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第二十一話 紀子と真実

 紀ちゃんが口にした『マミ』って子は誰だろうと思ったが、そういえばずっと前に一年の頃に一緒だったクラスの女子が口にしていたのを思い出した。確かウチの高校のハイバス部の女の子だったはずだ。でもウチの高校にいるくらいなのだから、紀ちゃんが嫉妬するわけがないはずだ。

「そのマミっていうのは誰のこと?」

「あっ、すいません。幼なじみのことです」

「同い年か」

「はい。高校は違いますけどね」

「その子、ウチの高校にいない?」

「無能くん、高校はどちらですか?」

「北高だよ」

「だったらそうです。マミに間違いありません」

 ハイパー・バスケットボールに興味のない俺の耳にも名前が入ってくるということは相当な実力者だったのだろう。

「ハイバスを始めたキッカケも、スポーツが楽しいと思えたのも、キツイ練習を喜びにできたのも、全部マミのおかげなんです。ずっとキャプテンをやっていて、私にとっては憧れであり、目標であり、ライバルのようにも思えました。でもマミは瞬間移動の能力が低くて、それで私だけが東高に受かっちゃって。本来ならこの場所にはマミが立つべきだったんです」

 これがあるのだ。現代スポーツの実情は厳しく、どんなに好きでも、どんなに練習しても高能力者じゃなければプロのスカウトの目に留まらない。趣味で続ける人はたくさんいるが、プロを目指すならば最低でも進学校に入れるくらい高い異能力を必要とするのだ。

「ここにマミがいたら私はキャプテンに選ばれていなかったと思います。いいえ、思うじゃなくて選ばれていません。マミは本当にハイバスが好きで、プロの試合を分析して、戦術を取り入れ、相手の能力を見極め、癖を見抜いて、的確な指示を出すんです。仲間にも厳しく助言できる人で、その人に合ったアドバイスをします。コーチよりも試合のVTRや練習を見ているので、みんな頼りにしていました。でも何よりマミが優れていたのは背中だと思います。誰よりも走って誰よりも練習しています。それが理想とするキャプテンの姿なんですよね。本当はマミが東校に合格すれば良かったんです。私の持つ異能力がマミにあれば良かったのにって、いつも思っているんです。そうすれば今頃マミがキャプテンになっていて、もっと強いチームに仕上げることができたと思うんですよね」

 マミさんは背中で引っ張るタイプのリーダーのようだ。確かに対面型の紀ちゃんとは正反対のタイプかもしれない。

「そうは言うけど紀ちゃんだって立派なキャプテンじゃないか。後輩の精神面まで考えてあげられるなんて、そんな人めったにいないよ。欲を言えば精神面と技術面でチームをまとめる二人が揃っていれば良かったんだろうけどね。でもこればっかりは仕方ないか」

 真正面に座る紀ちゃんが複雑そうな顔を見せる。そんなことは俺が言わなくても分かっていることなのだろう。少し寂しくさせたかもしれない。

「無能くんって優しい方なんですね。会ったばかりで、私のことをそれほど詳しく知っているわけでもないのに、それでも褒めてくれました」

 なんだろう? この、素直に喜べない言い回し。

「私、感激しています!」

 いや、俺の心がひねくれているのだろう。

「今なら瞬間移動できたりしない?」

 ほんの一瞬の間ができた。

「できないです」

 そう簡単にうまくいくわけないか。


 今日はそこで別れることにした。それは翌日、学校でマミさんに会ってみようと思ったからだ。会ってどうなるものでもないが、幼なじみから話を聞くことができれば、能力を取り戻すヒントが見つかるかもしれないと思ったからだ。

 栗原真実くりはら まみさんに関しては探すまでもなかった。集会や体育祭で目立っていた背の高い女の子として印象に残っていたからである。百八十センチ以上ある身長で、外国人のような身体つきをした短髪男顔の女の子だ。そこら辺の男より女子にモテるのではないだろうか。

 問題はどうやって真実ちゃんに近付くかだ。俺はすでに『体育館ののぞき魔』として校内で有名になっている。たった二回用事で訪れただけだ。それなのにあれから一年半もの間ずっと言われ続けることになってしまったのだ。悲しい学校あるあるである。

 放課後の体育館。息をひそめて真実ちゃんの帰りを待った。運よく捕まえることができたのは、彼女が一人残ってランニングしていたからである。体育館の中は彼女の足音だけが響き渡っていた。室内灯がなければ真っ暗になる時間である。彼女は毎日こうして走り込みを続けていたのだろう。

「何か用?」

 一度俺の前を通り過ぎて立ち止まり、振り返ってそう言った。相手は女性だが、俺より背が高いので威圧感がある。

「あの、栗原さんですよね?」

「そうだけど」

「俺、三年の加東と言います」

「体育館ののぞき魔?」

「はい。あっ、いえ、違います」

「どっち?」

「のぞき魔じゃありません」

「ちょっと怖いんだけど」

 目が勝手に泳いでしまうのだ。

「あの、俺、太川紀子さんの友達で」

「ノリの友達?」

「いえ、知り合いです」

「知り合い?」

「すいません、顔見知りです」

「あやしいな」

 俺もそう思う。

「いや、つい最近知り合ったばかりで仲は良くないです。でも昨日も会ってます。それは確認してもらえれば分かってもらえると思います」

「私、しばらくノリとは会ってないから。連絡もしてないんだ。だから確かめようがないよ。それで私に何の用?」

 真実ちゃんは腕を組んで仁王立ちしている。言葉遣いもぶっきら棒で角がある。紀ちゃんとは雰囲気が正反対の女の子だ。

「それが話せば長くなるんですが」

「短くして」

 主導権を奪えない相手だ。

「はい。友達のクラスメイトが紀ちゃんで、その紀ちゃんが困っているということで、相談に乗ってほしいと頼まれたんです」

 黙って見つめられるだけで緊張してしまう。

「でも、その、会ってみると困っているという感じでもなく、瞬間移動ができなくなったんだけど、それほど気にしてなくて。それで、その、幼なじみの真実ちゃんなら何とかしてくれるんじゃないかと思って来たんだけど、どうしたらいいかな?」

 説明してるだけなのに言い訳しているみたいだ。

「まず、その『真実ちゃん』っていうのやめて」

「はい。やめます」

「それと話している時の手遊びもやめて」

「はい。やめます」

「気が散るから」

「はい」

 俺、昔から女の人に注意されてばっかりだ。

「ノリに頼まれたの?」

「はい?」

「だから私に会いに行くように頼まれたのかって」

「あっ、はい」

 やべっ、睨まれて怖かったから嘘ついちゃった。

「だったらノリに伝えといて『会いに来るなら自分で来たら』ってさ」

 そう言うと、真実ちゃんはランニングを再開して行ってしまった。ここにいると怒られそうなので、俺としても留まるわけにはいかなかった。これはまずいことになったぞ。どうすればいいのだろう? とりあえず紀ちゃんに会いに行って謝っておいた方が良さそうだ。


 ということで翌日の放課後、紀ちゃんに会いに東高校へ行った。部活終わりの体育館。彼女もまた一人残ってランニングをしていた。

「あっ、無能くん、どうしたの?」

 真実ちゃんと違って表情は明るかった。この日はロッカー・ルームに移動せず、立ち話で事情を説明した。

「私、そんなこと頼んでいません!」

 真実ちゃんに会ったことを告げると、大きな声を出してほっぺをふくらませた。これは怒っているのだろうか? 怒っているんだろうな。

「どうしてそんな勝手なことをしたんですか?」

「いや、良かれと思ってしたことなんだ」

「当たり前です。悪いと思っていたら許せません」

「いや、それはそうなんだけどさ」

 腕を組んで仁王立ちするが、迫力はなかった。

「私、怒ります!」

「ダメダメ、怒ったらダメ。怒ったら負けだから」

「そんなルールはありません!」

「うん。そんなルールはないね」

 さて、どうやって丸くおさめようか?

「まぁ、でも、これを機会に久しぶりに会ってみるというのはどうかな?」

「それはマミが私に会いたいって言ったということですか?」

「ああ、まぁ、うん、そうかな。どうだろう? 明日の放課後にでも会いに来ない?」

 やっべ、嘘に嘘を重ねてしまった。

「それならマミの方が会いに来ればいいんです。会いたいのに会いに来い、なんておかしいです」

「それはあれだよ、進学校に行けなかったから来づらい部分があるんじゃないかな?」

 もう、嘘が止まんねぇよ。

「友達の進学を心から喜べない人なんて、そんな人は友達と呼べません!」

 そう言うと、ほっぺをふくらませながらランニングを再開してしまった。これは俺の嘘で二人の仲をこじらせてしまったのではないだろうか? いや、確実にこじれただろう。二日前に褒めちぎっていたのに、友達と呼べないとまで言わせてしまった。


 翌日の放課後、誤解を解くためにもう一度真実ちゃんと会うことにした。今日も彼女は体育館に一人残ってランニングをしていた。

「あっ、のぞき魔」

 見つかっちゃった。

「体育館の周りウロウロしてたでしょう? 後輩たちが怖がってるんだけど? 何か変なことはしてないよね?」

「も、もちろん、そんなことしてないよ」

 俺、昔から変質者に疑われてばっかりだ。

「それならいいけど、今日は何しに来たの?」

「昨日、紀ちゃんと会ったんだ」

「一緒じゃないんだ?」

「ああ、うん、東高で練習してるから」

「それで?」

 その仁王立ちをやめてくれ、とは言えなかった。

「うん。一晩考えてみたんだけど、ここはやっぱり栗原さんが紀ちゃんの元へ会いに行った方がいいんじゃないかと思って」

 一晩考えた、というのは嘘だ。

「ほら、だってそうだろう? これはお見舞いみたいなもんなんだ。異能力を失くして困ってるんだから、やっぱり栗原さんが会いに行くべきなんだよ」

「一昨日は『特に困っていない』って言ってなかった? うん。言ってたよ。どうして昨日になって困り始めたの?」

 困っているのはこの俺だ。つじつま合わせが難しくなってきている。それにしても女の人はどうしてそんなことを覚えているのか。

「まぁ、それはたぶん、強がっている部分があったんだと思うよ。それで困っていないフリをしていたんだと思う」

「うん」

 そう言って、深く頷いた。

 よっしゃ、乗り切った!

「栗原さんだって紀ちゃんが真面目で優しい子だって知ってるだろう? だったらお見舞いに行ってあげてもいいじゃないかな? 紀ちゃんはね、自分の異能力を栗原さんにあげたいとまで言ってたんだ。そんな風に言ってくれる友達なんてどこにもいないよ?」

 そう言うと、怖い顔で俺を見下ろした。

「ノリがそんなこと言ってたの?」

「うん」

 これは嘘じゃなく本当のことだ。

「あの子、全然分かってないよ。何年ハイバスやってきたと思ってるんだよ。スポーツの根本を理解してないんだ」

 すごく悔しそうに言葉を吐き捨てた。

 これは、俺のせいじゃないよね?

「もう、お見舞いに行く必要はないかな」

 そう言うと、ランニングを再開した。

「あの」

 ダメだ。俺の声は届かなかった。これで真実ちゃんを紀ちゃんの元へ連れて行く計画は完全に失敗に終わった。


 翌日の放課後、こうなったら紀ちゃんを連れて行くしかないと思い、急いで東高校の体育館へと行くことにした。

 俺は何をしているんだ? などと考えてはいけない。「嘘から出た実」という言葉もあるので、真実にするために走り続けるしかないのだ。

「無能くん、大変です!」

 体育館へ行くと紀ちゃんが青ざめた顔をしてた。

「なになに、どうしたの?」

「いま学校で不審者が出たと問題になっています」

「春だもんね、それは大変だ」

「のん気なことを言っている場合じゃありません」

「でもこういうのは毎年のことだろう?」

「そうじゃないんです」

 何が違うというのか?

「その不審者っていうのが、おそらく無能くんのことだと思うのです」

 俺?

「火曜日の放課後に体育館の周りをウロウロしているのぞき魔が目撃されています。これはどう見ても無能くん以外に考えられないのです」

 俺もう、人生が嫌になる。

「無能くん、とりあえず逃げてください!」


 翌日の放課後、もう一度だけ真実ちゃんを説得しようと思って彼女に会いに行った。在校生なので、ここでは不審者に間違われることもないだろう。

「ちょっと!」

「はい?」

 今日もいつもの仁王立ちだ。

「昨日から変な噂を流されてるんだけど? どうしてくれるの? 男と会うために居残り練習してると思われると迷惑なんだけど」

 俺って女性に話し掛けてもいけない存在なのか?


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