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#2

  レヴナン中央、王宮区。旧バルクール宮殿が中心に控える区域。そこは今、グランドール・ファミリーの根城になっている。そこに君臨するカミーユ・グランドールは正に“帝王”であった。

  部下からの信頼は厚く、レヴナンの人々からは恐れられる。完全なる街の支配者。……故に帝王。

  小さな小国となろうとしているこの街で、彼は強大な実権を握っている。

「…………んで?俺まで回ってくるって事は相当って事か」

  王宮最上階、かつてバルクール帝王の居た王の間。今その椅子にはこの街の支配者たる男が座っている。

  短いブロンド、左目の周りに刻まれた羽根と炎を合わせた様なタトゥー。鋭い目。白いロングコートを肩から掛けて、その中はグレーのスーツ。正にマフィアのボスという出で立ち。

  彼は手にした写真をピラピラとさせて、目の前にいる2人の男達に言った。

「少しの事ならお前らだけでも片付けられる。しかも1人」

「……いや……それが……10人くらいの…2度の奇襲で歯が立たず………」

「はぁん⁈……まぁいい、なら俺じゃなくユリーヤに言え」

  カミーユ・グランドールは幹部の名を口にする。と、もう1人の男が口を出した。

「あ、姐さんに頼んでもし姐さんに何かあったら……って思って……まずはボスのお耳にも入れておこうかと……」

「…………んんあぁ………そうか。まぁ、知っといても損はねェか。……ならさっさとコイツのプロフィール割り出せ。身元を調べる必要がある。……それによって警戒すべきか…否か」

  と、彼は写真の顔を見、眉を顰める。

「………………黒ずくめの、東洋人……」

  どこかで聞いた事がある。だが分からない。ここは情報は出て行かないが、入っては来る。外から来る人間は星の数ほどいる。だが出ては行かない。行かせない。

「………おい」

「っは!はい!」

「まずは様子見だ。ユリーヤに伝えろ。どんな手を使ってでも構わない。奴と接触して情報を得るんだ。始末出来るならすればいい。関所の方でも調べて、何か分かったら俺に知らせろ」

「わ、分かりました……」

  男達はおずおずと引き下がっていく。少し離れたところで背を向けて、足早に去って行った。

(……念の為、他のチームにも声を掛けておくか)

  1人残ったカミーユは、そう考えながら椅子から立ち上がった。はめ殺しの広い窓から街を見下ろす。壁全てが窓。奥に広がる巨大な都市。月が昇っている。青い月光が夜の街を照らす。

「………………胸騒ぎがするな」

  そう呟いたカミーユは、心底愉しそうに笑うのだった。


  *****


「いいか、この商業区を統べるチームが“ケストレル”だ。あのフラッグを持った奴ら。シンボルは覚えたな?」

「…………あぁ。ハヤブサかと思ったらそっちだったか」

「んー。そう」

  翌日、工場。バイクも中に入れてもらい、それに座ってネウロはリヒターから話を聞いていた。

「いーか、グランドール・ファミリー傘下のチームは全部で4つ。それぞれのリーダーはファミリーの幹部に当たる。どいつもタダ者じゃないと思っといた方がいい」

「…………そうか」

「鉢合わせたら逃げろ……って言いたい所だが、多分あんたなら大丈夫かもしれねェな……あの様子じゃ」

「雑魚の十人程度なんの事はない」

「雑魚……って、下っ端=雑魚でもねェぞ、実際俺達はあいつらに怯えて暮らしてんだから」

「……お前達が?」

「そう。…………あいつらの気を少しでも損ねたら、俺達は帝王に消される。それくらい、傘下のチームと帝王は深く結び付いてる」

「気を損ねたら……って、もう手遅れなんじゃないか」

「さぁーな。まぁ俺達は銃火器の生産業だからな、いざとなったら品物貢いで何とか凌ぐさね」

「…………銃火器………か」

「ちっさいのからデッケェのまで。色々取り揃えておりますがお一ついかがかな?便利屋さん」

「悪いが、今ので事足りてるんでね」

「ははぁー……そうですか」

  と、リヒターは少し残念そうに笑う。その様子にネウロも思わず笑った。

「ずーっと使ってるんだ。だから、中々手放す気にはなれなくて」

「なるほど、そりゃ大事だな。愛着のある道具は捨てたくない」

「あぁ」

  と、そこへセフィリオがやって来る。傍らに少女を連れている。

「おぉーい、待たせたな」

「いや、全然」

  ネウロはそうに答え、少女の方に目を移す。綺麗なブロンドをポニーテールにして、男達と同じ様な繋ぎではなくとも作業向けの動きやすい服装をしている。

  セフィリオがネウロの視線に気付いて言う。

「あぁ、紹介しよう、俺の娘のシェスカだ」

「娘っ⁈」

  思わずネウロは訊き返してしまった。大柄なセフィリオと可憐なシェスカは似ても似つかない。

  だが、シェスカは思ったよりも気丈そうな言葉を発した。

「なぁによ、何かおかしい?」

「……あ、あぁ、いや、何でもない」

「はっはっは、まぁ仲良くしてくれ。歳は十六だ」

「…………そうか」

「あれ、そういやお前何歳なの」

  と、リヒターがネウロに訊く。ネウロは面倒臭そうに答えた。

「…………二十五」

「あぁ何だ、歳下なのか。俺二十七」

「ちなみに俺は四十一だ!ま、ここでは一番年長だな」

「当然最下は私だけどね」

  と、シェスカが腕を組んで言う。

「私も皆んなと同じ様に働いてるの。一応作業員よ」

「………へぇ」

  ネウロは感心する。一見して弱そうな少女だが、ネウロが思うよりも力持ちなのだろう。

「んで、最初の依頼だがな?シェスカと一緒に宅配に行って欲しい」

「……………宅配?何の」

「これだ」

  と、セフィリオは持っていたアタッシュケースを開けた。中に入っているのは拳銃二丁。

「これをな、客の所へ」

「客………って、どういう人達なんだ」

  それに答えたのはシェスカだった。

「この街の一般人。主に住宅区の方まで行って貰う事になるかしら。前までは他の作業員の人と行ってたんだけど、この前その人が辞めちゃって」

「…………あぁ」

  それで部屋が空いていたのか、とネウロは内心思った。

「住宅区は“イーグル”の縄張りだ。まぁ、ケストレルよりかはマシな奴らだが、シェスカ1人に行かせるには少し危険だ」

  と、セフィリオはシェスカの肩に手を置いて言った。

「そこで、お前に護衛を頼もうって訳だ」

「…………なるほどな」

「宅配場所は5ヶ所。住宅区サルファン通りに3件とデラボット通りに2件ね。隣の通りだからそんなに大変じゃないはず」

「……………了解」

  いい機会だ。他の地区の情報も得られる。イーズへの手土産が増えるのはいい事だ。

「さてと、んじゃ気を付けてな、2人とも」

  セフィリオの言葉に、シェスカは頷く。

「うん」

「行って来る」

  ネウロもそう答え、シェスカにバイクの後ろに乗るよう促す。アタッシュケースは荷物入れに入れ、ぎゅ、と少女の腕がネウロにしがみ付く。

「しっかり掴まってろ。落ちるなよ」

「分かってるもん」

  ブウウンとエンジン音を鳴り響かせて、黒いバイクは走り出した。一通りの地図は頭に入っている。頭の中の地図で目的地を特定し、その方角へとハンドルを向けた。


  *****


「……ゴメン、待った?」

「いや」

  5件目の家。玄関前の階段を二段ずつ飛び降りながらシェスカが戻って来た。

「ここの人いつも長話するんだぁ」

「………そうなのか」

  シェスカの手には小包があった。恐らくここの家の人に貰ったのだろう。と、ネウロの視線に気付いたシェスカが言う。

「……あ?これ?クッキーだって。いつものお礼にって」

「………………へぇ」

  普通の家だな、と思った。だが受け取ったものは銃である。この街では普通の事なのだろうか。

  帝国は王国との戦争以来、武器の流通に厳しい。あの戦争で領土を倍にまで広げた帝国は、戦争を放棄する事を決めたのである。隣国のクルーエス王国はバルクール帝国に並ぶ強国であり、戦うのは無駄であると判断した帝国はクルーエスと同盟を結ぶ事を決めている。

  それによって国民が反乱を起こさぬ様、今まで国内で普通に流通していた武器を禁止した。だが王族の手の届かないこの小さな帝国ではそれも無意味で、以前の様に武器が流通し続けている。戦争時を知っているネウロにとっては、そんな光景が懐かしくもあり、どこか哀しくもあった。

「さ、帰ろう、早く帰んないと心配されちゃう」

「分かったよ」

  ここに来るまで、一度も“イーグル”と思しき一団には遭わなかった。リヒターの話からして自分は帝王に狙われているのだと思っていたが、案外そうでも無かったのか……。

  そんな事を考えながら、ネウロはシェスカを乗せてバイクを走らせた。

「……ねぇ」

  後ろのシェスカが話し掛けて来た。ネウロは前を見たまま答える。

「………何だ」

「ずっと一人なの?」

「………………」

「後ろに乗せるの、慣れてないみたい」

「………そうだな」

  後ろに少女がいる。それだけでも緊張はするが、彼女が落ちてしまわないか心配だった。いつも一人を乗せているバイクは、二人分の重みを進ませようと一生懸命エンジンを稼働させている。

「…………寂しくないの?」

「ない」

「どうして?」

「……………いない方が、いいんだ」

  寂しくないのに、その声は寂しそうな響きを持っていた。仲間は荷物になる。そう思って、ネウロは必要最低限以上の関係は持たない。恋人も友達も、そういうものはネウロにはいない。イーズは知人。仕事仲間。リヒターやセフィリオ、シェスカは仕事の依頼者で、宿主。………ただそういう関係。

「……………変なの」

  シェスカが言う。ネウロはそれに対し、ただこう答えた。

「………そうだな」

  バイクは大通りに差し掛かる。人通りは多い。他の街と変わらない。他にもバイクや車が通る。住宅区だけに住宅が多いが、少しずつポツポツと小さな店もある。レヴナン西部には商業区があるが、どうも完全にそっちに集まっている訳では無いようだ。

  そうした情報も、ネウロは心に書き留める。普通の街だ。こうして見ていれば。一見して平和そうだが、そうでない事は状況からして分かる。武器の流通に、帝王の監視の目。

  皆普通に暮らしているようで、その表情の奥には帝王に対する恐れが隠れている。皆怯えて暮らしている。下手なマネをすれば消される。

「………まるで監獄だな」

  出る者はいないと言われている。各区域の関所で人間は厳しく管理される。何か帝王の気に障ればすぐに何もかもを調べられる。逃れられない。皆囚われている。

  今、自分もその様な状況にあるのだと気付き、ネウロは恐ろしくなった。この街から出る術は。管理者たるグランドールを殺す他無いのではないか。そんなこと、出来るものか。………イーズはそれを分かってて自分をここへ送り込んだのだろうか。

  僅かながらイーズへの不信感が過る。一体、何をさせたいんだ。ああ見えて彼は狡猾だ。「常識程度の事しか知らない」とは言えど、情報が全く出て来ない所からネウロ自身出辛い事は容易に想像出来たはずだ。

(…………あいつは本当に内が読めない)

  いつも飄々として。何も考えてない様に見えて、時折本当に馬鹿みたいな行動をする。だが今まで仕事で助けられて来たネウロは思う。そこはあいつの“本質”じゃない。本質の上に被せられた、仮面であると。その仮面はどうやっても砕けない。その下が全く見えない。人の表情で大体内面の分かるネウロも、彼の下は全く見えない。真っ暗闇。そこには何も見えないのだ。

「………ねぇネウロ」

「……………何だ」

「何か来てる」

「!」

  振り向くと、ケストレルと同じ様な旗を持った一団がいる。ただ違うのは旗の色は緑で、描かれているのは鷲だという事。それを見て、シェスカが叫ぶ。

「“イーグル”!」

「………そんな事なくなかったな」

  グインとネウロは大きくハンドルを切る。さっきまでいた所で小さく火花が上がる。撃ってきた。

「多分狙いは俺だ。お前は逃げろ」

「嫌だよ!単独行動したら私攫われちゃうかもしれないじゃない!」

「…………あぁ……それはそうかもな…」

  シェスカが人質に、なんてなったら大変だ。そう思い直し、ネウロは緩めていた速度を上げた。

  いくつもの角を曲がり、追手を撒こうとするが、いつまでたっても追手は消えない。もう既に帝王の怒りは買っている、応戦した方が得策かもしれない。

  そう思い、バイクを百八十度回転させた。

「えっ、ちょっとっ⁈」

  急な方向転換に、シェスカがギュッとネウロにしがみ付いた。そちらを気にしつつ、ネウロは銃を抜く。

「た、戦うの………?」

「逃げてたってキリがない」

  不安そうなシェスカにそう言い、照準を敵に合わせる。だが人数が多い。ケストレルの二倍程。ほとんどが銃を持っている。誰から狙うべきか分からない。と、真ん中から一人の男が出て来る。明らかに他とは違う雰囲気を醸し出している。年齢は30代後半くらいか。垂れ目だが、その目は狂犬の様な鋭い光を放っている。少なくとも、優しそうではない。

「お前かぁ、カミーユさんの言ってたアジアンはぁ」

  間延びした喋り方で、男が言った。カミーユ。それが帝王の名前か、とネウロは心の隅で思う。

「…………思ったより、狙われてるのか俺は」

  ネウロは男に狙いを定めた。だが彼は余裕そうな態度で言う。

「ははぁ、自覚無しってかぁ。てめェの逃げ場はもうどこにもねェよぉ、この街の四チーム全てに話は行ってる」

「………………」

「出来れば始末しろってぇ?そう言う事らしいなぁ。ユリーヤんトコのガキどもに手ェ出したのか?ったく、度胸あるなぁ」

「………………ユリーヤ?」

  ネウロの呟きに、コソッとシェスカが言う。

「“ケストレル”のボス」

「…………あぁ」

「ははっ、飛んだ世間知らずが来ちまったようだなぁ。その様子だと俺の事も知らんらしい」

  ニヤッと口角を上げて、男は笑う。

「俺はジェイド・ミュレーヌ。この、住宅区を統べる“イーグル”のリーダーだ。よぉく覚えとけ」

  と、そしてジェイドは肩を竦め、首を傾げる。

「…………んで、女連れたぁ聞いてねェんだけど」

「…………依頼人だ」

「あぁそうか、ガールフレンドにしちゃあ若ェと思ったよ。それじゃあそうか………ふぅん、どうすっかねェ」

  と、無精ヒゲを撫で、ジェイドは考える。

  ネウロは警戒を怠らない。バイクのスタンドを立てて降りる。シェスカはバイクの上に残す。

「ネウロっ」

「そこで待ってろ」

「………はぁー…ナイト様かよ、吐き気がするぁ…」

  そんな言葉を吐き、ジェイドはため息と共に言った。

「やれ」

  と、彼の背後にいた総勢二十人程が飛び出す。ネウロはまず引き金を引いた。血飛沫が上がる。これだけいれば狙わずとも当たりはする。だがネウロは的確に急所を狙う。

  五人仕留めた。だがまだまだ足りない。ネウロは人の群れへと駆け出す。銃弾が飛んで来るが当たらない。動く的に当てる事に慣れていないのか。上に高く跳躍して、銃を撃つ。三人が倒れる。くるりと宙返りして群れに飛び込んだ。何人かを踏み倒す。足下で「ぐえぇ」と声がした。気にせずに周りに銃を撃ち込んだ。一人が倒れる。と、ネウロの右肩を銃弾が掠めた。灼けつく様な痛みが走る。僅かに表情を歪めながらも、再び撃った。止まっているのは危険。そう判断し、ネウロは人の群れへと突っ込んだ。何人かはナイフを持っている。だが接近戦は怖くない。ナイフくらい素手でも捌けるくらいのスキルは持っている。蹴りで数人薙ぎ倒す。人数はもう残り少ない。と、突如ナイフが飛んで来た。

「!」

  洗練された鋭い反射神経。それで辛うじて躱した。飛んで来た方向を見ると、ジェイドが頭を掻きながら立っている。

「あぁー……避けんのかよぉ……殺ったと思ったのになぁ」

「………投擲……」

「へへ、自慢なんだぜぇ?」

  彼は得意げに笑う。そして着ているコートの内側に手を突っ込んだ。

「やっぱ雑魚は雑魚だぁ、役立たず共に任せてねェで、俺がやってやるとするよ」

  部下達への哀れみも無い言葉を言い放ち、コートの内側から一気に手を引き抜いた。

  六本のナイフが真っ直ぐ飛んで来る。片手に三本ずつ挟んで投げたらしい。かなりの技術力だ。しかも速い。

  ネウロは避けられないと判断し、腕で体を護った。六本のナイフの内三本が刺さり、三本が落ちる。

「…………っ…」

  右腕に一本、左腕に二本。抜けば血が出る。だからそのままにしておく。

「ネウロ‼︎」

「………気にするな、大した事ない」

  シェスカの叫びにそう答え、ネウロは銃を構える。ジェイドの額に狙いを定め、躊躇いなくその引き金を引いた。だが弾丸が空を裂く。外れた。何故か?

  「…………‼︎」

  目の前に急接近して来たジェイド。そんなに距離は離れていなかった。避ける方が無茶だ。だが、コイツは避けた。

「化けモンかよっ!」

「さぁなァ」

  ジェイドが手に持ったナイフを上から下へ振った。突然の接近に反応出来なかったネウロは、左胸を浅く斬り裂かれた。僅かに後ろに下がったお陰で、致命傷にはならなかった。

  左手で振り上げられた右腕を抑え、ネウロは銃をジェイドの胸へと押し付けた。間髪入れずに引き金を引く。だが弾はジェイドの胸を掠めただけだった。抑えられた右腕側に、彼が体を回転させたからだった。

「……………そんなモンか?」

  ジェイドが笑う。ネウロも笑い返す。まだ、行ける。

  下がって、間合いを取った。飛んで来た一本のナイフを躱す。そして引き金を引く。キン、と音がする。小さな刃が銃弾を弾いていた。ニ、とジェイドが笑う。今度はネウロから近付く。銃を構える。ジェイドがそれに対して身構える。だが、ネウロが繰り出したのは蹴りだった。

「!」

  疾いそれにジェイドは反応しきれなかった。横腹に攻撃を受け、地面に呆気なく蹴り倒された。

「がふっ……」

  ネウロはその腹の上に足を乗せ、起き上がれない様にして銃を向けた。肩で息をしながら、ネウロは言う。

「…………お前の……負けだ」

「……さぁ、どうかねェ……」

「………強がるな」

「まだ、決着はぁ……ついて無いんだよ坊や。大事な事を忘れてないかなぁ」

「……………?…何を」

「きゃあああっ‼︎」

「‼︎」

  背後でシェスカの悲鳴が聞こえ、ネウロは振り向く。見るとさっき倒し損ねたジェイドの部下達がシェスカを捕らえていた。と、そっちに気を取られてジェイドを抑えていた力が緩んだ。その隙を突いて、ジェイドが抜け出す。

「!」

  再びジェイドへと振り返ったネウロに、彼は笑う。

「……………さぁーあ、どうする?」

  ネウロは考える。今優先すべき事は何か。ジェイドを殺す?違う、依頼人を守れ。それ以外は後回しでいい。

  それだけ考えて、ネウロはジェイドから背を向けて走り出す。シェスカは連れ去られかけている。予めジェイドは指示しておいたのだろうか。だとしたら狡猾な奴である。先に事態を予測していた事になる。

  見失えば面倒だ。ネウロは一気に跳躍する。まるで獣が如く男達へ襲い掛かる。叩き伏せるのは難くなかった。だが振り向けばジェイドはいない。最初から、逃げる気でいたのか。部下を囮にして。

「…………大丈夫か」

  ネウロはシェスカに声を掛け、しゃがむ。シェスカは少し怯えて放心していたが、はっと我に帰ると強張った笑顔をネウロに向けた。

「………うん……ありがとう」

「すまない。注意が足りなかった」

  ネウロは謝る。だがシェスカは首を振る。

「いいの。……あなたが無事で良かった」

  とは言えネウロの腕にはナイフが刺さったままだし、肩と胸からは出血している。だが何より生きている。それだけでも良かった。

  ネウロは足に付けたポーチからテープを取り出し、ナイフを抜いた後に止血した。刺さったままでは動作に支障が出る。幸い傷はさほど深くなく、神経に傷は付いていない様だった。胸や肩の傷も深くない。

「………怪我……大丈夫?」

「…問題ない」

  心配そうに訊くシェスカに、彼はそう答えた。

  シェスカにバイクに乗るよう促す。周りでシェスカを攫おうとした男達が伸びている。しばらくは起きないだろう。

  バイクを走らせる。早々に工業区へ戻った方がいいだろう。

「………あのね、私達嘘ついてた」

  不意にシェスカが言った。

「……何が?」

「……………前、こうして私を連れてくれてた人の事」

  シェスカの腕がぎゅ、と苦しそうに絞められた。

「辞めたんじゃないの、死んだの」

「…………」

「あの日もイーグルに襲われたの。私を助けようとして、殺されちゃった」

  ネウロは黙ってバイクを走らせる。シェスカは続ける。

「…………だから怖かった。また私のせいで死んじゃうんじゃないかって……」

「……俺はそう簡単に死んだりしない。工場の作業員と一緒にするな」

  ネウロがそう言ってやると、シェスカが後ろで少しだけ笑った。

「…そうだね」

  ふるふると、細かくシェスカの体が震えているのに気付いた。前を向いたまま訊ねる。

「…………どうした?」

「………………何でもない」

  ふと、助け出した直後のシェスカの顔を思い出した。怯えた顔。今までの状況に怯えていたのかと思っていた。だがその後に見せた強張った顔。安心などしていない。

  ………俺を怖がってるのか、彼女は。

  そんな考えに辿り着き、複雑な思いがネウロの中に芽生える。そして後悔する。彼女の眼の前で、戦うべきではなかったのではないか。応戦せずに逃げた方が良かったのではないか。

  普段一人で行動するが故に足りなかった配慮。こんな街で育ってはいても、まだ少女なのである。

「……………悪かった」

「……!」

  バイクは工業区に入る。騒々しい機械の音が近付く。シェスカの腕が僅かに緩んだ。安心したのだろうか。

  戻ったらセフィリオはどんな反応をするのだろう。咎めるのか、礼を言うのか。どちらでもあり得ると思った。咎められても仕方ない。自分が悪い。

  自分に腹が立った。モヤモヤしたものが付きまとう。それを振り切るようにして、ネウロはバイクの速度を上げた。

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