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第一話 俺だけが無能

「昨日のナガミのシュート見た?」

「あれ、ゴールの真上からだったよね?」

「うん、うん、あんなの初めて見た」

 教室ではフライング・サッカーの話で持ち切りだった。浮遊能力を持つ者が三次元空間で玉蹴りをするだけのスポーツなのだが、世界的に最も人気のあるスポーツである。ナガミというのは日本代表で10番をつけている永見選手のことだ。

「でもあれってパスだよね?」

「違うよ。ちゃんと狙ってるって顔してたもん」

「ナガミもバックスピンをかけたって言ってた」

 クラスメイトが口にする話題は芸能とスポーツの二つしかない。恋愛や将来についての話題は教室の外でするのが底辺校に通う高校生の日常だ。もっとも俺は進学校とは無縁で、その進学校に通っている友達が一人もいないので実際に比較して言ったわけではないので単なる思い込みでもある。

「ナガミ君かっこいいね」

「浮遊力があるとデートが楽しそうだし」

「そうそう、夜空を散歩できるんだもん」

「ウチの男子にもいなかったっけ?」

「マルカワ? ないない」

「マルくんは五十センチも浮くことできないしね」

 確かに永見選手と違って同じ浮遊力を持つ丸川君は三十センチしか浮くことができない。だからこそ進学校ではなく底辺高校にいるわけだ。世界中のすべての人に特殊能力が備わっているが、その能力値には大きな個人差がある。能力差に合わせて十五歳で選別されてしまうのが避けることのできない現実だ。

「ヒヨリは東高のカレシで我慢しないと」

「そうだよ、ウチらじゃ絶対ムリだもんね」

「でも発火力だしな」

「安定が一番だって」

「発火持ち同士の相性なら悪くないでしょう?」

「悪くないけど良くもないよ」

「でもココの男子より百倍マシだから」

「逃がしたら次はないと思う」

「そうなのかな」

 色々と説明しなければならないことがある。まず東高というのは地域で一番の進学校のことで、そこに合格すれば将来が約束されたようなものだ。次に発火力だが、それは人体から火を放射することができる特殊能力のことである。エネルギーに交換可能な能力なので高収入が約束されている。相性という話も出たが、これに関しては占いのようなものなので上手く説明することができない。昔から星座占いと同じく異能占いというのが人気だ。ただし両親の特殊能力が子どもの能力にどう影響するのか、という意味での相性もあるのでバカにできない悩みでもある。


「昨日の『Z-メン』観たか?」

 尋ねてきたのはクラスメイトで唯一俺の方から話し掛けることができる小島陸こじまりくだ。理由はたまたま席が隣だった、というだけである。ちなみに俺の名前は加東笑吉かとう しょうきちで、下の名前で呼ばれたのは同じクラスに同じ読みをする加藤姓が3人もいるからであって、特別な意味はない。

 ちなみに小島が言っている『Z-メン』というのは子ども向けのアクション・ヒーローもののテレビ番組のことで、キャストを替えながら何十年も続けている人気シリーズの総称のことである。俺は観たことがないが、彼は毎週欠かさずチェックして話題を振ってくるのだ。

「昨日のは今年一番おもしろかったな。ネンジが山を持ち上げたと思ったら、それをゴーワンが真っ二つにして、フウマが吹っ飛ばすんだよ」

 小島はあらすじを語ることが楽しいようだ。

「それを鉄魔人にぶつけるんだけど死なねぇの。それで今度はポーターが魔人を抱えて噴火口に飛び込んだんだけど、さすがに今回は死んだだろうな」

 ストーリーは陳腐だが、これをスタントなしで俳優が実写で行っているのが作品の見どころである。物体を浮遊させたり、腕を固くして岩を砕いたり、竜巻を起こしたり、瞬間移動で消えて見せたり、全部俳優が特殊能力を用いて撮影するわけだ。大昔の特撮ヒーローものとは大違いである。

「オレにも珍しい能力があればいいんだけどな」

 小島は以前から俳優になりたいと言っていた。顔は悪くないのだが、俳優業も能力が高くないと通用しないというのが最近の芸能事情である。

「笑吉も『無能者』ならチャンスがあるのにな」

「俺はそういうの興味ないから」

「でも好きな作品だろう?」

「本は読んでるけど、俳優とかはいいよ」

「ああ、確かに無能なら誰でも演じられるもんな」

 この微妙に噛み合わない会話も底辺高校の特徴の一つだ。話したいことを話し、思い込みだけで会話が続いていくので誤解が生じるのは日常茶飯事だ。人は聞きたいことだけしか聞かないし、信じたいことしか信じないので、誤解を解こうとしても意味がないのである。

 しかし『無能者』が誰にでも演じられるというのはどうだろう? 誰が無能者の気持ちを理解して芝居をすることができるというのだ? この世には俺しか無能は存在しておらず、地球上のあらゆる人が何らかの特殊能力を持っているというのに、誰が『俺』を演じられるというのだろう?

 俺の気持ちを理解できるのは『無能者』という小説を書いた作者だけではないだろうか? そうだ、一冊の本で俺を救ってくれた湯川士郎先生だけだ。小説『無能者』は歴史物で、まだ世の中に異能者と無能者が混在していた時代の物語だ。そこに最後の無能者となった主人公の孤独が描かれている。

 この小説と出会うことができなければ未来を思い浮かべるのが苦しかったに違いないし、この境遇を受け入れることなどできなかっただろう。俺のウジウジした性格なら、いつまでも周囲を羨み、憎み、誰かれかまわず八つ当たりしていたに違いない。

 いや、今でも他人を羨ましいと思ったり憎らしいと思ったりすることはある。それでも自暴自棄になることはない。最近の俺は、たったそれだけでも悪い生き方ではないな、なんて思うことができるようになったのだ。それもこれもすべて湯川先生のおかげといえるだろう。

 ちなみに小説だから特別に素晴らしいと思うわけではない。テレビや映画やマンガじゃなかったのは偶然に過ぎないからだ。映画なら映画で良かったし、アニメならアニメで良かった。結局こいうのは多感な小・中学生の時に何と出会ったかによって決まってしまうような気がする。


「笑吉君、急用が入ったの。待っててくれる?」

 そう言うと、ゆり子先生は急いで研究室へ戻って行った。忙しい人なので後回しにされても別になんとも思わなかった。土曜日の午後、学校帰りに国立の能力研究センターに寄るのが子どもの頃からの義務になっている。そこで白河しろかわゆり子先生の診察を受けるのだ。

 通称『能研』が何を研究している場所なのかはよく知らない。知っているのは俺が観察対象になっていることだけだ。なにしろ世界中で能力を持たない人間は俺だけなので研究の対象になるのは仕方ないわけである。でも実験の被験者になるわけではないので、俺自身も特に問題にしたことはなかった。

 生まれた子どもは全員その場でどんな特殊能力を持っているのかを調べられ、漏れなくタグ付けされて登録されるのが世界中で義務付けられている。ひと昔前は異能力の発露が遅れることもあったが、最近は検査で瞬間移動や浮遊力などの識別までできるようになったのだ。

 裏社会には登録されていない者がいて犯罪に利用される場合、もしくは加害者になる場合があるが、それらはすべてニュースの中の出来事である。比較的治安が良い国なので、身の回りで大規模な犯罪に巻き込まれたケースは一度もない。警察にはとんでもない特殊能力を持つ者がいるので安心して生活を送れるのだ。

 能力研究センターは病院と同じ匂いがしていた。働いている人も白衣を着ているので、目隠しをして連れて来られたら病院と見分けがつかないだろう。ただし所内を患者がうろつくということはないので、やっぱり病院ではないのだ。白衣の研究員も治癒能力を持った医者ではない。

 ゆり子先生の研究室で来客が帰るのを待っているのだが、やることがないので本を読むことにした。読むのは愛読している『無能者』だ。もうすでに十回以上は通読しているけど、何度も読み返してしまうのがクセになっている。詩集を持ち歩く人の感覚に似ているだろうか。

「白河先生は?」

「来客中です」

「そう」

 研究員が訪ねて来たのだが、ゆり子先生の部屋に俺がいても誰もおかしいと思う人はいない。十年以上通っているので風景の一部になっているのだ。五歳の頃からいるので親戚の子どものように扱ってくれる人もいるくらいだ。俺も俺で恐縮しないようにしている。

 白河ゆり子先生はまだ二十五歳だが、飛び級で大学を出て十五歳で研究員になったので、その若さで個人の研究室を持つことが許されている。能力研究に関する本を出版し、その世界では知らない者はいないのだが、世間的にはまだまだ無名である。俺にとっても綺麗なお姉さんという印象しかない。

 多忙を極めている方なので待たされていてもなんとも思わなかった。そもそも俺には家に帰ってやることなど何もないからイライラする理由がない。といっても、宿題はあるのだが、それは『やるべきこと』ではなく、『やらされている』ことなので幾らでも後回しにできてしまうのである。

「ごめん、笑吉君。紅茶淹れてくれない?」

 ゆり子先生が隣の診察室から顔を出した。紅茶を頼むということは、『長くなるよ』という意味でもある。さらに長くなる時はお茶菓子も頼まれる。紅茶を淹れるのは昔から得意だった。それが俺の特殊能力だといってもいいくらいの特技になっている。でも考えてみれば、紅茶が美味いのは茶葉のおかげか。

「失礼します」

 紅茶をトレーに載せて診察室に入ると東高校の制服を着た女子生徒が母親に付き添われて診察を受けていた。ゆり子先生と面談できるということは、かなりのお金持ちということだ。特別なコネクションでもない限り持てない繋がりだからである。

「ありがとう」

 ゆり子先生は笑うとタヌキみたいな顔になる。

「失礼しました」

 部屋の中の空気が重たく感じられたので、逃げるように研究室に戻ることにした。どんな相談をしているのだろう? ゆり子先生のところに来るということは特殊能力に関することに違いない。それとも進路に関する相談だろうか? いずれにしても無能者の俺には関係のない話であることは確かだ。

「それでは先生、お願いしますね」

 一時間ほど経過してから三人が出てきた。

「来週はこの子一人で行かせますから」

「では、また同じ時間でお待ちしております」

 先生がかなり畏まっている。見送る時まで緊張した面持ちだったので、やはり名家のお嬢様なのだろう。俺とは住む世界が違う人だ。いや、それは表現が間違っている。そもそも俺だけが無能者なので、住む世界が違うというのは、すべての人に言えるわけだ。

「ごめん、待たせちゃったわね」

 お客さんの姿が見えなくなるまで見届けて、ゆり子先生が背筋を伸ばした。

「あっ、いま笑ったでしょう?」

「いや、笑ってないです」

「ババくさいと思わなかった?」

「思わないです」

「よろしい」

 このやり取りがすでにババくさいのだが、ゆり子先生だと可愛らしく感じられるので特に気持ちが萎えるということはなかった。

「じゃあ、始めましょうか」

 ということで、今度は俺が診察室で診てもらう番だ。といっても別に特別なことをするわけではない。最近は世間話をして終わることがよくある。それでも粘膜検査だけは欠かしたことがなかった。それを調べれば大体の特殊能力が判明できるからである。

「さっきの人は誰ですか?」

 口を開けながら尋ねてみる。ゆり子先生の真剣な顔つきが目の前にある。この瞬間だけは毎週緊張してしまう。歯医者とは違う緊張感だ。

「城東医大の学長夫人とそのお嬢さん」

 それ以上は説明してくれなかった。話さないということは守秘義務に関わることなのだろう。そういう場合は深く聞かないようにしている。しかし来週また診察を受けに来るということは、異能に関する悩みであることは間違いないようだ。進学校である東高の生徒にどんな悩みがあるというのだろう?


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