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#epilogue

  その日、街は混乱に陥った。

  突如殺されたグランドール。統制を失ったそのファミリー。歓喜する人々、困惑する人々、暴動に走る人々。

  抑制の効かぬその報せは、あっという間にバルクール帝王にもまで伝わった。至急帝王はレヴナンに最も近い街であるカルムの自警団に要請を出し、レヴナンの暴動を鎮めた。

  再びレヴナンは帝国の支配下に入った。帝都をレヴナンに移すという計画も始まった。

  グランドール・ファミリーの残党は全員捕らえられ、各街の牢獄に分けて入れられた。ただどうしてか、ファルコンのリーダーと、レイヴンのリーダーだけが見つからず、指名手配された。

  死体回収の数は凄まじかった。とても一人がやったとは思えぬ程の量で、王宮の片付けは長く手間取った。

  グランドールの計画は、捕らえられた部下達によって徐々に明るみに出て行った。彼の目的・動機のほとんどが帝王にまで知れた。そして誰もが、彼の強大な力に震えた。

  …………今や、もう潰えた計画ではあるが。

  その計画を潰した本人は、レヴナン商業区の病院にいた。暴動が収まった翌日の朝、白いベッドの上で、病衣を身に付けて座り、窓の外を眺めていた。

「………………」

「傷の調子はどうかな、サカキさん」

  院長であるラフォルグ・ブルーノは、病室のドアからネウロに声を掛けた。ネウロは答えないまま窓の外を見ていた。病衣の下は痛々しい包帯が巻かれている。腕からは点滴の管が出ている。状態は、良くない。

  無言のネウロに苦笑交じりにため息を吐いて、ラフォルグは病室の中に入って行く。ベッドの傍らに立ち、彼は言う。

「……気になりますか、街の様子が」

「……思ったよりも、早かった」

「暴動が収まるのがですか?」

「………………変わるのが」

  ネウロは窓の外を見たまま答えた。沈黙。心電図の音がただ室内に響く。

「……俺は、生きてて良かったのか…?」

  唐突なネウロの問いに、一瞬ラフォルグは戸惑い、そして笑って答えた。

「生きてて駄目な人間なんて、この世にはいませんよ」

「………医者らしい答えだな」

  ネウロがラフォルグの方を向いて、ニ、と笑った。

「人を救うのが我々の仕事ですからね」

  ラフォルグはそう言って、笑う。と、ネウロの表情が僅かに暗くなった。

「……………俺は、あんたらみたいには救えない」

「………………犠牲の上に成り立つものは嫌ですか?」

「………いや」

  再び窓の外を見るネウロ。

「……自分が、恥ずかしいだけだ」

  大通り側の部屋。病院にやって来る人々が見える。

「……………サカキさん」

「………」

「あなたが殺めた人よりも、遥かに多くの人が救われたと思いますよ」

「……………そう、か」

  今回に限っては、そうなのかもしれない。……けど。

「皆が救われても…………俺は救われないんだよな…」

  と、その時カチャカチャという金属音が廊下から聞こえて来た。その音に、ネウロもラフォルグも、その方を見た。と、病院には不釣り合いな鎧を身に付けた一人の人物が現れた。彼は部屋の前で立ち止まり、ヘルムで見えない顔をネウロへと向けた。

「……………榊ネウロ、だな」

  くぐもった男の声が、ヘルムの奥から聞こえた。

「………………近衛騎士……」

  帝王直属の護衛騎士。人数はたった三人。彼らは国中から選び抜かれた凄腕の剣士達だ。この国の人間ならば誰でも知っている存在である。……ただ、素性は誰も知らない。

「………何の御用ですか?」

  ラフォルグが問う。ネウロは、自分を捕らえに来たのかと思った。何にしろ、自分は大勢を殺した殺人犯だ。何も文句は言えない。

  騎士はつかつかとネウロに歩み寄って来る。ラフォルグの横に立つと、彼はカチャ、と音を立てて首を傾げた。

「………………随分と、丸くなったものだなネウロ」

「…………?」

  親しげな言い方。だがネウロには近衛騎士に知り合いがいる覚えはなかった。

  と、騎士は戸惑うネウロを見て、くぐもった笑いを発する。

「ははぁ………そうか、これじゃあ声も分からんか」

  と、彼はヘルムを取った。ネウロと同じような黒い短髪と、額に斜めに小さな傷がある顔が露わになる。その顔を見て、ネウロは驚いた。

「……………え、あ、ファ、ファーミル元帥っ⁈」

「よ、元気してたか。あと、元、な。元」

  旧帝国軍元帥、アーレス・ファーミル。かつてネウロはよく世話になり、唯一頭の上がらない人物である。

「……な、何でげ、元す……………ファ、ファーミルさんが近衛騎士…に」

「何でって、帝王からの命令でな」

  あっけらかんと言うに、ネウロは口をパクパクさせる。

「…………て、帝王…からって」

「知っての通り、近衛騎士は国中から選ばれた一流剣士。何しろこの俺は天才だからなー、選ばれちゃった訳よ」

  なはは、と笑う彼に、ネウロはしばらく呆気に取られていたが、はっとなって訊く。

「………で、どうしてここに来たんですか」

「………………まだ彼は安静ですよ」

  ラフォルグが口を挟むと、アーレスはヒラヒラと手を振った。

「分ーかってるよ。……今日はちょっとな、お前に頼みがあって来たんだ」

「………?」

「……帝王からな、この街に自警団を設立せよとのお達しがあった」

「………それが、俺に何の関係があるんですか?」

「まだ聞け。……んで、その団長候補がいないってんで帝王が頭悩ませててなぁ………で、俺が一つ案出してやろうと思ったんだが…」

  そこで一度言葉を切り、彼は言った。

「……お前、やってみないか?」

  ……耳を疑ったネウロは、思わず訊き返す。

「…………はい?」

「レヴナン自警団の団長。お前がやってみないか?いや、むしろやれ」

「………は……なっ……何で俺がっ!」

  思いっきり叫ぶと、ズキリと傷が痛んだ。うっ、となって身を縮ませるネウロに、アーレスは笑う。

「ま、今すぐにとは言わねェよ。その様子じゃ、まだまだ戦えそうにもないしなぁ」

「まだ安静です」

「分かってるって」

  口を挟むラフォルグを、アーレスは軽く跳ね返した。

「お前はこの街の言わば英雄なんだ。全ての人間が支配から解かれ、自由になった。もうグランドールの力に怯えて暮らす事もない」

「分かってるんですか、俺は……」

「お前本当に丸くなったな。今さらだろー、そんなの」

  ネウロの言葉を先読みして、アーレスが言う。

「俺は言ったハズだぜ。“代わりに償え”って」

「……!」

「それだからお前はずっと便利屋なんてして来たんだろ。…何ら変わらねェよ、人の為に尽くすってんなら」

「………………」

  帝国軍が解散されてすぐ。血濡れた己の生に迷うネウロに、彼は言ったのだった。

「“ただ、誰か一人でも喜んでくれる事を出来ればいい。時には人を殺す事があっても、たった一人でも喜んでくれるのなら、それは少なくとも、戦場での無意味な殺戮とは違う”」

  あの時の言葉そっくりそのまま、アーレスが言った。ネウロはそれに、微笑を浮かべる。

「………よく覚えてますね、一字一句違わず」

「俺も教えて貰った言葉だからなぁ、大切にしてるんだ」

「……受け売りですか」

「そそ。受け売り」

  悪びれもせず、彼は笑う。その笑みが、ネウロの固くなっていた心をじんわりと溶かした様な気がした。窓の外に視線を移し、ネウロは苦笑交じりに言う。

「ずるい人ですね、相変わらず。そうやっていつも無理矢理人の方向を変えてしまう」

「……それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」

「……えぇ。……俺には到底出来ない事ですから」

「何か皮肉に聞こえる。……まぁいっか。……って事は、引き受けてくれるって事かな?」

「考えてはおきます」

  ネウロがそう答えると、アーレスはガッツポーズをする。

「よっしゃ!……あー…これでちゃんと帰れる……!」

「自分の為ですか、結局………」

「だってよう、俺見栄張って出て来ちまったしぃ……お前にいい答え貰えなかったら恥ずかしいじゃねェか……」

「……そんな事、本人の前で言うものじゃありませんよ」

「いいーんだよ、お前だから」

「意味分かりませんし……」

  本当にこの人、元帥だったんだっけ、とネウロはつい疑いたくなる。威厳なんて欠片もない。……ただ、実力がある事は確かなのはネウロも認めている。

「んじゃーな、三日後また来るわ」

「………はい」

「それまでに元気になってろよ」

「…………頑張ります」

  ネウロがそう答えると、よし、とアーレスは頷いて再びヘルムで顔を隠し、そして顔の前で人差し指を立てた。

「……あ、俺の事秘密な。本当は、近衛騎士の身元は知られちゃいけねェんだ。帝王意外には」

  くぐもった声がヘルムの奥から発される。

「………分かってます」

「よぉし、良かった。先生も他言無用な」

「承知しております。近衛騎士殿」

  ラフォルグが頷いて言った。アーレスは頷き、チャ、と手を挙げる。

「うん、じゃあな。また来る」

「…………今度は私服で来て下さいね」

「…そうするよ」

  ネウロの言葉に、苦笑交じりにアーレスが言った。顔は見えないが、そんな感じがした。

  そして、くるりと近衛騎士は踵を返し、病室を出て行った。それを見送っていると、ラフォルグが口を開いた。

「………さっきよりも良い表情をされている」

「……………?」

  唐突なその言葉に、ネウロは彼を見る。彼はにこりと笑って、ネウロに言った。

「さっきまでの暗い表情はどこへやら。……不思議な方ですね、太陽の様だ」

「………そうだな」

  ネウロは窓の外に目を移した。通りに人が増えて来ていた。

「……………あんな時代を、しかも最先端で生きて来たはずなのに、あの人はどうしてあんなに明るいのか…」

  何に置いても、彼はネウロの上を行く。地位も名声も器も、力も。自分に無い物はなんだって彼は持っている。

「俺は色々欠けてる。……だから何でも持ってるあの人から色んなものを貰った。…………何度も、救われた」

  アーレスはネウロより二十歳歳上である。ネウロよりも遥かに多くの経験をして来た事だろう。だからこそ他人に容易く救いの手を差し伸べられるのだろう。

「……憧れるな、ああいう人には」

「サカキさんが敬語使うの、初めて見ましたよ」

「…………まだ、あんたとちゃんと喋ったの二日だけだぞ」

「いや、でもてっきり使わない人なのかと思ってました」

「お、俺にだって尊敬する人はいるっ…」

  少し照れながら言うネウロに、ラフォルグは笑う。

「……………それにしても……」

「…ん?」

  と、今度はバタバタとした足音が聞こえて来た。二人。ネウロの耳はそう感じ取った。開かれたドアの前、足音の主のリヒターとシェスカが立ち止まった。

「あ!ネウロ!なぁ!さっき病院に近衛騎士がいたんだぜ!あれだろ!帝王の護衛の奴だろ!」

「すごかったんだよ!」

「こらこら、病室では静かに」

  興奮して話す二人に、ラフォルグは言う。だが二人は聞かず、ネウロのベッドのすぐ横に来て話し続ける。

「昔チラッと見たことあるけど……あんなに間近で見たのは初めて!」

「なぁ、何で来てたんだろな⁈不思議じゃねェか⁈」

  余程新鮮だったのだろうか。話に大分熱が入っている。

  ネウロは苦笑交じりに二人に言った。

「………お前ら……俺の見舞いに来たんじゃねェのかよ」

「そうだけどよ………ほら……なんか…」

「あの装具のデザイン!もっと間近で見たかったあ……」

「おいそこかよシェスカ」

「リヒターには分からないわよ!私ああいうの作りたかったんだから」

「あっ、工場を裏切ったな畜生、工場長の娘の分際でぇ」

「そっ、それとこれは別の話だから!」

「………二人共落ち着けよ」

  そう言って、ネウロは二人を宥める。ようやく落ち着いた二人は、一度顔を見合わせ、そしてリヒターが口を開く。

「…………思ったよりも元気そうだな」

「もっと落ち込んでるかと思ってた」

「慰めに来たなら、ちょっと遅かったな」

  と、意地悪気にネウロは笑って見せる。

「…………あ、お前が笑うの初めて見たかも」

「……ほんとだ」

「……………っ……お前らなぁ……」

  眉を顰めるネウロに、シェスカが笑いながら「ごめん」と言う。そして、ふと俯き、表情を暗くした。

「…………あのね、ネウロ、あの日の夜言ったでしょ。“俺達は友達なんかじゃない”って」

「…………………」

  沈んだシェスカの言葉に、ネウロはドキッとした。……もうあれで別れるつもりだった。けど、またこうして再会してしまった。

「……私はね、まだ短い付き合いだけど……もう友達だって思ってた。………助けてくれたし、一緒に色々したし…」

「…………シェスカ」

「少なくとも、無関係なんかじゃないと思うよ。……でも、もしそれが私の思い込みだったらゴメン、謝るよ」

「……………」

「迷惑、だった………?王宮まで迎えに行ったのも、こうしてここに来たのも」

  シェスカは上目遣いにネウロ見て、そう言った。少しの間。ネウロは斜め下に視線を逸らし、それから目を伏せて首を横に振った。

「……………そんな事ない」

「…………!」

「俺も悪かったよ。あんな事言って。………俺が自分勝手だったな。関係を断った方が、お前達の為になると思ってた」

「あのな、俺もショックだったんだぞ。シェスカから聞いて」

「……………すまない」

「お前、そんなに罪悪感持つ事ねェんだぞ?誰もお前を恨んじゃいねェんだ。………お前が俺達の味方をしてくれる限りは、例えどんな人殺しだったとしても俺達は受け入れる」

「ちょっ、リヒター!その言い方はっ……」

「………ありがとう」

「……!………ネウロ」

  リヒターを止めかけたシェスカは、ネウロの方を見た。ネウロは柔らかく笑っていた。それに、シェスカは思わず息を詰まらせた。……………こんな笑い方も出来るんだ。と、ついそう思ってしまった。

「俺は今まで独りで生きて来たからな……いや、支えてくれる手はあったけど………でも、今までこういう関係の人間は持った事なかった。…………だから、ちょっと嬉しい」

  少し照れたような声。初めて聞く種のネウロの声に、シェスカとリヒターは戸惑う。そんな二人に、ネウロは言う。

「………ちょっと、頼みがあるんだが」

「?」

「俺の新しい銃、作ってくれないか。壊れてしまって」

「…………?………!」

  ハッとして、二人は顔を見合わせる。そして、身を乗り出して言う。

「えっ、それじゃあっ!まだこの街にいるって事⁈」

「おうおう、作ってやるよ!うんと性能いい奴をな!」

「私、デザイン頑張る!」

「…………頼むよ」

  キャイキャイと喜ぶ二人に微笑み、ネウロは窓の外に目を向けた。少し遠くに、王宮がそびえる。

  失ったものがある。だが得たものもある。得たものの方が遥かに多い。自分はやっと、過去の遺物を切り捨てただけなのだ。何も、悲しむ事などない。

「………イーズ、許せよ」

  窓越しに、見上げた空。雲一つ無い快晴だった。今日なら、死者の世界にも届くだろうか。懺悔の言葉は。今まで犠牲にして来た人々に。

  今日で、それも最後にしよう。もう、悔いるのはやめにしよう。また再出発するのだ。ここから。

「なぁネウロ、どんなのがいいかな!」

「………………実用性のあるの」

「もう、もっと具体的にー!」

  素っ気ないネウロの答えに、シェスカが怒る。それを見てリヒターが笑う。騒ぐ二人をラフォルグが叱る。ピタリと静かになる二人。ネウロは笑う。

  平和だった。これが、自分がもたらした結果か。……悪くない。もう二度と、この街をあんな支配下には置きたくない。だから、今度は自分がこの街を護って行こう。

  ネウロひっそりと、そう決意したのだった。


 

  巨大都市、レヴナン。現帝都。かつては監獄都市と化していたこの街では、今はただ平穏に人々が暮らしている。




 END

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