#prologue
ー帝国暦3857年 某日ー
「……おい、来るぞ」
「………静かにしてろ」
茂みに隠れる若い二人の軍人。彼らはバルクール帝国軍の兵士だ。一人は剣を、一人は銃を手にしている。
外の様子を伺う。荒野の中を、三人の敵国の兵士が警戒した足取りでこちらへ近付いている。
銃を手にした兵士が、冷静な表情で言う。
「…………気付かれてはないな」
「おい、さっさと行って片付けて来ようぜ」
「慌てるな」
立ち上がって行こうとする剣士を、一人が引き止める。
「何でだよー、さっさと帰りたいんだよ俺は」
「警戒してる奴らに一人で向かって行っても、殺されるだけだ」
「……分かんねえじゃんかよ、行ってみなきゃ」
「見りゃ分かる。手練だぞ」
彼はそう言って、もう一度相手の方を見る。油断ない足取り。一人を撃てば、後のニ人が気付く。こちらの場所はバレてしまう。
「…………このままやり過ごそう」
「ハァ、隊長にドヤされんぞ」
「敵わない相手を見分けて避けるのも、実力の内だ」
「バーカ、お前のは逃げてるって言うんだよ」
「…………知るか。俺は行かない。行くなら一人で行けよ」
無表情のまま彼が言うと、剣士はぐ、と言葉を詰まらせる。
「………お前なんか最低だ」
「何とでも言え」
彼はそう言って茂みに背を向ける。静かにしていれば、見つかる事はない。彼はそう判断した。
「………隊長の教えは」
「“見つけた敵は全て掃討しろ”?」
「分かってんなら行けよ」
苛立った剣士の言葉に、彼は冷静な声で答えた。
「“死ね”と言われた覚えはない」
「んなっ………」
「だから俺は行かない」
頑として拒む彼に、剣士は嫌悪感を抱いた。
「……あぁ分かったよ、なら功績は俺のモンだ」
「……………勝手にしろよ」
「お前はそこで指咥えて俺の活躍見とけ!」
剣士はそう小声で叫び、茂みから出て行った。
敵三人の内、二人は剣士、一人はガンナー。敵国ユークライン王国は、帝国に比べて技術力は劣る。帝国の銃に比べれば、王国の銃は命中精度も威力も低い。
……それでも、あの三人には二人で行ったとしても無理だ。前衛の二人に斬り殺される。……そう、彼は感じていた。
「うあっ!」
声に、彼は振り返る。相方の剣士が、敵と接触していた。敵の一人を斬り倒した。だがその後ろから、さらに一人が近づいて来る。
彼は銃を構える。狙うのは、剣士ではなくガンナーの方。
相方の背から鮮血が飛び散った。「うあぁ」と呻き声を上げて、地面に転がる。敵のガンナーと剣士の注意がそちらに向いた。剣士が油断なく剣を構える。ガンナーがその横から狙いを定める。
相方の剣士はチラリとこちらを見た。そして立ち上がろうとする。その背中を、敵の銃弾が撃ち抜く。
仲間が殺されそうになっているにも関わらず、彼はただその様子を観察する。敵の隙を伺う。
もう一度敵のガンナーが引き金を引こうとした時、彼もまた引き金を引いた。
「!……おいっ、何だ!」
突然頭から赤い弧を描きながら倒れる味方に、敵の剣士は狼狽える。その隙を逃さず、もう一度彼は躊躇いなく引き金を引いた。
頭を撃ち抜かれて絶命した二人を確認し、彼は茂みから出る。そして、ゼーゼーと荒い息の相方の傍らに立つ。
「…………だから言ったろう」
「…………………」
「馬鹿な奴」
剣士はパクパクと何か言おうとするが、声は出ない。それに対して、彼は嗤う。
「…………『ズルいぜ』、ってか?……知るかよ」
モゾ、と物音がして、相方が最初に倒した剣士が起き上がろうとしていた。
「……………ツメが甘い」
彼はそちらの方も見もせず、銃弾を撃ち込んだ。
そして、しゃがみ込む。起き上がろうとしていた剣士は、再びバタリと地に伏した。
「お前は、死ぬよ。もう」
「……………」
「だがお前の死は無駄にはならないさ。敵の数は僅かながら減らせたんだ。……お前のお陰で」
投げ掛けた言葉に、剣士はパクパクと口を動かして答える。
『悪魔め』
そして、それを最期に剣士は息絶えた。
彼は軍服から覗く剣士の識別票を拾い上げた。チェーンは切れている。斬られた時に切れたのだろうが、服の下に入れてあった為、落ちなかったのだろう。
記される名前は、“Alvin・Fued”。そして彼は、剣士の名を知らなかった事に気付く。
適当に組まされた相手。見慣れない顔の新人。そんな剣士は一体、自分の何だったのか。
涙は流れない。しかし込み上げるある衝動。ふ、と彼はそれを漏らした。
それは、今目の前の全てを嘲笑う笑み。
「………悪魔…か」
剣士は自分を見殺しにした彼に対してそう言った。仲間一人、“救わない”。仲間を仲間と思えない。赤の他人。関係ない人間。そんな所に、何故自分はいるのか。それすらもう、分からない。
最初はこんなはずじゃなかったのに。
彼はそう思い、そして呟いた。
「………息が詰まりそうだ」
そして彼は踵を返す。
たった一人で、広い広い荒野を歩いた。