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第十一話 有子の笑顔

 まさか自分の人生において女の子の方から告白される展開があるとは思ってもみなかった。だからどう返事していいのか分からないという有様である。

「大事なことだから返事は急がなくてもいい」

 松宮さんも察してくれたようだ。

「卒業するまでに決めてくれればいいから」

 ずいぶんと気の長い話だなぁ、と思ったが結婚を前提としたお付き合いを望んでいるということならば慎重になるのもおかしくないだろう。

「じゃあ、そろそろ時間だから帰るね」

「俺はもうちょっとここにいるよ」

「分かった」

 と言って、松宮さんは非常階段を下りて行った。その、カンカンカンと耳に響く心地いい足音が彼女の心の喜びを表しているように聞こえた。嬉しくて空を飛びたくなる。そういえば浮遊力を持っている母さんが、いいことがあるたびに飛んで踊っていたっけ。俺は無能だけど思わず異能力を発揮してしまう人の気持ちを始めて理解できたかもしれない。異能は無意識に出る時もあるのではないだろうか?

 しかしどう返事をすればいいのだろう? 俺は無能者だから一生恋愛することができないと思っていた人間である。俺のことを好きになる女性など、この世に存在するはずがないと思っていたので、告白を受けた後のことをまったく考えたことがなかった。男だろうと女だろうと、みんな能力があるから一緒になれるのであって、俺は初めから恋愛対象から除外されているのだ。

 この際キレイ事はやめよう。人間は内面だと言っている人たちだって、それは最低限人間であることが条件なのだ。世界中の人全員に備わっている特殊能力が俺にだけ備わっていないのだから、自分を同じ人間だと思えるはずがない。そんな俺の気持ちを理解できるのは俺と同じ環境にいる者だけだ。妥協できるとしても小説『無能者』を書いてくれた湯川士郎先生だけである。

 そんな湯川先生でも完全には俺のことを理解できないはずだ。なぜなら現実に無能者は俺しかいないのだから当然の話だ。でもそんな俺にも松宮さんという、積極的に俺のことを理解しようとしている女性が現れたわけだ。好きという感情はないが、気になる存在ではある。いや、好意を持たれていることが分かると急にドキドキする自分がいる。考えれば考えるほど好きという気持ちに変わっていきそうだ。

 いっそのこと好きになってしまおうか? そう思うとすごく幸せになれそうな予感もあるのだ。受け身の女子的発想だが、それも悪くない。ただしとりあえずキープというのは印象を損ねる危険性がある。誰の印象を損ねることになるのか分からないが、この世には世間体というのがある。でも松宮さんは返答を急いでいない感じなのでゆっくりじっくり考えてもいいかもしれない。結婚前提ならなおさらだ。


「倉橋さ~ん」

 翌日の放課後、バドミントンの練習場に行って声を掛けてみた。男子禁制だが、呼び出すことまで禁止されていないはずだ。

「倉橋さん!」

 気づいた倉橋さんが顔を赤くして走って来る。周りの女子は以前と違って、俺たちのことを微笑ましく眺めている感じだ。

「こっち来て!」

 倉橋さんが俺の腕を引っ張り外へ連れ出すと中から歓声が上がった。噂になるのはいいが誤解されるのは困ってしまう。


「何しに来たの?」

 誰もいない水飲み場まで連れられてきた。

「写真を見せてくれるって約束したろう?」

「そんな約束してない!」

 こんなにも怖い顔の上目遣いは初めてだ。

「本当にゆっこと知り合いならゆっこに見せてもらえばいいでしょう?」

「ああ、確かにそうだった。でも約束したと思ったから会いに行った方がいいと思って来たんだ」

「その積極性や勘違いはね、異性に発揮したらダメなやつだよ。わたしの目、ハートになってる?」

 ハートではなく、瞳が悪魔のようだ。

「なってない」

「でしょう? 正直二人で会ってるところも誰かに見られたくないんだよね。なんでか分かるかな?」

「どうしてだろう?」

 と、すっとぼけてみる。

「加東くんと仲がいいと思われたくないんだよ。わたしにも高校生活が懸かってるんだ。だから一年の一学期でつまづきたくないの」

 倉橋さんの顔が必死だ。

「無能の加東くんと仲良くすると、『あれ? 倉橋なら俺でもイケるんじゃね?』って思われるかもしれないでしょう? そうなったらわたしの周りにはダメな男しか寄ってこなくなるんだよ。だから卒業するまでわたしの周りをウロチョロしないでほしいの」

 倉橋さんのこの言葉に不快感を抱く男がいたら、そいつは大バカ野郎だ。生まれも育ちも無能の俺にはやさしく感じられる言葉なのである。とにかく面と向かって正直に言ってくれる人が一番ありがたい存在だ。涙目なのは悲しいからじゃない。嬉しくても涙は出るのだ。

「ごめんね。泣かせるつもりはなかったの。あとで写真見せてあげるからそれで許して。でも会って話すのは今日限りにしようね」


 それから誰にも見られないようにと、通学路から外れた住宅街のコンビニの前で待つように指示を受け、その言葉に従うことにした。

 松宮さんに告白されたことでかなり浮かれ過ぎていたのかもしれない。倉橋さんが顔を赤らめたのを見て、惚れられてしまったと思ったほどだ。これが女の子から惚れられることによって発揮される勘違いパワーなのだろうか? 告白される以前までの自分とは別人みたいだ。

 そもそもたいして努力もしていないのに、告白されたぐらいで一昨日までの自分と現在の自分に違いなど生まれるはずがないではないか。努力のない自信は過信になりやすいので、自惚れる原因にもなり要注意なのだ。そのことに気がつけただけでも、倉橋さんに会えて良かった。

「冷たくて甘いの食べたい」

 コンビニで待ち合わせた理由が分かった。俺にアイスをおごらせるためだ。しかも俺も食べたことがないナッツがデコデコしたのを買わされた。同性同士ならカツアゲだけど、相手が異性なら問題にならないという世の中の不思議。女ほど恐ろしい存在は、この世に存在しない。

「うま~」

 口の両端にチョコレートがベットリとついているのだが、その笑顔が悪魔のように見える。カワイイらしいナッツを噛み砕く悪魔の女だ。

「しょうがないから写真を見せてあげるとするか」

 何がしょうがないだ。交換条件があるなら見せてもらわなくて結構だった。なんで初めて女性におごった記念日が倉橋さんなんだ。

「これが修学旅行の時ね」

 ホテルの部屋でみんな笑っているのに、松宮さんだけが顔を引きつらせてレンズを睨んでいる。これはちょっと怖いかもしれない。

「これがキャンプ」

 山の中で記念撮影しているが、松宮さんだけやっぱり表情がない。他の人のように眩しそうにしているわけでもなく顔が引きつっている。

「これが体育祭ね」

 あれ? どこか違和感がある。見たところ仲のいい女子グループの集合写真なのだが、この一枚の松宮さんはどこかおかしい。

「どうかした?」

 どこがどうおかしいのか分からないが、他の写真と比べると印象に違いがあるのだ。さっきの二枚が無表情なら、これは表情が死んでいる感じだ。

「松宮さんって、修学旅行楽しいって言ってた?」

「うん」

「文化祭は?」

「うん。楽しいって」

「体育祭は?」

「ゆっこは運動苦手だから」

「そういうことか」

「え? なに?」

「いや、なんでもない」

 疑問が解けたので帰ることにした。

「もういいの?」

「うん。ありがとう」

「また用があるなら連絡してもいいよ。学校の外でなら会ってあげるからさ」

 俺をカツアゲする気マンマンのようだ。

「じゃあ、また何かあったら頼むよ」

 メアドを交換してしまった。チクショウめ! 俺は俺でカツアゲされる気マンマンなのだ。どうして、もしもの時の下心に勝てないのだろうか?

「あっ、そうだ」

 聞いておきたいことがあったのを思い出した。

「松宮さんって、いつも犬か猫か分からないTシャツ着てるんだけど、あれが何か分かる?」

「え?」

 と言いつつ、倉橋さんが思い出す。

「文化祭の時のTシャツかな? そういえばあれでミック―とゆっこがケンカしちゃったんだよね。あれからみんなと距離ができたような気がする」

「どんなケンカだったの?」

「知らない。だってミック―が教えてくれないんだもん。ケンカしたっていう話もミック―から聞いたわけじゃないしね。でもそのTシャツを今でもゆっこが着てるってことはたいしたことなかったんじゃない? ケンカってのもなかったかもしれない」

 さすがに伝聞では話が曖昧だ。Tシャツの話に関しては松宮さんに会って直接聞いた方がいいかもしれない。


 土曜日はゆり子先生にカスタードクリームの今川焼をおごってもらった。どうせなら俺も倉橋さんではなく先生にお金を使いたかった。

「告白?」

 先生が診察室で驚いて紅茶をソファにこぼしそうになった。告白された俺も驚いているのだから、先生が驚くのも無理はない。

「有子ちゃんが告白したの?」

「はい」

「そんなはずないんだけどな」

 ゆり子先生が小首を傾げる。

 でも、どんなに信じられなくても事実である。

 先生が腕まで組み始めた。

「う~ん」

 今度は足も組んでみせた。

 綺麗なおみ足だ。

 疲れた足をもんであげたくなる。

「何かの間違いじゃないの?」

「本当ですよ。返答もしなくちゃいけないんです」

「でも昨日会った時は何も言ってなかったけど」

「プライベートなことだからじゃないですか?」

「そうなのかしらね」

 先生がちょっとだけ残念そうな顔をした。

「で、笑吉くんは何て返事をするの?」

 どう返答するか迷っていることを伝えた。

「だったら正直に答えるしかないじゃない」

 そこでゆり子先生が固まった。

「どうしたんですか?」

「うん。今の言葉は聞かなかったことにして」

「どういうことですか?」

 先生の顔が真顔になった。

「そこはアドバイスしてはいけない領域だと思ったの。どう返事するか悩むのも人生の一部だもんね。私が誘導しちゃいけないのよ」

 なんか寂しい答えだ。

「でも、ゆり子先生はもう俺の人生の一部なんですよ。こんなこと言うと失礼かもしれないけど、友達に相談すること自体よくあることじゃないですか」

 先生の顔は表情まで寂しそうだ。

「こうして会うのが日常の一部になっているけど、どこかで一区切りをつける日も考えておかないといけないのかもしれない」

 どうしていきなりそんな話になるのだろう?

「俺、まだ治ってませんよ」

「異能がないのは病気じゃないでしょう?」

「今の時代だと病気みたいなもんですよ」

「私はそうは思わない」

 そこは先生の昔から一貫しているところだ。

「でも研究はどうするんですか?」

「別の方に引き継いでもらうのも一つの手ね」

「なんでそんなことするんですか?」

 ゆり子先生が目を閉じる。

 己の心に問うているようだ。

「こんなこと言うと傷つくかもしれないけど、巣立ちができないのは私のせいかもしれないから。子ども扱いは嫌だよね」

 そんなことは気にならなかった。

 それより終わりを感じたことがショックだ。

 漠然とだが終わりがないものと思っていた。

 それが終わる、かもしれない。

「ごめんなさい。私も急にそのことに気がついて気持ちの整理がつかないの。でもいつかはそうしなければいけないことなのよね。でもまだまだ先の話だから、時期については二人でじっくり話し合って決めましょう。ほら、そんな悲しい顔しないの」

 そう言われても、落ち込むな、というのがムリな話だ。こんなの、いきなり出て行けと言われたようなものである。


 その日の帰り道、改めてゆり子先生は家にいる母親よりもじっくり話をする相手だと思い至った。最近では妹よりも身内のように感じる。

 だからこそ先生は俺に親離れのようなことを施す必要性を感じてしまったのだろうか? 自立できない俺が悪いということか?

 でもそれって、なんか違うような気がするんだよな。ハッキリとした言葉は思いつかないけれど、絶対に正しいとは限らないような気がするのだ。

 それに関してはゆっくりと考えていくしかない。今は明日会う松宮さんのことを考えるのが重要だ。中途半端にだけはならないようにしたい。


 待ち合わせ場所はなぜかまたしても中学校の非常階段の一番上の場所である。

 日陰で風が気持ちいいだからであって、高所が好きというわけじゃない。

 松宮さんが来た!

 今日もいつものTシャツだ。

 これはチャンスである。

「ニャッホー」

 そう言うと、松宮さんの顔が引きつった。

 やはり予想通りだったようだ。


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