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第二十二話 紀子と友情

 日曜日の午後、いつもなら東高校へ行って紀ちゃんと会って話をする日なのだが、今は不審者として追われている身なので、それはできなかった。

 俺がいる場所は教育の森にあるスポーツ公園と呼ばれている一角の、屋外にバスケットボール・コートがある広場だった。そこで女の子を待っているのだがデートの待ち合わせというわけではなかった。学校の周辺には近寄れないので、外の適当な所で会うしかなかっただけである。

 それにしても今週は嘘なんてつくもんじゃないと思い知らされた一週間だった。一人に嘘をつくと別の人にも嘘をつかなければいけなくなる。そこでまた新たな嘘をつかなければならず、あげくの果てには本人が思ってもいないことを嘘として代弁するようになるのだ。

 この一週間、本当につらかった。中には嘘をつき続けて押し通そうとする人もいるが、それは精神的に苦しくてたまらないのではないだろうか? 子どもはみんな嘘をつくというが、それはやはり怖いからだろう。でも嘘をつく苦しみを味わったらそんな怖さはなんでもないと思うはずだ。

 しかし結婚や恋愛で嘘をつける人や、お金のために詐欺ができる人というのはどんな神経をしているのだろうか? どんなことをしてでも生きろ、というメッセージだけをよりどころとして、ひたすら自己弁護に励むのだろうか? そういう人もメンタルが強いと言われるのだろうか?

 そういう人は決まって頭がいいから色んな言葉を見つけてきては自分を正当化し、他人を陥れることができるのだろう。お金は大事だし、快楽を求めるのも自然の摂理だし、俺だって誘惑にかられることがあるから気持ちは分かるけど、メンタルが弱いから罪悪感に耐えられなくなる。

 そんな生ぬるい話ではないのも知っている。金銭を巡るトラブルは家族の生死に関わってくる問題だからだ。嘘つきは泥棒の始まり、という言葉があるが、これは泥棒になる前には予兆があるから、そこでしっかり見極めなさいという教えなのかもしれない。

 恋愛なら許される、ということでもないだろう。人の心をもてあそぶって、その後の人生をめちゃくちゃに傷つける行為でもある。結婚詐欺だけじゃなく恋愛における嘘だって法律に抵触することがあるから、いつ自分の身に災いが降りかかるか分からないので、やはり極悪だ。

 一方で、愛する人のついた嘘なら、それごと愛してしまいたいという気持ちもあるのが人間の困ったところである。結局は見極めが大事という話だろうか? こういうのは個々人の関係で事情が変わるので万人に当てはめることが容易ではないのだ。

 この人なら嘘をつかれてもいい、と思える人と付き合っていくしかない、というのが俺の持論だ。それが自分の性格に合った言葉である。嘘をつかれるのが怖くて自分から世界を閉じてしまうのは実にもったいない。人に言えないことも含めてその人を好きになる自信が、俺にはある。

「無能くん、お待たせ」

 紀ちゃんが来てくれた。着ている服は東校のジャージだ。私服姿が見られると思ったので、ちょっと残念である。

「いつもボール持ち歩いているの?」

「はい。小学生の頃から」

「本当にハイバスが好きなんだなぁ」

「はい。握力とかも鍛えられますから」

「なるほどね」

「座ってもいいですか?」

「あっ、うん」

 ここでエスコートできたら俺も大人なのに。

「それで話ってなんですか?」

「それは、もうちょっと待ってくれるかな?」

 しばらく待たせることになったが、これが俺の彼女に対する最後の嘘だ。いや、サプライズという言葉で言い換えることもできる。

「ノリ?」

 その声に紀ちゃんが反応する。

「マミ」

 どうやら真実ちゃんも部活が終わったようだ。

「これ、どういうこと?」

「私、聞いていません」

 二人が俺の方をじっと見ている。

「いや、騙すつもりはなかったんだ。たまたま同じ日の同じ時間に同じ場所で待ち合わせすることになって。とりあえず座って俺の話を聞いてほしい」

 ということで、真実ちゃんを隣に座らせて最初から事情を説明することにした。俺としては嘘に悪意がないことだけを知ってもらえれば良かった。

「つまりはそういうことなんだ。だから嘘をついたということではなく、勝手に勘違いされたというのかな? こういうのってよくあるよね」

 二人の反応が怖くて横を向くことができない。

「それってウチらが悪いってこと?」

「私、納得いきません」

「あっ、ごめん、俺が悪かった。ごめんなさい」

 つい保身に走ってしまった。

「許してあげるから、ほっぺつねらせてくれる?」

 真実ちゃんも意外と茶目っ気があるようだ。

「まぁ、それで許してくれるなら」

 というより、女の子の方から触ってくれるなんてラッキーだ。罰というよりご褒美である。思わず自分の方から差し出してしまった、って

「イタタタタタタッ」

 飛び上がるほどの痛みだった。とんでもない握力だ。真実ちゃんがボールを片手で掴めることをすっかり忘れていた。

「許した」

「私も、許します」

 二人が笑ってくれたから、まぁいいか。

「せっかく久しぶりに会ったんだから二人で話しなよ。ほら、俺は端っこに座っているからさ。紀ちゃんが真ん中に座ればいいんだ」

 と言いつつ、本当は真実ちゃんの横に座っていたくなかっただけである。実際は笑えるレベルの痛さではなかった。

「ノリ、思ってることがあるなら言いなよ」

「マミから言って」

「ノリから言わないとダメだよ」

「どうして?」

「だって私がノリの思っていることと違うことを言ったら、自分の意見を引っ込めちゃうでしょ?」

「そうやってマミはいつも私にしゃべらせて、自分の気持ちを隠すんだよ」

 まるでスポーツをしているかのような会話だ。でも話し方は家族と会話しているかのようである。二人とも俺に対する話し方と違う。

「私が口にしないことはノリに考えてほしいことなんだもん」

「だから電話にも出てくれないの? それでメールも返してくれないの?」

「そうだよ。なぜ私がそうしているのか全部一人で考えてほしいからだよ」

「そんなこと言っても私、分からないよ。そんなの冷たくされているとしか思えないんだもん」

 今度はカップルみたいな会話になった。

「私には理想の関係性っていうのがあって、そこだけはノリであっても譲れない」

「だからそれを私にも教えてほしいの。言ってくれないと分からないでしょう?」

「私に依存してほしくないんだよ。ノリはノリで自分で考えて行動してほしいの」

「昔からそうやって、いっつも独りになろうとするんだよ」

 痴話ゲンカかな?

「マミがサバサバしているフリをしているのは、ウジウジした性格を隠しているだけでしょう? 本当は誰よりも泣き虫のくせに。それを知られたくないから独りになりたがるんだよ。でもそんなこと周りのみんなにはとっくにバレてるの、知ってる?」

 紀ちゃんは俺に真実ちゃんの長所しか語らなかったということか。強そうなイメージは真実ちゃんがそう見せていただけなのかもしれない。

「試合の後、自分のせいで負けたと思って一人で泣いて落ち込んでるのも、みんな知ってるの。みんな知らないフリをしているだけなんだよ。それでもみんながマミのことをキャプテンに選んでくれたでしょう? それはみんながマミのことを好きだからだよ」

 真実ちゃんは異能力が低いから、どうしても自分が足を引っ張っていると考えてしまうのだろう。本当はすごく悩んでいる人なのかもしれない。それは社会に貢献できずに足を引っ張っている無能の俺と重なる部分がある。俺も独りになりたがる時期があったから分かるのだ。でも彼女はひたむきに練習を重ねている。弱虫かもしれないけど蝶になるための努力を怠らない人なので、俺とは違う。

 その真実ちゃんが静かに口を開く。

「ずっと言い訳を考えていた『どうして会ってくれないの?』って聞かれたら、『敵のチームになったから』って答えようと思ってたんだ。そう答えれば自分も納得するし、ノリも納得させることができると思ったから。それが見栄えのいい答えだと思ったんだよね。でもこれって試合前から負けた時の言い訳を考えているようなもんなんだ。ほんと私って後ろ向きにしか考えられないんだよ」

 なんかどんどんイメージが変わっていく。

「本当は羨ましかった。悔しくて仕方なかった。どうして自分じゃなく、ノリなんだろうとも考えちゃった。ほんと全然サバサバしてないの。そのくせ周りからは良く見られたいから困ったもんだよね。良く見せるには自分を隠すしかなかったんだもん。自分でも酷いなって思ったのはね、高校に落ちた時だったんだ。期待されていたハードルがなくなって、ホッとする自分がいたんだもん」

 分かるなぁ。俺も中学時代は無能であることを悩みつつ、同時にプレッシャーがかかるステージに立たなくてもいいという安堵感があった。いや、真実ちゃんのように戦ってきた人と一緒にしてはいけないのだが、底辺にいることが必ずしも苦悩ばかりではないことを、俺は知っているのだ。

「同情してくれるから最初は楽に思えたんだけど、ちょっと頑張っただけで褒めてくれる環境が、ある時からヤバいと思うようになった。だって上手くいかないのは全部『瞬間移動の能力が低いからだ』って言い訳できるようになったんだもん」

 俺と同じことを考えていた人がこんなところにいるとは思わなかった。真実ちゃんの言葉は全部俺が今まで考えてきたことばかりだ。無能を免罪符にして『どうですか? 見て下さいよ。こんなにも可哀想なんですよ』とアピールしてきたのはこの俺ではないか。俺のことを理解できるのはこの世で俺しかいないと思っていたが、小説家じゃなくてもこんな身近なところにもいたのだ。

「今いる場所に危険を感じたら、もがくしかないよね。そこで初めて低能力者であることや、すべての過去が必要だったと思えるようになったの。ただ、それでもやっぱり高能力者が羨ましい。だからといってノリが『自分の持っている能力を私にあげたい』と思うのは間違っているよ」

 そういえば、そのことを伝えたら怒ってたっけ。

「だってそうでしょう? まだ試合は終わってないんだもん。私はまだプロになることを諦めてない。それなのにどうして逆転されないと思った? まだ時間はたっぷり残っているんだよ。これまで何度試合をやって何度逆転されてきたと思ってるの? 勝負は最後まで分からないのにさ」

 これが何度も悔しい思いをしてきた人の言葉か。今の俺には到達できない心境ではないか。重なる部分があると思っていたが、俺とは全然違うようだ。

「黙ってると思ったら、なに泣いてんの?」

「だって」

「泣き虫はどっちよ?」

「うれしいんだもん」

 その言葉を受けて、真実ちゃんが肩を抱いた。

 くるまれた紀ちゃんが胸にオデコを押し付ける。

 涙で服を濡らせるのは二人が友達だからだろう。

 それにしても俺の場違いな感じが際立っていた。

「久しぶりに勝負しようか?」

「うん、する」

 それから二人はハーフコートでハイバスを勝手に初めてしまった。おそらくこのスポーツ公園は彼女たちにとって思い出の場所だったのだろう。

「それでも東のキャプテンなの!」

 まるで子どもと大人の戦いだ。身長とリーチが違うので勝負にならない。瞬間移動が使えなければ、こうなるのは必然か。

 紀ちゃんも敏捷性を活かしてリングの下までいってシュートまで持ち込めるけど、すぐにブロックされるのでまともな態勢で打たせてもらえないのだ。

「これだと練習にもならないよ」

 今のところ真実ちゃんはノーミスだ。あとはこの連続ゴールがいつ途切れるのか? それくらいしか見どころがなかった。

「昔より下手になってない?」

 その言葉を聞いた紀ちゃんの目つきが変わった。

 リング目掛けてロング・パスを放り込む。

 そのパスを受け取ったのも紀ちゃんだった。

 そして豪快にダンク・シュートをたたき込んだ。

「スゲェ!」

 思わず声が出た。こんなに素早い瞬間移動は見たことがない。プロでも海外の人しかできない大技だ。彼女は忘れていた異能力を取り戻したようだ。

 女に友情がないなんて嘘である。なぜなら男にもそんなものはないからだ。あるのは友達を大切に思う気持ちだけだろう。つまり男であろうと女であろうと、持てない人は持てないし、持てる人は持てるということだ。ないと言い切るのは、何かのせいにしたい人だけである。

 夕陽が二人を染めている。汗で顔がキラキラ輝いて見えた。笑ったり、悔しがったり、息が上がってつらそうだったり、そこには青春があるかもしれないし、友情だってあるかもしれない。確かなのはそれを感じられるのは彼女たちだけだということだ。


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