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第十四話 透子の意思

 透子ちゃんに能力異常が見られるというのは事前に聞いていたが、まさか身体が半透明になっているとは思わなかった。肌が露出している全部の部分が半透明になっている。透子ちゃんの後ろに立っているお母さんまで透子ちゃんの身体を通して見えるのだ。

 透明力という異能者自体が数年に一人生まれるか生まれないかという話で、異能力をコントロールできる人となると滅多に現れないと前に聞いたことがある。しかしテレビなどの映像では見たことがあるけど本当に向こう側が透けて見えるとは思わなかった。

「今日は会いにきてくれてありがとう」

 透子ちゃんが半透明の顔で微笑む。

「私は本当に大丈夫だから」

 会って早々帰らされそうな雰囲気だ。

「有子ちゃんお仕事中だったんでしょう? ムダに足を運ばせちゃったみたいで本当にごめんなさい。今度なにかあったらメールするね」

「うん。私も何かあったらメールする。電話してきてもいいんだからね? 私の方からもするし、忙しいんじゃないか、とか気にしなくていいから」

 結局そこで松宮さんはこの場から辞去した。当然俺も同じように出て行くことしかできなかった。そうするより他になかったのだ。透子ちゃん家の前で立ち話するわけにもいかないので場所を移すことにした。


 近くに噴水広場という公園があったので、そこで話をすることにした。とはいえベンチに腰を落ち着けたものの、口を開くタイミングが掴めなかった。松宮さんは透子ちゃんの姿に心の整理がつかないのだろう。

「松宮さんは久しぶりに透子ちゃんに会ったんだよね? 会ってみてどうだった?」

 う~ん、と唸って黙ってしまった。

「俺も透明力の異能を持った人と会うのは初めてだからよく分からないんだけど、半透明に見えているのが、やっぱり能力異常なんだろうな。でもそれだと俺たちの手には負えないね。それこそちゃんと能力研究センターで調べてもらった方がいいんじゃないかな?」

 松宮さんが首を傾げている。

「それはそうなんだけど、でもさっきの透子ちゃんなんだけど、以前はあんな感じじゃなかったんだよね。すごく明るく振る舞ってた」

「それはそれでいいことなんじゃないの? たぶんだけど久しぶりに松宮さんと会えたから嬉しかったんだよ、きっと」

 対照的に松宮さんは浮かない顔をしている。

「嬉しかったら追い返さないでしょう?」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 やはり松宮さんも帰らされたと思ってるようだ。

「俺は異能の感覚がないから分からないんだけど、透明力をコントロールできなくなってるのかな? だとしたら家から出られなくても仕方ないよね。だってあの姿じゃ外に出られないだろう? 出てもみんなに好奇の目で見られると思うし、誰だって悩むと思うよ」

 そう言っても、松宮さんは首をひねったままだ。

「私は能力異常よりも、あの教室では見せなかった明るい感じが引っ掛かるのよね。昔のことを話してくれた時の彼女じゃないんだもん」

「それは家の中で会ったからそう思うんじゃないかな? ほら家族がいる前では態度が変わる人っているだろう? 彼女もそうなんだよ」

「でも家族に見せる自分が必ずしも素の状態の自分とは限らないでしょう? どちらかというと無理しているように感じたし」

 そう言われると思い当たる節がある。俺もゆり子先生と一緒にいる時の自分が一番リラックスしていて素の状態に近いと思っているからだ。

「もし無理しているとしたら今もすごくつらい思いをしているんじゃないかな? だって誰にも素の自分を見せることができないんだもん。私が卒業する前の透子ちゃんはあんな感じを一度も見せなかった。地味で目立たないんだけど、でもそれが透子ちゃんだったんだよね」

 さっき会った透子ちゃんは明るい感じだった。でも地味で目立たない子と言われれば、その方がしっくりくる。飾りっ気がない上に印象に残らない顔をしており、お世辞にも美人さんといえる外見はしていなかった。愛嬌や可愛げとも無縁そうである。少なくとも俺よりは彼女のことを知っている人の意見なので今日会ったばかりの俺に判別できることではない。

「小学生の頃に嫌な経験をしたと言っていたけど、それって俺が聞いてもいいことなのかな? よければ教えてもらいたいんだけど」

 松宮さんが俺の方を見た。

 それからしっかりと頷いてみせた。

「小学校の低学年の頃なんだけど、その時はまだ異能力がコントロールできなくて勝手に透明になることがあったんだって。それが物珍しいからクラスの男子に身体を触られて、からかわれちゃったんだ。それ以来、怖くて学校に行けなくなったんだよ」

 話している松宮さんもつらそうだ。

「クラスの女子も怖がりだから、男子にからかわれている女の子と仲良くするってできないんだよね。それで結果的に無視される存在になるんだ。それから田舎の方に引っ越して、なんとか異能力をコントロールできるようになって、こっちの方に進学することができたから良かったんだけど」

 そこで言葉が途切れてしまった。

「そんな簡単に終わらないってことか」

「うん」

 子どものしたことだ、と一言で片付けるのは決まってやましいことをしてきた大人たちの言い分だ。自己弁護をすることでさらに人を傷つける。確かに小学生の男子に良識を求めるのは難しい。だけど無理やり擁護して泣かされた女の子をさらに傷つけることはないではないか。

 傷を受けた子どもは一生苦しむというのに、どうして傷を負わせた方を率先して労わらないといけないというのだろう? 傷を受けた子どもを大切に思うならば傷を負わせた方に一生悔やむよう忘れさせないのが真の償いではなかろうか。罰だけではなく償いについても真剣に考える時期にきていると思う。

「松宮さんが気になるというのなら俺がもう一度様子を見に行ってみるよ。家も分かっているから明日にでも行ってみる。松宮さんは大学と仕事で忙しいだろうけど俺は今日から夏休みだからさ、暇を持て余して仕方なかったんだ」

 乗りかかった船とはこのことだ。

「これで母さんに邪魔者扱いされずに済んだよ。家にいると宿題やれってうるさいからさ」

「またそんなこと言ってカッコつけるんだから」

 照れ隠しは男の美学だ。

「でも宿題はしないとダメだよ」

「へいへい」

 そこは実に松宮さんらしい忠告だ。


「ただいま」

 家に帰ると玄関先で妹の明子とバッタリ鉢合わせした。しかし「おかえりなさい」の一言もなく階段を上がって行ってしまった。この一年でとうとう口も利いてくれなくなってしまったのだ。しかし来年高校受験を控えているのでそれも仕方ない。

「笑吉プリン食べる?」

 リビングに行くと母さんが床の上でヨガをしていた。ダイエットを目的としているらしいが俺の目にはその効果は確かめられなかった。

「あるなら食うけど」

「明子はいらないんだって」

 ということは俺の分はなかったということだ。

「最近食欲ないみたいなんだけど大丈夫かな?」

「夏バテなんじゃないの?」

 プリンを食いながら適当に答えてみる。

「ずっと部屋に籠ってるし」

「そりゃ受験生だからね」

「たまには一緒に出掛けてみたら?」

「一緒に出歩くわけないだろう」

「誘ってみないと分からないじゃない」

「迷惑がられるからいいよ」

 それから部屋に戻って横になりながら考えてみた。そういえば家族に心配されていたのはいつも俺だった、と。小説に出会うまでの俺が、まさに今の明子みたいな存在だった。俺のこともああいう風に心配してくれていたのだろうか?

 学校で一言もしゃべらずに帰ってくることも珍しくなかった。家に帰っても親とは顔を合わせようとしなかった。そんな俺を慕ってくれていたのは明子だけだったではないか。きっと母親が心配しているのを見かねて懐いてくれていたのだ。

 ゆり子先生に心を開くことができたのも勧めてくれた小説のおかげで、それまでは反抗的な態度もとっていたのだ。たまたま、本当にたまたま優しい人が俺の周りに三人もいたから今こうして穏やかに暮らせているのかもしれない。


 翌日の午後、透子ちゃんの家に行く前に本屋さんに寄って『無能者』を購入した。彼女にプレゼントするためである。でも新品の本をプレゼントすると申し訳なく感じて受け取らないかもしれないので、古くなった方を渡そうと思っている。

 透子ちゃんの家まで歩いて約一時間。外は家を出てすぐに、やっぱりやめようと思ってしまうほどの暑さだった。瞬間移動力があればどんなに楽をできただろうか? 冷却力でもいい。冷やす力があれば夏場は気持ちよく過ごせそうだ。

「あら、昨日見えた方よね?」

「はい。加東笑吉です」

 透子ちゃんの家に行くと昨日と同じように玄関でお母さんが対応してくれた。迷惑かもしれないと思っていたので微笑んでくれてホッとしている。

「透子ちゃんに渡したい物があるので来ました」

「何かしら?」

「本です」

「じゃあ、とりあえず上がって」

「いいえ。今日は僕一人なのでここでいいです」

「そう、それならいま呼んでくるわね」

「お願いします」

 招待されたわけではなく勝手に押しかけて来た上に、女性しかいないと知っているのでお邪魔するわけにもいかなかった。それより久しぶりに自分のことを『僕』と呼んで気恥ずかしさを覚えた。でも悪くない感覚だ。ゆり子先生にも僕呼びを使ってみたくなった。

「ごめんなさい。ちょっと体調が悪いみたいなの」

「あっ、そうですか」

 やっぱり俺一人では会ってくれないようだ。でもあらかじめ想定していたことでもある。関係性がないので当然なのだ。

「では、この本を渡してくれませんか?」

「何て言って渡せばいいかしら?」

「そうですね、それじゃあ『気が向いた時に読んで下さい』って伝えてくれませんか?」

「分かった」

 この日はこれで精一杯だった。強引だったり、しつこかったり、という印象を残さなかったのが自分の中で評価できるポイントだ。


 翌日も透子ちゃんの家に行くことを決めていた。この日は手ぶらで行かなければいけない。透子ちゃんに負担を掛けないためだ。

「ごめんなさい。まだ体調が悪いみたいなの」

「そうですか、じゃあまた日を改めます」

 また来ます、というメッセージを残せただけで充分である。問題はお母さんがそれを透子ちゃんに伝えているかどうかだ。


 火曜日も手ぶらで行くことにした。大事なのは会いたいと思っていることを伝えるためだけである。余計な気持ちを混ぜないことが重要だ。

「ごめんなさいね、何度も足を運んでもらって」

「じゃあ、また明日も来ますので」

 一方的に約束してしまった。これが負担にならなければいいんだけど、どうだろう? 俺だって確信があってやっていることではない。


 次の日は絶対に行かなければいけない日だ。でも負荷を掛けたくない日でもある。俺自身も探り探りの状態だ。

「体調は戻ったから、透子が『もう心配しないで下さい』って」

「そうですか、それは安心しました」

 何も言わずに引き上げることにした。あっさりしすぎただろうか? テストと違って正解は透子ちゃんしか知らないので悩むところだ。


 木曜日、この日も透子ちゃんの家に行かなければいけない。もはや顔を合わせるまでやめるわけにはいかなかった。

「ちょっと待っててね」

 そう言って、透子ちゃんの部屋に行ったきり、お母さんはしばらく戻って来なかった。部屋の中に向かって呼び掛ける声が聞こえてくる。俺は余計なことをしているのだろうか? すごく不安になってしまう。親子の関係にも負荷を掛けていないだろうか?

「ごめんなさい。返事がなくて」

「謝らないでください。俺が一人で勝手にやってることですから」

 自分の意思を残してみた。それがどう影響するか分からない。本当に何も分からないのだ。訪問を続けていいのかも分からない。


 次の日も会いに行った。俺も意地になっている部分がある。これはよくない傾向かもしれない。なぜなら透子ちゃんのためであるべきだからだ。一時間の道を歩きながら何度も自問を繰り返すが答えが出ない。いや、引き返さないということは、そうすべし、と心が命じているということだ。

「会いたくないって」

「そうですか、じゃあ帰ります」

 嬉しかった。嬉しくてたまらなかった。初めて透子ちゃんが俺に意思表示してくれたからだ。俺の存在を認めてくれたわけだ。意思を伝えてくれるということが、どれだけ嬉しいことか。これほどの喜びを感じたことは久しく経験していない。意思を伝えてくれたということは、透子ちゃんの生を感じさせてくれたということでもある。それだけでなんだか涙が出た。


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