとゆり子先生よりも幼い顔立ちだ。綺麗な印象というよりも、可愛らしいという表現がぴったりだ。性格がアレじゃなければ男子にモテるのではないだろうか? 黙っていれば美人なのに、っていうパターンだ。たたずまいが上品なので余計に残念に思われるのである。

 実家が金持ちであることは間違いないが、着ている服は薄地のパーカーだ。下はチノパンで長い髪は後ろで束ねているだけ。もっと綺麗に着飾ることも可能なのに、それを拒否しているかのようだ。ただし診察を受けに行く格好だと思えば納得がいく。

「気が散るんだけど」

「へっ?」

「言いたいことがあるならハッキリ言って」

「いや、何もないよ」

「だったらチラチラ見ないで」

「ごめん」

 視線に気づかれていたようだ。

「本当に透視できないんだよね?」

「俺は無能だ」

 松宮さんが顔を引きつらせる。

「それ胸を張って言うこと?」

「事実だから」

「変わってるね」

 俺からしてみたら能力があるのに失ったフリをする人の方が変わっているように見える。進学校に通っている松宮さんならなおさらだ。

「用がないならどこかへ行ってくれない? いくら無能でも本を読んでいることは分かるよね?」

 そう言うと、松宮さんは読書に戻ってしまった。

 ここまでハッキリと無能をネタにする人はなかなかいない。クラスの女子は俺のことが見えていないかのように振る舞うのでそもそも会話すらないし、男子でも俺に興味を持つ者などいないのだ。無視されているというわけではなく、接し方が分からないといった感じだ。敬遠されている感覚だろうか? とにかくそこに悪気は感じられない。学校行事で会話が必要な時もあるが、そういう時も相手から気を遣われているというのが自分でも分かる。

 ん?

「なに?」

 あれ?

 どうやら声が漏れていたようだ。

「いや、松宮さんが読んでる本って、先週俺が貸そうとした本じゃないの?」

「ああ、これ? そうだけど」

「そうって、先週断ったのに」

「読むか読まないかは私の自由だって言ってなかったっけ?」

「言ったけどさ」

「だから読むって決めたの」

 なんだよ、だったら突き返すことなかったのに。わざわざ買って読むほど興味を持ったなら口にしてくれればいいのだ。

「それよりよく見ただけで分かったね」

「見慣れた文字列だったから」

「本当に好きなんだ」

「うん」

 すごく観察されている。

「どう、おもしろい?」

「まだ全部読んでないから。ジャマされてるし」

「ごめん」

「そうだ。診察が終わった時間だから続きは家で読もうかな」

 そう言うと、松宮さんは家に帰ってしまった。

「勝手だな」

 姿が見えなくなってから口にしてやった。

 それだけで取りあえず満足できた。


 俺も家に帰ることにしたが、結局俺は何しにきたのだろうか?

 そう自問せずにはいられなかった。

 いや、でも閃くものはあった。

 松宮さんの態度がヒントになったのだ。

 興味がないと思っていた本を読んでいたという行動が応用できるかもしれない。

 家に帰って早速試してみることにした。

 妹は土曜の午後は必ず家にいる子である。

 久し振りに妹の部屋のドアをノックしてみることにした。

「明子、いるか?」

 返事をせずに部屋から首だけを出した。

「なに?」

「お兄ちゃんとゲームやらないか?」

「やらない」

 即答だった。

 ここまでは予想通りである。

 しかし内心では、やりたいと思っているはずだ。

 それが女の子の気持ちというやつだ。

「そう言わないで、久し振りに遊ぼうよ」

「やらないって言ったでしょ」

「本当は一緒に遊びたいんだろう?」

「聞こえなかった? やらないって言ったよね?」

 あれ? おかしいぞ。

「ちょっとだけならいいだろう?」

「しつこくするのヤメテ」

「ごめん」

「ゲームばっかしてないで少しは勉強したら?」

 そう言うと、妹はきつめにドアを閉めた。

 こんなはずではなかったのだ。

 母親みたいなことを言いやがって、お兄ちゃん悲しいぞ。

 いつからお兄ちゃんを悲しませる子になったのだろう?

 仕方がない。

 今宵も一人で冒険に出るしかないようだ。


「小島、ちょっといいか?」

 翌週、帰宅する小島陸に声を掛けた。教室で話し掛けられたら返事をする程度の仲なので、自分から話し掛けたのは入学してから初めてだった。

「なんだよ? オレ急いで帰りたいんだよ」

 コイツの忙しいは撮り溜めたアニメを観るのに忙しい、という意味である。決して塾の予定や部活があるという意味ではない。

「ちょっと聞きたいことがあって」

「だったらさっき教室で聞いとけよ」

「そうなんだけど」

「歩きながらな」

 小島の家は歩いて十五分の新興住宅地にある。瞬間移動の能力が安定しないため自転車通学の許可が下りないので徒歩で通学しているのだ。

「小島って引っ越しする前は教育の森の近くに住んでたんだよな?」

「ああ、小さな土地を売って大きい家に住むことにしたんだ」

「っていうことは森中出身ってこと?」

「そうだけど」

 松宮さんが森中出身のはずだから聞いてみようと思ったのだが、いきなり女子の話をすることにためらってしまう。

「それがどうした?」

 教室では絶対に女子の話はできないと思い放課後まで待ったのだが、誰も聞いている人はいないというのに決心がつかなかった。

「もう少し早く歩けないか?」

「ああ、ごめん」

「森中がどうした?」

「いや同じ学年に松宮有子さんっていなかった?」

「いたけど、それが?」

「うん、どんな子だったのかと思って」

「笑吉、おまえ松宮のこと好きなの?」

 これだから聞くのがためらわれたのだ。ちょっと聞いただけで誤解を招いてしまう。やはり聞く人を間違えたのかもしれない。

「松宮だけはやめとけよ。アイツすげぇ嫌われてたからな。嫌われてたっていうか、アイツがオレらのことを一方的に嫌ってたんだよな。別にカワイイわけじゃないのに『私に話し掛けないで』とか言ってよ。話し掛けただけでモテてると勘違いしてるんじゃないのか?」

 俺も『どこかに言って』と言われたっけか。

「暗いし、何してもつまんなそうな顔してるし、能力値が高いからオレらのことをバカにしてんだよ。治癒力持ちってクズが多いのはマジだよな」

 俺の印象とは全然違うけど、これも間違いなく彼女の一面なのだ。そういう風に受け取る人間がいるっていうことは否定できない。俺が公園のベンチで彼女の隣に座ることができたのは、ひょっとしたら無能だから許してくれたのかもしれない。つまり人間以下と判断されたわけだ。

「しかしやっぱり笑吉は変わってるな。松宮のことを嫌いになるやつはいても好きになるやつなんて一人もいなかったからな」

「いや、だから違うって。俺も別に好きだから聞いてるわけじゃないよ。よく知らない人だからわざわざ聞いているんだろう?」

 なんで言い訳しないといけないんだろう?

「どこで知り合ったんだよ?」

「いや、妹が治癒力持ちで進学に悩んでいて、その相談相手に松宮さんの名前が出たんだよ」

 適当に嘘をついてしまった。これはどんなことがあっても松宮さんが診察を受けていることを俺の口から漏らしてはいけないと思ったからだ。

「松宮に相談とか絶対やめとけって。アイツは他人のことなんか興味ないんだから。目の前で怪我をしても黙って見てるようなやつだぞ?」

 それが本当ならば酷い話だ。

「な? 嫌われて当然だろう? 別にみんなでいじめてたわけじゃないんだ。アイツがオレらを見下して無視してたんだよ」

 ふと妹から無視されつつある状況を思い出した。

「友達は? 仲が良い程度でもいいや」

「いるわけないだろう」

 と、そこで小島が思い返す。

「ああ、小学生の頃はいたな。中学に上がってからは知らないけど、一人だけ仲がいいのがいたのは覚えてる。倉橋くらはしなら隣のクラスにいるはずだ」

 その倉橋さんとも話をしてみるべきか。


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