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第二話 出会いはトラックと共に

 能力研究センターの診察室は学校の保健室と変わらない内装になっている。違うのはベッドの代わりにソファが置かれていることくらいだろうか。デスクの上にはパソコンやファイルの他にタヌキのぬいぐるみが飾ってある。それは俺が誕生日のプレゼントとして先生に送ったものだ。

 ゆり子先生に面と向かってタヌキに似ていると言ったことがないので、本人が喜んでくれているかどうかまでは分からない。人は無い物ねだりをするものなのでキツネ顔美人に憧れている可能性もあるわけで、タヌキに似ていることが褒め言葉になるとは限らないからだ。

「先生、来週どうしますか?」

「来週って?」

「ほら、さっきの子が来週の同じ時間に来るって」

「ああ、そっか。ごめんね、勝手に決めちゃって」

 ゆり子先生はお疲れのようだ。ソファに寝そべり眠たそうな顔をしている。それを俺がデスク席で眺めているのが最近のパターンだ。

「忙しそうなので来週休みにしましょうか?」

 ゆり子先生がダダっ子のように首を振る。

「ダメダメ。このひと時がないと休んだ気がしないんだもん。仕事にも色々あってね、就業中でもリラックスできる時間を持つことが必要なのよ」

 先生の役に立っているのなら何よりだ。

「でも先生は一年くらい前から仕事をセーブしてるって言ってませんでしたっけ? 何か新しいことを始めたいとかって」

「その新しく始めたことが楽しくなっちゃって以前よりも忙しくなっちゃったの。常に何かしていないと落ち着かない性分なのよね」

 先生の仕事内容については聞かないようにしている。話せる内容ならとっくに聞かされているだろうし、余計な詮索は趣味じゃない。

「それより聞いてくれる? 昨日とうとうお父さんにまで結婚しろって言われちゃったんだ。それがショックで引きずってるんだよね。だってそうでしょう? 男親って娘を嫁にやりたくないものだとばかり思っていたから、そんな言葉を聞かされるとは思ってもみなかったんだもん。誰よりも私のことを理解していると思い込んでいたけど、それは結局、私自身がお父さんを理解していなかったということになるのよね」

 それから二時間に渡って先生の話を聞かされた。俺が何かをアドバイスすることはない。ただひたすら先生の話を聞くだけである。父親の話から始まって、それが母親への愚痴に変わり、そこから最新のお見合い事情を語り、最後には既存の能力遺伝の認識は誤りだと教えてくれた。最近はいつもこんな調子だ。


 テレビや映画を観たり、音楽を聴いたり、マンガを読んだり、本を読んだりしていれば一週間はあっという間に過ぎ去っていく。そんなことをしながら土曜日の午後まで我慢すればいい。俺にとって学校はガマンの場でもある。

「明日ハイバスの試合あるけど観に行く?」

「いいよ、どうせ負けるに決まってるもん」

「今年も東の優勝でしょ?」

 教室にいれば隣席の会話は聞きたくなくても耳に入ってきてしまう。

「マミも出るから行こうか迷ってるんだよね」

「まだ続けてたんだ?」

「小学生の頃はプロになると思ってたけど」

「なんかダメになったよね」

「ウチらが言うのもアレだけど」

「でもマミはハイバスが好きだから」

 ハイパーバスケットボールでエースになれる特殊能力は瞬間移動持ちだ。プロ選手は1試合で何度も瞬間移動できなくてはならない。また正確なポジショニング能力も必須能力なのでまさに選ばれた者しかプロ契約を結ぶことができないのである。

 ちなみに『ダメになった』と言っているが、それは適切な表現ではない。小学生の時に活躍できても能力が伸び悩むことはよくあることで、高い能力を持つ異能者は十歳から十五歳までに飛躍的に開花させるので相対的にダメになったように見えてしまうのだ。


「笑吉、昨日の『Z-メン』観たか?」

 だから俺は興味がないって。

「まさか鉄魔人が瞬間移動できるとは思わなかったよな。しかもポーターの師匠だったとはさ。結局逃げられたけど、どうやって倒せばいいんだ?」

 休み時間くらい静かに本を読ませてくれ。

「オレはでも思うんだよ。結局は瞬間移動が一番強いんじゃないかってさ。アイスマンが凍らせたり、ハヤブサが高速移動できたりしても勝てないし。魔人編が終わったら仲間同士で戦わせるんじゃないかな? それでどの能力が最強か決めるの。それやってくれるとおもしろいんだけどな」

 その展開はありえないので説明しておく必要がありそうだ。

「視聴者がうるさいから、そういう展開はやらせてもらえないと思うよ。格闘技やスポーツのように同じ能力を持った者しか戦えないようになってるんだ。その魔人とポーターで決着させようっていうのも視聴者に配慮した上での展開だし、今までもそうだったろう? 異なる能力者を戦わせて勝敗を決めてしまうと能力別差別を助長するから公共性のある娯楽では禁止されているんだ。そういうのが見たかったら個人が勝手にやるしかないな。自分で主催して自分で客を呼ぶしかないんだ。別に禁止はされていないからな」

 小島は不満げだ。

「つまんねぇな。誰だよ文句言ってるヤツ」

「仕方ないだろう」

「だから世の中がつまらなくなるんだ」

「そう言われても数十年前からそうなってる」

「いや、笑吉は何もわかっていない」

 現状を説明しただけなのに、なぜか元凶が俺にあるかのように決めつけられる。これも底辺高校ではよくある会話だ。そんな学校ともおさらばできるのが土曜日のいいところだ。あと何回土曜日を迎えれば卒業できるのか、そんな逆算ばかりするのが俺の生き方である。


 校門を抜けた瞬間、別人になったかのように感じられる。本当の自分を取り戻したかのような感覚だ。そこに確かな自分を感じるのだ。でもこういう感覚も学校へ通わなければ味わえないので、やはり学校へ行くことは悪くないようだ。感じることこそが生きているということなのかもしれない。

 初夏の街並みは色が鮮やかに映える。自分では着ることができない派手な服を行き交う人の姿に見ることができる楽しい季節だ。能力研究センターまではバスで十五分だけど、薄着の女の人を見たいから歩くことにしている。出会いがあるわけではないけれど、そうしたいのだ。


 ふと、見つめた先に東高の女子生徒が歩いていた。

 制服のスカートを見れば分かる。

 白いシャツに長い黒髪が垂れていた。

 それだけでどんな絵画よりも美しく感じる。

 向かい風よ、吹け!

 後ろ髪から漂う空気を食べてしまいたかった。

 断っておくが、彼女の後ろを付け回しているわけではない。

 たまたま目指す方向が一緒なだけだ。

 どんな顔をしているのだろう?

 別に綺麗な顔である必要はない。

 表情が優しそうなら、それでいいのだ。

 あっ! 信号無視をしやがった。

 国道沿いの歩道ではあり得ない行為だ。

 せっかくの妄想がぶち壊しである。

 というか、左右の確認すらしていなかった。

 うつむいて歩いている。

 どんな特殊能力を持っているのだろう?

 東高校の生徒なので高能力者のはずだ。

 周囲の思念を読み取る力か?

 聴力が優れている可能性もある。

 その時、側面からクラクションが鳴り響いた。

――トラックだった。

 確認できたのは、駆け出していたからだ。

 今度はブレーキの音が耳の近くで鳴った。

 タイヤが目の前にあった。

 見えているということは、死んでいないはずだ。

「あぶねぇだろう!」

「すいません!」

 なんで俺が謝らないといけないんだろう?

「死にてぇのか!」

「ほんと、すいませんでした!」

 接触がないということで、そこでトラックの運転手は去って行ったが、俺が体当たりして突き飛ばした女子生徒は倒れたまま動かなくなっていた。それでも命に別状はない様子なのでホッとしている。もしも俺が助けなかったら死んでいたということも考えられる。

 結局、彼女には信号を無視できるような特殊能力は備わっていなかったわけだ。いくら病院には治癒力を持った異能者がいても、さすがにトラックにひかれた人の命まで救うことはできない。蘇生力なんてものは聞いたことがないからだ。そう考えると無性に腹が立ってきた。

「大丈夫?」

 こういう時に怒れないのが俺の情けないところだ。

「あの?」

 反応しない。

 頭でも打ったのだろうか?

「意識はありますか!」

 心配なので大きな声を出した。

「……うるさいな」

 ん?

 うるさいって聞こえたような気がする。

「驚かせないでよ」

 え?

 俺って命の恩人のはずではないか?

「聞こえてるから」

 そう言うと、突っ伏していた彼女が顔を上げた。

「あっ」

 見ると、その顔は先週ゆり子先生のところに来ていた患者だった。

 忘れもしない。

 あの、おしとやかで清楚な出で立ち、って目の前の子は……。

「痛かった」

「痛いって、死んでたかもしれないんだぞ?」

 彼女がゆっくりと立ち上がりホコリをはらう。

「死ぬって、どういうこと?」

「だから俺が助けなければ死んでたんだよ」

「なんでジャマしたの?」

 やっぱり頭を打ったのだろうか?

「ジャマされなければトラックにはねられて、そのまま異世界に転移か転生できたかもしれないのに」

 彼女の目が真剣だった。

「そっちの方がおもしろいでしょう? どこの世界かわからないところに行けるんだよ? それなのにどうしてジャマしたの?」

 ダメだ。

 やっぱり腹が立つ。

「あのな、死んだら終わりなんだよ。何もかもなくなるんだ。転移とか転生なんてあるものか。異世界も平行世界も存在しない。それに君はまだ自分の人生を生き切ってないだろう? まだ見ぬ世界が目の前にあるのに、どうして異界へ行く必要があるんだ」

 彼女の顔が引きつっている。

「道の真ん中で熱くなってバカみたい」

 先週見掛けた彼女とは別人のようだ。

「それに命を助けられた覚えはない。私はそのまま歩いていても轢かれなかったし、余計なことをしなければスカートだって汚れなかったんだから」

 そ、そうなのか?

 いや、確かに助けようと思って赤信号の道路に飛び出したのは事実だ、って運転手が怒っていたのは彼女ではなくて俺なのか?

「謝らなくていいけど、今度街で見掛けても、もう二度と余計なことはしないで」

 そう言うと、彼女は歩いて行ってしまった。

 なんだこれ?

 思い描いた通りの展開にならないぞ?

 いや、これなら異世界に転移した方がマシだ。

 俺だけ現実に置いてきぼりじゃないか。

 異能で救えなきゃ、ヒーローになれやしない。

 現実世界では俺だけが無能なのだ。

 俺だけそんなハンデを背負うなんて不公平だ。

 なぜこうも世界は不平等にできてるんだろう?

 ん?

 前を歩いている彼女が立ち止まった。

 それに合わせて俺も足を止める。

 彼女がくるりと反転した。

「私について来ないで」

 無表情の顔が怒り顔よりも怖かった。

「いや、多分だけど、行き先は一緒だから」

 彼女の目が不信、いや違う。

 不審者を見る目つきに変わった。

 覚えていないのだろうか?

 そう思うと、俺の方が勘違いしている気になる。

「『能研』に行くんだよね?」

「そうだけど、なんで知ってるの?」

「だって」

「誰から聞いたの? ほんと嫌になる」

 彼女が一人で思い違いを増長させていった。

「違うよ。誰からも聞いていない。ほら、先週会っただろう? いや、会ってはいないな。憶えてないか? 紅茶を出されただろう?」

 彼女の顔が無表情に戻った。

「君のお母さんは知らないけど、ゆり子先生は相談に来た人のことをペラペラ話す人じゃないから、安心して会いに行くといいよ」

 何か言い返されると思ったが、黙って歩いて行ってしまった。

 彼女は感情的になりそうなところで、急にすうっと冷めてしまうところがある。


「二人とも、もう知り合いになったの?」

 ゆり子先生は俺たち二人が一緒に入室したから驚いている。

 そこで彼女が黙ったままだったので、俺が事情を説明することになった。

「膝がすりむいたままね。手当てしようか?」

 話を聞き終えた後、先生が彼女を気遣った。

「いいです。これくらい放っておいても治るので」

 傷ができたことに気がつかなかったのは不覚だった。

 すり傷とはいえ、傷は傷だ。

 しかも結果的に俺が傷を負わせたようなものなのだ。

「放っておくの?」

「はい」

 質問の意図が分からない。

「ねぇ、これから三人でこのままおしゃべりするというのはどうかしら? もちろん決めるのは貴女。嫌ならいいけど隠すことでもないんでしょう?」

 ゆり子先生の提案にすごく悩んでいる感じだ。

「正直ね、私もどうしたらいいのかわからないの。だったら話を聞く人は多い方がいいじゃない。私も二人からヒントが欲しいのよ」

「いいですよ。ちゃんと母にここへ来たことを伝えてもらえれば、それだけでいいです」

 思いがけないことだが、これで彼女の悩みがわかるわけだ。

 でも俺を同席させるのはなぜだろう?

 今度はそっちの方が気になった。


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